◎ 三十一文字のレシピ ◎

     自作短歌の解説や製作秘話?などを紹介しています。

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解説。

2007-01-30 01:45:48 | Weblog

現代詩フォーラムに載せていた短歌の解説はすべてこちらに移動しました。
以前とまったく同じものを載せてますので、読み返したい方は
こちらでお楽しみください☆

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自作短歌の解説『砂時計が見る四角い空』

2006-12-12 15:43:14 | Weblog

■砂時計みたい抱きしめられるから上手くことばが出てはこないの

小さい頃、砂時計が好きでした。
砂が落ちていくのは何となく神秘的で、ずっと眺めていました。
砂時計を見ていたときに「真ん中のところが狭くて苦しそうだなあ」と思っていたので
こんな歌が出来たのだと思います。
抱きしめられるときっていうのはだいたいウエストのあたりをぎゅってされるので
ちょうど砂時計のくびれの部分みたいですよね。
(私にそんなくびれがあるのかは聞かないでください!)
抱きしめられる、が言葉のままではなくても、いろいろと感極まったときって
上手く言葉にならなかったりしますよね、ということが伝えたくて詠んでみました。


■段ボールの中に入って見上げてる四角い空はきょうもやさしい

私は社会に適応できない子供でした。
反社会的なわけではないのですが、世界というものがわからなかったのです。
学校のことだけ見ても、わからないことだらけでした。
成績やちょっとした言動で人に対する評価がコロコロ変わることがわからなかった。
国語の時間に作文に熱中していたのに、チャイムがなると次の授業に
切り替えなきゃいけないことがわからなかった。
美術の時間に作りたくもない作品を作らなきゃいけないことがわからなかった。
毎日気分は違うのに、毎日同じような時間割で物事が進んでいくのもわからなかった。
クラスメイトが大人の都合(親の離婚とか)で振り回されるのもわからなかった。
そしてこの現状を自分ではどうにもできないのが悔しくて、いつも辛かったのです。
自分を取りまく世界は私にはわからなくて、大きすぎて、怖くて、
でも自分と違ったものや自分に都合の悪いものを切り捨ててしまうこともできず、
いつも自分の世界の中でもがいていました。

私も少しは大人になって、たくさんの人と出会い、いろんな場所に行き、
視野も広がったと思いますが、やっぱり私は他の人が簡単にわかるようなことを
わかっていないのだろうと思います。
他の人はちゃんとわかっているのか、わかっていなくても適応できるのか、
私のような感覚はもっていない人が多いようです。

その私の世界観が「段ボールの中から見上げる空」なのです。
たぶん他の人は、空全体が見えていて、遠くを見たら「曇ってきたから雨が降るな」とか
わかっているはずなのです。
そして全体が見えない人たちは「雨が降ると困るから」と箱の上に屋根をつけて
その中で平穏に暮らしているのだと思います。
でも、私は段ボールから見える一部しか見えない。そして屋根なんて持っていない。
雨も風も寒さも、投げ入れられたゴミも、全部中に入ってきてしまいます。
だから私は世界が怖かった。
動こうとすればすぐにいろんなものにぶつかってしまうし、少しの風雨にでも惑わされるし、
嵐が来ようものなら小さな私の世界なんて一瞬でぐちゃぐちゃになってしまうのですから。
だからいつも何かに怯えて段ボールの中でうずくまっていたのです。

でも、ふと空を見上げてみると四角に切り取られた空は思ったよりきれいで、
段ボール箱の中からしか世界を見られない私のために
桜の花びらとか、タンポポの綿毛とか、素敵なものを運んできてくれたり
前が見えなくても動けるように「もうちょっと右に行けば日陰があるよ」と教えてくれたり
なんだかやさしいなあ、と思ったのです。

その『空』は友達であったり、家族であったり、本や音楽などいろいろなものなのですが
私が生きづらさを感じながらも、こんなに幸せで居られるのは
『やさしい空』のおかげだと思っています。


■通らない手ぐしみたいなもんですよ頭の中もいつもぐちゃぐちゃ

私はパーマが好きです。
単にストレートよりもパーマが似合うとか、そんなに派手ではない顔なので
頭でインパクト!だったりとか、そういう理由もありますが
頭をわしゃわしゃして髪が乱れても違和感のないところが好きです。
ストレートだとけっこう目立ってしまうんですよね。
私は考えてる途中に髪の毛をいじる癖があるので
そのあたりを考えながら詠みました。


■福袋みたいにふたり一緒ならもらってくれます?-「二倍たいへん!」

これは雑貨屋さんに行ったときにコスメの福袋というかセット商品を見て
ふと思いつきました。
私には双子の姉がいます。
よく昔から男性には「ハーレム願望」というのがあるといいますよね。
そこで「ひとりでダメならふたりでどうでしょう?!」と冗談っぽく思ったりしたのですが
でもよく考えてみると「どちらも気難しい私たち、ひとりでも大変なのに
ふたりもいたら二倍大変なだけだよね~」と思ってこんな歌ができました。
よく同一視されたりしちゃうので「全然考え方とか違うし、別の人間よっ!」と
思うこともあり、そういう気持ちもこめて詠んでみました。


■地図帳のひらいたページにマルをつけ夢をみている今日も旅人

中学生のとき、嫌いな数学や理科の授業中はよく地図帳を見ていました。
地図を見るのも好きだったし、グラフや統計を見るのも好きでした。
国のデータや写真を見ては「ここに行ってみたいなあ」とか
「世界にはいろんな文化があるんだなあ」と考えて、自分がそこに行くのを
空想したり、その国出身のキャラクター(オリジナル)をつくったりしていました。
「一番○○な国ランキング」をつくるのも好きでした。
もちろん授業中にそんなことをするのは良くないことなのですが
このときの経験がなければ旅行好きにはならなかったはずなので
今思うとそれも楽しかったなあ、と思います。


■おぼろ月だれもそばにはいないからピアスの音としゃらしゃら踊る

最近、大ぶりのピアスを買ったのですが、夜にい静かな道なんかを
歩いていると、しゃらしゃらと音が目立つことに気づいて詠みました。
月と自分しかいない、という孤独感とか、でも踊ってひとりを楽しむ感じとか
そういうものが伝わるといいなあと思います。


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『きみの魔法で永劫流転』

2006-12-10 23:34:03 | Weblog
この短歌は私の親友chicaちゃんに贈るために詠んだものです。
私たちは中学の同級生で、以来ずっと一緒にいます。
全然違うタイプで、興味のあることも違うものがたくさんあります。
それなのに、喧嘩もしたことなく、我慢もほとんどしたことなく
ずっと仲が良いのです。
それなのに私はchicaちゃんにいつも迷惑をかけてばかりで
「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えなくて、
だからその代わりに短歌を詠みました。
いつも言えないぶん、世界に向けて堂々と発信するので許してください。

ただ短歌を詠むだけでは、誰に向けたものかはっきりしないので
(いつも元ネタはありますが、その人だけというわけではないので)
今回は「chicaちゃんだけのために!」と制約をつけました。

それが、私とchicaちゃんの名前をローマ字にし、それを足して
作れる英単語を調べ、その単語から連想した歌を詠むということです。

例えば、私の名前は T/A/N/A/K/A/E/I/K/O なので
『NOT』『NET』……が作れる、という感じです。
同じ字を複数回使うのはOKにしました。

私はフランス語を専攻しており、フランス語の方が得意なのですが
chicaちゃんは英語しか履修していないので
わかりやすく英語でやってみることにしました。

軽い気持ちではじめたこの作業、思ったよりも大変でした。
いくつあるかははっきり覚えていませんが、なぐり書きのメモは
10枚ほどあるのでかなりの数だと思います。
やりはじめると止まらなくなり、学校の近くのスターバックスで
5時間以上かけて全ての単語を電子辞書から抜き出しました。
基本的に外国語は嫌いではないので、楽しかったです。

他人から見ると、バカみたいな作業だと思います。
それでも私にとってはとても意味のある作業でした。
そして、そんなことしかできない私のつたない感謝の表し方を
chicaちゃんならわかってくれる、という確信があったので
やめようとは思いませんでした。
私とchicaちゃんは10年以上の付き合いですが、それでも私が
ほぼ完璧に心を開けたのは最近のことだったりします。
もちろん、常に一番仲のよい親友だったのですが、臆病な私は
それでも自分が嫌われたり見捨てられるのが怖かったのです。
私は人が好きで、誰とでもすぐ意気投合して、初対面の人にでも
かなり深いところまでオープンに話すようなタイプなのですが、
そう見えて実は「自分を理解してもらえるわけない」といつも
思っているところがあって、最後の一歩だけが踏み入れられないのです。
その最後の一歩を踏み入れられたのは10年間ずっと待っていてくれた
chicaちゃんのおかげであり、だからこそ、自分のこういう部分も
見せられると思ったのです。

そんな想いを込めて、詠みました。


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■組み立ててバラバラにして組み立ててこうして二人の名前ができてく

【作り方】

 例えば、私の名前は T/A/N/A/K/A/E/I/K/O なので
 『NOT』『NET』……が作れる、という感じです。
 同じ字を複数回使うのはOKにしました。

 使える文字は  
  母音 ⇒ A/E/I/O
  子音 ⇒ C/H/K/N/T/W/Z


■「寂しい」と言うくらいなら「会いたい」と言わせてみせる策略家『E』
  (策略家/tacticien)

