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甲越信戦録―戦国哀歌 川中島の戦い

2007-09-20 | 読書系

甲越信戦録―戦国哀歌川中島の戦い

二日目に行った長野市立博物館の、臨時土産物屋?で購入した本がこれ。お店番をしながらうちわを使っていたおじさんが「これ面白いよ!」と強力プッシュしてくれました。(おじさんが見せてくれた自前の本には蛍光ペンで何箇所も線が引いてあった)
無名の、川中島近郊に住んでいたと思われる知識人が執筆しただろうと言われる戦記もの、ということなのですが、武田よりでも上杉よりでもなく(心情的には、高潔だったと思われる謙信のほうに寄っているようにも思われます)、地元の人の視線で書かれているというところも大変に面白いですし、実際にその場所に行ってみた者にはたまらんものがあります。しかしそれだけでなく、合戦の様子の描写など、ほんと血沸き肉躍る興奮。

「右に切り伏せ、左に突き立て、ひとえに阿修羅王の荒れたように、眼は血走り眉は逆立ちて、摩利支天の再来もこのようであろうと自らを励まし、敵を踏み破り、必ず晴信を討ち取ろうと馬上をめがけて無体に割り込み、電光稲妻ただ一太刀と切りつける。晴信公は左の肩先鎧の袖を切って落とされ、義清はすかさずニの太刀を振り上げる。大将すでに危ういところに甲州兵久保田助之丞が飛び来たって、槍で義清の馬を突く。駒は嘶いて棒立ちとなって躍り上がると、義清は真っ逆様に落ちて気絶する。助之丞は義清とも知らず首を取ろうとするところに、遠目に見受けた額岩寺光氏は、すかさず火雷神の荒れたように飛び下り、助之丞が鎧の上帯を引っ掴み、
『己!大将の首取ろうとは大胆不敵の曲者め!』
と金剛力にて打ち付けると、助之丞の体は微塵に砕けて空しくなる」

ところでこの本を私に薦めてくれたおじさん、「私、村上義清がすきなんですけど」とわけわからんことを言うと、「出てくるよ!義清!」と力強く返事をしてくれました。確かに出てきたけどなんかカッコ悪い言われようだよこの本では… まあしょうがないけどな。
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