在日コリアン・ハンセン病問題・沖縄―平和・人権―

自分の足で訪ねた関連の地紹介
知ることは力、学んでこそ生きる。

10月9日〜13日まで釜山、浦頂の九龍浦、大邱、慶州市甘浦を訪ねました(慶州市甘浦港)

2009年10月26日 15時27分56秒 | Weblog
1900年頃の浦の写真(1930年)では、道路の片側に商店や旅館、料亭があったようになっていますが、実は、両側に日本家屋があるのが本町通りなので1930年以降にそうなったことになりますね。路地を入っても日本家屋に住む人が今もあるようです。学校近くの大きな日本家屋を改修している様子も見ました。建て変わっている建物が少ないです。日本式の庭のある元料亭もありましたが群山で見たような大きい家屋はないです。九龍浦と比較すると、漁師の家もあるので移住漁村の全体像が見えます。甘浦邑事務所に行ったら当時の写真が展示されていました。このハルモニならと小学校を聞いたら「昭和18年生まれ」と日本語で言われてしまいました。
慶州市甘浦港の突堤には工事をした日本人が建てた石碑が2つ残っていて名前が削られていました。石碑にロープをはり、イかを干してありました。
それに道路脇に手水鉢が何気なく置かれていました。九龍浦と距離が近いけどバスはないので行くならタクシーを使うと1日で2つ行けるかと思っています。・・・。同じく香川村と言われ香川県民が7割を占めた九龍浦に前日に行きましたが、もっと詳しく全体像を把握する為に行ってみたいという感じです。私の実家が高松市牟礼町ですが、帰省すると志度漁協から出荷された新鮮な魚を安くおいしく食べられます。いつも楽しみです。朝鮮に移住した村一つ旧小田村が近いです。九龍浦、甘浦もそうです。次に帰ったら朝鮮移住に貢献した人の顕彰碑を見てきます。香川の漁村は愛媛、岡山、広島と競合し漁場の限界があって生活が苦しかったのでしょうね。私の生まれた琴平の金比羅宮が海の神ですから韓国の移住漁村に分祀されていることも多いと思います。影島は戎神社だから西宮戎かなと想像しているところです。漁業では朝鮮だけでなく台湾、南洋諸島にもでかけたと資料にありました。
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« 10月9日〜13日... | トップ | 10月9日〜13日... »

コメント

コメントはありません。

コメントを投稿

現在、コメントを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

トラックバック

現在、トラックバックを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

あわせて読む