私は誰かに会いたいとき、「寂しい」と言うのは好きではありません。
もちろん誰かが恋しい気持ちや、寂しい気持ちは
程度の差はあれど、人間として当たり前の感情であると思います。

でも、いくら好きな相手だからといって、「寂しい」と丸投げしてしまうのは
私にとってすごくわがままだと思うのです。
わがままが悪いわけではないし、わがままでも可愛いタイプなら
むしろ良いと思いますので、批判だとは思わないでください。
昔のように、本当に連絡をとるのが大変だった時代ならばまだしも、
戦争で死ぬこともなく、携帯やインターネットがある現代で、
(携帯やインターネットがあるからこそ、それに慣れてしまい
「寂しい」が増長するのかもしれませんが……。)
連絡が少しなかったくらいで不安になって相手に「寂しい」を丸投げ
してしまうことは私にとって絶対にできないことなのです。

でも、今無性に連絡がほしい、遊んでほしい、というときは
やっぱりあります。
私は短歌を詠もうかどうか迷ったとき、真っ先にchicaちゃんに話を
聞いてほしいと思いました。
でもchicaちゃんは学校の課題で忙しいし、毎週遊んでいるので
わざわざそれを邪魔して「遊んでよ!」とは言えません。
そこで私は迷ってるなら……と思いきって短歌を詠みました。
こっそり、mixiに載せておくのです。
これなら暇のあるときに見るだろうから、負担にもなりません。
「遊んでくれなくて寂しい」とか書いてるわけじゃないから
chicaちゃんがその気がないなら、ピンと来ないだろうし
押し付けがましくないだろう、と思って載せました。

見事、レポートが終わったであろう数日後に返歌と共に
「遊ぼう!」のお誘いが。

【みつき作】
君知らぬたとえ話にうつし出す解ってくれる君がだいすき

【chicaちゃん作】
うつってる タトエバナシの 水の中 くんで伝える ワタシのこころ

返歌がついているなんて思った以上の収穫でした。
これは、そんな策略家の『Eiko』(本名)ですよ!という歌です。

毎日会いたければ、毎日会いたいと思わせればいいのです。
返事がほしければ、返事を書かずにはいられない
文章を書けばいいのです。
そして、それでも効かない相手なら、そういう人だからこそ
好きなんだ、とやさしく諦めてしまうのがいいと思います。
会ってても、会わなくても、本当に大事な人たちはずっとずっと
側にいてくれるものですから……。


■ぎゅっとなる、きみのアンテナみつめてる「説明するのとくいじゃないんだ」
  (アンテナ/antenna)

私は自分の感情的な部分を説明するのが苦手で、
いつもゴチャゴチャしたたとえ話をしたり、言葉が遠まわしすぎたり
するのですが、機転の利くchicaちゃんはいつもそれを分かってくれます。
私が直接的に言いたくないのを分かっていて、たとえ話の中で
話をすすめてくれたりと、私の電波を受信しているかのように
鋭かったりします。
そんな私が話したいことがあるときの気持ちを表してみました。


■抑揚のない声ヒントは与えないそれでも秘密しってるあなた
  (抑揚/intonation ヒント/hint 秘密を知る人/initiate)

これも上の歌と同じように、話がわかりにくいだけでなく
すごく重い内容でも淡々と話すし、表情もあまり変えない、
目も合わさないのです。
実は必死になると自分の頭の中で言葉を探すのに必死で
目線が変な方向にいくのは癖なんですが、あまり良い印象を
持たれないようです。(それでも直せないのですが……)
それなのに、ちゃんと秘密は全部わかっているのです。
いつもわかってくれてありがとう。


■きみとぼく壊して足して探しても無政府主義者(アナーキスト)にRが足りない
 (無政府主義者/anarchist ではSとRが足りず、
  本来の単語は 無政府主義者の/anarchic です)

これは単語を調べていて思ったことです。
私たちっていつもめちゃくちゃで、何でもアリだけれど
こう見えてけっこう常識人だよ!と主張してみました。
それにアナーキストっていうより、chicaちゃんはメルヘン、
私は理想主義者ですね。


■それでもね八方ふさがりそんなときSをふたりで押し出しちゃうよ
 (a no-win situation 八方ふさがりの状態)

私たちは思春期を一緒にすごした仲なので、その間にはお互い
たくさんの困難がありました。
それでも今までずっと一緒にいて、お互い病めるときも健やかなときも
いろんなものを乗り越えてきました。
やっぱりそれはchicaちゃんがいてくれたからだなあ、と思います。

ちなみに私たちは慰め合いません。
「そりゃ辛いなあ」など共感の言葉はかけるけれど、
あくまで解決法を探るための議論のような感じなのです。
悪いところは悪いと言うし、逆に私の考えがぐるぐると同じところを
回ってしまっていても、慰めの言葉で話を終わらせたりしません。
「これ以上考えても仕方ないよ!」ときちんと話を打ち切ってくれます。
だから、ふたりならいつでも『S』を押し出していけると思うのです。


■駆けつける911(ナイン・ワン・ワン)だでもそれは十中八九「それがいいのさ」
 (nine-one-one/警察・消防・救急の電話番号 nine-thenth/10分の9・ほとんど全部)

これも上の状況と似ているのですが、chicaちゃんは
私が悩んでいるとき、いつも話を聞いてくれて、
真剣に向き合ってくれますが、無理しすぎず「十中八九」でいてくれる
ところが心地いいのです。
私のことは私がどうにかするしかない、と分かってくれているのです。
私は他人に感情移入しすぎてつぶれてしまうタイプなので
そういうところはすごく尊敬します。

一時期すごい人間不信と自己嫌悪で「死にたい」とまで言っていた時期、
友達がどれだけ優しい言葉をかけてくれても耳に入りませんでした。
(申し訳ないと思っていますし、回復してから思い出しては
感謝しているので全く聞いてないわけではないのです)
そんな私にchicaちゃんは言いました。
「そんな考え方してるんやったら死んだ方が楽やろなー。
まあうちは友達やから死んで欲しくないけど。」
受け取り方によってはひどいのかもしれませんが、そのときの私には
私がどれだけ苦しいか分かってくれていることを実感できたし
生きなきゃダメ、じゃないのに生きてほしい、と言ってくれる人がいるなら
もう少し生きてみようと思ったのです。
あのときの私にとって、chicaちゃんは救急車でした。ありがとう。
これからも助けてください。そしてこれからも突き放してください。


■悲しみや隠したものは透き通るいたずらっ子なきみの魔法で
 (隠したもの/cache いたずら好きの/wanton 魔法をかける【古】/enchant)

chicaちゃんはメルヘンな人間です。
上手く説明できないけれど、おとぎ話から抜け出てきたような子です。
私にいつも鋭い意見を言いながら、実はすごい楽観主義者で
人生を思うままに楽しむ妖精さんのような子です。
私は理想主義者で、だからこそ現実との間で葛藤が生まれるのですが
chicaちゃんはそんな私にいつもいろいろなアドバイスをくれます。
現実的な解決策を挙げたり、もう少し楽に考えるように、とも
言ってくれます。
そして、それでもダメだったらいきなり突飛なことを言ってくれます。
あまり覚えていないのが残念ですが「寺にこもれ!」とか
「携帯も財布も持たず外に出て1日過ごせ!」とか、
「何たら(名前は忘れたけどインドかどこかのバカバカしいスポーツ)の
選手になるために修行して来い!」とかもっとずっとすごいものも
あった気がします。
そういうのを聞いていると、魔法にかかったようにすーっと
肩の力が抜けていくのです。
なんだかしてやられたような、理不尽な気持ちになりますが
そんなのも悪くはないな、と思うのでした。


■ワインとか想いを水で割らないでストレートでも飲み干せるから
 (ワイン/wine 水で割らない/neat)

chicaちゃんは私に悩みを話しません。
私が常に悩んでいるのでその話だけでいっぱいいっぱいなのか、
私では頼りないので相談相手にはならないのか、
そもそも悩みなんてないのかは分かりませんが……。
だけど、もし本当に何かあったら、一番に呼べばいい。
お酒に弱い?私ですが、それくらいの気合は
いつだって持ち合わせておりますので。


■響いてく知らない街に行ったってふたりで歌う三十一文字が
 (反響する/echo 詠唱する/intone 汽車が給水のため止まる小さな街/tank town)

最近、chicaちゃんが私の短歌から連想歌を詠んでくれるように
なりました。純粋に、嬉しいです。
私は劣等感が強く、私より才能のあるchicaちゃんがはじめるのなら
自分がやってもなあ……と思うはず、なんですが。
ちっともそんなこと思いませんでした。
下手でも何でも、こうやってお互いに詠み合えたりすることに
意義がある!と自信をもって言えるのです。
上達することや、人に認められたりすることも大切ではあるのですが
短歌の真髄である「自分の思いを残したい、誰かに思いを伝えたい」と
いうものをちゃんと分かって詠んでいるからなのかなあ、と
へろへろ歌人の私は思うのでした。

ところで、chicaちゃんは『歌人』というより『詩人』な気がします。
もちろん自由詩も投稿しているというのもあるのですが、
響きとしてなんとなく、そう思うのです。
『短歌も含めた、詩人』なのかな?


