雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

一から出直す ・ 小さな小さな物語 ( 860 )

2016-10-12 13:37:41 | 小さな小さな物語 第十五部
犯罪を犯してしまった人から、「一から出直します」というコメントが出されたと報じられています。
犯罪に限らず、本来なら私的な問題で、世間様から厳しく糾弾されるような問題でない場合でも、著名人の場合はそういうわけにもいかず、法的な制裁よりはるかに大きな罰を課されることは少なくありません。世間の人気で飯を食っているのだから当然だという気持ちもしますし、数百年も昔の村社会における「村八分」と同じなのではないかと同情してしまう部分もあります。
しかし、犯罪であれば罪を償い、犯罪に至らなくても迷惑をかけたのであれば謝罪するのは当然として、一つの失敗がすべてを失わなければならない社会というのは、やはりどこかが歪んでいるような気もします。

ところで、最近では「一から出直す」という代わりに、「ゼロから出直す」という言い方もよく耳にします。「一」より「ゼロ」の方が少ないから、より神妙な姿を表現しているのだということらしく、むしろ「ゼロ」の方が優勢みたいな気もします。
本来の日本語としては、「一から出直す」というのが正しいと思うのですが、この場合の「一」というのは「最初から。物の始まり」を表現していると思うのですが、「ゼロ」の場合は、「何もない。皆無」といった感じよりも、「一よりもさらに少ない」といった意味のようで、さらに神妙さを表すためにか、「マイナスから出直す」といった言葉も使われているようです。「一」を数字として捉え、もっと少ないという競争をしている感があります。

いずれにしても、それまで積み重ねてきた富なり地位なり交友なりを投げ捨てて、あるいは失ってしまって、「一から出直す」ということは簡単なことではないようです。
言葉の表現としては簡単に使えますが、実際に、これまでのすべての財産、たとえそれが借金の方がはるかに多いものだとしても、あるいは、それまでの様々な人間関係、たとえそれが苦しい時に離れていったような人ばかりだったとしても、何もかも断ち切って、新しく生きて行くことなど出来るのでしょうか。
「一から出直します」「ゼロから出直します」「マイナスから出直します」など、表現は違っていても、今日からの苦しい始まりを覚悟しての言葉だと思うのです。どの言葉を選ぶとしても、着実な一歩一歩を進めてくれることを祈りたいと思います。

少し言葉のニュアンスは違いますが、私たちには、時には、「何もかも白紙の状態にしてしまいたい」と思うことはあるのではないでしょうか。
「悪夢のようなこの瞬間が夢であれば」「せめてあの日に戻ることが出来れば」などと、そのような事が出来ない事は百も承知の上で、ふと思うことがあるのではないでしょうか。
立派だと言われるような人生を送っていると自負している人も、平々凡々な人生だと思っている人も、よくもこれほど苦しみが続くものだと思っている人も、やはり、それぞれに、思わぬ出来事、予期せぬつまずきといったことはあるのではないでしょうか。
重大な岐路やピンチに立った時、「一から出直す」という心意気は良しとしても、人生は、ゲームのように簡単にリセットできるものではないはずです。
しょせん私たちは、あらゆるしがらみを背負って、酸いも甘いも噛みしめながら歩いて行くしかないような気もするのです。

( 2016.06.02 )
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