雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

比叡山の舎利会 ・ 今昔物語 ( 12 - 9 )

2016-10-14 08:33:20 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          比叡山の舎利会 ・ 今昔物語 ( 12 - 9 )

今は昔、
慈覚大師(ジカクダイシ・最澄の弟子)が震旦(シンタン・中国の古称)より多くの仏舎利をもって帰朝し、貞観二年(860)という年に惣持院(ソウジイン・比叡山東塔の一院)を建てて、舎利会を初めて行い、以後長くこの比叡山に伝えられている。
多くの僧を招き、音楽を調えて一日の法会を行う。比叡山全山の僧がこの法会を営み、今もなお絶えることがない。但し、その日は定められておらず、ただ、山が花盛りの時と決められている。

ところで、比叡山の座主・慈恵(ジエ・第十八代天台座主)大僧正は、この法会を母に拝ませるために、貞元二年(977)四月二十一日[ 年月日の部分は欠字になっており補記。]、舎利を山から下ろし奉って、吉田という所でこの法会を行った。多くの僧を招き、音楽を調え、一日の法会を行った。それは当時、すばらしいことと評判になった。

その後、比叡山の座主[ 欠字あり。「院源」らしい。]は、「この舎利会を、京じゅうの上中下の女が拝めないのはまことに残念なことだ」と言って、まず、舎利を法興院に下ろし奉って、京じゅうの上中下の道俗男女がお参りし、大騒ぎして拝んだ。[ 欠字あり。「治安四」らしい ]年のことである。
そして、四月[ 欠字あり。「二十一」らしい。]日に、祇陀林寺(ギダリンジ)において舎利会を行う。舎利を法興院から祇陀林へお移しする間の様子は、他に例がないほどすばらしかった。二百余人の招僧が四色の法衣を着て、定者(ジョウジャ・大法会の通行で、柄のついた香炉を捧げて先頭を歩く小僧)二人を先頭にして二列に並んだ。唐・高麗の舞人・樂人、菩薩・鳥・蝶(いずれも楽曲名)の姿をした童が左右に並んでいる。音楽の音色がすばらしい。

舎利の御輿をお持ちする者は、頭に兜を着け、身には錦を着ている。
朱雀大通を上って行く行列の儀式はまことに尊い。大路の左右には見物の桟敷が隙間なく並んでいる。小一条院(敦明親王。三条天皇の第一皇子)や入道殿(藤原道長)の御桟敷をはじめ、その他の人々の桟敷の様子は想像されたい。道には宝の樹などを多く植えて、空からは色とりどりの花びらを降らせる。僧の持つ香炉には種々の香をたきくゆらせているのが、とてもすばらしい。
舎利を祇陀林に安置し奉ると、法会の儀式や舞楽が終日行われ、大変趣深いものであった。祇陀林寺そのものの荘厳さもすばらしく、極楽そのものである。

その後、舎利を宮中にも、各宮家にもお移しして後、比叡山にお返し申し上げた、
となむ語り伝へたるとや。

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