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歴史散策  女帝輝く世紀 ( 5 )

2017-02-22 11:20:49 | 歴史散策
          女帝輝く世紀 ( 5 )

女性天皇登場の背景

我が国の最初の女性天皇は推古天皇であるとするのが通説である。
すでに述べたように、実際に即位していたか否かはともかく、また日本書紀に記されている内容をそのまま受け入れるとするならば、神功皇后などはその前後の天皇よりはるかに大きな功績と指導力を発揮しているように思われる。少なくとも日本書紀に描かれている神功皇后は、歴代天皇に比べて見劣りする部分など窺えない。

それより時代は下って、第二十六代継体天皇の登場によって、大和政権が大きく変化したことは確かであろう。一説にあるように、継体天皇の登場が朝廷の入れ替わりであったかどうかは結論を避けたいが、大きな変革があったことは間違いない。
しかし、継体政権は紆余曲折しながらも大和の地に入っているので、それ以前の基盤も文化も多くの物を継承していると考えられる。つまり、王権に大きな変化はあったが、それまでの朝廷の歴史が断ち切られたとは考えにくいのである。それはすなわち、女帝権力に対する評価、女性天皇を容認するのに、それほど大きな拒絶反応はなかったのだと推察するのである。

女性天皇が登場する要因に、巫女説がよく語られる。
古代、ここでは、日本書紀に登場する年代や平安前期までを考えた場合、国家あるいは一族を率いる族長、つまり王たる第一条件は武力であったと考えられる。それは、この時代に限らず、古今東西を通じての原理かもしれない。それ故に王という地位には男性が適しており、女性が就くというのには特別の理由があるか、特殊な能力を有していたと考えることになる。卑弥呼の存在が意識されているかどうか分からないが、女性天皇の条件に巫女、つまり呪術的な能力を求める傾向が強いように思われる。
しかし、我が国の女性天皇が、巫女的な能力故に選ばれたとするのは、どうも納得できない。むしろ、女性天皇も武力つまり強力な軍事力を有していたと考える方が自然のように思うのである。というのは、王の武力とは、刀や矛を持って戦う能力だけを指すとは思えないからである。一族や有力部族の軍事力を率いる能力こそが王の持つ武力であって、呪術的な能力を有していたとすれば、軍事力を補完する能力と捉えるべきだと思うのである。

次に、必ずと言っていいほど唱えられるのは、「中継ぎ説」である。つまり、次に皇位に就くべき人物がまだ幼少であったり、複数の候補者の力が均衡していて混乱が予測される時などに、とりあえず女性天皇を即位させて時間を稼ごうとしたというのである。
この説の背景には、天皇は男性であるのが本来の姿であるという考え方が根本にある。
女性天皇の是非については現在も何かと話題になることがあるが、本稿の趣旨はそのことではない。本稿の目的は、飛鳥から奈良の時代に即位した女性天皇が「中継ぎ」のような立場であったか否かを考えることにある。

推古天皇即位から称徳天皇が重祚するまでの間に、七代の男性天皇が皇位に就いている。在位期間と共に記してみると、
舒明天皇(629~641) 孝徳天皇(645~654) 天智天皇(称制661~668 在位668~671)
天武天皇(673~686) 文武天皇(697~707) 聖武天皇(724~749) 淳仁天皇(758~764)
この他に、天智天皇の後に大友皇子が即位したとも言われ、現在では第三十九代弘文天皇として正式に数えられているが、ごく短期間のことで、天武天皇と戦った壬申の乱の一方の大将であった以上には、朝廷統治という点では実績はないと考え、ここでは考慮しないことにする。
そこで、これらの男性天皇と女性天皇を比べてみた場合、果たして、「女帝中継ぎ説」などというものが納得できるものなのかというのが本稿の主題なのである。

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ジャンル:
小説
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