■君とならどこにいたって大笑いヒッチハイクで永劫流転
 (ばか笑いする cachinate/ヒッチハイク Hitch-hike/永劫 eaon)

私たちは旅行が好きです。
2人で行った国はまだフランスに2週間(留学中来てくれました!)
ベトナム、タイだけですが、お互い10カ国ずつくらい行ってます。
ちなみに恋と友、旅と酒は詩歌と切っても切れない関係だと思います。

『ヒッチハイク』というのは経験がないのですが、この単語を使おうと
思ったのは、高校生のときの家出を思い出したからです。
私たちは高校3年生になる前の春休み、学校や家でうまくいかなくて
家出したい!という話をしていました。

家出自体は思春期の高校生によくあることで、 そこまで珍しくは
ないと思うのですが、私たちは「国内で家出しても
まだ17歳で仕事もないし、家も借りられないからすぐお金に困ると思うし、
それなら物価の安いタイで1年間くらいゆっくりしよう!
日本で行き詰って自殺とか考えちゃうくらいなら
向こうで殺された方がいいやん!」と思い立って即実行したのです。
計画期間、5日。本当に思い立ったら即行動です。
自分の名義で貯金してある学費を200万くらい勝手におろして
航空券を買って、荷物をまとめ、空港に行ったまではいいけれど、
そこで親につかまって連れ戻された、といういきさつです。

親にバレたのは私が前日から空港に行っちゃおう!と言って
早く家を出てしまったのと(その日親と喧嘩して
一刻も早く出たかったのです)
chicaちゃんが航空券を買うときに本当に実家の電話番号を
書いてしまい実家に電話がかかってきたからで、
もし電話がかかってこないか、私たちが当日ギリギリに
家を出ていれば無事(?)タイに逃亡できていたという、
今考えれば恐ろしい計画です。

もちろん親には思いっきり怒られたけど、楽しかったし、
当時高校生で 自分では何もできないと思っていたけれど
その気になれば どこにだって行ける!というう変な自信が
ついたので、今思えばそれはそれで良かったんだと思います。
あのままタイに行っていたら……と考えると、それはそれで
面白いですけどね。

そんな私たちなので、どこに行ってもきっと楽しい、と言い切れます。
次の夢は、ふたりで世界一周、行けるといいなと思っています!

ちなみに『永劫流転』は『永劫』の単語から何にしようかな?と
思っていたとき『Aeon Flux(イーオン・フラックス)』という映画を
思い出してそこから付けました。
直訳すると、『永劫流転』になるのです。


■流れゆく空虚な世界包み込みCとHが私を高める
 (空虚/inanition enhance/〈可能性・価値など〉を高める)

アルファベットから単語をつくるという作業をしていて気付いたことです。
昔、自分の名前だけやったときには、そんなに多くできなかったのに
chicaちゃんの名前にある『C/H/Z/W』などが入ると
一気に単語が増えるのです。
このchicaちゃんの名前の文字が入るとできる単語が
一気に増える、というのがミソでして。
これがまた私たちの関係をよく表しているのです。
けっこう万能で何でもできちゃうchicaちゃんと、
ダメダメなのに、chicaちゃんと一緒だといつの間にか
いろんなことに挑戦していて、助けてもらってる私。
いつも追いつけなくて、背中ばっかり見てるけど
chicaちゃんはそんな私を、リレーのバトンパスをするときのように
ときたま振り返りながら走ってくれるのです。
ただのアルファベットなのに、こんなに真実をうつし出してるんですね。
名前って、本当に哲学的です。


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こんなに長く書いたけれど、それでも10年分の「ありがとう」を言うには
まだまだ足りないくらいです。
これからも、ずっとずっと友達でいてください。

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『乱世に《恋ゆる》』

2006-12-10 23:33:12 | Weblog

詠んだ短歌についての解説です。
あくまで私がネタにしたものの覚え書きなので、
これが正しい読み方だ!というものではないです。
読者さまの想像におまかせするために広がりのある言葉を
選んでいる場合もありますし、その想像の方がずっと素敵な情景だと
いうことも多いと思いますので、基本的にはみなさまの感じたままを
味わっていただけると幸いです。
ただ、やっぱり初心者ですし、私の書き方の問題でわからなくて
「何コレ?理解不能でもやもやする~!」と思ってしまう方も
いらっしゃるはずなので、よろしければ参考にどうぞ。
「まだここがわからん!」「こっちの方がいいんじゃない?」
「私はこんな風に解釈しました」などの
質問・アドバイス・コメントがあれば遠慮なく書き込んでください。


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まず最初にタイトルについて説明しておきます。
このタイトルは最初『乱世に恋ゆる』でしたが
『恋ゆる』の文法間違いについてメールでご指摘いただきましたので
少しいろいろ考えました。。
(『恋いる』『恋ふ(恋う)』が文法的に正しいものです)

文法間違いについてはわかっていたのですが、語感が好みだったのと
インターネットで検索してみると間違って(わざと?)使っている人が
たくさんいたのでちょっと迷いながらもあえて使いました。

これは言ってしまえば「俗っぽい」若い子が書いたイメージの歌
(自分の中のそういう部分)であり、少しおかしい間違ったことでも
世間の俗っぽい恋愛観に惑わされてしまうようなところがある……と
いった感じにしようと思ったのです。

そして、自分の生きる世の中はあくまで平和で、
きっと多くの人からすれば自分の悩みなんて平凡で、
そんなこと、わかってるから浸りきれないけれど、
それでも自分はそれをすごいことのように感じてしまっている。
そんな若い子の姿を思い浮かべていただけるといいなと思って
『乱世』『憤死』などという言葉と恋という甘く軽い響きのものを
結びつけた感じの作品になりました。

ただ、間違った日本語を濫用するのはいけないことであるという認識や
それを知らない人が誤解したり間違いが広まってしまう危険性と
いうのを秤にかけたときに、そこまで価値のある表現であるかどうかは
微妙かもしれません。

『乱世に恋う(または、恋いる、あるいは、恋ふ)』が正しい表現だと
教えていただきましたが、もしタイトルを変えるのであれば
まったく別のものにすると思います。
上手く伝わるかどうかわからないのですが、『乱世』という重い言葉に
『恋ふ』『恋いる』という堅い語感の言葉がどうしても
イメージではないのです。
(あくまで自分だけの感性であってみなさまの捉え方は
あまり変わりないかもしれませんが)

そういうわけで、今は一応 《  》 をつけて
『乱世に《恋ゆる》』としています。


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■何してる?誰といるの?は聞かないさ代わりに何が見えるかおしえて

これは本当に感覚的な歌です。
思った言葉がただ単に五七五七七になっていただけです。
ジェラシーって人間にとっては当たり前の感情だと思うし、
束縛をするタイプの人を否定するわけでもないですが
(そういう人にはそういう人の感性や、良さがあると思います。)
私にとってはあまり意味を成さないものなのですよね。
だから、極論でいえば、好きな人が何をしてても誰といてもいいのです。
でも、その人自体はすごく好きだから、何を見て、何を感じて、
何を考えているのかは知りたい。
そんな想いで詠みました。

でも、浮気されているのを知っていて、あえて聞かないし
我慢しているけど……という切ないストーリーを思い浮かべるのも
良いと思います。
その他、片思いだから嫉妬する資格すらない、
不倫だから奥さまといるのはわかってるけど何も言えない、など
苦しい恋をするすべての人へ。


■学生証差し出したのに改札機そんな乱世も受け入れるのかい?

これは地元の地下鉄の駅でふと思ったことです。
シチュエーション自体は多分みなさまが想像するとおりです。
定期券と間違えて出したカード(私の場合は私鉄の定期)を
改札口は吸い込んじゃうのです。
もちろんそのあと出口の方から警告音と一緒に出てくるのですが
吸い込む時点では拒む権利すらないんですよ?
そして受け入れてしまって、ちゃあんと受け入れきれてしまえば
いいのだけれど、改札機は柔軟でもバカでもないから、ちゃんと
わかってしまうのです。そして辛そうに警告音を出すのです。
ああ、哀しい。

そう思ったとき、今ハマっている『蒼天航路』という三国志漫画の
18巻にある曹植と甄氏の話が浮かびました。
甄氏という女性はもともと袁家に嫁いだのですが、曹家が袁家に
攻め入ったとき、曹植の兄である曹丕が奪って妻にしてしまうのです。
そんな甄氏と曹植の出会いのシーンとそっくりなんです。

曹操が北伐のときに知った珍味である『醍醐』という羊のチーズを
食べていて、曹植に「みんなに分けてあげなさい」というシーンです。
曹操の奥さんのひとりなどは「いったい何なのですか
この腐ったようなものは」と言っていたので、
チーズは当時の魏で慣れ親しんでいる味ではなかったようです。
そして曹操は「甄夫人、君はどうだ」といって甄氏さんにも勧めたので
曹植はチーズを指でつかんで甄氏さんに食べさせようとします。
このへんのイメージが「入れる」とかではなく「差し出す」という
動詞のイメージなのかもしれません。
そこで、13歳の曹植は甄氏さんにひとめぼれをするのですが、
ここの独白がこの歌の元ネタです。
チーズを「あーんして」の方法で食べさせる一連の動きを
描きながらこんな言葉が書いてあります。


 絶世の美をそなえてこの世に生をうけ
 袁氏に嫁ぎ 曹家に破られ 略奪されて今は兄上の妻
 貴女は乱世の波に翻弄され過酷な人生を
 寂しいほど静かに受け入れてきた

 【そこで、曹操の奥さんが「いくら殿の勧めでも
  無理をしなくていいのよ およしなさい」と言います。】

 甄氏 あなたはいかなることをも拒まぬのですか
 なんというはかなさ なんという美しさ
 僕は 僕はどうしようもなくあなたが好きだ

甄氏さんと曹植の話は『公子曹植の恋』『曹操残夢』にもあって
そちらもおすすめです。
13歳のときに好きになった嫂を一生想い続ける彼の姿が
歴史の流れとともに書かれています。
実際の曹植がこんなふうだったかはわかりませんが、
この曹植の恋にとても感情移入してしまうのです。
私も若さゆえの激情で13歳で好きになった人を
かなわないけれど、ずっとどこかで好きでいて、
その想いとどうにもならない無力感を抱えて生きてきたからです。

話が脱線したので短歌のことに戻ります。
「学生証」という言葉を選んだのは現実の「私鉄のカード」じゃ
わかりにくいし、語数が合うという理由でぱっと選びましたが
一応他のものではなくて学生証なのは、まず、アイデンティティを
示すものであることが重要だと思っています。

『蒼天航路』18巻ではそのあと曹植が甄氏さんに思いを告げる
シーンでこんなことを言っています。

 貴女はご自分の心を閉ざし
 どこまでも貞淑に天命を受け入れようとなさっておいでだ
 僕が貴女に恋焦がれ 今宵貴女の寝所を訪れたのもまた
 あなたの天命でしょう
 ならば貴女は今まで通り粛々とこの僕を受け入れるべきだ
 僕は貴女を解き放つ天命です!

