昨日はいい天気でした。そんな天気とは関係ないですが、家の方のバス路線で、一宮市街地の「スポーツ文化センター」停留所での出来事。
ここは中心市街地で、一宮駅まで1kmも無い距離なので、一宮駅方向のバスには基本的には人は乗ってきません。郊外からのお客さんが降りるだけの停留所です。
昨日の乗車便もそうで、降車客がいたため、停留所に停車したところ、左側歩道前方を行く中年のご婦人方数名が、バスのエンジン音に気付いたのか、振り返り「あれに乗ろうよと」というよなん感じで指を差して戻ってきました。
こういうところに私はよく気づきます。しかし、運転士は気づきにくいケース。
バスの車体左側、窓の下をご婦人の頭が通っていきます。
しかし中扉は開かない。運転士は気づいていない様子。
降車客3人が降りたところで、扉が開かずに動き出そうとしたので、私が一言、声を発しました。「運転士さ~ん、乗らはる人、いてますよ~」。こういう時、なぜか関西方言がスッと出てしまうのは何故か?
と同時に、車体をどんどん叩く音、と窓の向こうから「待ってぇ」の声。
そこで運転士は気づき、ブレーキをかけ、中扉を開けました。
車内の他のお客さんは、ドンドンなのか「私の声に」なのか、怪訝そうな表情。
危うく、お客さんを乗せずに発車する「運転事故」になりかけるところでした。
あ、運転事故というものは、乗合バス運行の上での不都合があった場合のことで、他の自動車・人との事故である交通事故とは違います。
お客さんを乗せずに発車してしまったら、行政上の罰の対象となります。(報告が行けば)
つまり一宮スポーツ文化センター停留所では、乗る人は殆どおらず、しかもバス到着時は停留所に人がいなかったため、降車扱い中に停留所に現れた人を発見しなかった点にあります。
運転士の思い込みですね。そもそもが、到着時に人がいなかった、というのが大きいです。
何事も、思い込みの勘違いは排除しなければなりません。
日ごろ、このブログで書いている、安全の点でも、「~だろう」「~のはず」などと言う思い込みは、あまりにも自己中心の発想で、思い込み以前のもででもあります。
こうした思い込みは、本人は気づかないことが多く、それがなおさら厄介なことなのであります。
ここは中心市街地で、一宮駅まで1kmも無い距離なので、一宮駅方向のバスには基本的には人は乗ってきません。郊外からのお客さんが降りるだけの停留所です。
昨日の乗車便もそうで、降車客がいたため、停留所に停車したところ、左側歩道前方を行く中年のご婦人方数名が、バスのエンジン音に気付いたのか、振り返り「あれに乗ろうよと」というよなん感じで指を差して戻ってきました。
こういうところに私はよく気づきます。しかし、運転士は気づきにくいケース。
バスの車体左側、窓の下をご婦人の頭が通っていきます。
しかし中扉は開かない。運転士は気づいていない様子。
降車客3人が降りたところで、扉が開かずに動き出そうとしたので、私が一言、声を発しました。「運転士さ~ん、乗らはる人、いてますよ~」。こういう時、なぜか関西方言がスッと出てしまうのは何故か?
と同時に、車体をどんどん叩く音、と窓の向こうから「待ってぇ」の声。
そこで運転士は気づき、ブレーキをかけ、中扉を開けました。
車内の他のお客さんは、ドンドンなのか「私の声に」なのか、怪訝そうな表情。
危うく、お客さんを乗せずに発車する「運転事故」になりかけるところでした。
あ、運転事故というものは、乗合バス運行の上での不都合があった場合のことで、他の自動車・人との事故である交通事故とは違います。
お客さんを乗せずに発車してしまったら、行政上の罰の対象となります。(報告が行けば)
つまり一宮スポーツ文化センター停留所では、乗る人は殆どおらず、しかもバス到着時は停留所に人がいなかったため、降車扱い中に停留所に現れた人を発見しなかった点にあります。
運転士の思い込みですね。そもそもが、到着時に人がいなかった、というのが大きいです。
何事も、思い込みの勘違いは排除しなければなりません。
日ごろ、このブログで書いている、安全の点でも、「~だろう」「~のはず」などと言う思い込みは、あまりにも自己中心の発想で、思い込み以前のもででもあります。
こうした思い込みは、本人は気づかないことが多く、それがなおさら厄介なことなのであります。
それにしてもこの運転手、注意力が不足なのか、乗客はバス停で余裕を持って待つのが当たり前なのか?
外からドアーをドンドンと叩くのだから時間的な問題は無さそう。 矢張り運転手に問題ありそう。
昔、車掌が乗っていた時代が懐かしい。この場合車掌が「ストップ願います」と、運転手に伝えたと思います。
昔は良かったなァ。
そうですねぇ。声ですが、どうもこれ、関西人のおせっかいが影響しているかもしれません。
重度なバスヲタでもありますので、乗ろうとしている人がいることを気づいていながら、そのまま発車されては、気付いていた私が何か申し訳ない気持ちになってしまいそうで、せやから「運転士さ~ん」と声を出した次第。
なので関西方言になってしまいます。
バス到着時に停留所で待っているお客さんがいなかったので、「乗車客はいない」と思い込んでいたのだろうと思います。
まぁ普通はそうでしょう。
お客くさんが突然降って涌いてくることなんていませんので。
なので降車客が済めば、早く発車したい、という気持ちが出ていただろうと推定できます。
それにスポーツ文化センターへの駐車場待ち車で、若干ですが、ミニ渋滞が起きていましたので。
こういう時に運転士の気持ちが焦りがちになります。
運転士安全教育の資料にありました。
車掌さん。そうなのですね。
車掌乗務であれば、バス発車の際は、車掌さんの出発合図で発車する規定です。今は車掌さんが乗るバスは殆どが無いですが。
車掌さんは、発車の際、停留所にお客さんがいないかを確認してから、出発合図を送らねばなりません。
この車掌業務をも運転士に兼ねたものが、ワンマンカーです。
労働安全の点から、運転士に車掌業務を兼ねるのはいかがなものか、という労働組合の主張がありました。
今はそのようなことはあまり聞かれていませんが。