専業農家への道

自然の営みに沿って、みなさんとわたしたち家族を養ういのちを育み、暮らしてゆくためのまなび

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物は考えようだと思うんやけど、

2011-06-23 20:14:40 | Weblog

よく、雨の日は休み?とか聞かれることがあるけど、
雨の日でも苗の定植はできるし、
屋根のあるところで肥料作りだってできる、
収穫は約束された日に商品を届けないといけないので
雨など関係なしにやる

そして、ほんとうにこれらのこともする必要のない雨の日は、
勉強したり、計画したり、頭の中をまとめたりしたい、、、

一日休みにして遊びに行くなんてことは、
冬の終わりから春先くらいにだったらできるだろう

生産量を減らせば休みくらいできるが、
かしこい方には分かることだが、
やりたくもないことをいろんな方面から押しつけられることになる

意外にも家族を持つたいていの男性のサラリーマンの方よりも、
自分で使える時間もお金も多い

いろんなシュミレーションをして機械を買ったり、
その他資材を買ったり、
勉強するのも仕事の内だが、
進んですることなので知的好奇心が満たされる娯楽であるとも考えられるが、
その為にかける経費だったり、

それらのことにかける時間や、実践する時間、
こうしてブログを書く時間、
仕事だが、自分の意志で選択して使う時間

そういう点で、週休2日しかなくて、あとは苦役に耐える生活、
そして、給料もボーナスも全部家に入れて妻に管理してもらう生活よりも
ずっと時間もお金も使えると言えると思う

はた目から見ると一日も休みがなく大変、みたいな目で見られることもあるが、
思ったことをやる時間、思ったことをやるために使うお金、
であれば、
小遣い的な使い方よりもはるかに満たされると考えられると思うのだが、

負け惜しみだったりして


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ニンジン栽培の反省

2011-01-23 11:58:38 | Weblog

8月18日に播いたニンジンがこんなに大きくなってしまった

 


股根も多い

 


700g超えるものもある

今回は地上部をみて特に大きそうなものだけを収穫してきた

これほどでないにしても他のも割と大きくなってしまっている

 

年末に出荷するには良い大きさだった
この寒い中、肥大していったのか?

年明け出荷の分は9月に入ってから播いた方がいいのかもしれない
施肥、播種量を見直すのはもちろんだが、、、

 

年内、向陽2号
→年明け、陽州五寸

という
おすすめパターンがあるようだが、
もう一回だけ、恋ごころでチャレンジしよう

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農地返還

2011-01-05 21:21:06 | Weblog

いえ、タイトルは農地転換の書き間違いではないです

~まだしつこく続くのかこのブログ  楽しんでやって下さい

 

 かなり前の記事になるが、

旅行中の旅行 其の四

ここで紹介した畑が約30年ぶりくらいにこちらに返還され、

そして代わりに借りていた15aの畑を返すことになった

 

突然去年の11月の終わり頃、畑を貸していた間宮さん(おじいさん)がやって来て、

「換え事していた畑を元に戻したい」、と母しかいない平日の昼間にやってきて話をした

 

前に記事に書いたとおり、

土は壊滅的な状態

キュウリを集約してやりたいから貸してくれと農協も一緒になって頭下げてきたのでやむなく貸したという経緯があるのだが、

その後、息子が花卉をやりだした

いつしかハウスは台風で壊れ、そのまま何年も放置されていたが、

草の生え方が異常なのは先の記事の通り

 

そして去年3月、

消防車が来る騒ぎがあった

その壊れたハウスのビニールを畑で燃やし、火柱が上がったので通報されたようだ

臭いもひどかったという

 

間宮(おじいさん)は

「ここは3年間農薬を使ってない。ここで野菜をやればいい」

と、言った

 

まあ、ウチが農薬を使わずにやってることは近所の人ならみんな知ってる

有機JASの基準なんかを持ち出してこんな下品なことを言い出したのかと思うと、

汚ねえな…、その口

って思ってしまう

 

ダイオキシンがどれほどの毒性を持ってるかなんて、

専門的な知識はないけど、

塩ビを畑で燃やし、鋤込むなんて、

まだ、農薬を去年まで使用してた畑の方がマシだと感情的には思う

農薬の種類にもよるが…

 

ウチのおじいちゃんがした契約なので(口頭)、わたしが話をしに行くのも筋違いとなり、

父が出かけていった

 

間宮(息子)さんによると、

市役所の方から農地転換もせずに駐車場をやってるとウチの方に通報が来た

税の申告とかもちゃんとやってるのか?

12月末までに畑を返せば、その通報者も何もとがめないと言っている

返さないと言うんだったらその辺は知らんよ

ワシはノータッチやけんね

 

ということで、なぜ12末で返せばとがめないか全然理解できなかったが、

もう返そうということになった

 

不可解なまま、畑に植わっている玉ねぎ苗5000本を抜いてるとき、

畑の隣の家の人が出てきてこういった

「ほんと、突然たいへんやねぇ、

まさかここに家が建つとは思わんかったわぁ」

 

は?

 

私たちは固まった

 

「知らんかったん?

