雅工房 作品集

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砂を供養する ・ 今昔物語 ( 2 - 9 )

2017-06-14 08:24:16 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          砂を供養する ・ 今昔物語 ( 2 - 9 )

今は昔、
天竺の舎衛城(シャエジョウ・古代インドの大国の一つであるシャエ国の首都。)の中に、一人の長者がいた。家は大きく豊かで、財宝は計り知れないほどである。
一人の男の子がいて、その子の容姿は世間で例を見ないほど優れていた。その子が生まれた時、天から七宝(様々な財宝)が雨のように降り注ぎ、家の内に積み上がり満ち溢れた。父母はこれを見て、喜ぶこと限りなかった。
このような事があったことから、この子供の名前は宝天(ホウテン)と名付けられた。その子供はしだいに成長して、仏(釈迦)と出会い、出家して羅漢果(修業過程の最高位)を修得した。

その時にアナン(阿難・高弟の一人。釈迦の従弟にあたる)はこれを見て、仏に申し上げた。「宝天比丘(ビク・僧。ここでは出家者といった感じか?)は、前世においてどのような福業(フクゴウ・善果をもたらす原因となる善行。)を積んで、福貴の家に生まれて、生まれる時には天より七宝を降らし、衣食はもともと十分で乏しい物など何もなく、今、仏にお会いできて、出家して阿羅漢果を得られたのでしょうか」と。

仏はアナンに、「過去世を遥かに遡ること九十一劫(この部分は前話を参照願いたい)の時、仏(釈迦を指しているのではない)がこの世に出現なされた。毘婆尸仏(ビバシブツ・過去七仏(釈迦とそれ以前にこの世に出現した六仏との総称)の第一仏。)と申される。その時に多くの比丘(ビク・出家者)がいて、村落を遊行したが、富貴の長者たちが競って彼らを供養した。そこに、一人の貧しい人がいた。比丘を見てたいへん感激したが、その身は貧しく、供養すべきものは塵一つさえなかった。その人は思い悩んだ末に、一握りの白い砂(イサゴ)を取って、それを比丘に散らしかけて、心をこめて礼拝し、来世の往生を祈願して去っていった。
この遥かな昔に、砂を握って布施とした貧しい人は、今の宝天なのである。その功徳によって、それよりこの方九十一劫の間、悪趣(アクシュ・悪道と同じ。地獄、餓鬼、畜生の三道を指す。)に堕ちることなく、生まれてくる所には天より七宝を降らして家の内に満ち溢れさせ、衣食は自然に満たされて不足する物などない。今、私と会って、出家して阿羅漢果を得たのである」と、お説きになった。

これを以て思うに、私たちは財宝を持っていないとしても、草木・瓦石のような物であっても、まことの心をこめて三宝(サンポウ・仏、法、僧を指す。)に供養いたせば、必ず善い報いを受けることが出来ると信じるべきである、
となむ語り伝へたるとや。

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