高田渡デビュー
今日は、4月16日。 高田渡氏の命日である。
今日は一日、高田渡を偲んで、彼の作品に浸るつもりです。
高田渡のデビュー・アルバムはURC第一回配布(会員制)の
URL-1001『高田 渡・五つの赤い風船』で、所謂あの
カップリング・アルバムで、1969年2月に配布された。
ご存知と思うが当初URCは、一般レコード店では販売せず
会員を募り、毎年2・4・6・8・10月にシングル2枚と
LPを1枚づつ配布していた。
その第一回配布のLPが『
高田 渡・五つの赤い風船』であった。
その時のシングルは、
URC-S0001『
イムジン河・リムジンガン』ミューテーション・ファクトリー
URC-S0002『
坊や大きくならないで・もしも戦争になったら』ティン・コンソン
というものであった。
このシングルも中々貴重な音源だと思う。
まず
ミューテション・ファクトリーは、元フォーク・クルセダースの
メンバーを中心としたグループである。
残念ながらこの後ほとんど活動をされておられない。
メンバーは、松山 猛、平沼義男、芦田雅喜の3名で、録音の
ディレクターは、北山 修氏となっている。
そして「坊や大きくならないで」はご存知の方も多いと思うが、
マイケルズや加藤登紀子、高石友也でも有名だが、この曲の作者が
このティン・コンソン(トリン・コンソン)だ。
当時、南ベトナムで活動されていたプロテスト・ソングによる
反政府活動をされていたSSWであり、この録音は当時、朝日放送
(筑紫哲也氏の番組)のインタビューで録音されたものである。
政府および情報部から追われており、取材場所も伏せられていた。
第一回配布のレコードとして、この3枚が選ばれたあたりも、当時の
URCの姿勢をよく表していると思う。
そして、当初は会員配布のみであったのが、時間の経過と共に通常の
レコード店への出荷も始まるわけだが、その時にレコードに同封されて
いた
アンケート葉書が出てきたので、参考に貼り付けます(笑)。
話が横道にそれてしまいましたね(笑)。
高田渡氏のファースト・アルバムが何故カップリングになったのか?
おそらく、彼の当時の持ち歌(この表現は嫌いだが)の数からだと思う
のだが、URCの第一弾にこの高田渡と五つの赤い風船が選ばれたことは
当時の高石友也事務所に所属していたメンバーから容易に想像できる。
とは言え、高田渡氏が高石事務所に所属するのは69年だが・・・。
このアルバムは、68年11月に大阪毎日放送のスタジオでライブ録音
されたのだが、そう言う意味では、「自衛隊に入ろう」については
1968年京都フォーク・キャンプの方が早い録音となる。
ミューテーション・ファクトリーのシングルも同じくこの毎日放送で
同じ時に録音されたと記憶している。
しかしながら、この当時の渡さんの音源を聴いて感じることは、全く
今と変わっていないことである。
見事なまでに変わらない人である。
しかし、眠れない・・・。
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