雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

「秋は月」ですが ・ 小さな小さな物語 ( 889 )

2016-10-12 09:32:29 | 小さな小さな物語 第十五部
『 春は花 夏ほととぎす 秋は月 
    冬雪さえて 冷(スズ)しかりけり 』
これは、曹洞宗の開祖である道元禅師の著名な和歌です。
和歌の中に書かれている言葉は、どれ一つとして難解なものなどなく、しかもそれを春夏秋冬の順に並べられており、実に一般人にも受け入れやすく詠まれています。
ある解説では、この和歌を、「道元禅師が、永平寺の厳しい自然の中で、日本の四季を詠んだものである」と注釈しています。まさにそのような雄大で厳しい背景があればこそ、この和歌が誕生したのかもしれません。

昭和四十三年(1968)、ノーベル文学賞を受賞した川端康成氏は、その受賞記念講演「美しい日本の私」の冒頭でこの和歌を披露しています。美しい日本の自然・四季の変化を紹介し、最後の部分で、禅の心につながっていると結んでいます。
確かに、この和歌が誕生したのは、宝治元年(1247)、鎌倉において、時の執権・北条時頼(同夫人とも)の求めに応じたとされる題詠のようです。題の「本来面目」という言葉を正しくはどう理解すればよいのかということもありますが、この誕生した経緯からすれば、冒頭の和歌が単純に日本の四季を詠んだものではないことだけは確かなようです。

まあ、禅の心といったことを述べるのは私には無理なことなのですが、冒頭の和歌が、日本の自然の移り変わりの美しさや哀れさを表現している代表句の一つであることは分かりますし、その素晴らしい自然に身を任せるように生きることに何かのヒントがあるように漠然とは思うのですが、さて、それで何かを得たかと聞かれますと、「何とも面目ない」という答えになってしまいます。
もっとも、多くの名作を世に残し、ノーベル賞を受賞し、冒頭の和歌を全世界に紹介した川端康成氏とて、その最晩年を考えると、果たしてこの和歌の本髄をどれだけ受容していたのでしょうか。

「禅問答」などというものは、わけが分からないものの代表となっています。
しかし最近では、季節の移り変わりも、これに負けないほど分かりにくくなってきています。
気象庁などをはじめ、一般的には九月から十一月を秋として、四季を三か月ごとに区切っています。「立秋」などを季節の分かれ目とする考え方はほとんどなく、こちらは「暦の上では秋」と表現されるのがふつうで、「立秋」は猛暑日にうずまりそうな頃です。
九月になっても、どこに秋の気配を見ればよいのかという声もあるでしょうし、この数日の厳しい自然の猛威はどう対処すればよいか怨みさえ感じてしまいます。 
けれども、私たちは、日本列島という自然の中に生きています。地域差は大きいとはいえすばらしい四季に恵まれています。「秋は月」と道元禅師に教えられて夜空を見上げてみても、なかなか秋を感じられないのですが、このすばらしい自然の変化をたとえわずかでも感じ取れる感性を磨きたいものです。

( 2016.09.03 )
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