なんだかすごいことを言ってしまっていますが、
このあと読み続けていただければ分かると思います。

私もここで、「学生証」というIDカード、すなわち自分自身である
ものを持ち出しました。
免許証でも保険証(さすがに大きすぎるかな?)でも
いいけれど、学生証というところがいかにも若さと不安定さを
表すのにはうってつけではないかと思うのです。
若さ、とか言っていますが私は23歳で本当は大学を卒業して
社会人であるはずの年齢です。
高卒で働いていればもう5年目の中堅社員です。
なのにまだ子供でモラトリアムを感じている自分自身がよく見えます。


■90℃あなたの世界連れてって目が回るまで180℃

これは美術が好きなマイミクさんと
美術館に行ったあとに書いたものです。
感覚でつくったものなので、説明するのは難しいです。

余談ですが、私はあまり美術を解する人間ではなく、
あまり技法とかを見ていないし、あとから思い出しても
どんな作品だったか(色、形など)全く思い出せません。
だから今まで美術館はあまりひとりで行こうと思わなかったのですが
その方の日記とかの感性を見たら「この方と行けば絵の見方が
わかるかもしれない」と何となく思い、ご一緒することに。

とりあえず人と一緒なのでひとりのときのように適当に見ることは
できないので、真剣に見はじめます。
美術作品を見ても「これはどういう精神状態で作ったのか?」
「これを見るとこんな気持ちになったり、こんなテーマについて
考えさせられる」と感情的な面で見てしまいます。
見たあとはいろんなものを頭に入れすぎたせいか
考えたせいか、すごく疲れて、本当に目が回るかと思いました。
やっぱり帰ってからどんな作品があったかは覚えてないのですが
ただ強烈な印象だけを覚えていて、やっぱり美術は向いてないけど
無駄なものではないし、確実に自分の糧になっているなあと
実感しました。

私は読書や議論というのは割と好きなのですが、
そういうものは自分にとって『深み』だと思うのです。
でも、今回のような美術というのはくるくる回されてるような
感覚で、そのあたりを角度で表しました。

最初は「90度、180度……」からはじめようと思ったのですが
『90℃』      『180℃』と中にはさんだら
その中で言葉が回りだしたので、そうしました。
みなさんがその中で回ってくれると嬉しいです。


■お弁当詰め込みすぎると閉まらないだから想いも少し減らして

乙女な感じの歌を作りたくてこんな感じになりました。
が、元ネタは私の母です。
私は男の子以上によく食べる子で、今でもピザMサイズ半分に
ケーキ2個をぺろっと平らげてしまうくらいの根っからの大食い。
今以上に食べていた中学生の頃の私のお弁当に
母はいつもありえないくらい大きいおにぎりやおかずをパンパンに
入れてくれるので、いつもふたを閉じるときに閉まらないのです。
無理して閉めるのですが、開けたときにはぐちゃぐちゃになって
大変でした。
家が学校から1分とものすごく近かったので、母が休みの日は
お弁当のかわりにあつあつのグラタン(!)を
持ってきてくれたりもしました。
友達や先生にはびっくりされましたが当時の私のお気に入りでした。
きっと「冷めたご飯がおいしくない……」と文句をいってた
姉と私のためにいろいろ考えてくれていたのでしょう。
反抗期で迷惑かけてばかりで悪かったなあと今では思います。

そして『詰め込みすぎると閉まらない』のはお弁当だけじゃなくて
いろんなものがそうかもしれないと思うのです。
恋でも仕事でも、詰め込みすぎちゃうと逆に上手くいかないことが
けっこうありますよね。

そして私が1週間の歌人人生(短すぎ!)で思ったことでもあります。
やっぱり伝えたいことがあって短歌を詠むのですが
あまりにも大きいテーマだと、上手く歌にならないのです。
だから想いを最小限にして「あそび」の部分をつくるのも
大事なのではないのでしょうか。

この「あそび」は「無駄な部分」でもあり「遊び」でもあると思います。
私の歌で例をあげてみます。

「90℃ 180℃」なんかはなくてもいい「無駄な部分」で
「あなたの世界連れてって」にしか意味はないのですが
それ以外のところにもちゃんとした、気持ちがしっかりある言葉を
入れてしまうと、それは重すぎるのです。

逆に『アルファベ遊び』のような「恋に一喜一憂したけれど
今はもう全部昔のことだ」なんていうテーマはまともな言葉で
語るときりがないと思います。
いくら連作だったとしても三十一文字では難しいです。
私はそこにちょうどアルファベットの形で遊ぶことを思いついて
その遊びの中に自分の体験したことを流し込んだ感じです。

そうはいっても、もともと詰め込みすぎてしまうタイプなので
今こうやって長い解説文が必要なのです。
みなさん、お弁当をつめすぎると汁がもれますので
注意しましょう。



■寒空に季節じゃない歌うたっても調子っぱずれに返事は雪だけ

私の住んでいるのは関西なので、雪なんて降りませんが
あんまりにも寒くて、詠んでみました。
ちょっと田舎の丘で、帰る途中に歌いながら歩いてる
女の子のイメージが浮かんだので、そのまんま。



■憤死ってなんだろ?怒りで死ねるなら恋の病も死ぬかもしれない


三国志を読んでいると「憤死」という言葉がよく出てくるのですが
憤死って何なのでしょう。
三国志の憤死で有名なのは演義の周瑜、あとは陸遜も憤死らしいです。
憤りや失意を感じたままに病死、という意味なのかもしれませんが
人は感情で本当に死ねるものなのか、知りたいですね。

この作品に共通するイメージの「若い子」像がこの歌にも
よく表れていると思います。
歴史上の人物の憤死しなければいけなかったほどの状況と
自分のそのへんにありふれた恋なんかを比べて
「恋の病も死ぬかもしれない」なんて言ってしまうのです。
ここにものすごい悲壮感はないと思っています。
でも、本人としてはけっこう一生懸命な感じが表れていると
いいと思います。


+++++++++++++++++++++++++++++++


■組み立ててバラバラにして組み立ててこうして二人の名前ができてく
                  
■きみとぼく壊して足して探しても無政府主義者(アナーキスト)にRが足りない

最後の二つは次回作と一緒に解説しますので少々お待ちください。

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 『三十一文字のお菓子』(短歌をはじめるにあたっての決意)

2006-12-10 23:31:38 | Weblog

詠んだ短歌についての解説です。
あくまで私がネタにしたものの覚え書きなので、
これが正しい読み方だ!というものではないです。
読者さまの想像におまかせするために広がりのある言葉を
選んでいる場合もありますし、その想像の方がずっと素敵な情景だと
いうことも多いと思いますので、基本的にはみなさまの感じたままを
味わっていただけると幸いです。
ただ、やっぱり初心者ですし、私の書き方の問題でわからなくて
「何コレ?理解不能でもやもやする~!」と思ってしまう方も
いらっしゃるはずなので、よろしければ参考にどうぞ。
「まだここがわからん!」「こっちの方がいいんじゃない?」
「私はこんな風に解釈しました」などの
質問・アドバイス・コメントがあれば遠慮なく書き込んでください。


+++++++++++++++++++++++++++++++


まず、今回のテーマは見てもわかるように『短歌を詠むこと』です。
これは小さな私の中では気楽に決めた大きな決意でありました。

短歌自体はそれほど解説が必要なものはないので
今回は主に『短歌を詠むこと』について語って解説の代わりに
したいと思います。


私は中学時代ロクに勉強もせず、学校でも家でも
吹奏楽部の練習時間以外は友達と手紙、日記、エッセイのような
ものを毎日10枚以上も書きなぐっては交換していました。
思春期病というべきものでしょうが、そのころはいくらでも言葉が
出てきて、それが良いモノなのか悪いモノなのかもわからずに
ただただあふれ出るものを紙の上やワープロの画面の上に
叩きつけていました。

