雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

朱に交われば赤くなる ・ 小さな小さな物語 ( 878 )

2016-10-12 11:40:06 | 小さな小さな物語 第十五部
悲しいことですが、信じられないような事件が起きてしまいました。
被害に遭った人それぞれに、懸命の人生があったと想像するのですが、それが全く突然に断ち切られてしまったことに、どういう言葉でお慰めすればよいのでしょうか。報道によれば、被害に遭った方々が、多くのハンディを背負っていたということですから、さらに言葉を失ってしまいます。
ただただ、ご冥福をお祈り申し上げます。 合掌。

こう言う事件が発生すると、必ず、「事件を防ぐことが出来なかったのか」「加害者の生い立ちや環境がどうであったのか」「性格がどうであったのか」など様々なコメントが報道されます。
今後、同様の事件を何とか抑え込むために検証は必要なのでしょうが、あまり役立ったという話を聞かないのが残念です。
悲惨な事件が発生すると、少年犯罪や、常識では到底理解しがたい犯行に及んだ加害者に対して、その生い立ちや環境、そして、社会の責任といった意見が登場してきます。今回の事件の加害者についても、現段階までの報道でも、幾つかの異常な面が浮かんできており、これに社会が、全くと言わないまでも、ほとんど対応すべき手段を持っていないことを、私たちは突き付けられます。

「朱に交われば赤くなる」という諺があります。中国の古いことわざから来ているそうですが、「墨に近付けば黒くなり、朱に近付けば赤くなる」といった内容だそうです。
辞書などにある言葉の意味は、「人は関わる相手や環境により、良くも悪くもなる」と言った意味のようです。
ただ、どうでしょうか? 私たちが使う場合、ほとんどが「あんな奴と付きあっていると良いことはないぞ」と言った意味で使うのではないでしょうか。
つまり、「朱に交われば赤くなる」の「赤」は悪くなるという意味の方が断然多く、「よい人物と付きあっているから、彼は性格が良くなった」と言った場合、この諺を使うことは少ないように思うのです。これは、個人的な感覚かもしれないので断言はできないのですが、染まり易いのは悪であって、善ではないような気がするのです。

概ね平均的な環境で育ち、概ね平均的な教育を受けても、社会になじめない人はいるものです。
比較的厳しい環境で育ち、平均以下の教育しか受けられなくとも、社会になじめない人が断然多いかといえば、少なくともわが国の場合はそれほど大きな差がないような気がするのです。
具体的なデーターを持っているわけではありませんので、まことに無責任なことで申し訳ないのですが、例えば私自身は「何だかんだと文句を言いながらも日常生活を過ごすことが出来ている」のは、家庭や地域や職場などの全部あるいは一部に助けられているからだと思うのです。知らず知らずのうちに、「『良い朱』に交わることが出来ている」ということなのかもしれないのです。
何だかややこしい話になってしまいましたが、私たちは、日常生活の中で、「たくさんの『良い朱』に交わる」ことが出来ているお蔭で、無事な日々が送れているような気がするのです。
「朱に交われば赤くなる」が、ややもすると「悪くなる」という意味に取られがちなのは、『悪い朱』はごく少ないため目立つからだと思うのですが、どうでしょうか?

( 2016.07.29 )

 
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