雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

思いがけない事 ・ 小さな小さな物語 ( 897 )

2016-10-12 08:48:10 | 小さな小さな物語 第十五部
栗を湯がいていただきました。
旧友が毎年送ってくださるもので、ちょっぴり秋を感じながら、スプーンでほじくりながら頂戴しました。
台風やそれに伴う雨などが多く、当地もこのところ日照時間が極端に少なくなっています。先日の台風の後は少しばかり涼しくなり、「暑さ寒さも彼岸まで」というのは名言だと思っていたのですが、昨日今日あたりは少々暑く、体感的には「秋を感じる」というものではありません。
季節の果物となれば、桃や梨やブドウなども代表的な物ですが、最盛期はまだ暑い盛りですし、ブドウなどはほとんど年中目にすることもあって、どうも季節感に直結しないのです。
その中にあって、このところ毎年送って頂いている栗だけは、日頃、栗を湯がいて食べることなどほとんどないものですから、私にとっては、秋を感じる果物のナンバーワンと言えます。

もっとも、栗が果物の仲間なのかどうかはよく分からないのですが、半分に切った実をスプーンで奮闘しながら、ふと思ったことがあります。それは、この栗の実は、まさか私に食べられるなんて思ってもみなかったのではないか、ということです。
子供の頃、少し離れた山に野生の栗の木が何本かありました。いたずら坊主何人かで実を拾いに行った記憶がありますが、湯がいて食べるほど拾ってきた記憶がありません。第一、いま目にしている実などとは比べものにならないほど小さなものですし、あの鋭いイガイガは防衛本能の塊のように見えました。さらに、必ずと言っていいほど、栗の木には大きな蜂が巣をしていました。私たちはドングリ蜂と呼んでいましたが、本当はクマバチなのかスズメバチの仲間なのかは分かりませんし、栗の木には必ずそのような蜂がいるものかどうかも分からないのですが、今でも私は、栗の木は、その実をイガイガで守り、人が近付かないようにドングリ蜂が守っているものだと信じているのです。
その頑強な防衛網を破られて、私なんかに実を食べられているのは、栗の木にとっては本当に「思いがけない事」でしょう。

もっとも、「思いがけない事」などというものは、世間にはゴロゴロと転がっているようです。
「思いがけない事」と対称的なものを「当たり前の事」と仮定した場合、「対照的な」という言葉を用いたように、それぞれ対になるほどあるのではないのでしょうか。
例えば、今話題となっている、東京都の豊洲市場への移転問題ですが、まさか建物の下がガランドウだったなどということは、世間的には「思いがけない事」だと思うのですが、一部の人々にとっては、指摘されること自体が「思いがけない事」だったのかもしれません。
今となれば、何故あのような土地に食品市場を建設しようと思ったのかと思ってしまうのですが、問題が多く、土地の改良に多大な費用を必要とすること自体が選定の理由であったとすれば、今更グズグズ言われることこそ、「思いがけない事」なのでしょうね。

まあ、一部の人にとっては「思いがけない事」だったのでしょうが、幸い東京都には、小池知事と言うお方が登場しましたので、「思いがけない事」の幾つかは、その正体を見せてくれるのではないかと期待しています。
問題は、あちらこちらで問題が浮き上がってきている地方議会議員の、何ともさもしい犯罪です。もう、「思いがけない事」という範疇を越えているような気がするのです。問題が発覚している議会は、とんでもない状態であるとともに、曲がりなりにもあぶり出す力が働いたとも言えますが、まだ発覚していない市町村や府県などの議会やその市民は、「思いがけない事」が何なのかも気付いていない可能性がありそうな気がします。議員全員が「真っ白」なんてあるのかと疑ってしまうのは、下種の勘繰りでしょうか。
叫んでみても届きそうにもない「思いがけない事」はともかく、せめて身近な「思いがけない事」にオタオタしないだけの覚悟と根性を鍛えておくとしますか。

( 2016.09.27 )

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