100歳まで身も心もお洒落な婆でいたいけど・・・

持って生まれた3日坊主でぐうたらな性格の私。
こうなりゃ行く末を見ててもらうしかないわ。

久しぶりの更新ですが、

2016-10-17 10:05:55 | 介護
いろんな事が重なりましてパソコンに向かえない日が続いていました。


脱水症状と栄養不良で急遽入院した母の介護~退院、父と叔母の初盆。
そして母の"介護付き老人ホーム"から"療養型の病院"への転院など。。。


今までは両親と叔母がいた所を老人施設と一言で表現していましたが、
実はこの3人、"サービス付き高齢者住宅""介護老人保健施設""介護付き老人ホーム"
"長期療養型病院"とこれまで状態に応じて利用してきました。

初めて叔母が"サービス付き高齢者住宅"に入ると決めた日からさんざん悩んで進んできた道ですが、
今回の母の件でまた施設選びに頭を悩ませることになりました。
でもなぜか知識が増えるたびに、今後の自分自身の老後の不安が増していくのが不思議です。
一個人の狭い範囲の経験で誤りもあるかもしれませんが、
悶々と一人で悩んだり怒ったりした今までの事を綴ってみることにしました。



まずは叔母の施設選びから始まりました。
今年1月に92歳で亡くなった叔母は約5年"サービス付き高齢者住宅"で過ごしました。
最終的には病院に運ばれて亡くなりましたが、その朝まで住み慣れた施設と顔なじみの介護士さんにお世話になりました。
この施設で叔母はとても幸せだったと思いますし、私自身も信頼できる施設に入れたことをとても感謝しています。
初めて選んだこの施設で安心して暮らし始めた叔母を見て、私は何の心配もなく両親にも勧めたのです。

それから1年後の両親の施設選び。
叔母の施設の手厚い介護を見ていた母は自分も早く入りたいと希望しました。
とりたてて身体に悪い所があるわけでもなかったのですが、
80歳を過ぎた頃からウツ症状と依頼心が強くなっていたので、いつもそばに誰かがいる状況が良かったのでしょう。
嫌がるだろうと思っていた父もすんなり受け入れてくれて、
88歳で一人暮らし、少し認知が入ってきた叔母の時より少し時間をかけて施設選びができました。
父91歳、母82歳の時です。

両親は叔母と違って2人ともまだ健康でしたし、普通に暮らしができる状態でしたので、
同じ"サービス付き高齢者住宅"ですが、自由に行き来ができるように実家にも近く
私たちの家にも近い新築を予約し入居しました。
そこは病院経営でしたので、何かあった時にも安心だと思ったのです。


これから2年半、私は2つの施設を毎週末訪れるのですが、あまりの待遇の違いに驚きストレスの多い日々が続きました。
このことについては、今後少しづつ書いていきたいと思います。


とても大切な事なのに高齢者施設には分かりにくいこと、理不尽なことがいっぱいあります。
政府が補助金を出すと言えば何の考えもなく金儲けの道具としてどんどん施設を建てる。
こうしてできた施設は、"入居者ファースト"ととは到底いかないものです。

人材不足も外から見ても明らかでした。
私は、同じ"サービス付き高齢者住宅"での待遇の違いは、現場の長に責任があると思っています。
その器でない人が仕切る現場は悲惨なものです。

久しぶりの更新なのに固い話になってしまいました。

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