鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



16日に書いた、谷省吾先生の「いのちの自覚」の中略した部分から少し書き足します。

「どんなに環境が変わり、社会の構造、生活様式が変わりましても、
いのちのつながりとしての倫理をはなれて生きることはできません。

いのちの本質は永劫に変わらぬものでありましょう。

そして、生きるとはそのいのちを生きることなのであります。
光、水、米、山、大地…それらは、あくまでも人間のいのちの支えであり、
いのちを養うものであり、ふるさとであり、なぐさめであります。」




先日の文章を読んだ友人からメールを頂きました。

「よく、『命がけで事に当たる』などというけれど、
『命がけ』というのは生死をかけるということではなくて、
当たる物事に命を吹き込んでいくということなんやなあ。と考えてました。
だからそれは悲壮なものではなくて充実した生を送ることに通じるんやな〜と。」

それぞれが頂いたいのちの息吹を、自分が事に当たっている物事に
精一杯送り込むことが出来れば、きっと喜びとなります。

私たちは、大いなる自然や他者といのちの交感が出来るのでしょう。
その過程で悲壮な感覚があったとしても、いずれは、充実感で満たされるのでしょう。

「いのちの本質は永劫に変わらぬものでありましょう。」ですね^^


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NHK総合で琉球版テンペストをやっています。
すっごく面白いです。
初回、2回は見逃して3回目から録画して見ています。

テンペスト(池上永一)

最近、ドラマや映画は泣くために見てるのかも〜?ってくらい、よく泣きます^^


困難は人を強くするけど、涙もろくするんですね〜

昨日の日記にも通じますが、
信念を持って、誇り高く諦めずに進めば、どんなに困難な道でも、やがては拓けるのだと信じてきました。
その思いは、裏切られなかった。

道は完全に閉じられたと感じることが、何度もありましたが、
それでも、歩いていけば、道は自ずと出来るのです。

信念を持って進めば、その道は、裏切らないのです。

やがて、そのすべてが幸いであったと感じる瞬間に出会えます。

感じるのは、その人の感性ですから。
幸いと感じる感性を磨いていくのですから。
必然、幸いのうちに生きていくことが出来るのです。


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自分の昔のブログを読んで、ああ!と思う文章を改めて発見しましたので、再掲しますね。
皇學館大学元学長 谷省吾先生の文章です。
http://blog.goo.ne.jp/mitoshi7/e/2711df4e45a4d220b7c14efa83cada25

「…根源にあるものは、善というべきものでもなく、悪というものでもなく、両者の対立でもありません。愛というべきものでもありません。根源にあるものは、清浄な神聖性、神聖なる清浄でありましょう。神道とは、その清浄を取りもどそうとするものであります。祓えよって、それに近づこう、それを取りもどそうとする。たえず、祓を繰り返すことによって、その本来のものへたちかえらせていただこうといたします。その本来の清浄、本来の神聖、それはすなわち、いのちの出てかえるところであります。そこへかえるとき、いのちはよみがえります。その神聖な清浄がいのちの出発点であり、ふるさとなのであります。

このいのちの根源の神聖性の自覚、清浄の自覚、それは大いなる可能性の自覚でもありますが、そこに生に対する誇りがあり、喜びがあり、人が生まれることのめでたさがあると思います。いわゆる原罪の思想からは、基本的にこの喜びは与えられないのであります。

神道は、その窮極には神々にも通ういのちの、たましいの、連続を自覚しました。神道において神々は、おそろしきものであります。しかし、なつかしきものでもあります。そのいのちの連続を自覚したとき、単なる原始以来の信仰というべきレベルを超えた「神道」の成立があったのであります。(中略)

神道は光であります。神道は目先の利益によって人をひきつけようとするものではありません。人間に原罪を認め、彼岸や天国に救いを求めるものでもありません。存在を仮のものとするものでもありません。現実の中に、歴史の中に、神聖なもの、清浄なもの、純粋なるものを求め、それをよりどころとして示すものであります。外なるものを洞察し、内なるものをつきつめて、神道が示すその一つが、ここに考えてまいりました「いのち」の信仰、「いのち」の自覚というものであろうかと、思うのであります。

