生物(なまもの)

昨日は、茨城県東海村の学童クラブ指導員の方々に「心の大そうじ」のタイトルで話をさせてもらった。冒頭で大勢の子供たちをまとめて面倒みている指導員の方々のご苦労について触れた。去年9カ所の学童クラブで話をし、最近の小学校での講演会の経験をもとにした私の率直な感想だ。「ナマモノ(生物)を相手にしていらっしゃるのですから大変だと思います」--対象を客観視したつもりで「ナマモノ」という少々邪気がある言葉を使った。帰宅して、あの言葉は失礼だったかもしれないと思い『新明解国語辞典』で調べると、〔なまの状態のもの(食品)。特になま魚、なま菓子〕と、『新明解』にしては簡素な解説のみ。私は「傷つきやすく、繊細で、扱いがむずかしい人物の比喩としても使う」を期待していたのだが、そうはいかなかった。ぐはは。結果的に失礼な発言だった。反省して、今後は注意したいと思った。しかし、ふと考えた。ひょっとしたら聞いていた人の中に「坊さんはいつも死んだ人ばかり相手にしているので、生きている人をナマモノと呼ぶのではないか」と好意的に解釈してくれる人が・・・いないだろう。あはは。ちなみに『広辞苑』では〔生者(ナマモノ):未熟な者。はした者〕があった。

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6月18日(今日)は15時から「浪曲の庭」です。

気候の良い時期の4月、6月、10月の日曜日に密蔵院の本堂でやっている「浪曲の庭」。三人の浪曲師の節と啖呵、そして二人の曲師(三味線)が織りなす義理と人情の世界・・・。今日の出演は富士路子(日本浪曲協会会長)、鳳舞依子、玉川文福/曲師は伊丹秀敏、青山理。どんな噺が出ますやら・・・楽しみです。入場自由、無料。お誘い合わせの上どうぞ。※写真は名人伊丹秀敏師匠。

 

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木登りの記憶と共に

今日は第四葛西小学校での道徳授業公開講座。700人を越える児童数なので3時間目に1~3年生。4時間目に4から6年生にお話。学校へ行く道中で幹線道路の信号待ちをしていると、横の木がこれ以上木登りに適しているものはなかろうという枝振り。最下層の枝は地上120センチほどの所である。こんな木に育てるには30年くらいかかるだろう。小学生の頃の木登りの記憶が鮮明によみがえった中での公開講座だったが、講演中はすっかりオジサンの思考回路になって、どううまく話を組み立てるかを考えている自分がいて、少し悔しかった。ぐはは。

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取捨選択

檀家さんの訃報を受けて枕経から始まった今日。和をおもんじる奥さまだった。これから墨田区の東吾嬬小学校で4年生から6年生と地域の方々に道徳の公開講座。昨日小学生用の話材を書き出したのだが、その中から何を話したらいいかを選べずに途方に暮れている。わはは。写真は今日発売の『ラクになる練習』の中のイラストの一つデス。

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ラクになる練習

『般ニャ心経』や『ワン若心経』を送り出した名古屋の出版社リベラル社。執筆依頼をいただいて1年半がたつでしょうか・・・。明日、『ラクになる練習』が発売になります。人間関係の中をラクに生きていくことをメインにお伝えしています。4ページ完結で38項目。猫のイラストが超絶かわいく、内容を的確に表現してくれていて、私にとって新しい一冊になりました。よろしかったら、本屋さんで手に取ってみてください。

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間に合わなかった仏たち

今日は月に一度の「写仏の庭」。お手本は「弥陀・観音・勢至の弥陀三尊」。手本(写真)を午前中に作り始めたのだが間に合わなかったので、25年前に一度使った弥陀三尊を再利用した。我ながらグヤジィ・・・。あはは。

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炸醤

家内は午前中のご詠歌を一緒にやって、所用があって自分の実家へ行った。「夕飯は実家で食べてくるから、うちは麻婆豆腐にしたらいいよ」と材料がある場所を教えてくれた。ということは夕飯は中華である。そこで、NHKの「あさいち」で孫さんが作り方を紹介していた炸醤を作ることにした(ジャージャーではなくザージャンと読むらしい)。ジャージャー麺にするかは決めていないし、美味しいのかどうかもわからないが、簡単にできた。あはは。

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出番なし

小学校の道徳の講演会で「お互いの都合がぶつかった時には、どちらかが『お先にどうぞ』って言わないと、どちらも先に進めないよ。『お先にどうぞ』って言える人はとても偉いんだ」--とお話するのに一昨日トイザラスからやって来たお二人だが、今日は出番がなかった。来週の講演会まで、それぞれの笑顔で待機していただくことにした。ぐひひ。

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小道具じゃないじゃん!

午後の「読経の庭」を終えて(来月は12日で、8月はお休みで、9月は22日です)、明日の小学校での講演会の話の三つ折りの小道具作り。3時間かかった。体育館で話すから後ろの保護者にも見えるように大きく作ったら・・・。ぎゃっ。160センチになった。これでは小道具ではなく大道具である。こんな物を手に持って話せるのか?あはは。簡単に言えば、「目標がないと我慢はできない。そして、その目標を達成するために『我慢してでもやらなければならないこと』と『やりたくても我慢してやってはいけないことがある』よ」というお話である

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「羨ましい」を放っておくと・・・

ご詠歌を終えて、今週末からスタートする三つの小学校の道徳公開講座のための小道具作りをした。「うらやましい」という気持ちを放って、自分もそうなろうと努力しないでいると、やがて「うらやましい」が「ねたましい」に変わって、人を貶(おとし)めようとするというオソロシイ話である。ぎゃはは。

 

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