徒然なるままに

日常を取り留めなく書きます

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エピソードⅠ

2008-02-28 23:33:50 | 思い出
学生時代の面白かったこと、つらかったことを思い出して書こうと思う。
エピソードⅠ:本杉君(仮名)の思い出。
本杉君とは入学当時、同じ高校出身の松村(仮名)が吹奏楽部に入っていて、同じ吹奏楽部の本杉君と行動と共にする機会が多かった。

(1)パチンコ
本杉君は2浪していたので年齢的にはぼくよりひとつ上。
暇があるとよくパチンコに一緒に行っていた、まあ二人ともあまり勝つことはなか
った。

(2)アイスコーヒーのガムシロ
喫茶店でアイスコーヒーを頼む時、本杉君は必ず「ガムシロがはいっていますか?」と確認していた。何故こだわるのかは不明

(3)特性炒飯
大学の近所の定食屋で、本杉君は必ず「特性炒飯」を頼んだ。
いつかその定食屋で昼食を食べいた時、店員の「特性炒飯お待ちどうさま」という声が聞こえた。もしかして本杉君がいるんじゃないかと、奥の席を見たら、案の定本杉君がいた。

(4)みぞオッチー
本杉君の車(軽アルト)で昇仙峡の方にドライブに行ったとき、スピードの出しすぎでカーブを曲がりきれず、スピンして側溝にタイヤが落ちた。
とおりがかりの人に牽引してもらい、脱出。

(5)交通弱者に配慮しない運転
大学の周りの狭い道で、歩行者がいたが、「とまってやらないよー」と猛スピードでか走りぬけた。ひやりとした

(6)清里でのバイト
1年の夏休み本杉君の紹介で、清里のお土産屋で、住み込みでバイトした。
4人くらいのバイトが同じ部屋で寝食をともにした。
夜、やることがないとき、花札をやっていた。ぼくはほとんど参加しなかったが、本杉君はかなり負けていた。おそらく数万くらいだと思う。

本杉君とは卒業以来、連絡はとっていない。
今どうしているのかな。
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よくみる夢

2008-02-25 23:44:21 | Weblog
「最近―というか、もう何年も、よくみる夢があるのです」
「ほほう、それはどんな夢だな?」
何か難しそうな本を読んでいた先生は、丸ふち眼鏡をかけなおして、私の方を向いた。
「いや、ストーリィはよく覚えていないのですが、夢の中で歯が抜けそうになるのです」
「歯が抜ける…?」
先生は目を細めて私の顔をじっと見ていた。
「子供のころ、乳歯から永久歯になる時、乳歯が自然に抜けますよね?最初少しグラグラしてきて、だんだんとぐらつきが大きくなってくる。でもまだ抜くのには痛いかなっていう感じ。そんな感じが夢の中で再現されるのです」
「君は虫歯があるのかね?あるいは歯槽膿漏とか歯肉炎などの歯の病気は?」
「先生、ぼくは虫歯が全くないのです。歯はいたって健康で、ぐらつきや痛みはまったくありません。なので、何故このような夢を見るのか?とても不思議なのです」
ふむっと、先生は目を閉じて、何かを考えているようなそぶりを見せた。
研究室の窓から西日が差している。今日は学生がいないらしく、研究室は静まりかえっていた。
「先生、夢判断の本を見たら、歯の抜ける夢はあまりよくないそうです。近親者が亡くなるとか、怪我をするとか、そのようなことが書いてありました」
「君がその夢を見るようになってから、近親者が亡くなったことがある?」
「いえ、それは―それはありませんが」
「夢判断などというものに科学的根拠はまったくないのじゃ。そもそも人間が何故夢を見るのか?これについても科学的に明確な答えは、今のところない」
「はあ―」と私は気のない返事をした。人間が夢を見るのは当たり前のことだと思っていた。それについては特に深く考えていなかった。
先生は本棚から1冊の本を取り出し、ぱらぱらとページをめくって、いくつか拾読みをしたようだ。
「人間が何故夢を見るのか?これに対する解答は今のところ非常に困難だ。まず、睡眠のメカニズムを分析する必要がある。一般的な解はあるが、個人差もある。次に脳のメカニズム。とくに記憶に関する部分の分析が必要じゃ。しかしこれらも今のところ、仮説にすぎない。まだまだ未知の部分がたくさんあるのじゃ」
「先生、そのようなことはこれからの研究によって明らかになっていくのでしょうか?」
「さあ、どうじゃろうな。わしの個人的な思いは、人間の脳も宇宙論も量子論もすべて根本的には、最終的には同じ解にたどりつくような気がする。ただ、人類、人間の労力でその解を見つけることができるかは、わからない。何かもっと大きな力が必要な気がする。今のわしに言えるのはそんなところじゃ」
夕日が差し込む静まり返った研究室は、私は途方にくれた。
先生は最後にこう言った。
「不思議なことなんて、すべて人間が作り出したものだ。不思議と思わなければ、不思議なことなど、この世に存在しない。まあ、睡眠のメカニズムと脳のメカニズムのわかっている点。仮説については今度ゆっくり話でやろう」
そういうと、先生はまた難しい本を読み出した。
私は釈然としない気持ちで研究室をあとにした。
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アルファのV6

