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ヒトも野菜も本来の栄養を取っていない、この事実に驚愕!

2017年07月24日 | 正しい栄養学

ヒトも野菜も本来の栄養を取っていない、この事実に驚愕!

 薬屋半分、百姓半分、つまり半商半農生活の小生です。かっこ付けて言えば、“ファーマー・ファーマシー”(順番は逆ですが)の二足のわらじをエンジョイしています。別立てブログ「ファーマー・ファーマシーの日記」では百姓仕事がメインとなっていますが、気軽に日々の仕事なり自分が患った疾患を綴っていますし、このブログでも「24節気の健康と食養」では毎回うちの自家栽培野菜などの状況を紹介したりしています。
 ファーマー・ファーマシー生活というものは、人の健康を考え、美味しい野菜作りを考え、それでもって食っていけるということになりますから、こんな有り難い仕事はありません。
 こうした恵まれた生活をさせていただけることに日々“感謝、感謝、感謝”です。

 さて、人の健康を様々な面から考えてたどり着いた、理想的な食生活とは、実にとんでもない食事内容になってしまいました。“まさか、こんな食事が…?”と、なかなか腑に落ちなかったです。それはどんなものかと言いますと、2014.1.13投稿の次の記事で書きました完全生菜食で「葉菜類・根菜類だけで、豆・芋・穀類さえ食べない」というものです。
 
生菜食の是非について考える。完全生菜食で信じられない健康体に!
 これは、小生としては、人類進化の歴史を研究するなかから、論理的な面からは納得のいくものでして、それはゴリラの食とほぼ同じものです。
 牛は前胃で細菌の働きにより草を発酵(前胃発酵)してもらっているのですが、ゴリラは馬と同様に大腸で細菌の働きにより草を発酵(後腸発酵)してもらい、たんぱく質を合成するための各種アミノ酸やエネルギー源とするための短鎖脂肪酸を得ています。
 ゴリラはオスが200kg、メスも100kg超の巨体で、腸が大きく、盲腸が発達していますから、盲腸の中で草を発酵させることができるのですが、これは、ゴリラが、ヒトそしてチンパンジーとの共通の祖先から分かれた後に獲得していった形質と思われます。
 一方のヒトそしてチンパンジーの共通の祖先は、主として果物食を通したようで、体型は大きくならず、現生のチンパンジーと同程度の体型であったと思われます。その後、ヒトとチンパンジーは分かれ、ヒトはチンパンジーより若干大きくなった
のですが、これは大腸の発達によるものです。なお、現生のチンパンジーは雨季と乾季がはっきりした地域に住んでいることが多く、乾季には硬い豆を代替食とすることが多いです。
 では、ヒトはチンパンジーと分かれた後、どんな環境でどんな生活をしていたかとなると、まだこれは謎ですが、ヒトが直立二足歩行する裸のサルとなったことからして、エレイン・モーガン女史の「人類水生進化説」が正しいと思われ、その食性については女史と見解を異にしますが、小生はヒトの祖先は「水生環境で草を食べていた」と考えています。
 その詳細については、別立てブログ『永築當果の「男と女の不思議」』のなかで、「人類水生進化説」及び「人類の誕生と犬歯の退化」で語っていますので、お時間がありましたらお読みになってください。
 なお、ヒトはその後、半陸生生活を余儀なくされ、陸において見出した芋を代替食とするようになり、デンプン消化酵素をより多く出せるようになったと考えられます。そして、1万年前からは人口増加により新たな代替食糧を必要とし、穀類を食べるようになったと考えられます。また、それより前から植物が貧相な地域にあっては動物性食品を代替食として取り入れていったのも間違いないことでしょう。
 こうして現生人類は、だんだん後腸発酵に頼ることがなくなって、必要な三大栄養素(炭水化物、脂肪、たんぱく質)をダイレクトに摂取するように変化していったと思われます。
 しかし、代替食はあくまで代替であって本来のものではないですから、体に無理が掛かり、それに慣れ切るには100万年単位の年月が必要となりましょう。
 そうしたことから、難病患者の体質改善には、体に無理の掛からないヒト本来の食性に適合した完全生菜食が最適なものとなっていると考えられるのです。
 三大栄養素(炭水化物、脂肪、たんぱく質)の摂取で、どんな無理が掛かるかと言いますと、膨大な量の消化酵素を必要とし、また、消化し切るのにかなりのエネルギー量を必要とするからです。
 ヒトのエネルギー消費は、通常、基礎代謝:約60~70%、生活活動代謝:約20~30%、食事誘発性熱産生:約10%とされています。
 このなかで、食事誘発性熱産生とは、三大栄養素が消化されたときに発生する分解熱のことで、食後に体が温まるのはこのせいですが、これをヒトのエネルギー消費とすることには違和感を感じます。もっとも、ヒトは体温維持のために体内熱を作り出さねばなりませんから、食事誘発性熱産生でもってこれを充てるということになりましょうが、これは後から申しますが、完全生菜食にすると後腸発酵による熱産生が伴いますから、恒常的に体温維持に大きく貢献し、摂取カロリーを大きく減ずることが可能になり
ます。
 それはそれとして、注目すべきは基礎代謝(生命活動をする上において必要最小限のエネルギー)であり、その割合は次のようだと言われています。<
骨格筋:22%、脂肪組織:4%、肝臓:21%、脳:20%、心臓:9%、腎臓:8%、その他:16%>
 このなかで、三大栄養素の消化・分解・再合成に必要とする代謝(エネルギー消費)は、肝臓とその他(胃、膵臓、小腸その他臓器)における過半を占めるでしょうから、少なく見積もっても30%にはなりましょう。
 つまり、ヒトの現代の食事(ほとんどが代替食で占める)では、消化酵素産生をはじめとする食物代謝のためにかなりの労力を強いられている、ということになるのです。

