【ワシントン時事】米国内で対イラン攻撃をめぐる議論が過熱してきた。オバマ政権幹部が相次いで、イランの核開発進展への危機感や、イスラエルによる単独攻撃の観測を口にしたことで、軍事衝突の可能性は現実味を増している。「核保有国イラン」と「新たな中東戦争」という最悪のシナリオのはざまで、米国の世論は揺れている。「攻撃すべきか否か」−。外交専門誌フォーリン・アフェアーズ電子版は最近、「イラン攻撃の時が来た」と題したマシュー・クローニグ外交評議会研究員の論文を公表。続いて、「イラン攻撃の時ではない」とするコリン・カール元国防次官補代理(中東担当)の反論記事を並べて掲載した。クローニグ氏は、イラン核武装の場合に米国が背負う安全保障上のリスクに比べれば、核施設への空爆が「最も悪くない選択肢」と主張。カール氏は、大量破壊兵器保有が疑われたイラクに対する「予防的戦争」の失敗を挙げ、「他の選択肢が残っている時に戦争を選ぶべきではないというのが教訓」と指摘し、クローニグ氏の論点の反証を試みた。(jijicom)
「攻撃すべきか否か」・・・なんと愚かな論議か・・・。イラクに対する「予防的戦争」の失敗を挙げるまでもない、これ以上の「互いの挑発」の先にどれほどの「成果」が見いだせるか、何もない。多くの罪のない人々を犠牲にし、若い人材(可能性)を葬る先に、どのような未来を描くつもりか。シリアの「悲惨さ」を見てもそうだが、アメリカとロシア・中国の対立軸に「叡智の跡」が見えないではないか。イランへの対応にも「硬直した発想」を繰り返すばかりではないか、イスラエルもイランも未来に責任を持てる「約束」ができないものか、「歴史」は築く要素を持ち合わせている。アメリカ・中国・ロシア、大国には大国としての責任がある。