2008-02-20 23:14:05 | Weblog
エンジンの吹けが悪かったアルファ156が帰ってきた。
カーナビも装着して、あと手を入れるところはリアウインドウのスモークくらいかな。
今日、思いっきりエンジン回してみた。
すげえ!
痛快なサウンドとともに、あっという間にレブリミット(7000回転)まで吹けあがる。音に酔いしれていると、いつの間にか結構スピードがでちゃってる。
なんて表現したらよいのか、想像以上によい音がした。
排気音ではなく、エンジン音だ。そうだよ、この音が聞きたかったからアルファV6にしたんだ。高回転回らないアルファなんて、ありえん。
145のツインスパークも結構良かったが、マフラを換えてあったので排気音の方が大きかった。
しばらく改造はしないでノーマルな状態のアルファを楽しむ。
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頭痛

2008-02-19 22:43:57 | Weblog
右後頭部が痛い。
先々週スパーリングをしてからだ。
思いっきりパンチを浴びたわけではない。
ぼくは限界を超えるような激しい運動の後、後頭部が痛くなることがある。
高校の頃、水泳をやっているとき、突然、後頭部が痛くなった。
痛みは2週間くらい続いた。
去年もスパーリングの後、2ヶ月くらい後頭部が痛かった。
もしかして脳内出血でもしているのかと、病院でCTをとったが異常はなかった。
今回も同じような症状。
ぼくは元々片頭痛があって、子供のころから、2ヶ月に1回くらいは後頭部が痛かった。
運動をした後の頭痛は労作性頭痛(ろうさせいずつう)と言い、片頭痛とは別の頭痛ということらしい。しかし原因は片頭痛と同じで、血管が拡張して起こるらしい。
鎮痛剤を飲んでいるが全然効かない。飲みすぎたためか?
仕事にも、スロットにも集中できない。今週末には健康ランドで首と頭をマッサージしてもらおうと思っている。
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都市伝説とくだらないうわさとOS