 一方、ヒトの本来の食性である完全生菜食(葉菜類・根菜類だけ)にあっては、食物代謝に要するエネルギー消費は、噛むことと胃の蠕動だけでほとんど済んでしまいます。
 完全生菜食には三大栄養素はほぼ皆無の状態で、食物繊維の塊と言っていいでしょう。よって、消化酵素の出番はないのです。
 完全生菜食に慣れきった体になれば、腸内細菌がそれに適したものに変わり、生まれ変わった腸内細菌叢(腸内フローラ)が発酵を始めてくれるのです。そして、各種アミノ酸や生活活動代謝に必要なエネルギー源となる短鎖脂肪酸(ブドウ糖と同質)を彼らが作り出してくれるのです。出来上がった栄養素は、皆さんよく聞いたことがお有りの黒酢とどれだけも違わないものです。これら栄養素は、大腸壁から体内への水分吸収と一緒に流れ込んでくれ、これらはダイレクトに体細胞内で利用できますから、実に合理的です。
 こうしたことから、完全生菜食の場合はカロリー計算が全く無意味なものとなるのですし、消化器官はまれに口から入ってくる少量のでんぷん質や植物性たんぱく質のほんのわずかな消化活動をするだけで、開店休業状態となってしまいます。
 もっとも、葉菜類・根菜類を口で咀嚼するだけでは食物繊維がどれだけも細密にはならず、腸内細菌も発酵させるのに苦労するでしょうが、現代においては、ミキサーで泥状態に細密化できますから、腸内発酵もスムーズに進むというものです。

 こうした食生活は、難病を患った方の治療や完治後の健康維持のための食であって、一般人にはとても真似できません。現代の飽食時代にあっては、美食の誘惑に食欲煩悩が勝てるわけないですからね。加えて、強固な意志でもって完全生菜食に慣れきった体に体質変換を果たしたとしても、その後に宴席などの付き合いで美食を取ると、消化器官はビックリして消化不良を起こしますし、腸内細菌叢に大打撃を与えて以後の発酵が著しく滞る危険性も生ずるようです。