ちなみに今はパソコンが当たり前の時代になりましたが
当時はワープロが主流。しかも一太郎で、私は高校1年生まで
カナ入力をしていたなんて信じられません。
ワープロで書く、という作業が楽しくてたまらず、家ではワープロで
友達への手紙を書いては印刷していました。
もちろん、目新しさもありますが、自筆でないということは
私にとって意味がありました。
私の字が子供っぽくて悪筆なせいもあるのですが、
もっと大きな意味があったのです。
パソコンで打った字は、私のものだとわからないのです。
つまり、その活字たちは私の手を離れていくのです。
自分の書いたものが無機質になってゆき、だからこそ中にある意味が
いっそうはっきり見えます。
その感覚が好きで、当時はワープロをよく使っていました。

そんな書くことが好きだった私が、書くことをやめてしまったのは
高校生の頃でした。
当時の友達と喧嘩というか、関係がこじれたときに言われた
ひとことがきっかけでした。
喧嘩の原因自体は今考えれば圧倒的に私が悪いので
私に何か言う権利はないのですが、当時は若かったので
引くことも知らず、ひたすら手紙やメールで自分の辛さや
わかってくれない相手への不満を書き連ねては渡していました。
私は感情を表情や言動に出すのが苦手で、だからこそ文章という形で
すべてを出していました。
当時、精神状態も不安定だったので、かなり病んでいる文章を
書いていたことでしょう。
そんな私にその友達は「深月の文章は、人の気を引くのが上手すぎて
信用できない」と言いました。
今思えばまったくおっしゃる通りです。
手紙では心配になるようなことを書いておきながら
顔を合わせたときにはヘラヘラ笑って、何もなかったかのように
振舞っている私はさぞかしおかしかったことでしょう。
そりゃあ信用もできないと思います。
友達はまったく悪くありません。そんなの当たり前のことです。
でも、子供だった私はそれを聞いてこれ以上ないくらいの
ショックを受けてしまいました。

実際私が彼女にしたことを考えると、自分の人間性や人生全てを
否定されても文句は言えなかったと思います。
でも。文章だけは否定されたくなかった。
書くことがすべてで、他の表現方法なんて何も覚えてこなくて、
それなのに文章を否定されたら私は何もできなかったのです。

それから少しの間、本当に何も(テストの名前さえも)書くことが
できませんでした。書くことだけでなく読むことすら怖かったです。
もちろん時間とともにショックは薄れていきますし、
書かない生活というのはいろいろ不都合がありますので
すぐに「書く」ことは私の生活に戻ってきましたが
前のように文章で感情を表現するのはやっぱり長い間
できないままでした。

それから私は文章から逃げ続けました。
「書かない」ことでヘラヘラ笑っている自分が「自分」になり
どんどん外交的に、行動的になりました。
その間、大学生になり、R&Bにハマり、旅行し、フランスに留学し、
日本に帰ってきて、過労で倒れ、精神を病み、
ありえないぶっとんだ恋に悩み、破れ、廃人のようになり、
三国志にハマリ、酒飲みになり、就職が決まり……と
私の人生は驚くようなスピードで流れてゆきました。

たくさん辛いこともありました。
それでも私は生きていて、家族がいて、友達がいて、
音楽があって、本があって、すごく恵まれているじゃあないか、
と思いました。

でも私には悩みがありました。
自分を表現する術がない。
私はテンションも高く、どう見ても「言いたいけど言えない」タイプでは
ありません。でも、表現力がないのです。
涙を流すことも、怒りに我を忘れることもありません。
感動はよくしますが、その感動を表現できません。
悩みを相談するときですら、何かを説明するときのような
淡々とした話し方なのです。
そうやって積もり積もった私の感情は、どんどん私の中で
大きくなっていって、ときどき自分が狂ってしまうのではないだろうかと
思うような強い何かを感じるようになりました。
それを友達のchicaちゃん(私の短歌を見て連想歌を書いてくれています)
に話したときに「そういうのって何かで吐き出した方がいいよ。
表現方法は何でもいいけど、短歌とか」と言われたのです。
そこでなんとなく、短歌を詠みたいと思いました。

もう一度書きはじめるのはは怖かったです。
また否定されたら。実はもう何も書けないんじゃないか。
でも、それでも私はリハビリとして書くことを決めました。
挫折しても、側にいてくれる人たちがいることを知っているから。
下手な短歌をよんでくれる人がいるから。

うまく説明できませんでしたが、こんな経緯があって
今こうやって『詠む』ことをはじめています。
自分の短歌、そして解説は自己分析のようなものですね。

短歌を詠むのときは意味をこめてつくった、というよりは、
それはもともと自分の中にあってでも言葉で表現することが
できなかったものなんです。
それが五七五七七のリズムの力をかりると、
それが考えることなしにするっとでてきて、ひとつの歌ができます。
あとからその歌を見ると、やっぱり自分のカラーや感性が出ていて
適当に選んだ言葉だけど「この言葉でなきゃいけなかった理由」が
自分の中に見えてくるのです。
批評なんかだとその人を知ってるわけじゃないし、
決め付けるのも悪いなと思って遠慮しますが、
自分の作品なのでどこまでも突き詰めることができるのが面白いです。


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■名前負け?体を表す?『詠』の字とにらめっこして今日も引き分け

私の本名は「詠子」といいます。
ここにも本名で登録しようと思ったのですが、
同名の方がいらっしゃったので普段使っているハンドルネームを
登録したのですが、『麻生』さんも『深月』さんもいらっしゃるようですね。
かぶってしまって申し訳ありません。

昔は硬く冷たい感じのする自分の名前が嫌いでした。
『子』の付く名前が古く感じたし、名前の響きが硬いのも
可愛くないので嫌でした。
友達の間でもペンネームを使っていたくらいに嫌いでした。
学校やアルバイト先では名字で呼ばれるので、自分の名前を
自分のものと感じていませんでした。

そんな私ですが、外国語を専攻し、海外に住む経験をすると
やっぱりファーストネームで呼ばれることは避けられなくなり
大好きなホストファミリーや友達に呼ばれるうちに慣れていきました。
そして、日本語や漢字のわからない外国人には
よく「Eikoってどんな意味なの?」と聞かれるのです。
その都度、私は「詩をつくるって意味だよ」と言うので
否応がなしに『詠む』ことを意識させられます。

そんなわけで本名の『詠』という字は、やっぱり私に『詠むこと』への
興味とプレッシャーをずっと私に感じさせています。
小さい頃から本が好きだったり、何か文を書くと「名は体を表すだね」と
言われますし。その分、下手なことは書けない!という
プレッシャーもあります。
短歌を詠みはじめて、やっと自分の名前と向き合えた気がします。

でもあくまで「にらめっこ」なので負けたところで笑えるのです。
短歌は私にとってそんなもの。
評価とか、勝ち負けじゃなくて、詠むことは楽しくて自分にとって
価値のあるものだと思っていれば、それでいいのです。


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『乱世に《恋ゆる》』でも書いた蒼天航路の曹植についてです。
私が短歌をはじめようと思った理由のひとつには、
確実に彼に出会ったことがあるでしょう。
もちろん好きなキャラクターへの憧れや、実際彼の作品を読み
詩歌の素晴らしさを感じたというのもありますが
私はこの彼の台詞を読んで、詠わずにはいられなかったのです。

 僕は乱世にあえぐ窮民の間で言葉を発し詩(うた)をうたい
 人の心から乱世を終わらせようと思う
 それが僕の身の内に渦巻く言葉を生かす道であり
 天下人の血を引いて生まれてきた僕の使命なんだ

 言葉はひとりの人間の恣(ほしいまま)になどなるものか!
 言葉は自由で強靭だ! 矛にも勝れば盾にも勝ろう!
 檄文で乱を起こすことができるなら 詩歌で乱世を
 終わらせることも可能だ!人の心から乱世を終わらせるんだ!

 なぜいつも誰もが同じ主題を詩う!?
 いずれも陛下から民草まで誰もが抱くあたりまえの心象じゃないか!
 いくら巧みに高雅な言葉で詩い上げようとも
 切ない涙の素にしかならない!

私は「楽隊は礼楽ばかりを奏でさせられ、画工は孔子の肖像
ばかりを描かされてきた」この時代に儒から独立した建安文学に
とても心惹かれるのです。

詩を詠む理由は人それぞれだと思いますが、私はこういう思いを
もった「言葉を愛する」歌人でありたいと思います。
私はまだ短歌を始めてから1週間ですし技巧的にも表現力も稚拙で
『歌人』を名乗れるほどのものなど持ち合わせてはいませんが
言葉を愛する気持ちがあり、だからこそ詠い始めたのです。


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長くなりましたが、短歌を詠みはじめるにあたっての自分の決意を
書いてみました。
言葉が私を愛してくれるぶん、私も言葉を愛し、これから短歌を
詠んでいきたいと思います。

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『師走の日常<その一>』

2006-12-10 23:28:37 | Weblog

詠んだ短歌についての解説です。
あくまで私がネタにしたものの覚え書きなので、
これが正しい読み方だ!というものではないです。
読者さまの想像におまかせするために広がりのある言葉を
選んでいる場合もありますし、その想像の方がずっと素敵な情景だと
いうことも多いと思いますので、基本的にはみなさまの感じたままを
味わっていただけると幸いです。
ただ、やっぱり初心者ですし、私の書き方の問題でわからなくて
「何コレ?理解不能でもやもやする~!」と思ってしまう方も
いらっしゃるはずなので、よろしければ参考にどうぞ。
「まだここがわからん!」「こっちの方がいいんじゃない?」
「私はこんな風に解釈しました」などの
質問・アドバイス・コメントがあれば遠慮なく書き込んでください。