2008-02-18 22:44:48 | 思い出
小学校3年くらいのときかなあ。3組の江藤和幸(仮名)がスポーツ新聞を学校に持ってきた。それには「口裂け女」の記事が載っていた。
今思うと「東スポ」かな?くだらない記事だったが、あっという間に学校中に広まった。
髪の長いマスクをした女が「私、きれい?」と聞いてくる。
「きれい」と答えると、いきなりマスクをはずす。
なんと口が耳元まで裂けている。
「これでもきれい?」と言って、襲われる、というくだらない話。
ぼくの友達はみんな恐怖に取り付かれた。
口裂け女は100メートルを6秒台で走るので、絶対逃げられない。
さらにうわさは加速して、今島田にいて、今日明日中には清水に来るという。
ぼくは全く信じていなかったが、友達は家に帰ると、家中の窓やドアの鍵をしめて、おびえていたらしい。信じる人は信じちゃうのかなあ。
その次はノストラダムスの大予言。1999年に地球が滅びるというもの。
これはちょくちょくテレビで放送していた。当時小学生だったから、20年以上先のことだったが、クラスの話題は「恐怖の大王」ってなんだ?てな感じでみんなおびえていた。ぼくはさめていたので、20年後のことなんて眼中になかった。
その他、「トイレの花子さん」「幽霊便所」「真夜中に音楽室のピアノがなる」などとオカルトチックなうわさが流れていた。
中学生になると「コックリさん」が流行った。10円玉を二人の指先で触れて、紙に「はい」「いいえ」とか50音を書いて、いろいろと質問すると、霊が降りてきて、自然と10円玉が動いて回答するという。
ぼくは見ていただけだが、質問が笑えた。
「こっくりさん、こっくりさん、出てきてください」
「XXさんはYYさんが好きですか?」
「学年で一番喧嘩が強いのは誰ですか?」
「XXさんはあそこに毛が生えてますか?」
などとくだらない質問をすると、10円玉が「はい」「いいえ」に勝手に動く。
おまえが適当に動かしているだろう!
降りてくる霊が低級なものだと、取り付かれて、発狂してしまうという。
まあ、発狂した人はいなかったが…。
ぼくにとっては1999年の恐怖の大王より、コンピュータの2000年問題の方が現実味があった。会社でもプロジェクト化して対策をした。
でもこれもたいしたことがなく、結局トラブルはなかった。
今会社でホットな話題はIE7対応とWindowsVista対応。会社の標準OSはいまだにWin2000。次期OSはXPになるらしい。ぼくとしてはVistaでもいいのだけどなあ。
サロゲートペアなどの文字セットに問題があるが、そんなのごく一部でしょう。実際文字コードはXPでも追加されているものもあるし。致命的な問題ではないような気がする。
まあ、個人的にはLinuxを使いたいのだけど、Microsoft一色に染まりつつある会社では無理かな。
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給食

2008-02-17 20:48:08 | 思い出
小学校6年から中学にかけて異常に食欲が増した。ちょうど成長期だった。
身長も10cm以上伸びたかな。
学校は給食だった。とにかく給食が楽しみで、好き嫌いのある友達の分はもらって食べていた。ちなみにぼくは好き嫌いは全くなく、なんでも食べた。
中学校になると女子はダイエットだかなんだか知らないが、パンを残す。
ぼくがもらう。毎日10枚以上の食パンやコッペパンが集まった。
一度に食いきれなかったので、放課後の部活前や家に持ち帰って食べていた。
当時は1日5食くらいだったな。
朝食。給食。部活前にパン。部活終わってから夕食。夜食。
とにかく給食が待ち遠しい。中学生のころ、給食当番っていうのがあって、当番の人が給食室から給食を運んでくることになっている。しかし、めんどくさいのか、当番の人がしょろしょろしている。ぼくはとても待ちきれなくて、当番じゃなかったが、給食を運んだ。食べたい一心だった。
帰りのホームルームで担任の先生が、
「今日はとても良いことをした人がいます。その人は給食当番ではないのに、給食を運ぶのを手伝ってくれました」と言った。
名前は公表されなかったが、それはぼくのことだ。
しかし、ぼくはただ早く給食が食べたかったからしたことで、みんなのために手伝ったわけではない。でもまあ、あえて反論しないで善意でしたことにしておいた。
中学3年になって部活を引退した後、1日5食の生活を続けていたが、あっという間に10キロくらい太った。身長は伸びなかった。
高校生のころは70Kgくらいあったな。今よりデブ。
こりゃいかんと思い、予備校時代に14kg減量した。
大学時代は再び自堕落な生活となり10Kg増量。
就職して自動車組み立て工場で1年働いて14kgの減量。
ぼくは太りやすい体質なのだろう。
ちなみに2年前からボクシングで10kg減量してが、今は8Kg増えた。
増減が激しいのはあまりよくないかもしれない。
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HONDA BEAT(長文)