 このようにヒト本来の食性と現代人の食生活にはあまりにも大きな隔たりがあり、面食らうことが多いのですが、難病が完全生菜食による後腸発酵でもって治癒する例が非常に多いことを鑑みるに、現生人類が今日の食を取り始めたのは、ごくごく最近ではなかろうかと思われます。
 なお、ヒトは霊長類の一員で、霊長類には後腸発酵に止まらず前胃発酵の能力まで獲得した種も多く存在します。また、現代人が通常食を取る場合においても、野菜中心で肉や魚が少量であれば、けっこう後腸発酵してくれもするようです。少なくともミネラル吸収においては、後腸発酵が少しでもあれば吸収効率はアップし、戦前の1日400mgのカルシウム摂取であっても全然カルシウム不足が生じなかったのは、これによるところが大きいのではないかと思われます。

 ヒトは、摂取した栄養素でもって生命維持活動をしようとせずとも、必要な栄養素はヒトと共生する腸内細菌が作り出してくれ、完全生菜食にして腸内細菌に全面的に頼れば、それでもって必要な栄養が全部得られ、たっぷり体内熱産生してくれますし、日々の活動が十分にできるということをご理解いただきたいと思います。

 さて、ここからはガラリと話を変えます。
 表題のとおり、我々が食べている野菜も本来の栄養を取っていないというものです。
 植物の三大栄養素は「窒素、リン酸、カリ」と言います。窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)です。この三大栄養素をバランスよく肥料として野菜に与えてやると、野菜は良く育ち、美味しい野菜が採れるとされています。手っ取り早い施肥は化成肥料で「8・8・8」とか「12・8・8」と表示されていますが、これはN・P・Kの比率です。これ以外に、苦土石灰(マグネシウムとカルシウム)が補助的に使われます。
 化学肥料だけでは美味しい野菜ができないからと、最近はこだわりの有機肥料を使うケースも多くなってきていて、うちの畑も苦土石灰は使いますが化成肥料なしで、専ら有機肥料を多用しています。でも、有機肥料も主成分は三大栄養素のN・P・Kで、野菜は有機肥料に含まれるN・P・Kをダイレクトに吸収し、育っているのです。

 ところが、化成肥料も有機肥料も何も投入しなくても植物はスクスクと育つのです。
 耕作放棄された田畑では雑草がびっしりと繁茂し、皆、いきいき元気です。自然林では樹木がスクスク育ち、大木に生長します。
 だったら、野菜や果樹とて同じでしょう、というものです。
 世界で初めて無農薬・無施肥でリンゴ栽培に成功された青森のリンゴ農家の方(木村秋則さん)が有名ですが、適正な自然栽培条件を整えてやれば、無農薬・無施肥で、より美味しいリンゴが採れるのです。
 これは何も珍しいことではなく、うちにも有りますが農家の庭先には柿の木が必ず1本はあり、無農薬・無施肥の放任栽培であっても、いやそうすることによって、毎年美味しい柿を生らせてくれるのです。
 果樹であれば周りの土を耕すこともないですし、雑草が生えたって果樹が負けることはないですから、こうした自然栽培がけっこう可能となります。
 そうした果樹に、もっと多く実を付けないか、もっと甘味が出ないかと、下手に肥料を与えたりすると、逆に果樹が弱ってしまい、実を付けなかったり、枯れたりします。
 小生はミカンとブルーベリーで痛い経験をしました。有機肥料の過剰投入によって、ミカンは枯れそうになって実を付けず、ブルーベリーはここ2年全く実を付けてくれません。
 よって、今年から再び無農薬・無施肥の放任栽培に戻すこととした次第です。
 もっとも、甘夏は有機肥料の積極投入によって酸っぱさが減じて甘味を増しましたから、一筋縄ではいかないのが果樹栽培だと、ますます分からなくもなります。
 さて、問題は野菜です。
 野菜となると、ヒトが農業を始めて以来、無施肥では収穫量がだんだん落ちてしまい、有機肥料を多用するのが当然のこととなり、近代になって使いやすく鋭利に利き、安価な化学肥料にとって代わったのです。それに伴って野菜がますます虚弱となり、農薬が必須となりました。でも、近年になって、化学肥料の使いすぎは土壌を著しく劣化させることから、有機肥料への揺り戻しが一部で始まったのは皆さんご存知のとおりです。
 しかし、野菜作りにおいて果樹のように無農薬・無施肥の放任栽培への取り組みは、ごく一部で実施されているも、おいそれとは成功するものではなく、試行錯誤しながらやっと成功する人が少しずつ出始めたといったところのようです。
 そういう小生も、試行錯誤している一人なのですが、なかなかうまく行かず、今年から新たな手法での再挑戦を試みることにしているといった状態です。

