雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

国家権力の在り処 ・ 小さな小さな物語 ( 939 )

2017-04-22 10:01:20 | 小さな小さな物語 第十六部
いやしくも一国が独立を保ち、それなりの秩序ある統治を行っていくためには、その頂点に立つ権力が歴然として存在する必要があると思われます。
かつては、その多くは絶対君主制と呼ばれるような形であり、一人の絶対的な権限を掌握した君主による統治が行われていました。その政治形態、あるいは国家統治体制は、極めて簡潔であり即断性に優れていたと考えられますが、同時、トップに立つ一人の資質によって、国家全体が極めて大きな影響を受けることにもなります。

いえ、別に国家統治の歴史を学問的に述べようなどといった大それたことを考えているわけではありません。
しかし、昨年から今年にかけては、政治とか国家運営など全く興味も縁もなかった私などでも、いろいろ考えさせてくれる教材が登場してきています。
一つは、ある大統領のまさに失脚しそうな事件が、近代国家においても発生し、それを抑制し補完する体制がどのようなものなのかを、テレビが詳しすぎるほどに報じてくれたことです。
今一つは、超大国に、少なくとも最近にはいなかったと思われるスタイルを見せてくれている大統領の登場です。
民主主義の発祥はおそらくヨーロッパなのでしょうが、二次大戦後のわが国が手本としたものはアメリカが示す民主主義だったのではないでしょうか。
この二人の大統領は、私たちに民主主義の在り方や、「国家権力の在り処」等について考えさせてくれています。

トランプ大統領がサインしている大統領令の是非については、ここではテーマと致しません。
私が興味を引かれたことは、アメリカ大統領は、議会などの意向などと関係なく単独で相当の権限を発揮できるということです。わが国の首相の権限では、とてもあれほどのことは出来ないはずです。
同時に、アメリカの裁判制度がどうなっているのか全く知らないのですが、連邦裁判所とはいえ、一地裁において、その大統領令を憲法違反の疑いなどで凍結することが出来るということは、これも大変な驚きです。その結末がどうなるとしても、司法権というものが独立しているように見え、果たして、わが国の司法権に同じような抑止力があるのか、考えさせられました。

世界中にいくつの国家があるのか知りませんが、国連の加盟国は193だそうで、わが国が承認している国家の数は195だそうですから、わが国を加えて196という数が算出できます。しかし、国家やそれに類似した組織は、わが国の承認など関係ないわけですから、おそらく、国家らしいものを加えれば、200は遥かに超えることでしょう。
さて、それらの国家において、近代国家の象徴ともいえる「権力分立」が確立されている国はどの程度あるのでしょうか。権力の分立と言えば「三権分立」に代表されますが、「五権分立」という国もあるようです。
我が国では、立法・行政・司法の三権が分立している建前になっています。世界中の国の中で、我が国は相当うまく運用されている方だとは思うのですが、現在のような平和時でなく、戦争とまでもいかなくとも、緊迫した時代になっても現在の体制は揺るがないものなのかどうか、大きな課題だと思われます。
我が国のような議院内閣制の国家は、立法権と行政権が極めて接着しています。よい面悪い面両方あるのでしょうが、アメリカなどとは、相当違う政治風土が育つといえましょう。
また、「権力分立」は決して国家の分立を目指すのではないことは当然のことですが、ややもすると、激しい対立を生む原因になることも懸念されます。
三権分立を憲法に定めることは簡単ですが、本当の「国家権力の在り処」がどうなっているのか、その運用の良否こそが国家の品格というものではないでしょうか。

( 2017.02.09 )
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