空っぽの家

四人のそれぞれ (フィクション)

最終章

2010-10-12 15:04:36 | 日記
すっかり遠のいてた。
実は、IDとパスワードを忘れたのが、その理由。

家の人が、立ち直ったんだかどうだか不安は残るけど、一応は笑いもし、趣味らしきものを見付けたようなのです。

昨年の8月に息子が再婚をして同居が始まって直ぐに家の人と嫁がうまくいかなくて、娘の計らいで家の近くにアパートを借りることができたのね。
そのアパートは病院が経営する老人ホームへの予備軍の集まりだったんだって。
住人の中に一人だけ若い女の子が住んでいて、その人が家の人の上だったのよ。
家の人ったら、お節介にもメモにね、何時であっても構わないから入浴やトイレを遠慮なく使ってくださいと書いてポストに入れたの。家の人らしいと言えばそうなんだけど、お節介だと思う人もいると思うのよね。

ところが、その日の夕方、彼女が家の人のドアを叩いたの。
お礼だと言って果物を持ってね。
家の人は、古いタイプのコテコテ大阪人でしょ?
直ぐにどうぞとか言って上げてさ、珈琲なんぞ出して世間話をしたの。
彼女は中国からの留学生で、家から東に行ったところの大学院生だったのね。

バイトしながらの通学は大変だろうと、夕飯を作る約束をしたの。
毎夜、彼女は訪ねてきてね、一緒に夕飯を食べながら国の話や四方山話に花が咲いてさ、それはそれでありがたいと思ったの。
賑やかな大阪しか知らない人が、いきなり度の付くほどの田舎暮らしだったから、とても心配してたから、ほんとうに良かったと思ったの。

家の人が、大学院の卒論は出来たのかって聞いたのね。
すると彼女は苦しんでいるところだと言うのよ。
家の人のお節介が頭をもたげ、手伝ってあげても良いよと言ったので大変。
知りもしない学問を勉強する羽目になったんだもの。それに彼女が2年間積んできたことを数週間で書き上げなければならないんだものね。
彼女から借りた資料が山積みで、それをコピーせずに論文用語に言い換えて整理していくんだもの時間が懸かるわね。

十一月に入り、いよいよ完成させなければとなって、彼女の薦めで同棲しただしたのよ。
上と下だけど、上の彼女の部屋で論文を書き、洗濯、炊事に掃除までの日々は、淋しいなんて考える時間なんて無いし、何日も徹夜するなんてことも多かったわ。
最初はさ、私だって親子以上に歳が離れているし嫉妬するよりありがたい気持ちの方が強かったから、ごくろさんと思ってたのよ。

ところがさ、学校が冬休みに入り、彼女のバイトが休みの前日からおかしくなって、男と女になったのよ。
家の人ったら、30歳の彼女の言いなりなのね。
そりゃぁ〜無理もないと思うんだけどね、食材を買い、衣服も買い与えられてまるで女房みたいだったわ。
月の物で汚れたシーツを洗い、下着を洗い、アイロンをかけてバイトから帰る彼女の夕飯を用意してる姿は可哀想でもあり、可愛いとも思ったのは正直なところなの。
だって、私は彼岸の川向こうだから手出しできないものね。
家の人の幸せだけを願ってたから、一時期の走り病と思えばね。

その彼女の論文が教授に褒められ、今後の生徒の見本にするとかで50部を印刷して学校の図書に40册、本人に10冊が配されるんだとさ。
ところがね、卒業の面談の時に、他の教授から経営学よりは理系に近いねと一言あったのだそうなのね。そりゃ〜さ、家の人は理系だから仕方ないわよね。

でもね、論文を作成しているときの家の人の楽しそうだった顔は忘れられないわ。開業して間無しの頃、注文を貰って頑張ってた頃と同じ顔してたんだもの、こちらまで嬉しくなって、彼女に感謝したものよ。
その彼女の卒業が決まり、帰国することになった時はどうなるかと思ったものよ。私が彼岸へ渡った時のように自殺を考えるんじゃないかとか、自棄を起こすんじゃないかと思い出し、そりゃぁ〜心配したわよ。
でもね、彼女の嫌なところも見ていたようで、心配するほどの事もなかったのが救いだったわ。

まずは、めでたしめでたしね、これでこの項を閉めるとするわね。
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第二章一項

2009-09-07 19:11:47 | 日記
母の死を受け入れられない父は、母を引き取りに来た病院の車に一緒に乗せて薬殺
して欲しいと願ったが、叶うはずもなく、日が過ぎる。
家には息子夫婦に娘夫婦が数日宿泊し、無心に遊ぶ孫を目で追っている父の目は空虚だった。

