雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天才の努力 ・ 小さな小さな物語 ( 898 )

2016-10-12 08:45:57 | 小さな小さな物語 第十五部
北海道日本ハムファイターズがリーグ優勝を果たした試合を、テレビで観戦しました。
一時は首位から大差をつけられていながらの逆転優勝で、優勝インタビューで監督も述べられていましたが、今年は北海道が台風などの被害が特にひどかったこともあって、ひときわドラマチックな優勝決定の瞬間だったと思いました。

以前に、野球はどのようなスコアの試合が一番面白いかという話題を何かで見た記憶がありました。おぼろげな記憶ですが、「8対7」と「1対0」の二通りに意見が集約したように覚えています。打者から見た立場、投手から見た立場により変わってくるのでしょうが、日本ハムの優勝を決めた試合は、「1対0」の試合の面白さを存分に見せてもらった気がしました。
それにしても、大谷投手のすばらしさには感動を覚えました。本当は、今年の打者での活躍を考えれば、大谷選手と呼ぶ方が適切に思われるほどで、年間を通して言えば、今年は投手としての活躍より打者としての活躍の方が印象が強かったように感じていました。しかし、この試合での投球を見せてもらうと、やはり「大谷投手」であるべきだと強く感じました。
他の投手とどこがどう違うかといえば、専門家でも何でもない私が申し上げるのもなんですが、要は、「物が違う」と思うのです。
おそらく、大谷投手を越える内容で一試合を投げ切る投手もいるでしょうし、年間を通してみれば、もっと安定し、もっと優れた記録を上げる可能性を秘めた投手は何人もいることでしょう。しかし、その風格は、他を遥かに圧倒していて、つまり、「物が違う」と思うのです。

現在、プロ野球の一軍にほぼ定着している選手が、野手で250人、投手で150人だと仮定した場合、この内、年間50本以上のホームランを打つ可能性がある選手は何人くらいいるでしょうか。投手で、安定的に155km/hのスピードボールを試合を通して投げられる人は何人くらいいるのでしょうか。
何かで聞いたことですが、「イチロー選手が、年間を通してホームランを狙えば、50本程度は十分可能だ」とある専門家が言っていました。ビッグイベントの試合前のホームラン競争の代表選手に選ばれたことがある位ですから、おそらく正しい指摘だと思うのですが、彼はその能力を懸命に押さえヒットを生み出すことに大変な努力を注力し、今日の偉大な記録を積み上げ、なお努力を続けているのだと思うのです。
しかし、年間に1桁台のホームランしか打っていない選手の大半は、どんな努力を重ねても50本のホームランは打てないでしょうし、投手も同様で、どんなに努力をしても、誰もが160km/hの直球を投げられるようにはならないと思うのです。
つまり、それぞれの能力には、天分というものが間違いなく存在していると思うのです。

かつて、プロ野球で抜群の成績を刻み続けた名選手は、「これほど積み重ねてきた努力を、人は簡単に天才だという」といった内容のことを語られていました。
天才とか秀才とか、私たちは簡単に言葉にします。日常会話での使用はともかく、例えば、ノーベル賞を受賞した方のコメントなどを聞いていましても、その受賞者を簡単に天才だと表現するのは正しくない気がします。おそらく、人に優れた天分は持っていたのでしょうが、それに加えて、人に数倍する努力と、信じられた偶然なども加味されて、ある発見、ある成果は誕生していることが分かります。
それぞれの分野において、天分豊かな人はたくさんいるはずです。そうした人のうち、大変な努力を積み重ね、いくつかの幸運にも恵まれた人のみが、天才と呼ばれるような人になるのではないでしょうか。つまり、天才と呼ばれるためには、とてつもない努力が最低の条件となっているようです。
そこで、「天分に恵まれていない私などでも、人に負けないだけの努力は可能だと思うのですが、その場合はどうなりますか?」と口にしますと、ある人曰く、「人に負けない努力が出来るということこそ、何にも優先される『天分』なんですがねぇ・・」と。

( 2016.09.30 )
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