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実はこの歌たちはバラバラの日にテーマも決めず詠ったものです。
(とはいっても3日の間です。思ったより短くてびっくり。)
できた順にmixiの日記に並べてたんですが、統一感がなさすぎて
先に『アルファベ遊び』などを投稿しました。



■PM11:00(じゅういちじ)帰りを待つの右の手とマーブルチョコの黄色除いて

都心のJRなんかを使っていらっしゃる方はピンと来ないかもし
れませんが私の使う大阪市営地下鉄は11時台が終電なのです。
「帰ってくるならもうちょっとやんなー
でももう帰ってこーへん(こない)のかなー」
ってやきもきしはじめる時間でもあるはず。
私は実家暮らしで同棲経験もないし、あまり心配性でもないので
あくまでイメージです。だから『PM11:00』なのです。
100%実体験ならば『PM11:09』とか、『深夜15分前』とか
何でもいいですがもっと具体的ですよね。
もちろん語数が合うというのもありますが。

そしてこの句は下手なので『右の手と』がどこにかかっているかは
自分でも微妙なのですが「右の手と、待つ」なのです。
一緒に待つのです。[with] right hand です。
「右の手&黄色のチョコを除く」のも怖くて良いかもしれませんが。
わざわざ「『右の手』と一緒に待つ」という表現で
孤独が引き立ったり一人で寂しいとムダに誰かに話しかけるような
独り言を言ったりする感覚がするかなぁと思って
この「右の手」を採用。
猫とか、鏡とか、キッチンのシンクなんかじゃあダメなんです。
人間ではないにせよ「他者」の存在を感じさせてしまうから。
同じ理由で「右手は笑う」とかもやめました。
あ、でもそれはそれで面白いのかな?
意思を持つ右手がマーブルチョコの黄色を除きながら笑ってたら。
もうその時点で彼なんて待たないだろうから、別の歌ならいいかな。

「待つ」と「待とう」は迷ったのですが語感的に「待つの」に。
こういう女の子って、そんな言葉遣いをするイメージです。
「待とう」って積極的に決められるような子はこんなことでここまで
不安にはならない気がしません?理由があるなら別ですが。
というわけでここは「待つの」でいきました。

そしてマーブルチョコ。語感の問題でM&M'sは却下しました。
実は私はM&M's派なのでマーブルチョコの色構成はイマイチ
思い出せないのですが、おそらく茶色・赤・青・緑・黄色……
そんな感じだったと思います。
よく「この色から食べていく」みたいな遊び食いをするので
そこから思いついた表現だったりします。
黄色ってチョコの中で一番明るい色ですよね?
で、黄色を全部取っちゃうと、一気に彩度が落ちてとたんに暗くて
毒々しい色になるんですよ。
黄色を取ることで暗くなったチョコと自分の落ち込んでく
気分を重ねる……というのを最初に思い浮かべたのですが
明るい色ばっかり食べる=自分の中に入れる
ということでカラ元気というか、きっと大丈夫さ……と
いう心情も同時に表現できていればさらに良いかもしれませんね。

という歌なんですが、ある友人は「マーブルチョコの黄色を除く」は
帰ってくるはずの誰か(おそらく旦那や彼氏、家族、同居人)が
マーブルチョコの黄色が好きで、帰ってくるその人のために
黄色だけ分けて置いといてあげる、という情景を思い浮かべたそう。
可愛いなあ!優しい乙女なのですね。
私の思い浮かべたものとは大違いです。
可愛くないな、私。
でもこれでいいんです。にんまり。
その黄色をKちゃんみたいに取っておいてあげるのかもしれないし、
捨てちゃうのかもしれないし、おはじきみたいにもて遊んでるのかも
しれないし……そんな風に想像におまかせで
その人なりのストーリーになるかなと思ってあえて
「黄色だけ食べて」ではなく「黄色除いて」なわけなので。
私は批評というものがすごく苦手で、本当はどっちが適切かとか、
どっちが上手いかで考えると違うのかもしれないけど、
それが私の性格なんだろうなと思いました。



■ねえ聞いて抹茶まっちゃのチロルチョコ君の寝言で夜が明けてく

実は私には一卵性双生児の姉がいるのですが
その姉の寝言が元ネタです。
双子と言っても中身は全然似てないというか、
対な感じなんですけどね。
それはさておき、この歌の目玉である
『抹茶まっちゃのチロルチョコ』は朝4時くらいに生まれました。
私は眠りが浅い性質で朝方に起きることはよくあるのですが、
そのとき同じベッドで寝ている姉は微妙に起こされたのか、
寝ぼけた声でよく話しかけてきます。
姉いわく面白い夢を見たから覚えておきたい、らしい。

寝起きのよくわからないふにゃふにゃとした声で、
必死に語りだしました。
「チロルチョコに『抹茶まっちゃ』って
漢字と平仮名で書いてあるねんけどな、
それが同じ抹茶ってゆう意味やってわからんねんなー。
で、それを4人くらいで取り合いするねんけど
うちはチロルチョコ争奪戦の司会者やねん」
……らしいですよ?

『抹茶まっちゃのチロルチョコ』
聞いたとたん「これだぁーーー!」と思いました。
普段だったら忘れていたかもしれません。
けれど、ちょうど短歌をつくりはじめて2日目の朝だったので
「これは詠まなきゃ!」とスイッチ・オン状態でした。

とりあえず詠んだのがこの歌なのですが、
ひねりがなさすぎるなぁ……と思って
ふたつくらい改作をつくったのですが、姉が最初のがいい!
と言ったのでかなり迷ったのですが、これにしました。
著作権もありますし。
私はほぼ一発で決めてしまうので、途中で4句と結句を
入れ替えたりはあっても、改作といえるような候補が
できるなんてとても珍しいです。
それなのにもうはっきり覚えてないのが残念。
書いておけばよかった……!
ひとつめは「寝言としあわせ似合う土曜日」と、恋愛風味、
ふたつめは「ちいちゃな」とかを使ったリズム重視の
ものだったと思います。
『抹茶まっちゃのチロルチョコ』の語感がすごく気に入ってるので
その味が引き立つよう他は地味なくらいでいいのかもしれません。

ちなみに『アルファベあそび』はこのあと姉が起きてきたあたりで
つくったものです。両方リズム重視な感じが似てる気がします。



■転がって笑ってさらに転がって言葉に狂気取られたよもぎ

これは曹植の『吁嗟篇』が元ネタになっております。
一番好きな詩人の本歌取り(?)をするのは大変勇気がいりますが
あえてやってしまいました。
理由は、周りに曹植の詩を知っている人が少なかったから。
せっかくいい詩なのに知名度が低いのはもったいない!と
ひとりで布教活動をしているのです。

私は漢文は読めませんのでWikipediaと
伊藤正文さん注の『曹植』(岩波書店)を参考にしています。


 ああ、この転がってゆく蓬よ。
 この世で、どうしておまえ独りだけがこのようであるのだろう。
 もとの根から遥かに離され
 朝から晩まで、休む暇さえない。
 東西に7つの道を飛びすぎたかと思うと
 南北に9つの道を飛び越える。
 そのうちいきなり、つむじ風に巻き込まれ
 雲の間に吹き上げられる。
 このまま天の路の終わりまで行けるかと思ったら
 たちまち沈淵まで急降下。
 今度は激しく吹き上げる風が連れ出してくれた。
 もといた田んぼに帰れるのかと思いつつ
 当然これなら南に行くと思えば、どんどん北に向かい
 東に行くのかと思いきや、あべこべにに西に行ってしまう。
 この広漠たる空間のいったいどこに身を寄せたらいいのだろうか。
 ふっと消えうせたと思っても、またあいかわらず生きのびている。
 ふわふわ飛びつつ八沢をまわり
 ひらひら飛びつつ五山を巡ってきた。
 こんな風に流転を続け、定住の場所を持たない。
 この私の苦しみ、誰がわかってくれようか。
 できるなら林の中の草となって
 秋に、野を焼く火で焼かれてみたい
 焼けただれて滅びることは、苦痛でないことはないが
 かつての株や根と運命を共にするのが、私の願いなのである。

こんな詩です。
ここでのよもぎは、私たちの想像する日本のよもぎではなく、
タンブル・ウィード (ロシアアザミ、回転草)というもので
株がボール状に成長していき、秋に果実が成熟すると風によって
茎が折れてしまい、丸まって原野の上を転がるそうです。

兄・曹丕との跡継ぎ争いに敗れ、親戚づきあいもできなくされ、
毎年のように左遷される流転の人生を送った
曹植ならではの詩だと思います。
私は三国志から入ったので、歴史的背景や曹家の事情を
ふまえて(もちろん本で仕入れた憶測の知識ではありますが)
考えると彼の人生の大変さは痛いほどにわかるのですが……。

それでも私はなぜかこの詩に悲壮感というよりも
「冒険もの」のような壮大さを感じて少しわくわくしてしまいます。
豊かで躍動感あふれる表現がそうさせるのでしょう。
そしてこの転蓬というのも写真を見る限りでは
でっかいマリモのようで愛嬌のある可愛い植物だったりします。
『当来日大難』や『公讌』などを読むと曹植は元は人付き合いを
楽しむ明るいタイプなんだろうなあというのが伝わってきました。
すごく暗い部分ではあるのに、綺麗な闇の言葉をつかって
全体をダークな色に染めるのでなく、あえて冒険記か何かのように
一見楽しそうな単語でつくってしまえるひとなんですよね。
そして私はそんな蓬と曹植を、いいなあと思ってしまうのです。
私は基本的にダークな話をするとき悲しそうな顔をしたり
辛そうな声色で話したりしないしないタイプなので、
すごく共感できます。
そのあたりが「転がって笑ってさらに転がって」に
表現できているといいのですが……。