その後、父は娘の家に引き取られた。
そこで一月程を過ごしたが、大阪が恋しくて帰って行ったが、真一郎の姉は不安だった。
母を失った父親が、生きていてくれる事を祈るばかりだった。

大阪へ帰った父だったが、家に入れずにホテル住まいをしているのだと知った。
その費用だけでも月に20万円は消える、食事はどうしているのか、不安は募るばかりだった。
幸いに、メールという手段で時折は消息を知る事ができるのはありがたいと思った。

父に彼女が出来た?
父が食事をしようぜと連絡が入り、彼女を含めて真一郎の家族も集まった。
ところが、何と若い、いや若過ぎるではないか。
父は60歳を超えたというのに、彼女は23歳だそうだ。
娘が母親と同じ歳に子供を産んでいたら、孫ともいえる歳じゃないか。
だが この事で、父が後追いを考えなくなればそれはそれで 善しとしよう。

娘は父が新たにバイクを買ったと聞いた。
無茶な乗り方をしていると真一郎から聞いたが、不安だった。
続く
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第二章

2009-09-06 11:28:02 | 日記
父は、母のメモに続けて書き殴った。
僕にはお前の居ない人生は考えられない、愛しているよ、と書いた。
胸騒ぎの収まらないままに、ハーレーに乗って会社に向った。
会社のドアを開け、中に入った時だった、携帯電話に母からのコールだった。
嬉しさに出ると以外にも男性の声が聞こえ、動悸が強まった。
『こちらは和泉佐野の警察ですが、この電話はどなたのですか?』

父「はい、妻の電話です」

警察『すいませんが、こちらまでご足労願えませんでしょうか?』

父「どうゆう事ですか?」

警察『今朝早くに、漁師が奥さんらしい遺体を発見しまして、海辺に車とバッグが置いてあったんです』

父・・・・・・・・・体中の力が抜け、立っていられなかった。

父「はい、直ぐに伺います」

真一郎が出勤すると父は和泉佐野へ行くと言い、社員に留守を頼んだ。
真一郎は訳の判らないまま、父の言う道を走らせた。
車中、父は手短かに今朝からの一連の事を話したが、胸騒ぎの事は黙っていた。
警察に到着して受付で氏名を伝えると担当の人に連絡し、現れたのは刑事だった。
刑事に案内され、ロッカーのような金属の引き出しを開くと、そこには冷たくなった母が
横たわっていた。
真一郎はその場にしゃがみこんで泣いた。
父は真一郎を見つめながら現実感がない、涙は出てこないが空虚感で満たされていた。

父はその日が何日だったのかも記憶がなく警察の風景、バッグと靴が置いてあった場所の風景だけは
はっきりと覚えているそうだ。
家に送られる母の乗った車の前を走る真一郎も辛く、涙が止まらなかった。
この世で母程、僕を愛してくれた人は現れないだろうと思うと涙が停まらず、虚無感が襲っていた。

家に着いた時、娘夫婦も来ていて、父は和室に布団を敷いた。
葬儀社の人は服の着替えをさせていただきますと言ったが、断り家族でさせてもらいますと
伝え、父は最近百貨店で誂えたスーツを出した。
裸の母に父は抱きつき、初めて大声で泣いた。
下着も替え、ブラウスを着せる手も震えが止まらない。
そこへ、母の友人も訪ねてくれて、水死の特徴だそうだが、口と鼻から小さな泡が出てくるのを
拭き、涙ぐんでいた。
近隣の親しい人も出入りの激しさに異変を感じて訪ねてくれたが、上がってもらわずに引き取って
もらった。
娘は、父の友人や仕事関係の人達に事情を述べずに母の死を伝え、当分の間の休業を伝えてくれた。

その後、父の小学校の担任、滋賀県の友人も駆けつけてくれて、父の肩を叩いてた。
この時に、父の友達の厚情に感謝した真一郎だった。
夜、父は大学病院へ電話しろと言った。
献体にだ、父が大学病院へ診察に向う直前で臨死体験をした事があり、おまけの人生を
貰ったと言い、医療の向上に役に立てたいと登録したのだった。
だが、当人が残り、母の養母、父の叔父、そして母が先に献体す事になってしまったのだった。
続く


