中川輝光の眼

アトリエから見えてくる情景
paraparaart.com ArtDirector

休耕田の片隅に『鴨の巣』を発見

2017-05-14 | アトリエの周辺


休耕田の片隅に『鴨の巣』を発見・・・近づきすぎか・・・

親鳥の警戒の目を意識しながら・・・この場を離れることに・・・。

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上村松園さんの『焰』

2017-05-07 | 美術を考える
  1. 以前、上村松園さんの『花筐』をFBで紹介しましたが、今回は『焰』を紹介します。松園さんは、金剛巌さんから謡曲を習っていたこともあり、能楽から画題を得て優れた作品を数枚遺しています、『焰』もその1枚です。『焰』は、能楽『葵上』から画題を得たものですが、言うまでもなく『源氏物語・葵上』を題材に、世阿弥が脚色したと伝えられていますが、詳細はともかく『世阿弥風』です。『花筐』も『葵上』も、生死の境目を綱渡りするような物語で、その異様さは同時に『世阿弥能』の魅力でもあります。
  2. 葵上懐妊の枕辺に現れた、六條御息所の生霊を描いた『焰』の鬼気迫る姿は、見るものの気持ちを凍らせる・・・わたしは、若き頃にこのような姿を見ていたかもしれない・・・。
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上村松園の絵には「肉薄したい」といった思いがあるのです

2017-04-07 | 美術を考える

上村松園が世阿弥の謡曲『花筐』を題材に描いた『花筐(はながたみ)』を紹介しましたが、曖昧な思い込みで書いたかも知れないと・・・『青眉抄』を読み返してみました。上村松園さんが描いた下絵とともに、そこに書かれた文章の一部をそのまま引用することにしました。「・・・もともと『花がたみ』の能には小面、孫次郎を使うので、観世流では若女、宝生流では増という面を使うのであるが、わたくしは、以上の考えから「増阿弥」の十寸神(ますがみ)という面を写生し、その写生面を生きた人間・・・つまり照日前の顔に描いてみた。能面と狂者の顔の類似点がうまく合致して、この方法は、わたくしの意図どおりの狂人の顔が出来たのである。・・・」と書いています。この方法は、『草紙洗小町』でも使われています。「狂人の顔」を観察するために、某病院を訪れてもいますし、「姿態」は、祇園の舞妓をモデルに描いています。上村松園の絵には、そういった「肉薄したい」といった思いがあるのです。

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上村松園さんが謡曲『花筐(はながたみ)』を画題にして描いた作品

2017-04-04 | 美術を考える

わたしが世阿弥を気がかりに想うようになったのは、ふと手にした野上豊一郎さんの『精解・風姿花伝』『観阿弥・世阿弥』を読んでからのことですが・・・それまでは、上村松園さんが謡曲『花筐(はながたみ)』を画題にして描いた作品を通して『世阿弥』を知っていたに過ぎません。『狂気の女』が舞う姿の妖しいまでの美しさに心を奪われた人はわたしだけではないと想います。謡曲『花筐』が演じられているところを観た人も少なくないと思いますが・・・花を摘む二人、男に捨てられた女の悲哀、追いかける女、男の要望で舞う女・・・通俗的にいえば、元の鞘に収まる話ですが・・・理解しやすい場面が多く、よく演じられています。世阿弥の作かどうかは明確ではありませんが、世阿弥風であることに間違いありません。『狂気の視線』を描くことは難しいと、上村松園さんがどこかに書いています。わたしは、謡曲『花筐(はながたみ)』は、世阿弥らしい作品ですが、後世かなり書き直されている・・・と想っています。優れた作家の眼が、物語の背景や心持ちの陰影を見逃すはずはない・・・継体天皇と照日の前の姿に世阿弥の本意が垣間見えるのです。上村松園さんが描いた『狂気の視線』に同じものを・・・わたしは、見たのかもしれません。

