大分の土地家屋調査士ブログ

「土地家屋調査士の業務と制度」を中心に、それに広い意味で関連する様々なことについて一人の人間として思うところを書きます。

「境界紛争ゼロ宣言!」について

2017-02-12 14:46:15 | 日記
日調連では、この4年間、「境界紛争ゼロ宣言!」を基本スローガンにしています。今更ながらの話になりますが、これについて書きます。

まず初めに結論的なことを言っておくと、私はこれはとても正しいことだと思っています。しかし、その反面、その正しさがまったく活かされずに有名無実化されている現実があるようにも思えます。ですので、なんでこんなことになっちゃうのか?・・・というところから、思っているところを書くものです。

まず「境界紛争ゼロ宣言!」の正しいこと、について。
土地家屋調査士が、その業務を通じて実質的な意味で社会的に役立ち、その専門性を発揮しているのは「土地境界問題」をめぐって、です(これについて後述)。このことから「土地家屋調査士の土地境界問題の専門家としての確立」と「専門家としての現実的貢献」ということを、一言で言い現わしたものとしての「境界紛争ゼロ宣言!」を中心に据える、というのは正しい、と思います。

もちろん、「スローガン」などというものは好き嫌いのあるものなので、「ちょっとな・・・?」という感じを受けている人も多いかと思います。
たとえば、「ゼロ宣言」を唱えるスローガンが様々ある中での比較で言うと、「待機児童ゼロ宣言」というのは、実際に待機児童を「ゼロ」にする、ということを宣言する「有言実行」のものであるのに対して、「境界紛争ゼロ宣言」の方は、本当に実現することを「宣言」しているわけではなく、まさに「宣言的な宣言」なのでイマイチ腑に落ちない感を受けている人も多いのではないか、と思います(正直、私にもそういう感じがありますが・・)。
まぁ、「スローガン」というのは、さまざまな内容を持つものの中からさまざまなものを削ぎ落してつくられるものなので、この一言で十全な内容が言い尽くされるわけではない、と割り切ることも必要でしょうし、これもまた他の「ゼロ宣言」との比較で言えば、似たものに「交通事故ゼロ宣言」があります。
これも「宣言」したからと言って本当に交通事故がゼロになる、というものではありません。それでも「交通事故ゼロ宣言」と言う、というのは、ひとつには「交通事故がゼロになったらいいな」という社会の希望をあらわしている、ということでしょう(この点では「境界紛争」の方は、今の時点ではそれほど切実な社会の希望であるわけではないのかもしれません)。
また、こう言うことによって、「交通事故を起こさないようにしよう」と注意喚起し、啓発をしている、という面もあるでしょう(この点についても「境界紛争」にはあまりあてはまらないかもしれません)。
さらには、「交通事故が起きないようにするための各種施策を講じていきます」ということを自他に向けて表明する、という意味をも持つ、と言えるでしょう。
「境界紛争ゼロ宣言!」は、この最後の意味には当てはまるものだと言えるでしょう。「土地に関する制度として境界紛争が起きないような制度をつくり、それを土地家屋調査士が実践していく」ということを表明するもの、という意味です。

「境界紛争ゼロ宣言!」は、こういう意味でとらえてはじめて意味のあるものです。「待機児童ゼロ宣言」と同じような意味でとらえたら、「できもしないことを言っているだけの空疎で無責任な放言」にしかなりません(そして、現実にはそんな感じになっちゃっているように思えます)。
「制度としてつくっていくこと」「それを土地家屋調査士が実践していくこと」を内容にするものでなければならないわけです。これは、土地家屋調査士が「境界問題解決に最も貢献しうる位置にある」ということの上で、しかし今まで通りのことしかしないのでは実現できない課題としてあります。それは、これまで土地家屋調査士が行ってきたことの枠を超えて行っていかなければならないことなのであり、そのための努力をと伴わなければならないものです。

ところが、まるで今までと同じようなことだけをして、ただ「境界紛争ゼロ宣言!」と繰り返していればいいかのようなことが現実に行われていることになってしまっているのが現状だと言うべきでしょう。ダメだなぁ、と思うところです。

ここで、初めの方に書いたところに戻ります。初めの方で、「土地境界問題」こそが、土地家屋調査士が、その業務を通じて実質的な意味で社会的に役立ち、その専門性を発揮する領域としてある、ということを、書きました。
これは、土地家屋調査士が「不動産の表示に関する登記の適正迅速な実施に寄与する」という、法律で示された役割以外の、社会に対して直接果たしうる役割について、ということで考えるべきことです。
たしかに、土地家屋調査士は、この「不動産の表示に関する登記・・・」ということで、それなりの社会的な役割を果たしています。だからこそ、60有余年の歴史をもってこの社会に存在し続けてこられた、と言えるのでしょう。
しかし、この役割というのは、あくまでも「行政機関の補助をする」という役割でしかありません。行政機関のありかたが、「統治機構」のありかたが問われるこれからの時代においては、この役割だけしか果たしていないのであれば、社会的な存在意義を十分に明らかにすることができない、ということになってしまいます。
そのような「危機感」をも含んだものとして考えているのか?ということを問い返さなければいけないのだと思います。
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