2008-02-16 23:27:07 | 思い出

ぼくが大学3年のころだから1990年くらいか、まさにバブル絶頂期。
マツダがユーノス・ロードスターっていうオープンカーを出して、これがヒット!
国産スポーツカーが次々と発表されていた。
ホンダ NSX。マツダ RX-7。日産 スカイライン。三菱 GTO。etc...
軽自動車でも高性能スポーツカーが出てきた。
スズキ カプチーノ。マツダ AZ-1。
そしてホンダ ビートである。
ぼくは雑誌でビートの記事を見ると猛烈に欲しくなってしまった。
スタイルが斬新!(ピニンファリーナがからんでいるといううわさ)
エンジンの搭載位置がミド。
さらにオープン。
さらにNAながら64PSを発生するエンジン。なんと8100回転で!超高回転エンジンだ。
黄色の車体もいい。やっぱスポーツカーはキイロかアカだ。
当時よく行っていた小料理屋のマスターが結構車好きで、発表間もない白いビートを購入した。ぼくは小料理屋に行くたび、白いビートを見て、いいなあと思っていた。NSXより良いなあと思っていたくらい。
大学生のころはお金がなくて買えなかった。
なぜか就職したのがホンダのライバル会社だった。独身寮に入ったが、駐車場にホンダ車は止めることができなくて、ぼくはスプリンターマリノなんていうデザイン重視の4ドアハードトップを買った。
徳大寺の「間違えだらけの車選び」でマリノは酷評されていた。
けど、今乗っているアルファ156も同じようなスタイルなんだよなあ。
エンジンの質は全然違うけど。アルファが作ると許されて、トヨタが作ると酷評される。徳大寺はMR-2も危険な車だと酷評していたが、フェラーリの方がよっぽど危険だと思う。
まあ、そんなこんなで、就職してもビートに乗るという希望は達成されなかった。
そんな折、マリノ大クラッシュで廃車。
会社では「命知らずの大回転!後先考えない社会人にあるまじきアウトロー」と呼ばれていて、部内独身20人くらいの中で、「結婚できないそうにない男ランキング3位」になった。
しばらく運転をしてはダメだと会社で言われた。3ヶ月後、ようやく謹慎がとけて、ぼくは反省し、オートマのカローラFX-GTを買った。
一応4A-Gというレビンやトレノと同じツインカムエンジンを搭載していたが、つまらなかった。90km/hくらいでハンドルがガタガタ震えた。20万の車。おそらく事故車だったのだろう。
そんな時、寮の規制が穏やかになって、軽自動車ならどの会社の車でもいいよってことになった。
そしてようやく、黄色のビートを買ったのだ。
納車されて初めて運転したとき、シートの後ろから聞こえるエンジン音に感動して涙が出そうになった。パワーはなかったが、ミドシップらしい応答性で、運転が楽しくて楽しくて、オープンドライブが爽快で、昼も夜も峠道を走っていた。
しかし、ビートは国産にあるまじき品質だった。もともと軽トラックをベースに高回転エンジンを無理やり載せた。それで周辺のパーツが耐えられなくて壊れていく。
まず、デストリビュータの不具合。これは後からリコールになった。
それが原因によるタイミングベルト切れ。峠を疾走中切れた。遭難するかと思った。レッカー代10万。修理代20万。
これに懲りて5万キロをめどにタイミングベルト交換を行っていた。3回くらい交換した。1回当たり8万くらい。
エアコン全然効かない。3回くらい修理した。修理代10万。
突然のクラッチ破損。クラッチが切れなくなった。必殺クラッチレスシフトで何とか修理工場へ。修理代5万。
エアコン作動すると何故かヒューズが飛ぶ。これで冷却ファンも止まってしまって、オーバーヒート。修理代、忘れた。
雨漏り。いろいろ対策した。幌に防水スプレーを練ったり、入れ歯安定剤を塗ったり、結局、幌交換。これが10万くらい。
リアのビニールスクリーンが傷だらけになって後ろが見えない。交換5万。
修理だけでなくいろいろと改造も行った。
前後のタワーバーの装着。5万くらい。
無限サスペンションキット12万。その後、キャットワークという神戸のメーカーのサスキットに変えた。15万。ちなみに神戸まで行った。
無限のマフラー 8万くらいか?その後、名古屋のバックヤードスペシャルのマフラーに交換。8万くらい。
三重にあるメーカーのコンピュータに交換10万くらい。
エアファンネルをオークションで購入1万くらい。
タイヤ3回交換。10万くらい。
ブレーキパッド。最初制動力抜群のやつにしたが、1万キロでなくなった。4万くらい。
その後エンドレスのパッドへ交換。4万くらい。
プラグコードを効率の良いやつ、ホットワイヤーだったかな?2万くらい。
アーシング。1万くらい。
シマウマ模様のシート表皮がいやだったので、シートカバーを買った。2万くらい。
まだまだこの他にもいろいろいじった。いったいビートにいくらかけたのだろう。ちなみに初代はガードレールにつっこんで廃車になった。
2世代で15万キロくらい走った。今となっては良い思い出である。
アルファ145はタイヤを1回代えて、ブレーキパッドを1回代えたくらい。
細かいトラブルはあったが、お金がかかるようなものではなかった。
もう少し余裕ができたら、セカンドカーでビートというのも良いかもしれない。

