神社

2016-10-19 05:23:41 | 日記

7つの集落の氏子神社祭りが毎年18日の行われる。幼少の頃は神社社で神楽祭りの催し物をやったり、石段の参道前には露店が並んだりして賑やかな祭りだった。幼少の頃は曲がりくねった狭い道路で周辺は窪地で水はけの悪い砂利の多い水田だった。40年前以上農地の土地改良事業で区画整理されて山伝いの広い舗装道路で参拝するには便利が良くなった。

毎年元旦参りに家内と一緒に行っている数分太い古木の杉の木に囲まれている神社。数年前までは太い赤松がいっぱい生えていた。今ではマツクイ虫にやられて伐採後の雑木林。赤松の生えていた当時はまだ料理用の薪、暖房、風呂用にも里山の枯れ木を使っていた。山の管理は行き届き適度な日差しで松の根元は明るく松茸がいっぱい出ていた。今では燃料材に使う事なく荒れ放題の里山でキノコも出ない。猿、熊、イノシシの住処になって時々側の果樹、水田に被害を与えている。

南面の急斜面の所所壊れた石段だが日当たりは良いので積雪量が少なく元旦参りは毎年出来た。明治初期当たりに建造されたであろう拝殿の室内に「神社」の名前が書かれている横看板がある。当時では勝海舟と並ぶ有名な書家で山岡鉄舟自筆の看板文字との話だった。

定かではないような話だが聞き流ししながら社内を見回す。両脇には神社の建築の時の寄付金額や名前が書かれている板ある。古い書き物では明治中期の頃の年代物で大字山口の氏子で管理している。

境内掃除や旗竿建て等、祭りの準備は7つの小字集落が早朝から持ち回りでやっている。今は参拝者は少なく祭り日でも数名程度で賽銭箱に僅かに小銭の硬貨が入っているだけ。祭りをするにも神社の維持管理も今は大変な時代になって来た。毎年来てくれる担当の宮司で3発の音花火合図に祭りが始まる。

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