この前間宮(息子)さんと三和建設?か何かの人がきて、下見してたよ」

 

不可解な謎がそこで解けた

 

3月にハウスを片付けた時点からもう農地転換の手続きに入っていたのだろう

 

近くにスーパー(オークワ)が立つので、どっちから先に持ちかけたかは判らないが、

農地転換云々なんて建設会社の入れ知恵なのか、何なのか

 

なんしか、

ウチの父はずっと地域と一体となって、

行事やイベントなどにも参加してきた

根が真面目なのだ

 

地域で仲良くやって行くには人間関係を円滑にしなくてはならない、

行事や役にもちゃんとでたほうがいい

というけど、

 

その結果がこれか?

 

どうやったら相手をやり込めて思うとおりに進めるかしか考えてない

 

それとも、

まだ地域に尽くしてきたからこの程度で済んでるのか?

 

もともと、付き合いとか、

超億劫な私が、わざわざそれをやる動機が失せてしまう事件だった

 

※元花卉ハウス跡農地では野菜栽培しませんのでどうかご安心くださいね(^_^)v

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ぼやき

2009-12-30 21:59:59 | Weblog

なかなか、農園の売上を公開するなんてのはないだろうけど、
今月の売上は30強になる見込み…、
その大半が直売所だ

プラス、私がアルバイトをフルタイム&残業までしているので世帯収入としてはまあまあだとは思われるが、

家族の負担が大きい

妻は妊娠初期の大事な期間に動きすぎて、医者に家事すら止められた

義母は毎朝寒い中納品に行き、その後すぐに次の収穫、洗い、袋詰めを休憩もほとんどとらずに家事と共にこなした

高齢の祖父母は赤ちゃんの子守を買って出てくれたが、好きなこともできず家族に頼みたいことも忙しい我々に遠慮して頼むこともできず疲れてしまった

それもこれもみんな私のせいということになる

 

今からちょうど3年前に岡山のニンジン農家さんから聞いた警告を思い出した
「有望な新規就農者が2人、体を壊して辞めた」
「雑誌などにも取り上げれられたりしていたが、無理がたたった」

 

…、
今の規模、機械類からの限界が少し見えてきた

ニンジンをスコップと手で収穫して、(2時間/2人)


2本ずつ突っ込めるタイプの野菜洗い機で土を落としてきれいにし、(2時間/2人)


ムシロに広げて乾燥させ、(この間昼食)

袋詰めをする(1.5時間/2人)

そのほかに納品、たの野菜の収穫


これを1人で、夜中まで袋詰めしても栽培期間を考えると満足に食える収入は得れない(この季節、管理作業無しの収穫、納品のみ)

家族のフォローでようやく食える程度にはなるかも知れないが、
そのギリギリの収入と、重労働が不安要素となる

これが今の規模の限界…。

 

これを、
思い切って投資をして、
大がかりなニンジン播種機、収穫機、農地面積拡大、ニンジン洗い機、選別機などを揃えると数でそれなりに力を持てるかも知れない
ランチェスターじゃないが、強者は何かと有利なのだ

そのかわり、投資の回収には数年かかる、もしくは回収できずに潰れる

ここを思い切れないことには、限界が見える…

 

おしっこシャーのビビリマンに変身するまでもなくとっくにビビリの私はおそらく、
無借金でやっているのは無意識でいつでも退却できるためか?


そりゃあ勤め人であったって安心できる世の中では全然無いが、
農業を続けることによる不安要素はそれよりとてつもなく大きい

 

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臨機応変といえば聞こえがいいが、

2009-12-22 23:46:04 | Weblog

気まぐれの更新です

特にまだ、友人たちにも話していないことなのですが、
妻に第二子が宿りました

予定日は真夏ごろ

それを受けて家族会議を数回した結果、
とりあえずその2人目の子が幼稚園に入るまでは
勤めにウエイトを置くこととなりました
それは最低でも3~4年間となる

その理由は
来年以降、妻の労働力がまったくあてにできなくなること
義母の農作業にかける負担の限界、
さらに高齢の祖父母
だがきっと一番大きい要因はこの一年の私の農業収入だろう

3~4年経てば義父も嘱託で行っている会社を否応なしに辞めている
その時に専業で農業を再開したなら男手は私と2人

そして2人目の子が幼稚園に入り、妻も手伝いができる

……、

 

しかし今回のこの農業の縮小…、
こうなったのは納得せざるを得ない

そう、これからの3~4年間も農園は縮小するだけで辞めはしない

この勤めの間に本格的な戦略が練れれば、とも思うが実際はやっている中で展開展開により臨機応変に突っ走るしかない 

…、
それに自分で自分の農業経営者としての資質にもちょっと疑問を感じている

そんな中で3~4年後に農業の本格再開に家族を納得させ、踏み切れるかはわからない

ただでさえ家族は農業を再開してほしくないだろうし

そして農業という産業に、やや失望している自分もいる
よしんば生計を成り立たせられるとしても毎日必死すぎるほど必死とならなければならないだろう
それは言葉で言うと簡単だが
必死というのはそこから逃げたくなるもの

逃げずにいられるか?

 

…、
とりあえず今は今のことを、
人生を楽しみつつ
前向きにがんばるだけだ!

 

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