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受験生のころ

2008-02-14 23:53:46 | 思い出
そろそろ受験の季節だな。
ぼくは高校生のころ、ほとんど勉強していなかったので、受けた大学はすべて落ちて浪人した。
そもそも理系コースに進んだのが間違えだったかもしれない。
数学や物理は好きだった。が、テストはできなかった。
高校生のころ、物理のテストで0点を取ったことがある。
国語や英語はそれほど勉強しなかったが、それなりの成績だった。
現代国語の全国模試で3位になったことがある。偏差値80以上だった。
私立の文系に行けば、結構いい大学に行けたかも。でもぼくの家が貧乏だったので、国立しかダメだと母親に言われた。
受験に失敗したので、静岡にある予備校に行くことになった。
同じ高校のやつもたくさんいて、最初はまじめに通っていたが、2,3ヶ月もすると、午前中だけ出て、近くの公園で親が作ってくれた弁当を食べ、午後は図書館に行っていた。
夏が終わる頃にはほとんど予備校にも行かなくなって、図書館で本ばかり読んでいた。今思うと予備校に払った学費がもったいない。
進研ゼミやNHKラジオ講座などもやったが、どれも長続きせず、結局成績は上がらず、地方の国立大学になんとか受かった。よく受かったと思う。
でも浪人中はそれほど追い詰められた感じはなく、気楽だったような気がする。
まあ、でも2度と受験勉強はしたくはないが。
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納車

2008-02-13 14:20:06 | アルファ
アルファ156納車。
以前見たときはもっと青っぽい色だと思っていたが、結構濃い紺色。
以前こんな色の車に乗っていたなあ、記憶をたどると。廃車になったスプリンターマリノの色がこんなふうだった。やや不安。
少し走ってみた。
内装は綺麗で、本皮シートにも汚れがない。
ただ、エンジンの吹けが思ったほどでない。5000回転以上で息継ぎがある。
ネットで検索してみると、エアフロが故障している疑いがある。
街中で乗るのには全然支障はないが、店にクレームを出した。
さすが、アルファ。
最初から壊れているのか?
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親父とギャンブル

2008-02-12 23:01:05 | 思い出
ぼくは小さい頃から鼻水をたらしており、小学生1年のころ、蓄膿症だと言われて、病院に通っていた。
当時耳鼻科の病院が家の近くになくて、清水の街中まで、親父に車でおくってもらっていた。
治療は30分くらいで終わるので、親父は車で待っている。
家は自営業だったのでそのようなことが可能だった。
ある日、病院が異常に混んでいて、2時間近く待たされたことがあった。治療が終わり、外に出てみると、家の車はあるが、親父がいない。
30分くらい待った。
でも親父は帰ってこない。
1時間くらい待った。
病院も診療時間が終わってしまい、駐車場にはぽつんとぼくの家の車だけ。
ぼくは泣きそうになり「おとうさーん」と叫んだ。
突然、親父が「わりぃ、わりぃ」と言いながら登場した。
なんと親父は子供を置き去りにしてパチンコをしていたのだった。
後から聞いた。
親父はパチンコが好きで、よく景品でおもちゃを取ってきた。
小学生のころ、親父と一緒にパチンコ屋に行ったことが何回かある。ぼくは小学生だったが、景品を獲得したこともある。
パチンコが電動になってから、親父はパチンコをやらなくなった。時代の流れについていけなかったのか?
ちなみに親父は結構ギャンブルが好きで、花札、麻雀、パチンコなど、ぼくは親父から教えてもらった。
ぼくが小学生のころ、家で親父が徹マンとか結構あったな。隣の部屋でじゃらじゃらとうるさかった。
そんな親父も今はまったくギャンブルはしていない。
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