 自然栽培の方法は幾人もの方が提唱されていますが、無農薬・無施肥・放任を基本とするも、放任のありように若干の違いがあり、手法も様々なものとなります。
 そのなかで、論理性があり、成功例が多いのが「炭素循環農法」のようです。
(これは2001年にブラジル在住の林幸美氏がホームページ「百姓モドキの有機農法講座」で公開され、頻繁に補追、訂正が行われています。これには先駆者がおられ、同じくブラジル在住の「Sr.アヒル殺し」(日本人?日系人?)で、その方の実践や理論を引き継いでおられるようです。)
 そのポイントとなる事項について、小生の私見をまじえて、別立てブログ「ファーマー・ファーマシーの日記」で、「たんじゅん農」=炭素循環農法を理解するにあたって思ったこと(土づくりその2)と題して記事にしましたが、その要点は次のとおりです。

 炭素循環農法に入る前に、「土」の性状について広く知られている今までの知見で大いに参考になる事例をあげておこう。まず誰でも知っている森林限界という言葉。
 富士山や北アルプスの山岳地帯では概ね2500mで植物は生えなくなる。気温が低くなるから木が生えないというのではない。糸状菌(カビや茸)、これは通常の土壌微生物の中で最も多いものであるが、糸状菌は高山では繁殖できず、糸状菌が全くいないから木は生育できないのであり、樹木は糸状菌との共生なくして生きていけないのである。
 糸状菌の種類は非常に多く、菌から伸びた糸が複雑に植物の根と絡み合って糸状菌が作り出した様々な物質が植物の根に供給され、植物は生育できるのである。
 ところが、人は、植物を育てるために土壌に手を加える。苦土石灰や化成肥料などの化学肥料に止まらず有機肥料(本来は土壌中で枯れた植物を糸状菌が分解すべきもの)を投与して、それを植物に直接吸収させるのだから、糸状菌の出番はなくなる。糸状菌が働こうとしても、これらの肥料が糸状菌の成育を妨げ殺すことになるから、慣行農法が行われている土壌の糸状菌叢は本来の姿とは全く異なった貧弱なものに変わってしまっているのである。
 よって、植物を病害虫被害なしで元気よく育てようとする場合、土壌を本来あるべき姿の糸状菌叢にもっていくために何かの臨時措置を施し、それが成功したら、一切の肥料なし(ただし枯草などが必要)で素晴らしい野菜が採れるようになるというものである。
 このように、土づくりは、土壌の糸状菌叢を正常化させるのが第一に重要な方策として考えねばならぬ事項となる。
 しかし、土壌は糸状菌叢だけで出来上がっているものではないから、ややこしくなる。
 土壌中で有機物や無機物の分解合成を行う生物は、大きく分けて3つのドメインに分類され、菌類(糸状菌など)・細菌・古細菌(好熱菌、好塩菌、メタン菌など)である。
 これら3つのドメイン間でも共生関係が生まれ、糸状菌叢の正常化だけでは本来あるべき姿の土壌とはならず、細菌叢、古細菌叢が整い、かつ3つのドメイン間の個々の微生物種のバランスも整わねばならないのである。
 こうなると、理想的な土づくりをするのが至難の技となってしまうが、何もかも人の手でバランスを取らせたり、正常な叢づくりに手を出したりしなくても、一定の条件を与えてやれば、その後は彼らが思いのままに働いてくれ、うまくバランスを取り、正常な叢に近づけてくれようというものである。(要約引用ここまで)
 ここから先は、いまだ勉強中で、ブログ記事にできていませんが、大雑把なつかみとして次のことが言えます。
 土壌中の微生物群が求めているのは高炭素資材であり、「C/N比の高いもの」を投入することによって微生物群を正常化できる。慣行農法で窒素肥料(有機肥料であっても窒素分は多い)を投入してあると、ほとんど全部の微生物群は窒素分を嫌うから、貧相な微生物群となっており、また、そのバランスも悪い。過剰な窒素分が抜けるまでは微生物群が正常化せず、自然栽培に適した土壌とはならない。