そこに神道の光があり、力があります。われわれは、その光と力とが、現代に生きる我々ひとりひとりのうちに、脈うっていることを自覚したいと思います。時代の困難を克服する光と力とを、はるかな未来に模索することはない。悠久の昔から、波乱万丈の歴史の中で輝き続けてきた光と力とが、やはり変わらぬ光と力とを以って、われわれを導くものであることを確信するのであります。」

「神を祭る〜(現代生活と神道〜いのちの自覚 章より)」谷省吾著 皇學館大學出版部

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昨日はおとしだまの森の活動日でした。
オオムラサキを飼育すべく、幼虫の食樹のエノキを植えることに。







薄墨桜が枯れてしまっていた場所を拓いて6m四方の場所をきれいに整地しました。
うっそうと茂っていた椿も剪定して下草を刈って、手水舎の後ろのカシの木も間引いたら、
見違えるほど明るくなりました
腐葉土と肥料を入れて15本ほど植樹しました。


エノキは、ご神縁とご厚意で、何と!千葉県から送って頂きました。

先日オオムラサキの幼虫を5匹程分けて頂き、今は小さなネットをかけています。
ビニールハウス用の支柱を立てて、ネットでちょっとした飼育部屋になる予定です。
うまく行けば、6月中旬に蝶になると思いますが、最初からうまくいくかはわかりません。
ま、数年かけて卵を産むように育てていきたいと思っています。

その後、手水舎周りの剪定をして不要な枝を落としてすっきりしました。



最後はお疲れのところ、皆様に申し訳なかったのですが、
桜の木の根元に栄養満点の土を入れました。
これは結構重労働でしたね〜
お疲れさまでした。



今日は、「働け!!モード」のめちゃ良い天気でした(笑)
ずいぶん遅くまで頑張って頂きました。





おまけ^^
ナガサキアゲハという、ちょっと珍しい(?私的には^^)蝶が飛来♪
オオムラサキへの橋渡し^^

エビネランも見つけて大喜び♪

エノキ園の次は、薬草園が出来そうな勢い♪

楽しみ楽しみ〜

皆様、本当にお疲れさまでした&ありがとうございました!

*おとしだまの森倶楽部のブログもご覧ください。
http://blog.mitose-forest.org/?p=179
こちらは隊長が執筆です^^

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御歳神社も愛してくださっている神社ライター宮家美樹さんからのご紹介です。

マンガ「神武」で御歳神社が舞台の一つになって
「ミトシ姫」を描いてくださっている安彦良和氏もお越しです。
こちらもご覧下さいね。↓
http://nr-kojiki1300.com/
http://prologuewave.com/archives/1804
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なら『古事記』編纂1300年記念及び
怪&コミック怪PRESENTS『サムライエース』刊行記念イベント

「語る、古事記」


日  程:6月30日(土曜日)
会  場:◆奈良県新公会堂 奈良市春日野町101

     第一部 13:00〜『コミック怪』トークセッション

 〜京極堂マンガ秘話〜出演:京極夏彦×清水アキ

     第二部 14:30〜『サムライエース』トークセッション
 〜古事記から始まる日本人の魂〜出演:安彦良和×夢枕獏


  ◆元興寺 禅室(国宝) 奈良市中院町11
     第三部 18:30〜 元興寺ナイト 〜元興神とガゴゼ〜
         出演:多田克己、村上健司 ゲスト:京極夏彦


参加方法:共にチケット制
     第一部・二部 前売り券4,800円、当日券5,000円
     第三部    前売り券2,300円、当日券2,500円

 ◎発売方法は専用サイトによるインターネット予約販売のみ。
  発売予定日5月12日(土)より
ホームページアドレス: http://nr-kojiki1300.com/
  
主催:トークイベント「語る、古事記」実行委員会
共催:フェリシモ しあわせの学校 奈良分校
協力:元興寺、(財)元興寺文化財研究所、(財)奈良市観光協会、奈良女子大学
企画協力:角川書店
後援:奈良県

この件に関するお問い合わせは実行委員会
Tel ; 080-4701-6415(専用電話)、Fax : 0742-22-9081
Mail : info@nr-kojiki1300.com

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以下、おとしだまの森倶楽部一斉送信の内容をコピペ
メール送信を希望されます方は、メルアドを私宛てにお送りください。
mitoshi7@mail.goo.ne.jp
ただし、倶楽部の作業に参加意思のある方です^^
おとしだまの森倶楽部についてはこちらをご覧ください。
http://www.mitose-forest.org
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青葉が目に眩しい季節になりました。

