雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

心をこめた写経 ・ 今昔物語 ( 12 - 29 )

2017-06-20 08:22:13 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          心をこめた写経 ・ 今昔物語 ( 12 - 29 )

今は昔、
聖武天皇の御代に、牟婁の沙弥(ムロのシャミ・沙弥は、官許を得ていない僧。)という者がいた。俗称は榎本氏、もちろん僧侶としての名前などない。牟婁の郡(紀伊半島の南部にあった。)の人なので、牟婁の沙弥というのであろう。
しかし、住んでいるのは、同じ国の安諦郡(アテノコオリ・和歌山県有田市辺り)荒田村であった。この沙弥、髪を剃り袈裟を着ているが、日頃のふるまいは俗人と変わりなかった。朝夕に家業を営み、昼夜に妻子や家族を養うのに懸命であった。

ところが、沙弥は願を立てて、仏法にそって心身を清浄に保ち、自ら法華経一部を書写し奉った。そのために、この経を書写し奉る場所を設え、身を清めてその場所に入り、これを書いた。大小便の時ごとに沐浴し、改めて身を清めてからその場所に入り、その経を書写する座にすわった。
このようにして書き続けて、六か月で写し終えた。作法通りに供養し奉ってのち、漆を塗った箱を作り、その中にお入れし、他の所に安置することなく、自分の住いの中に清浄な所を設えて安置し奉った。
その後は、時々それを取り出し奉って、読誦申し上げていた。

こうしているうちに、神護景雲三年(769)という年の五月二十三日の午時(ウマノトキ・正午頃)の頃に、その家に突然火災が起きて、全焼してしまった。家の内にある物は皆焼けてしまったので、この経の入った箱も取り出すことが出来ず、「あれも焼けてしまった」と思っていたが、ようやく鎮火した後で見てみると、熱い火の中に法華経をお入れしている箱は焼けないで残っていた。
「不思議な事だ」と思って、急いで近寄って経箱を取って見ると、少しも焼け損じた所がない。沙弥はこれを見て、感泣しながら箱を開けて見ると、経もまた前と同じように箱の中においでであった。
沙弥はますます信仰心を起こして、これを尊ぶこと限りなかった。
世間の人はこれを聞いて、競ってやって来て、この経を礼拝し、尊び信仰心を起こす人が多かった。

まことに、これを思うと、心をこめて写し奉った経なので、格別に霊験をお示しになったことは、この通りである。
されば、誰が仏像を造り経を書くにしても、一心に真心を込めて成すべきである、
となむ語り伝へたるとや。

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