雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

挫折 ・ 小さな小さな物語 ( 886 )

2016-10-12 09:45:01 | 小さな小さな物語 第十五部
リオ・オリンピックは、いくつかの問題はあったとしても、無事終了しました。大成功と言えるのではないでしょうか。
閉会式では、いよいよ日本に五輪旗が渡されるセレモニーがありました。都知事の艶やかなく和服姿を見ていますと、ゴタゴタした都知事選も行われたことが正しかったように思われました。さらに、知事に対抗したわけではないのでしょうが、首相も大活躍で、東京アピールも成功だったのではないでしょうか。
そのオリンピックですが、惜しくもメダルを逃したとか、期待に反して惨敗に終わってしまったとかなどで、わが国の選手に限らず涙を流した選手も多かったのではないでしょうか。

ある記事で、「今回の挫折を無駄にするな」といった内容のものを見ました。おそらく、今回思うような成績をあげることが出来なかった失敗を糧にして今後飛躍してほしい、といったエールなのでしょうが、ちょっと違和感を感じました。
大きな期待を担って、その重圧に押し潰されたショックは小さな物ではないでしょうが、「挫折」などというものは、そうそう簡単にされては困るような気がするのです。
例えば、某国のメダリストが、狂言強盗被害らしい行動をとったことがニュースになりました。この選手には、スポンサーを失うなど厳しい社会的な制裁が発生しているようで、それこそ何のためのオリンピックだったのかと、同情してしまいます。この人物のような状態を、「挫折」という言葉で表現するのは正しいのかもしれませんが。

私たちは、「挫折」という言葉を使う機会は結構多いのではないでしょうか。
人生の一大事というほどでもない失敗で、私たちは簡単に挫折し、他人が落ち込んでいると、挫折を乗り越えてこそ成長するのだ、などと気軽にこの言葉を使ってしまいます。
しかし、これは「挫折」に限ったことではありませんが、人によって受け取り方に差が大きな言葉のような気がします。
ある辞書によれば、「『挫折』とは、ヤスパースの哲学における基本的概念で、人間がもはやその悟性や意志によって離脱することが出来ない限界状況・・・」以下、まだまだ説明が続くのですが、割愛させていただくとして、つまり、私たちが日ごろ気軽に使っているものとは、相当違う重さも持っているように思うのです。

私たちは生きていく上で、とんでもないことを仕出かしてしまうことがあります。
芸能人などの例で言っても、考えられないような破廉恥な犯罪を犯したり、変な薬物に手を出してしまったり、何が原因だか知りませんが、どこかで階段を踏み外してしまう人は、決して少なくありません。
犯罪にまで至らないまでも、重要な約束を破ったり、かけがえのない人を裏切ってしまったり、細い糸のような生活基盤を断ち切ってしまったり・・・、私たちは、数多くの「挫折」を味わってしまいます。しかし、少し角度を変えてみれば、その挫折は、哲学者が定義しているほどのことではなく、「七転び八起き」のうちの「一転び」なのかもしれません。
苦しい時には、誰でも弱気になってしまいます。でも、どうにもならない「挫折」もそうそうあるものではないと考えたいと思うのです。

( 2016.08.25 ) 
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