次回の作業日は5月13日です。10時ごろから作業を開始いたします。
来月は、6月10日か17日を予定しております。


御歳神社では、オオムラサキ(国蝶)を飼育する計画が急速に浮上しております。
きっかけは4月15日に山麓の風景ネットワークで歩いた際に、「大和葛城山の自然を大切にする会」の宮平絹枝様とお話してエノキを植えたらオオムラサキが来ると思いますよ〜とご提案頂いたことでした。

その後、5月1日の月次祭に金崎様がお越しで、その話をしましたら、オオムラサキの飼育をしている知り合いがあるとご紹介頂きました。3日の御田祭りにもその話で盛り上がりまして、5日に飼育をされています橿原の秋山昭士様にお引き合わせ頂きました。

秋山様よりオオムラサキを分けて頂けることになり、御歳神社の手水舎の後ろあたりにエノキを確保して、ネットをかぶせてそこでオオムラサキを放蝶して卵を産ませて育てて行きたいと思っております。
(オオムラサキの幼虫はエノキの葉だけを食します。成虫はカルピスで良いそうです^^ネットをしないと幼虫は殆ど鳥に食われるそうです)

5月13日には、そのための場所を整えたいと思います。また駐車場の桜が踏圧により傷んでいるので腐葉土を入れて坪庭風に囲いをしたいと思います。

6月には秋山様の飼育場でオオムラサキが1万匹程蝶になるとのこと。6月か7月の作業日には分けて頂きがてら、蝶の乱舞を見学に行きたいと思っています。
バーベキューもしたいですね〜♪また連絡いたします。

オオムラサキを順調に飼育できれば、小学生等を招待してのイベント等も行いたいと思います。

トントン拍子で話が進む時は、御歳神さまの御計らいかなあと思っています^^
蝶の舞う神社になれば良いですよね〜♪♪
蝶の関係で活動日が増えるかもしれません^^
どうか皆様のご協力をよろしくお願いいたします。

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本日5月3日は御歳神社の御田祭りでした。

昨日は大雨の予報を裏切って^^、
御所市付近だけ雲がぽっかり切れていました。
で、予定通り準備が出来ました。

今日は9時半に氏子役員さんが集合して、当日準備の予定。

次第に雨は上がる予報でしたが、9時現在では、細かいミストのような雨でした。

どうしましょうか?
雨の場合、本殿の御扉開扉をせずに、拝殿で神饌を供えます。
で、御田祭りの後の御田植神事は、雨だったら拝殿でしましょう。となり、
10時まで様子を見ようとなりました。
雨は間もなく上がると信じて待ちます。

予定通り上がりました
さっすが〜!です^^

で、本殿を開ける祭典を行うことになりました。

今日のお祭り開始の太鼓の音は、格別でした
適度の湿気が音の響きを良くしたと思われます。
もちろん、叩き手さんの切れの良い叩きっぷりあってこそ^^ですけどね ♪

太鼓の音の後、山のそこかしこで鳥のさえずりが聞こえます。
雨に洗われて空気が澄んでいます。

今年は例年以上の参列者です^^
ネットでずいぶん知れ渡ってきたのか、野神祭りの取材をなさっている方とか、
大きなカメラを抱えた方とか、神社の歴史を調べておられる方とかたくさんお越しでした。

祭典で祝詞を詠奏上している時はまた少し霧雨でしたが、
撤饌の時は、薄日が差してきました。

良い感じ♪

御田祭りの後、御田植神事。

拝殿前にしつらえた田んぼも甘き雨優しく降り注ぎ、
田植えには程良く整えられて御田植神事の開始。
牛のお面をかぶった氏子さんを田男の氏子さんが誘導して田起こし。
イナゴ除けの護符を巻いた杉葉を苗に見立てて皆で田植えです。

無事田植えも終わり、今年の豊作を祈って拝礼をしてお祭り終了。

直会の食事の後、奥山へ登拝。

葛城金剛山が見える所まで来ると
お日様が顔を出しました 。
頂上の磐座でごあいさつして、下りにある地の神様と祭る場所まで来ると、
鳥の良い声〜
「イカル」です。
別名「月・星・日〜♪」と鳴くことから三光鳥と言われることもあるそうです。
(三光鳥という別の鳥もいます)
地の神様だけではなく、「月・星・日〜♪」の神様ですか?^^


