雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

大海で祈る ・ 今昔物語 ( 12 - 14 )

2017-10-06 11:50:38 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          大海で祈る ・ 今昔物語 ( 12 - 14 )

今は昔、
白壁の天皇(光仁天皇)の御代に、紀伊の国日高の郡に紀麿(キノマロ)という人がいた。因果の道理を信じず、三宝(仏・法・僧)を敬おうともしなかった。
そして、長年、海辺に住んでいて、網を持って海に出て、魚をとることを朝夕の仕事としていた。
この紀麿は二人の男を使っていた。一人は紀臣馬養(キノオミウマカイ)といい、その国の安諦郡吉備郷(アテノコオリキビノサト)の人である。もう一人は中臣連祖父磨(ナカトミノムラジオオジマロ)といい、同じ国の海部郡浜中郷の人である。
この二人は紀麿に従って、長年、昼も夜も忠実に働いてきたが、その仕事は、網を持って海に出て魚を獲ることであった。

さて、宝亀六年(775)という年の六月十六日に、風が強く吹き、雨が激しく降った。
このため、高潮が押し寄せ、大小の様々な多くの木が川から流れ下ってきた。その時、紀麿は、この馬養、祖父磨の二人の従者に命じて、その流れ下ってくる木を取らせた。
二人は、主人の命に従って、川岸に出て多くの木を拾い、筏(イカダ)に組み、その筏に乗って川を下ったが、川の水は激しく荒れており、たちまち筏を組んでいた縄が切れて、あっという間にばらばらになってしまった。そのため二人は、共に海に押し流されてしまった。
二人は、それぞれ一本の木をつかまえて、それに乗って海を漂った。だが、二人は互いの状況を知らなかった。とても陸に辿り着く手立てはなく、このまま死んでしまうのかと嘆き悲しんで、大声をあげて、「釈迦牟尼仏(シャカムニブツ・釈迦仏の尊称)、私をお助け下さい」と祈ったが、いくら叫んでも助けてくれる人もない。
そうして五日が経った。水も食べ物もなく、気力は衰え目も見えず、東も西も分からなくなってしまった。

ところが、祖父磨は五日目の夕方、思いもかけず淡路国の南側の田野の浦(所在不祥)という所の塩焼く漁師の住んでいる所に辿り着いた。
馬養は六日目の寅卯(トラウ・午前五時頃)の頃に、同じ所に流れ着いた。
その辺りの人は、この二人を見て事情を尋ねたが、二人とも死人のようにぐったりしていて物も言えなかった。しばらくたって、息も絶え絶えに、「私たちは、紀伊の国の日高郡の者です。主人の命で、流木を拾うために筏に組んで、それに乗り流れを下っているうちに、川の流れが激しく、筏の縄が切れて壊れてしまい、海に流されてしまいました。それぞれが一本の木に取りすがって、それに乗って波まかせに漂って日を過ごすうちに、思いもかけずまるで夢のようにここに流れ着いたのです」と話した。漁師たちはこれを聞くと、気の毒に思って二人の世話をしているうちに、数日が経ち、ようやく気力が回復して、もとのようになった。

その頃、淡路国の国司は[ 欠字あり。名前が入るが未詳。]という人であった。漁師たちが二人のことを申し上げると、国司は二人を呼び寄せて、その様子を見て哀れみ、糧を与えて助けた。
そうしているうちに、祖父磨は後悔しながら、「私は、長年殺生することを仕事としている人に使われて、限りない罪を重ねました。今また故郷に帰れば、以前のように使われて、なお殺生をする仕事を続けるでしょう。そうであれば、私はこの国に留まって、故郷には帰りません」と言って、国分寺に行き、その寺の僧に仕えて住むようになった。

一方の馬養は、二月を経て、妻子が恋しくなり故郷に帰って行った。
妻子は夫を見て驚くとともに怪しんで、「『あなたは海に流されて死んでしまった』と聞いたので、私たちは七々日(四十九日)の法事を営んで、死後の冥福を祈っていたのです。ところが、思いもかけず、どうして生き返って帰って来られたのですか。いったいこれは夢なのでしょうか。それとも霊魂なのでしょうか」と言った。
馬養は妻子にこれまでの事を詳しく話した上で、「私はお前たちが恋しいがために帰ってきたのだ。祖父磨は殺生の仕事を止めるためにあの国に留まって、国分寺に住んで、仏道を修業することになった。私もそうしたいと思っているのだ」と言った。妻子はこれを聞いて悲しんだり喜んだりすること限りなかった。
馬養はその後、世を捨てて発心して山に入り、仏道修行をした。
これを見聞きしたした人々は、「不思議なことだ」と思った。

これを思うに、海に流されて何日も漂流しながら遂には命が助かり無事であったのは、これひとえに釈迦如来を祈願したことによる仏の広大な慈悲によるものである。また、この二人の男が、深い信仰心を持っていたが故である。
それ故に、人がもし急難に遭った時には、心を静めて心から仏に祈念し奉れば、必ずその御利益はあるはずだ、
となむ語り伝へたるとや。

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