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ある日ある時 ひとつのイメージを視覚化したい・・・

2017-04-03 | 美術を考える
  1. ある日ある時、ひとつのイメージを視覚化したい・・・わたしは鉛筆と紙を使う・・・若い頃は、多くの場合は、それで済むのですが、近頃はそれでは済まないことも増えています。パソコンで詰めていく作業(過程)が待っているのであれば、視覚化の最初からパソコンを使う方がいい・・・いつしかそのようにしています。
    使い慣れたソフトであれば、初期の発想から視覚化するのにそれほどの時間もかかりません、実際に使うイメージはその部分でしかないのですが・・・道具が優れて使いやすいとなると、それはそれなりに楽しい、特に移動中は「連想ゲーム」に近い働きをする。ただ、デジタルは『仕事枠』ですが・・・。
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2017/02金沢美術工芸大学卒業制作展

2017-02-25 | 金沢を歩く

2017/02金沢美術工芸大学卒業制作展、今年も魅力あふれる数多くの作品を観ることができました。新しい試みができる世代、その制作意欲に触れることは、わたしたちにとっても大切なことです。近年、油画専攻にアニメーションや映像作品が目につく、おそらく多くの場合『独学』になるのかも知れませんが、もともとこの世界(視覚芸術)は裾野が広く未知数と言っていい、ジャンルの垣根を乗り越えて自由に表現してみるのもいいのではないか・・・そう思います。
絵画作品のなかで、永井ちなみさんの作品に惹かれました、繊細な色彩表現とそのやわらかさに感性の高さを覚えたのです。細部の心が宿る・・・ではありませんが、繊細さを失わなければ、いつでもいい作品が生まれます。

田中裕梨さんの『書体デザインと装幀』に視点を向けた作品、17~19世紀の美しい本を数多く見てきたわたしにはうれしい展示でした。デジタルbookでは表現できない『装幀の魅力』を知ってほしい、そういった願いからこの展示を評価したい。いくつかのユニットを連続して組み合わせると、不思議な女のイメージが・・・作者の名前を忘れてしまいましたが、記憶に残ります。わたしもユニットや記号を使ってデザインしていた時期がありましたから・・・。それから、芸術学の湯佐明子さんのレポート、19世紀の画家ウオーターハウスの『シャロットの姫』を扱った論文も楽しく読ませていただきました。

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レオナルド・ダ・ビンチの『手稿』

2017-02-23 | 文化を考える
  1. レオナルド・ダ・ビンチが『手稿』を遺し、その一部を弟子のメルツィがまとめて『絵画論』として発刊しています。
    この膨大な資料(手稿)は、レオナルドが書籍として刊行することを前提に書いていたものです、そのためか、索引らしきメモや注釈が随所に書かれています。『鏡面文字』と言われる、すぐには読み取れない表記には、その内容によっては破棄される可能性を排除しきれない『恐れ』があったためかもしれません・・・『真理』の多くは『統治勢力』には不都合なことです、昔も今もそれは変わりません・・・ダンテの『神曲』が制約の多い詩篇の形式で書かれたのもそうです、その反面、ラテン語ではなくフイレンチェ地域で使われていた言葉で書かれていたことは、多くの人に読んでほしい気持ちの表れだったかもしれません。・・・レオナルドの『鏡面文字』にしても、読む意欲さえあれば読めるのですから・・・。いつの時代にも、わかる人にはわかる記号というものがあります、先人から学ぶことは多いのです。
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レオナルド・ダ・ビンチが予見した情景

2017-02-22 | 文化を考える
  1. わたしは、イタリア・ルネッサンスを基軸にヨーロッパ文化の推移を見ています、謎を解く近道であり、今や習癖になっています。イギリスのEU離脱決定以降、ヨーロッパは次第に厳しい状況(綱渡り)に置かれていく、ひとつの冒険(試み)が失敗に終わる可能性すらあります。
    ルネッサンス期のメディチの盛衰とイメージが重なる、メディチ家がスポンサーとしてルネッサンス社会(試み)を支え、時代変革がそのエネルギーを削いでいく・・・時代の変わり目に翻弄されるのは民衆だけではありません、芸術家もその例外ではありません・・・。ボッティチェリは追われ、レオナルド・ダ・ビンチも去ることになる・・・彼らが目にした光景(権力の推移とその情景)が、酷いものであることは容易に想像できます。
    ヨーロッパだけではありません、アメリカも大きく右傾化しています、日本にしても既にナショナリズムが色濃く反映しています、このように『排他主義』がもたらす情景は・・・。
    レオナルド・ダ・ビンチが予見した情景・・・理念なき『権力』に背を向けた芸儒家・・・孤高の姿に学ぶことは多いのです。
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『輪島住民投票・不成立』に民意が正当に示されたか・・・

