名古屋 レストラン 美彩 グルメ 奮闘記

名古屋 八事日赤駅北 徒歩5分 名古屋のグルメ名店を目指す美彩の開店物語

「食べログ」にでてる

2006年07月03日 | グルメ
こちらは名古屋のお店から遠く離れていますし、少し大きな設備費、宣伝費などのときにしかシエフからは連絡がありません。
営業中以外の時間も忙しそうなので、様子もわからずにこちらから電話するのもはばかられます。
試食会の一度きりしか食べさせてもらっていないので、昼、夜のメニューがどれだけ増え、店内の雰囲気はどうなのかなどがぐるなび以上にはわかりません。
名古屋の著名なグルメブログなどに載せていただいたことから、ランチに人気がでて、夜のお客様、グループ・団体様も増えたと聞いていますので、お店の評価は合格水準なのだろうと想像する程度です。
パソコン関連でときどき見ます価格.COMのグルメコーナーで「かずずか」さん、東京の方で名古屋、大阪にも出張が多く、「うまいものに目がない男」のようですが、美彩のランチをおすすめ最上位の5スターと紹介してくださっているのを見つけました。
名古屋のたくさんのおいしいと評判のお店の中から、美彩に御来店、しかも高評価のレビューまで書いていただき大変ありがとうございました。
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世界トップレベルとは

2006年06月23日 | ひとり言

いかなる分野においても日本一とか世界一とかには全く無縁の生活を送っている私でも、ではあなたの生活は、平凡で安穏ですかと人さまから聞かれれば、なんと人生の深みを理解できないひとなのかと色をなしたくなります。
日本の、アジアのトップレベルとして誉れ高き選手の心中を想像することなどできはしませんが、ここ一ヶ月の変転の激しさは勝者の栄光と敗者の惨めさを大写しにしてしまいました。
先般女子レスリングトヨタワールドカップのとき美彩におこしいただき、このブログにコメントまでいただいた代々木レスリングクラブコーチの吉村祥子さんのブログを拝見しました。
彼女の戦歴を見ますと連続日本一はもちろん世界一だけでも5回と世界トップレベルの深遠さを突き抜けてしまった超人が急に身近になったりします。
女子レスリングがオリンピックに加えられたのはアテネからで、既に吉村選手は全盛期を過ぎておられ、今日の女子レスリングの隆盛を見ると、なんとなくサッカーの釜本選手のような役どころを想像してしまいました。
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ベドウインの家庭料理

2006年06月14日 | 食べ歩き

海外で、それも中東で一般個人の家族とともに、そこのおうちの家庭料理を御馳走になるというのははじめての経験でした。
羊やヤギなど20頭前後と一緒にベドウインさんが歩くのはあちこちで見ましたし、たまに人間などとても歩くことができない急傾斜の草地に放牧しているのや、街の肉屋の店頭に皮をはがれたヤギさんがビニールに包まれてぶら下がっているのも見ましたが、ご飯の中で少しカレー風に味付けされた大切りの肉として出てくるのは不思議な感じでした。
子供のころ家で飼っていたニワトリが晩御飯のカレーのなかに入っているのと似ている感覚でしょうか。なんとなく感謝の言葉をつぶやいて食べなければいけないのではないかという気持ちになりました。
ヤギの煮込みご飯はうまみがご飯にしみ込み大変おいしいものでした。
大皿にいっぱい盛りつけしてたくさん食べなさいと勧めていただきましたが、とても彼らの胃袋にはかないませんでした。
街のレストランではナンは食べ放題的に出てきますが、一般家庭の人も主食のナンを街のパン屋(ナン屋)さんで大量に買ってくるのだということを知りました。高熱の釜で焼かないとおいしくないので当然といえば当然ですが、はるか20km以上離れた街に買出しに行くということに理解が及びませんでした。
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ホール・厨房スタッフ募集中

2006年06月13日 | スタッフ紹介
名古屋の有力なグルメブログでご紹介いただき、御来店いただいたお客様の口コミにも支えられ、また手ごろなパーテイ会場としての評価も高まりつつある美彩です。
ただ、弱小資本の悲しさ、ローコスト、少数精鋭を意気込み店舗規模に比べスタッフを少し絞りすぎたようです。
お客様が増えればスタッフを増やし味やサービスの向上に努めなければすぐに飽きられてしまいます。
店舗スタッフの経験不足はふあんですが、どんな素晴らしいサービスも最初から一流であったわけではありません。
お客様のしぐさやお言葉から学び、成長しようとする向上心にあふれた方々を募集しています。
味もサービスも時代の深化に先駆けしたいものです。
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女子レスリングコーチ様御来店

2006年06月12日 | 食べ歩き
わたしの日頃の思考・行動範囲、交友とは全く異次元のことがおこり、なんとなく少しうれしい気分になりましたので御紹介させていただきます。
それは先般5月20、21日の名古屋市稲永スポーツセンターで行われた女子レスリングの第6回国別対抗戦トヨタワールドカップ(W杯)、本場名古屋の著名オリンピック選手や例の浅草の浜口選手、海外一流選手などが出場、に関連して20日土曜日の試合のあとに日本女子レスリングのコーチさまのグループが美彩でお食事をしていただいたというニュースです。
ひょっとしたらとは聞いていましたが、港区の会場と昭和区山手通の美彩ではあまりに遠く離れておりますし、試合が終わるのは午後8時以降とかで、宿舎は名古屋駅辺りですし、なかなか難しいのではないかと危惧していましたが、9時ごろタクシー2台に分乗して御来店いただきお料理等大変エンジョイしていただき好評であったと、御紹介いただいたレスリング関係者からお聞きしました。
選手様も御一緒ならさぞ大喜びですが、選手は次の日も試合がありますのでそんな気分にはなれないでしょう。コーチ様も元選手としてみな著名な方々のようですが、浜口選手親子のレスリングブーム以前のビッグネームですので残念ながらお聞きしても忘れてしまいました。