 いかがでしょうか。
 施肥栽培による野菜はダイレクトに栄養を吸収させるものであって、これはヒトの三大栄養素と同質のものとなります。
 一方、自然栽培は土壌中の微生物群が求めている高炭素資材を微生物群のために投与してやるというもので、これはヒトの場合、腸内細菌が必要とする食物繊維の摂取ということになり、高炭素資材と食物繊維が同質のものとなります。
 そして、自然栽培に適した微生物群が土壌中に十分存在するようになったら、彼らが野菜に必要な各種栄養素を野菜に供給してくれるというもので、これはヒトの場合、後腸発酵に適する腸内細菌叢(腸内フローラ)が出来上がれば、発酵を始めてくれ、ヒトに必要な各種栄養素をヒトに供給してくれるというもので、ともに共生する微生物群が多大な貢献をしてくれることになるのです。

 これには驚かされます。ヒトも野菜も自ら栄養を取らなくても、共生する微生物群がちゃんと栄養を宿主に供給してくれるのですからね。
 そして、ヒトが三大栄養素(炭水化物、脂肪、たんぱく質)を取ることの無意味さと、野菜に三大栄養素「窒素、リン酸、カリ」を与える無意味さが、これまた同質のものであること。特に、ヒトが取るたんぱく質は窒素化合物であり、これの過剰摂取は単にエネルギー源として燃やされるだけであり、それによって生じた窒素酸化物は体中の細胞に炎症を起こさせてヒトの体を蝕むのです。一方、植物に窒素肥料を与えると、どうしても過剰となり、硝酸態窒素が植物に残留して植物の免疫力が落ち、農薬をかけないと病害虫を駆除できなくなるのです。こうしてヒトも野菜も窒素化合物は毒になるというのも一緒です。

 現代人の食生活と今日の野菜栽培は共通点があまりにも多く、表題を「ヒトも野菜も本来の栄養を取っていない、この事実に驚愕!」としましたが、本来のヒトの食性と野菜の自然栽培も、全く同様に共通点があまりにも多いです。
 そして、これ以外にも共通点があります。ヒトが現代の食生活をすることによって「早熟し、見た目の格好良さ=背が高くなる」が得られます。野菜に肥料を与えると「早く大きくなり、見た目の格好良さ=色が濃い」となり商品価値が高くなります。しかし、ヒトは虚弱になりますし、野菜は不味くなりますし早く腐ります。
 なお、自然栽培の野菜は若干生育が遅くなり、色は薄く、妙にアクっぽい(場合によっては、これが美味いと感ずる)ということは全くなく、自然の味がして、なかには最初は物足りないと感ずる人もいらっしゃるようですが、食べ続ければ誰もが“こんな美味しいものはない”と、はまってしまうようです。
 草むらで草を食む牛は、色の濃い草を避け、色の薄い草しか食べないと言います。なぜならば、色の濃い草は糞尿がかかった草で肥料を吸って育ったからです。牛は、そうした草は、不味いと思うのか毒があると思うのか、そのいずれか、あるいは両方でもって、“自然に育った草”を求めるのです。

 小生は、今さら完全生菜食に切り替えようとは全然考えませんが、野菜づくりにおいては何とかして自然栽培を成功させ、草むらの牛になりたいと願っています。
 というようなわけで、小生のこれからの人生は、半商半農から半農半商とウエイトの掛け方を農業重視に少し移して、文字どおりのファーマー・ファーマシー生活をエンジョイしたいと考えています。

 今回も随分と長文になってしまいましたが、最後までお付き合いいただきました読者の皆様に深く感謝申し上げます。

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2 コメント

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無肥料といえば… (小清水)
2017-07-26 18:26:24
はじめまして、よく読ませてもらってます。野菜を無農薬無肥料で育てるという話は「野人」と呼ばれる風変わりなこの方も取り組みをブログにしていて面白いですね。既にご存じでしたら失礼。
http://ameblo.jp/muu8/
小清水様へ (薬屋のおやじ)
2017-07-27 07:36:19
当ブログのご愛読有り難うございます。
「野人」さんは知りませんでした。情報提供感謝です。

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