2017-02-20 | 地方自治を考える

『輪島住民投票・不成立』に民意が正当に示されたか・・・

『産業廃棄物最終処分場計画』の賛否を問う住民投票の結果、投票率が50%を下回ったため『開票に至らず』・・・梶市長はこれを『計画の推進』の民意としている。開票されないことになったが、中日新聞社の出口調査では反対票が91.8%、賛成票が7.7%であり、これも無視できない数値であり、民意の多くは『反対』のようにも見える。さらに言えば、計画推進派の市長・市議たちが『棄権するよう』市民に訴えたらしい、民意を問う大切な投票行為を放棄することを要請することが何を意味するのかをこの人たちは知らない・・・言語道断である。市長がそのようなことを率先してしたのであれば、民主主義を否定するだけでなく、無言の圧力を市民に与えていたことになる。

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想像以上にひどい状態です、わたしたちにもわかります・・・『廃炉』

2017-02-20 | ニュース
  1. 想像以上にひどい状態です、わたしたちにもわかります・・・『廃炉』と言っても相応の時間と経費がかかる、危険との隣り合わせの作業であることも・・・もはやコントロールできる状況でないことも・・・。
  2. 『美しい日本』、豊かな自然に抱かれながらわたしたちは生きています。きれいな水に育まれたおいしい野菜・山菜や海産物にいたるまで・・・これらは、かけがえのない資源です。『原発』を推進してきたのは誰ですか、『国策』とは何ですか・・・あまりに哀しい『問い』です。写真は、昨日の日経新聞の記事です。写真は、朝日新聞2日前の記事です。
  3. 廃炉で最大のハードルが、溶け落ちた核燃料の取り出しだ。原子炉のどこに、どれほどの燃料が溶け落ちているのか。まず、その把握が必要だ。

     2号機では先月末から、カメラやロボットによる格納容器内の調査が進む。

     建屋の外に貨物列車のコンテナのような建物があった。カメラなどを遠隔操作する「仮設本部」だ。狭い空間に折りたたみ式の机が置かれ、パソコンのモニターが並ぶ。壁は放射線を遮る鋼鉄製だ。

     作業員の被曝(ひばく)を少なくするため、カメラやロボットの投入作業は短時間に終わらせなければならない。取材時に作業は行われていなかったが、仮設本部の簡素さが逆に、緊迫する状況を容易に想像させた。

     一連の調査で、格納容器内の状況が分かってきた。

     圧力容器の下にある作業用の足場には、溶け落ちた核燃料(デブリ)とみられる黒い塊が多数こびりついている。高温の核燃料の影響か、鉄製の足場はカメラで見える範囲ほぼすべてが崩落していた。

     9日に投入されたロボットのカメラは、約2時間で視野の半分ほどが映らなくなった。放射線が強いと、電子部品はどんどん劣化して壊れていく。それに伴って現れる画像のノイズの量から、線量が推定できる。東電は最大で毎時650シーベルトの線量と推定。1分弱で致死量に達する値だ。

     16日には前後に2台のカメラを搭載した調査ロボットが投入された。後部カメラを持ち上げる姿から通称「サソリ」。14年から開発が進められてきた調査の切り札だ。線量計も搭載しており実測できる。

     サソリは格納容器の中心部まで進み、線量を計測したり、高温の核燃料によって溶かされて穴が開いた圧力容器の下部を撮影したりする計画だった。溶け落ちた核燃料が原子炉最下部に積もる様子も確認できるのではないか。そんな期待もあった。

     だが、圧力容器に近づく前に、駆動部に堆積(たいせき)物が入り込むなどして動けなくなった。進めたのはわずか2メートルほど。そこで計測した線量は毎時210シーベルト。事故処理で実測された最大値だ。

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