そしてさらには自分の歌も、詩的で綺麗な言葉をつかうのではなく
ありふれた言葉をリズムや表現で活かして自分だけの歌を
つくることができるようになればいいなと思うのです。

そして「言葉に狂気取られたよもぎ」。
一見物騒な字面ですが、狂気は言葉が持っていってしまったので
もう怖くはありませんよ。
不遇な人生を送った曹植ですが、気が狂ったとか
そういう話は聞かないし(アル中ではあったみたいですが)
イメージとしては詩をつくるということで
いろんなものを消化して、昇華してたのでしょうね。
ちなみに下の歌で「保つ正気」、こちらでは「狂気取られた」で
あるのは、少し極端に言ってしまうと「狂気があるべき状態」
だったのではないかと。
それでも生涯詩を書き続けられるほどの正気であったのは
詩が狂気を持って行っちゃったんです。
狂気から生まれる詩を否定はしませんが、少なくとも曹植の詩は
正常の範囲内であると思います。

……好きな詩人さんについて書くのは難しいです!
とりあえず、このつたない詩で少しでも興味を持っていただけると
作者の私が大喜びします。


■ウーロン茶ウーロン茶とかウーロン茶託して保つ正気もあるだろ

これは友達とクラブに行ったときに飲みながらつくったものです。
夕飯に赤ワイン1杯、白ワイン1杯とクラブでスミノフアイス2本と
ウォッカのショットを飲んだのに時間かけて飲んだからか
あまり酔ってなくて自分でもびっくりしました。
別にみなさまから見ればこれでもそう強くもないのでしょうが
元はカクテル半分も飲めなくて、今年の夏まではカクテル2杯が
限度だったくらいなので、すごい成長です。
そろそろ酒飲みキャラが板についてきて、それにしたがって
お腹の贅肉もたくさんついてきました。

……ではなくて、短歌の解説ですね!
けっこう酔ってた友達とウーロン茶を飲んでるときに
クラブでナンパしてきたお兄さんたちがいて、そのときに
「自分がもし男の人やったらどうなんやろねー」と思って
作ってみたお遊びものです。

こういう問題に対しての男女論を真面目に語るといろんな意見は
あると思いますが、あくまでお遊びとして。
とりあえず私の想像した男の子は優しいし女の子とお話はするけど
シャイで問題なんて絶対起こせないタイプの子でした。
でも下心全く無しじゃあステレオタイプの『男』としては
面白くないなと思ってがんばってちゅーしたいのを
我慢させてみました。


■ねえ見てよあの人の服黒づくめだから消せるよこの消しゴムで

これもクラブにいった同じ日の歌です。
上下+靴が全部黒の男性がいて「あの人全身黒づくめやー」と
言ったときに友達が「消しゴムで消えそう」と答えたので、
素敵だなあと思って使わせていただきました。
あとの言葉は一瞬で出てきました。
やっぱりもとの言葉がいいと違いますね!
私にはこんな素敵な言葉は出せないのが悲しいところです……。
自分と違う感性に触れるって素晴らしい!と思ったいちにちでした。


■つぶやいて指でかぞえて歩き出せ師走の日常<その一>持って

テーマがある『アルファベ遊び』などを投稿してしまい、
その残りの日常ネタをどうまとめようか考えて書いたものです。
要するにタイトルにしたかったのです。

「つぶやいて指でかぞえて」は短歌をはじめて以来、
外でも思いつけばつい指で字数を数えてるなぁ……と思って、
1ヶ月短歌を続ける宣言、このまま続けるぞ!という決意で
「歩き出せ」と命令形、<その一>は投稿したとき
まだ12月3日だったので師走まだまだあるし……と
気づいてつけました。
「この歌を持って、12月をがんばりきろう!」と思います。


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『アルファベあそび』

2006-12-10 23:27:32 | Weblog

詠んだ短歌についての解説です。
あくまで私がネタにしたものの覚え書きなので、
これが正しい読み方だ!というものではないです。
読者さまの想像におまかせするために広がりのある言葉を
選んでいる場合もありますし、その想像の方がずっと素敵な情景だと
いうことも多いと思いますので、基本的にはみなさまの感じたままを
味わっていただけると幸いです。
ただ、やっぱり初心者ですし、私の書き方の問題でわからなくて
「何コレ?理解不能でもやもやする~!」と思ってしまう方も
いらっしゃるはずなので、よろしければ参考にどうぞ。
「まだここがわからん!」「こっちの方がいいんじゃない?」
「私はこんな風に解釈しました」などの
質問・アドバイス・コメントがあれば遠慮なく書き込んでください。


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横文字が並んでるのに苦しくてUのすき間にうずくまってる

横文字が並んでるのが切なくてSのしっぽにしがみついてる

横文字が並んでるのが嬉しくてそれでも今はAの頂点

横文字が並んでたのももう昔Eにきっちり片付いている


並ぶ文字中身なんてさ見ちゃいない独りぐるぐるアルファベあそび



この歌たちは珍しいことに視覚的刺激から生まれました。
私は左脳インプット⇒右脳アウトプット人間なので
情景を目に焼き付けたりするのは得意ではなく、
基本的に絵を見ても「彩度が高い」「細かい感じ」などと
言葉で頭に入れていっている感覚なのです。
なので、私の短歌はほとんど『思索』『出来事』『語感』から
できています。(というほど作品はありませんが……)

直接のきっかけは、姉がゲームのサウンドトラックを
メディアプレイヤーで再生していてそれをとなりから
覗き込んでいたときに見えたパソコンの画面です。
英語タイトルばかりのアルバムで、しかも全て大文字表記でした。
私は語学(フランス語)を専攻しているので、基本的には
アルファベットが並んでいても一応「言語」として入ってきますが
まったく英語のできない母にとっては記号にしか見えないように、
やっぱり日本人にとっては仮名・漢字の方が圧倒的に
瞬時に「文字」として捉えることができると思います。
大文字ばかりの表記に慣れないのもあってそんなことを考えました。
NIHONGO DE KAITATTE JYUBUN WAKARINIKKUI DESUYONE ?

そこで、ちょっとアルファベットの形で遊んでみたくなったのです。
U・S・A・E 4つのアルファベットの形から想像するものは
凡庸どころか視覚的な表現力としてはゼロに近いと思っています。
そこで描写が苦手な私はもちろん『感情』と『言葉』に頼ります。

とりあえず大文字表記のアルファベットたちの少し不思議な感じ
残したいな、と思ってそんな雰囲気の作品にしようと決めました。
パソコンで流れてる音楽のタイトル、というだけではストーリー性に
欠けるので、何か物語を想像できるもの……と考えて、
音楽のタイトルではなく誰かからの手紙(またはメール)と
いうことにします。
国際恋愛をしている相手の母国語で書かれた手紙でもいいでしょう。
海外にいる遠距離恋愛の恋人が日本語入力のできないパソコンを
使ってローマ字で書いたメールでもいいでしょう。
別に恋人でなくても、元恋人や好きな人、家族や友人知人など
思い入れのある人なら誰でもいいと思います。
ストーリーとしてはその手紙に一喜一憂して、いろいろあったけれど
それももう昔のことだなあ、というごくごく単純なものが基本です。
そして、ちょっと不気味な書き方によってその単純なストーリーを
それぞれ想像を膨らませて作っていただけたら本望なのですが……。

最後の歌はこの作品のタイトル的(タイトルにも使っていますが)
なものになります。

 並ぶ文字中身なんてさ見ちゃいない独りぐるぐるアルファベあそび

基本的に私はあまり推敲して言葉を選んでおらず、ぱっと浮かんだ
言葉に理由を後付けして「こう受け取れるから、いいよね?」と
いうやり方でやっています。
そうすると、ぱっと浮かんだ言葉に自分の考えや心理状態が
見えてきて自分でもびっくりすることが多いです。
ちなみに、この歌については私的にはふたつの解釈ができるのです。

1.もう終わったことだから、自分の中で整理できていて
  今ではその手紙で、懐かしさと少しの悲しさとともに
  中身にくぎづけにならず、アルファベットの文字の形を見て
  言葉遊びなんかしてしまえるようになった。

2.何かすごく大きな衝撃を受けたとき、脳みそが固まって
  しまうみたいに、手紙を読んで強すぎる感情にあたってしまい
  混乱状態の中で頭が勝手に言葉遊びをはじめてしまっている。
  私はこういう乖離状態のときに勝手に文の中から文字を拾って
  「ごみの中でけんたをあしらっている」とかいう文章を
  作ってしまったりするのです。
  (割と分かりやすい例です。2.の中で探してみてください。)

一番今の自分の自分の感情として近いものは
2.の状況を思い出しながら1.である、かなあ?
もちろん無限にストーリーはあって、正解はないのですが。

ちなみにタイトルにもなっている『アルファベ』。
これはフランス語で『アルファベット』です。
本文中のアルファベットは英語読み(U…ユー、E…イー)ですが
最後の歌では語呂がいいので『アルファベ』を使いました。
ちょっと、統一性に欠けるかな?