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第一章三項

2009-08-31 14:45:00 | 日記
真一郎が若い娘と交際が始まって暫くしての事だった。
真一郎は父に言った。
『なぁ、岡山に引っ越しするかもしれへん、あっちで仕事を見付けようと思うねん』

それは彼女と交際するのに遠距離である事が辛いのだろうと思い、父は承諾した。
後日、真一郎は父に言った。
『あんな、彼女が大阪で仕事を探すらしいねん、ほんで一緒に住もうと思ってるねん』
うん、それも一考や、二人が幸せになれるなら幾らでも協力するよと伝えた。
それが二項でも書いたが終焉を迎え、彼女の事が会話から消えた。

真一郎が二十歳ぐらいの頃だったろうか、今付き合っている彼女と結婚したいと言った事がある。
父「真一郎よ、お前は焦ってるんじゃないか? 結婚したいと云うより何時でもセックスがしたいだけじゃないのか?」と言った。

真一郎は答えた『な〜る程、そういうことか』と変に納得し、結婚したいと言わなくなった。
その頃は、父と母に真一郎が加わって電機屋という商売をしていた時で、経済的にも少しは余裕ができていた頃だった。
社員が増え、収入も安定した頃、バブル経済が崩壊し、尾上女史が逮捕されたとか、何処が倒産したとか毎日のように報道され、家業の業界にも悪い話しが尾ひれを付けて流布しだした。

父の経営する会社も、数年で過去の売り上げを超えるまでに成長してきていた。
だが、母親の鬱は静かに進行していたのに父は気付かなかった。
むしろ、遠くに嫁いだ娘は薄々気付いていたようだった。

或る日、父が母の待つ家に帰ったが返事が無いので寝ているのかと寝室へ入ると母は寝ていた。
だが、そこに寝ている姿はあり得ない姿だった。
裸で寝ているのを見た父はうろたえ、レイプでもされたのかと一瞬思った。
頬を叩き、目を覚まさせると薄れる意識で薬を大量に飲んだと言った。
直ぐに、その製薬会社に電話をしたら、寝るけど命に別状はありませんと云う事でホッっと胸を撫で下ろした。
それから遠くない日に、今度は洗剤を混ぜたけどダメだったとやはり裸に近い状態で寝ていた。
娘に電話をして事情を説明したら救急車を呼べと叱られた父は狼狽えた自分を恥ずかしいとも思い、妻への気遣いが足らなかった事を反省していた。
一日、入院した妻が帰ってきて、寝室で真一郎と談笑している声をリビングで聞きながら父は考えていた。
父は妻の自殺を防ぐ方法として先に逝ったらどうだろう、色んな事に忙殺され、娘も嫁ぎ先へ引き取るのではなかろうかと、寝ていない脳はその程度の案しか浮かばない。

真一郎が帰って行った深夜、リスト・カットは激情が故の事でかなり深く傷を付けないと未遂に終わる。
明な所で冷静な父は、喘息の発作の時に使う注射針の太いのを出した。
消毒するべきかと、下らない冗談も思いつく程、冷静だと思っていた。
洗面器とタオルを用意して針を手首に刺した。
勢い良く吹き出る血潮をタオルで押さえ、洗面器の中へ手を入れて、床に座った。
見る見るタオルは真っ赤になり、安心した父の意識が遠のいていった。
出血による意識の遠のきではなくて、数日、寝ていないのが一気に睡魔に襲われたのだった。
寝ている間に針は横に逸れたようで出血は停まってしまっていた。

その事に気付いた母が父に抱きついて『お父さん、逝くなら一緒に行こう』と泣き顔でなく微笑んでいた。
父は承諾して子供達へ遺書を書き、死出の旅に出ることになった。
最後のお別れのつもりで娘の家に寄り、そこから熱海へ向った。
父の案で、壁に激突すれば痛いと思う間もなく逝けると過去の事故の経験を話した。
熱海で一泊し、翌日は少し観光もして高速道路へ入った、ぶつける場所を探し求めてだが、
高速道路には防護策が取られていてまともにぶつける場所がないまま、伊豆に来た。
伊豆でも一泊し、父は考えていた。
その朝、テレビのニュースでアメリカの貿易センタービルに飛行機が突っ込んだと報道され、映像も流れていて背筋が寒くなった父だった。

