雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

第三者の目 ・ 小さな小さな物語 ( 899 )

2016-10-12 08:44:29 | 小さな小さな物語 第十五部
第三者機関とか第三者委員会といった言葉を、やたら見る機会があるように思いませんか?
「第三者の目で」とか「厳しい第三者の目で」といった言葉を散々聞かされたため、この手の言葉に拒否反応が出るようになってしまっているのかもしれません。

「傍目八目(オカメハチモク)」という言葉があります。「他人の囲碁を傍で見ていると、実際に対局している時よりよく手がよめる」と言った意味です。つまり、第三者には、物事の是非、利、不利が当事者以上に分かることを意味します。
何か、事故や事件、あるいは利害が紛糾した場合などに、第三者の知恵を借りて公平な解決策を探ろうとする風潮が、近来数多く見られるようになったため、冒頭に書きましたように、やたら目にするようになったのでしょう。

ただ今現在でも、我が国全部を調査すれば、「第三者委員会」「有識者会議」などといった組織は、類似したもの、事の大小にかかわらず数え上げれば相当の数が存在しているのではないかと思うのです。そして、それらのうちの幾つが、完全とまではいかなくとも、ある程度の公平・公正な判断を示すことが出来ているのでしょうか。
ややもすると、というより多くの場合が、アリバイ作り、言い訳の補強、極端な場合は、自説を強行させるために設置されることが少なくないような気がしてならないのです。これは「有識者会議」とか「専門者会議」といった、社会的に優れた人物とされる人を集めた委員会といえども、それぞれの分野には優秀な人はたくさんいるわけで、恣意的にメンバーを選べば、主催者の意向を補強することになることは、数多く見てきたような気がするのです。
と言って、猫に鰹節の数を数えさせるわけにはいきませんから、どうしても「第三者の目」を借りないわけにはいかないでしょうから、要は主催者の本気度、公平・公正な人物をどれだけ集められるかにかかっているのでしょう。

「第三者委員会」が主催者の意向を補強する機関になりがちなのは困ったものですが、もっと困った状態が登場してきました。
今話題の、東京都の豊洲市場の汚染土対策問題では、とんでもない変更がなされながら、誰一人決定を下した人物がいないというのです。つまり、この企画や管理に関わった人物の中には、一人として責任者はいなかったようなのです。知事以下末端の管理職すべてにです。大勢の人たちが関わったのでしょうが、当事者は一人もおらず、すべてが第三者だったようなのです。
まあ、こんな組織は何も豊洲市場に関わる組織だけでなく、全国至る所に満ち溢れているのでしょうから、今回のことをあまり責めることも出来ないのでしょうが、困ったことは、第三者のように責任は担わないにもかかわらず、「傍目八目」のような冷静な目も持っていなかったらしいことなのです。
新都知事の奮闘に期待したいものです。

( 2016.10.03 )
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