雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

書写山の性空聖人 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 12 - 34 )

2017-07-11 08:32:41 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          書写山の性空聖人 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 12 - 34 )

     ( (1) より続く ) 

その後、性空聖人(ショウグウショウニン)は背振の山(筑前国)を去って、播磨国飾磨郡の書写の山に移り、三間(ミマ・柱と柱の間を一間という)の庵を造って住むことになった。
日夜に法華経を読誦したが、はじめは音読で誦し、次に訓読で誦す。それは、舌がよく回って早く読めるからである。しかも、訓読みで誦しても修練を積んでいるので、人が四、五枚読む間に、一部は読み終えていた。
山野の鳥獣がすっかり慣れ親しんで側を離れず、聖人は食べ物を分け与えた。身体にはのみ・しらみが近付かない。怒りの心を起こすことが全くない。
当国や隣国の老若道俗男女が皆やって来て、帰依しない者はない。世をあげて尊ぶこと限りなかった。

その頃、円融院が天皇位を退いた後、重い病に罹ったことがあった。そこで、当時の祈祷に優れた高僧たちが、こぞって参内して祈り奉ったが全く効験が現れなかった。
すると、多くの人々が、「書写の山の性空聖人は長年の法華の修熟者として、世に彼以上の効験を現す者はあるまい。それゆえ、彼を召して祈祷させるべきである」と進言した。
そこで、[ 欠字あり。人名が入るが不詳。藤原忠孝とも。]という武者を召して、その山に遣わした。「たとえ辞退するといっても、必ず連れて参れ」と命じた。
武者は、院の召使い一人を連れて、聖人の乗る馬などを引かせて、急いで播磨国に下った。

その日が暮れると、摂津国の梶原寺(現在の高槻市にあった)の僧房に宿をとった。夜、ふと目が覚めた時に、「書写の聖人は、長年道心が深い持経者(ジキョウシャ・常に経文を読誦する者。特に、法華経をいう。)である。もし、意固地になって参内しない者を、無理やり馬に抱き乗せるというのはどんなものか。極めて恐れ多いことではないか」と思って伏していると、上長押(ウエナゲシ・鴨居の上に渡した横材)の上を鼠が走り回っていたが、枕元に何かが落ちてきたので見てみると、紙の切れ端であった。取って、灯の光に当てて見ると、経の切れ端が落ちてきたのだった。
その経文を読んでみると、法華経の陀羅尼品の偈(ゲ)で、『悩乱説法者 頭破作七分』(ノウランセッポウシャ ヅハサシチブン・・「説法者を悩まし苦しめる者があれば、その頭は七つに裂けるだろう」といった意味。)という所だけが、破れ残っていた。
これを見て武者は、「どうして、このような部分だけが落ちて来たのだろうか」と思うほどに、悲しくなり、頭の毛が太くなるほど恐ろしくて、自分がつまらないことをしているように思われた。
夜が明けると、「そうとはいえ、仰せを承って来たのだ。何もしないで帰るわけにはいかない」と思って、夜も昼同様に急いで、書写の山に登った。

持経者(性空聖人)の僧房に行き着いてみると、水の清らかな谷間に三間の萱葺きの庵が造られている。
一間は昼間にいる所のようである。囲炉裏などが塗ってある。次の間は寝所のようである。薦(コモ)を周りに懸け廻らしている。その次の間には普賢菩薩の絵像を掛け奉っていて、他の仏像は見えない。行道(ギョウドウ・仏像や仏殿の周囲を回って、仏を礼拝する作法。ふつう、右回りに三周する。)の跡が板敷に窪みになっている。見るにつけ、清く尊いこと限りなかった。

聖人は武者を見て、「どのようなご用で来られたのか」と尋ねた。武者は、「一院(イチノイン・円融院を指す。同時に二人以上の院がいる場合に、先になった方、又は実力者を呼んだ。)のお使いで参りました。その故は、ここ数か月病気で、様々のご祈祷を行いましたが、その効験が現れません。今や御聖人様だけが頼りでございます。必ずお連れするようにとの仰せを承りました。もしお連れ出来なければ、私は永久に院に参内してはならないとの仰せをこうむっております。たとえ御聖人様に参内のおつもりがないとしても、私を助けるために参内なさってください。人を破滅に追い込むことは、罪あることでございます」と泣かんばかりの顔つきで言う。(このあたり、いくつか欠字あり推定する。)

聖人は、「それほどまで頼むほどの事ではない。参上することは容易いことだ。しかし、私は『この山から出ません』と仏に申し上げたことなので、事情を申し上げて仏の許しを得よう」と言って、仏間の方に歩いて行ったので、武者は、「これは、油断させておいて逃げようとしているのだろう」と思って、家来たちを僧房の周りに配置して、「御聖人様、どうぞ私を助けると思って、参上してください」と言うと、聖人は仏の御前に座って、鐘を打ち鳴らして、「私は、いま大魔障(マショウ・仏道修行を妨げる悪魔による障害。)にあっています。助けたまえ、十羅刹(ジュウラセツ・鬼子母神と共に法華経の持経者を保護し修行を助けることを誓った十人の羅刹女。羅刹は古代インドの鬼類の総称。)よ」と、大声で叫び、木蓮子(モクレンジ・種子の一種)の数珠を砕けるほどにもみ、額が破れるほど床に打ち付けて、七、八度も繰り返して、身もだえして泣くこと限り無し。

                                     ( 以下 (3) に続く )

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