死にたいのに死ねずに居るのに、あの人らは死にたくないのに死を迎えている、皮肉なもんだと思った。
翌日は新潟に居た。
ホーム・センターでベニア板、ガムテープとビニールホースと酒を買った。
有名な温泉地の片山津温泉に来た、その海辺をぐるぐる回り、死ぬに良い場所ををさがし、
見付けたところは、少し開けた堤防の傍だった。
父はベニアを切り、ホースを入れる穴を明けてテープで目張りし、ホースを排気管に差し込んだ。
二人は陽気だった、飲めない酒をガブ飲みし酔った勢いで死のうぜと二人で歌を歌った。
エンジンを掛けて暫く外に居てから二人で車中に入ったが、酔っているので何をしたのか覚えていないが、目覚めたのは早朝だった。
助手席の母はブラウスを脱ぎ、ドアが開いている、エンジンは止まっている。
鍵穴を見ると鍵が無くなっていた。
母を起こし、失敗した事を伝えたが、母は全身にジンマシンが出て痒くてブラウスを脱いだようだ。
その一件で、何か他の方法を考えようと言った。

母は父に『お父さんは泳げるからダメね』と過去の隠していた事を語り出した。
独りで旅に出た事があった、普段のストレスを解消するためだと言って友達の居ない彼女だからと父は思いっきり遊んでおいでと送り出した。
車とカードがあれば何処まででも行けると豪語していた母らしいと父は見送った事があった。
それは母がサスペンスで得た知識で自殺の名所を訪ねての旅だったのだそうだ。
ところが、その映画以来、自殺者が増えて改装している途中で死ねなかったと言い、帰りに娘の家でのんびりしたのだと言った、その時、父は初めて母に自殺願望がある事を知った。
長く、ダラダラと生きて介護の世話になるのも厭だし、短くとも如何に生きたかが大事だと父に初めて人生観を話した。

真一郎は遺書を読んでいた。
慌てて父の携帯電話に掛けた、父は迂闊だった、携帯電話の電源を入れたままだったのだ。
真一郎は父に言った『どうしても判らない仕事があるから帰って欲しい』と具体的な内容を話した。
父は真一郎の苦労を思い、帰る決心を母に伝えたら母は『ああ、魔がさした』と言い、諦め顔をした。

翌日、何も無かったように会社へ行き、仕事をした父。
その夜、母と何でもないように床に着いた。
翌朝、未だ明けやらぬ時間に強い胸騒ぎを覚えた父が横のベッドを見たら空なのでトイレを見たが居ない。

リビングのテーブルの上にメモがあり、殴り書きでこう書いてあった。
[少し頭を冷やしてきます、探さないでください、大事になると帰り辛くなりますから]と。
あの胸騒ぎは父が過去に経験したことのない激しい動悸のようなものだった。
続く


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第一章二項

2009-08-30 12:56:41 | 日記
真一郎には別れた妻との間に、一人の息子が居た。
その息子とは別れた後も遊びjにきてくれている。
それが、真一郎の心の支えになっていたのだった。
離婚して間もなく、真一郎は怪我をした、働いていた運送会社のトラックを洗っていて
脚立から落ち、腕と顎を骨折したのだった。
父はそんな息子を可哀想に思うが、自分で撒いたタネだから自分で刈り取るしかない。

真一郎が休みの日、自室で寝るしかなかった頃、父は彼の行く末を不安に思っていた。
若くもないが、まだ四十には間がある、その男が休みに寝てばかり?
否、それはほんの一年程で変わったのだ。
そう、彼女が出来たと自慢げに父に報告した。
自慢するだけあって、彼女は若い、否、若過ぎるかもしれない。
二十歳を超えたばかりと云うではないか。

休日に、我が家を訪れてくれるのだが、苦労を知らない彼女には真一郎しか目に入らない。
父が作った昼食を食べても洗わないし片付けも真一郎に任せきりだった。
人様の家だから無理からぬ事とはいえ、せめて片付けて台所にぐらいは女性の身だしなみと
して持って欲しいと思う父だった。
彼女とは仕事続きの縁で知り合ったそうだだが、俗に云う遠距離恋愛ってやつだ。
休日になると父の車を借り出して、岡山へ迎えに行く、また遊びにも行く、
来たときは送って行くなど、入れ込んでいたが、彼女との間のネックになったのは
遠距離もあるが、真一郎の息子と会う事が許せないと云うのが大きいようだ。
その彼女が妊娠したと聞いたのは、それから暫くしての事、
先方のご両親に会うのだと言って出て行ったが、妊娠の報告はできなかったのだそうだ。
子供を堕ろし、直ぐに別れたようで、真一郎の寝る休日が始まった。

唯一の楽しみは大型トラックで仮眠する時に観るエフワンとモトGPの両レースを父に
録画ダビングしてもらったものだった。
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