今日は初めて登拝の方もたくさん居られて皆で楽しく登拝しました。
青葉を通った風が心地よかったです。


素晴らしい一日をありがとうございました。
写真は太古さんのページをご覧くださいね^^
https://skydrive.live.com/?cid=569c023df769e311&resid=569C023DF769E311!27628&id=569C023DF769E311%2127628

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今年も銀龍草が咲きました。
嬉しいな。

例年より控えめですが、なんとか見つけました♪

水晶ランとも言います。
水晶のような、銀の龍のような。。。

どちらにしても、神社にぴったりですね。
御歳神社の精霊さんです。

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今日は暑いくらいの良い天気でした。

神社へ行くと高い梢から聞こえます。

コンコンコン♪

そう。
キツツキです。

久しぶりですね〜ようこそ。

とーっても心地よい音なんです。
優しく響きます。

もうすく風薫る五月です。

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次回作業日を4月21日としましたが、
諸事情により、延期させて頂きます。
大変申し訳ありません。
日時はまたお知らせいたします。

たぶん、5月3日の御田祭以降になると思います。

5月3日は11時から御田祭、午後から登拝いたします。
ぜひこちらにもご参加ください。
銀龍草が見ごろかと思います。


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次回は、4月21日です。
10時ごろから開始いたします。
初めての方も歓迎します。
ご参加くださる方は、ご連絡くださいね。

5月3日には、御田祭りの後、午後から登拝の予定です。

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季刊誌「あかい奈良」が廃刊になりました。
とても格調高い素敵な季刊誌でしたので、
少し残念です。
しかし、跡を引き継ぐ「まほろびすと」が創刊されます。
今後はこちらも楽しみにしますね。

さて、その最終号(55号)に御歳神社が掲載されました。
「記紀の迷い道 かつて水穂の国だった日本の農耕の神様は、今どこに?」
ということで、取り上げられました。
現在御歳神社で神社復興に取り組んでいることにも触れて頂き、
嬉しい限りです。

戦後の高度経済成長の中で、
幾分取り残されてきた感のある一次産業。
その主幹ともいうべき「農耕」は、古代においては
紛れのない中心産業でした。

今の経済大国日本の中で、長い間顧みられることの少なかった第一次産業が
このところ、少しずつ見直されてきたように感じています。

生活の利便さ追求一辺倒に突き進んできたこの国が、
かつては「瑞穂の国」として穏やかな農村、山村、漁村の広がる国であったこと。
進みすぎた経済規模、不況、天変地異の中で、
私たちのDNAに刻まれた原風景への郷愁が、呼び戻されてきたのではないでしょうか。

農耕儀礼としての「祭り」も存亡の危機かもしれません。
途絶えた祭りも数多くあることでしょう。
しかし、そこを忘れては、私たちはあまりにも傲慢になってしまうのではないか。
そんな危機感が原風景への憧憬となって、今、再び現れてきたのかもしれません。

私は、稲の神さまであられる御歳神さまのおそばで
そんな事を考えていられる幸せを思います。


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悩んだり苦しんだりすることが多いのが人生ですけど、
その解決のために必死に苦しむ事って、結構やめられないのですよね。
プライドを賭けた真剣勝負なわけです。

憧れる人が居ます。
ああ、かっこいいなあ〜と思える人。
それは、昨日見たライブのシンガーのように、現実の人であることもあるし、
自分の想像の中の人であることもあります。
自分が追い求める理想像かもしれません。

この10年程は、次から次へと難問が降り注いで、
魂が揺さぶられるような経験を繰り返しました。
その経験は、今となっては、とても貴重な経験だったと思えます。
「苦労は買ってでもしろ。」なんて昔の人は言いましたが、確かにそうだな〜と思います。

ある人と話してて、思い当たったのですが、
多くの経験は、「気がつく」ための貴重な経験なのでしょう。

何も困ったことが無い時は、人の有難味はそれ程感じないのに、
自分が困り果てて、もうどうしようもないと嘆くような時に、助けが入ると、
心の底から感謝の念が生まれます。
「いつも感謝しなさい」って、言いますが、それは、「相手に礼をつくしなさい」という意味ですよね。
「感謝の念」は、「感謝するべき」という義務ではないのです。
心の底からの、あの震えるほどの気持ちを知らないと本当にはわからない。
真っ暗な中に光が差し込んだようなあの感動。
魂が震えるような気持ちになる時、感受性が高まったのだと思います。
それは、美しい夕焼けを見たとき、可憐な野の花を見つけた感動…そこで心が動くことでも高まります。