でもAとかUとか、イタリア人の彼氏を思い浮かべてる人なら
イタリア読みだろうし、ドイツ人の好きな人を思い浮かべてるなら
ドイツ語読みになるんだろうから、仕方ないのです。
多分その人にとってそれは語呂の悪さや字あまりを超える意味が
あるから別に良いのです。
ただ漠然とイメージでは英語読みすると、おさまりがよくて
入っていきやすいですよ、という程度のモノです。

どうしても『アルファベ』と読んでほしかった結句はちゃんと
カタカナにしてあります。(『alphabet』の綴りは同じ)
この歌はこの言葉を思いついたから出来た、という
キーワードなのでこれだけは『アルファベットあそび』でも
『アルファベートあそび』でもなく、表記するのは
『アルファベあそび』でどうかよろしくお願いします。
イタリア語で読んでた人はちょっと現実に引き戻されちゃったかな。
すみません。ちょっとだけ我慢して、たまにはくずして
『アルファベートあそび』と読んでてください。


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初めて『連作』に挑戦してみました。
AからZまでできたらすごいなーなんて思ってもみますが
さすがにそれはこのリズムでは間延びするのでやめときます。
ある程度テーマを持たせてつくるのもいいな、と感じました。
私はそのときの気分がモロに出る方なので同じときに詠んだのは
雰囲気が似てくると思いますし。そんなことを考えていました。

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『処女作たち』

2006-12-10 23:25:50 | Weblog

詠んだ短歌についての解説です。
あくまで私がネタにしたものの覚え書きなので、
これが正しい読み方だ!というものではないです。
読者さまの想像におまかせするために広がりのある言葉を
選んでいる場合もありますし、その想像の方がずっと素敵な情景だと
いうことも多いと思いますので、基本的にはみなさまの感じたままを
味わっていただけると幸いです。
ただ、やっぱり初心者ですし、私の書き方の問題でわからなくて
「何コレ?理解不能でもやもやする~!」と思ってしまう方も
いらっしゃるはずなので、よろしければ参考にどうぞ。
「まだここがわからん!」「こっちの方がいいんじゃない?」
「私はこんな風に解釈しました」などの
質問・アドバイス・コメントがあれば遠慮なく書き込んでください。


+++++++++++++++++++++++++++++++


■7mmの薄いラインに刻まれたB5サイズの夢を見させて

中学時代、私たちは交換日記にハマっていたのです。
普通の中学生の交換日記はキティちゃんのノートなんかに
カラーペンで今日の出来事や恋話を可愛く書くものなんですが
私たちはひたすら大学ノート、それも100枚の分厚いものに
ひたすら思春期病みたいな文章をえんぴつで書きなぐっていました。
毎日まわすのは当たり前、しかも10枚くらいひたすら語る。
それでもまだ飽き足りずまわってきた順番でない方はルーズリーフに
また7,8枚くらい書いて、手紙として渡すのです。
(今思えばノートを2冊用意した方が早い!)
字が大きめなうえ書きなぐっていたもので、ノートやルーズリーフは
6mmの細掛より7mmの太掛の方が書きやすく、ラインも濃いと
字とかぶって見づらいので薄いものを愛用していました。
その友達がmixiで中学時代の思い出について書いていたので
ふと思いついてこんな歌になりました。


■わかってる水面に揺れる我が心さかなのきもちはわからなくても

ある日、荘子と恵子が川のほとりを散歩していました。
恵子は議論好きな人で、いつも荘子に議論をふっかけていました。
荘:魚がゆったり泳いでるね。これが魚の楽しみってもんだよ。
恵:君は魚じゃないのに、どうして魚の楽しみがわかるのさ?
荘:君は私じゃないんだから「私に魚の楽しみをわからない」って
  ことをどうやってわかるんだい?
恵:私は君じゃない、だから確かに君の楽しみはわからないさ。
  同じく君は魚じゃないんだから、君も魚の楽しみは
  わからないだろ?
荘:……。話を元に戻してみようではないか。
  君が私に「どうして魚の楽しみがわかるっていうのさ?」と
  聞いたときにはすでに君は私が魚の楽しみをわかるかどうか
  知っていたからそうやって問えたのだろう?
  私は濠水のほとりで魚の楽しみがわかったんだよ。

……という荘子と恵子の『知魚楽』が元ネタです。
禅問答みたいな話ですが「共感」について考えさせられたので
こんな歌を詠んでみました。

荘子と恵子のエピソードは本当にいいです。
荘子はお金持ちで恵子の面倒を見てやっていたし、
いつも恵子は議論をふっかけては荘子に言い負かされていたので
荘子は恵子をバカにしてたと見せかけていたけれど
本当は荘子は恵子のことをすごく好きだった。
という話には感動しました。
恵子は丞相にまで出世して、荘子は隠居を選ぶんですが、
この2人の人生は興味深いですね……。


■君知らぬたとえ話にうつし出す解ってくれる君がだいすき

これは大切な地元友達を思って詠った歌です。
基本的に私の話にはたとえ話が多くてわかりにくいらしいので。

でもインスピレーションは歴史系二次創作小説にあります。
(上の『知魚楽』ともかなり関係あるので飛ばし読みしてる方は
「わかってる~」の解説を見てください)
同人系サイトさまなので、あまり詳しくはいえませんが
三国時代の曹植と何晏の小説です。

曹植は魏の君主である曹操の三男で詩人としても有名です。
何晏は曹家のもらわれっ子で、論語集解という論語の注釈を
した人ですが、五石散というドラッグを流行らせたりと
かなりサブカルな感じでもあります。
曹植は長男の曹丕との跡継ぎ争いに敗れ、
左遷されることになるのですが、それを何晏に告げる前の
シーンで荘子と恵子のたとえ話が出てくるんです。
曹植が「もし恵子が出世する前に、荘子と恵子の立場が逆転したら 
-荘子が落ちぶれて貧乏になるとか- どうだったんだろう……。
恵子は荘子を見限ってしまうんじゃないかなぁ」と言ったとき
何晏は「恵子も荘子のこと好きだったと思う。
どっちが上とか下とか関係なく、ただ一緒にいられるのが
幸せだったんだ」と答えるのです。
この小説では何晏も意図するところがわかっているので
「君知らぬたとえ話」ではないのですが、
そのあたりは私の体験などからきています。

めちゃめちゃ感動しました、コレ。
その後、曹植は流転の人生を送り、詩人として生きていき、
何晏は曹家の女性と結婚し皇族になり政治の世界で出世するのです。
さらに後、司馬懿のクーデーターで殺されちゃうんですけどね。
結局何が幸せなんだろう、とか考えてしまいますよね。

曹植は私が一番好きな詩人です。
とはいっても三国志から入った人間なので、一般的な漢詩や詩歌は
全く知らないのですが、とにかく好きなのです。


■伝えたい想いは紡ぐ愛のうた違ったことば覚えたいまでも

これは特に説明いらないと思います。
一般的な「違ったことば」は英語なのかもしれませんが
私はフランス語を専攻しております。
フランス語とかいうと文学っぽい雰囲気ですが、会話と文化系が
中心なので実は「星の王子様」くらいしか読んだことありません。
新聞記事とかそういうのは読むんですが……。


■恋のうた届ける途中のキンセンカとくべつになった知らぬ家の木

これは中学生ごろ、まだ携帯が一般的じゃなかったので
好きな人には手紙を届けに行っていました。
携帯って便利ですけど、私は携帯メールになってから
すごく筆不精になりました。(携帯メールも苦手!)


■君のこと思い出すたび苦笑い『ああ篭城には水攻めが似合う』

これはイメージですかねえ。うまく表現できないんですけど。
自分が心を閉ざしてる状態で誰かに入ってこられようとして
その人は嫌じゃないんだけど、開くことはできないのに
水みたいだからすき間から入ってきて、苦笑い、みたいな。
泣いたり怒ったり、ではないのでイメージ語として
火計とか奇襲にならなかったのでは?と思います。
自分でもよくわかりません。
笑い方は「苦笑い」という通俗的な表現で、それと一緒に
「篭城」「水攻め」という普通の女子大生が使わないような
単語が日常語と同じように並んでるのは三国志のせいに違いない。


■想像をするしかないよな構造の行動理念、書く紙の上

これも説明のしようがありませんね……。
あえていうなら、漢詩や論語なんかの書写をしているので
そんなイメージかもしれません。
論文や手紙を書くというのもシチュエーションとして良いですが
私はそんなに硬い文章を書かない方なので。


■感情がないのではなく武器捨てた平和主義者と呼んでください

テーマは『涙』です。
私は普段テンションは高めだし、髪型や化粧も軽そうに見える。
だから泣かないとかいうとけっこう驚かれるんです。
(最近は昔に比べて少しは泣けますが)
私、あんまり泣いたり怒ったりしないんです。
話すとき、内容は暴露系でもあまり抑揚のある話し方をしないし。
そういうのを理解されないというのはけっこう辛いものなのです。
そのへんを詠ってみました。


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これがはじめての短歌で、今まで他の歌人さんの作品に触れる機会も
ほとんどなかったので、右も左もわからないまま
とりあえず『五・七・五・七・七!』とだけ思って詠みました。
言葉自体は思ったよりすらすらと出てくるのですが、
推敲の仕方がまったく分からないし、もともと普段から思いつきで
書いてはそのままにしてしまうタイプなのでどうなんだろう……?
とりあえず詠むこと自体は楽しいのに気づき
これが出来上がったあと、毎日詠んでいくことを決めました。

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