その当時は余裕が無かったことも、振り返れば、ああ、そういうことだったのね。と思えます。
そうして、手のひらからふーっと息を吹きかけて飛ばしてしまう。
心の中には、苦しさではなく、その後の喜びを残して…。

正しいことをしようとか、素晴らしい人間になろうとか、そんなことを思わなくても、
目の前の事に一所懸命、逃げないで対処していけば、自ずと心は磨かれるのです。
良いか悪いかなど、やってみないとわからない事が多いけれど、
一所懸命になら、いつでもできます。

感受性を磨いて、人にも物事にも敏感になれれば、
小さなことにも気づくことができます。
どうすればよいのかもわかってきます。

「器の大きい人」ってこういう人なんだろうな〜と思います。

「かわいいおばあちゃんになりたい!」と思ってますが、
それってこういうことなのかもしれませんね。


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今日  


今日は、震災から一年ですね。
大切な人を亡くされた方々の祈りが、各地でたくさん捧げられたことでしょう。

お昼前、神社に行って、私も祝詞を読みました。
風はありましたが、天気の良い中、静かに祈りました。

午後はコーラスの先生がご自宅でコンサートをされますので、
ゆりちゃんにお誘い頂き、そちらへ行きました。

満席の会場で、震災の時刻には、鎮魂の意味で皆で歌を歌いました。
私は被災していませんが、歌っていると涙が出てきました。
被災地の方はどんなに悲しいことかと思いました。
コンサートが終わると、冷たい雨でした。

突然命を奪われることは、本当に辛いですけど、
愛する人を突然亡くした悲しみは、それ以上に辛く悲しいだろうなあと思います。

残された悲しみの中で、まだまだ不自由な生活の中で、
本当に辛く悲しい思いをしている方が、まだまだ沢山いらっしゃいます。
日本人って気質が我慢強いからか、皆さん、本当に静かでいらっしゃいます。

少しでも明るい未来が見えますようにと祈ります。


もし、私なら、自分が死ぬより、愛する人が死ぬ方がよっぽど辛いです。
なんか、そんなことを考えていて、ああ、亡くなった方の周りにたくさんの悲しみを抱えている方が居らっしゃるのだなあと思いました。
少しでも癒されますように。。。

何もしないで思うだけで申し訳ないですね。
拙い文章を書いてしまいました。


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着実に春の足音を感じる季節になりましたね。
今日はまた暖かすぎるような陽気でした。
御歳神社への道すがら、オオイヌフグリが咲いていました。
可憐な青い花はその名前に似合わず、愛らしいですね^^

御歳神社でうぐいすの初鳴きを聞いたのは、2月16日。
今年はずいぶんと早かったです。
今は、とても良い声で鳴いてくれています。

寒い間は、境内はとても静かでした。
「静謐」という言葉がぴったりします。
今日は、久しぶりに賑やかな空気でした。
まさしく春になりましたね。

明け方にずいぶん雨が降ったようで境内はしっとりとしていましたが、
拝殿に座ると、久しぶりに春の風がふわっと顔を撫でていきました。


この季節は、「木の芽どき」とも云うそうです。
なんとなく心がざわつく事があるとのこと。
春先の天候不順の影響だったり、あるいは、
一斉に芽吹く直前の大地のエネルギーの高まりに躊躇してしまうのだとか、
ホルモンバランスが乱れるのだとか、色々言われます。
神道では、「花鎮めの祭りー鎮花祭」を行う所が多いです。
花は美しいですが、人の心を惑わずのでしょうか。

現代では、3月は決算期、四月は異動などがあり、
多忙であったり、新しい環境に入ったりする人が多いですから、なおさらですね。
桜が咲き終わり、新芽が芽吹く頃には、太陽の力が強く感じられて、気持ちがずいぶん落ち着くものです。

もし、なんとなく、気持ちが塞ぐなあと思ったら、これは季節のせいなんだと思うと気が楽ですね。
そんな風に乗り切れば良いと思います。







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