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中東ヨルダンで交流

2006年05月31日 | 食べ歩き

長らく更新できませんでしたが、遠い将来のビジネスチャンス探しなどのため少しヨルダンに行っていました。
行きの飛行機のドバイからアンマンまではイラクでアメリカ軍関係の下請け仕事をするらしき強靭な体格のアラブ系アメリカ人が目立ちました。休暇で帰って再びイラクに向うらしき一人は自分よりも背後の席を警戒するかのようにいつも鋭い視線を後ろのほうを見据え、我々全員を威嚇していました。明らかに薬物中毒か精神に異常をきたしているように感じました。そのような雰囲気でもスッチーさんはその人に笑顔で接し、プロの仕事振りでした。
少しローカルな地域で個人のお宅に招待されお昼をいただいたり、遊びにきた近所の子供たちと交流したりといろいろ普通の観光旅行などでは経験できないことを体験し、アラブ世界が、と言ってもほんの一部に過ぎませんが、すこし身近に感じられるようになりました。
その地域の子供たちにとっても東洋人、日本人と話すのは全く初めてですので、自分たちの習っている英語教科書に出てくるひな祭り、girl’s festivalのことやアニメで見る忍者のことなどを電子辞書片手にわたしの下手な英語で解説してあげました。
おひな祭りの紹介でひな人形やひしもちなどは出たきましたが、イスラムですので白酒のことは全く記載されていませんでした。
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エジプトダハブでのテロ

2006年04月26日 | ひとり言
昨日のテレビの国際ニュースでエジプトシナイ半島のダハブでのテロ事件を写していたので見入ってしまった。Cnn はもちろんアルジャジーラも現地からの記者報告をなまなましく伝えていた。
私が去年スエズから南のハルガダやサファーガなどに外人観光客など皆無のローカルバスで400km程度を移動したとき、大きな街ではもちろんだが、人口2万人以下だろうと思われるような小さな街でも入口と出口で2回、あらゆる幹線道路で完全武装のエジプト軍兵士が真剣なまなざしで機関銃の銃口をこちらに向け、時々は幹部級の兵士がバスの中に乗り込んで身分カードをチェックしながら、乗用車などだとそれぞれトランクを開けて徹底的に検問していたのに、どうしてあんな大きな爆薬が街中に持ち込めたのであろうか。
先年のシャルムシェーフも今度のダハブもアカバ湾沿いの港町だから小船で爆薬を運べば、簡単に砂浜の海岸につけることができるだろうが、爆薬そのものの調達などそれなりの大きな組織がなければとてもできそうにはない。
それにしても我々の1.5倍以上はあり、私などひとひねりでやられそうなゴツイからだだが、個人個人は非常に優しいように感じるイスラムの人がどうしてあんな無差別テロをするのだろうか。
話すのが怖いような人たちももちろんいるが、それもこれも働く場がないことに最大の要因がありそうだ。暑くて集中できない気候のうえ家族を食べさせる職場が極めて少ないことに根源があることは理解できる。そもそもあんな過酷な風土に人間が生きてきたことが不思議なのだとおばかな日本人は考えてしまう。
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ヨルダン食べ歩き報告

2006年04月18日 | 食べ歩き
10日あまりのヨルダン旅行で最も豪華な食事はペトラの前のムービンペックホテルのイタリアンレストランでの夕食でした。
どうもアラブ系の人たちは朝が早く、夜は遅いという習慣のようで、ホテルの朝食はどこも6時か6時30から始まり好都合なのですが、夜はせいぜい7時か7時30分で、昼間のハードスケジュール観光の疲れをホテルのレストランでビールを飲みながら早く癒したいと願っている我々とすれば非常に待ちどうしいものでした。
やっとその時間になったのでレストランに出かけましたら、メインレストランは団体さん中心のバイキングスタイルで、アラカルト料理はないとのこと、困ったなという顔を見てボーイさんがこちらのレストランならアラカルトありますとドアーまで案内してくれたので、たたずまいがチョット豪華で鉄の扉もしっかり閉まっているが、今更もとへは戻れないと覚悟を決めて扉を押し開いて入店しました。
ところがだれも応対に出てきません。ハロー、ハロー、と呼ぶとスタッフが出てきて、大急ぎで入り口の扉を開けに行きました。どうもまだ開店時間でなかったようです。今度は私どもがソーリー、ソーリーです。
豪華なクロスにアラビア風の幾何学模様の壁や天井のシャンデリア、各コーナー毎に異なった豪華なイスとテーブルセットなど、こじんまりしたスペースながら5スターホテルを代表するレストランの一番客として、シーフードスープとわたしは羊、妻はビーフのステーキをメインにデザートなどを注文して待ちました。
さて襟飾りの盛装したスタッフ2名がが掛け声とともにお料理を見せる演出は旅の思い出のひとつにはなりましたが、盛り付けの色合いなどはいいけど、味の方は期待過剰と少しお上品過ぎる雰囲気が災いしたのかなというレベルでした。
でもアイスクリーム、フルーツなどのデザート類は非凡なもので、最高レベルでした
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オリエント文明は奥が深い

2006年04月11日 | 食べ歩き

ヨルダンの地理、歴史などを少し詳しく知ろうとすると、旧約聖書39聖典の内容や隣国イスラエルのこと、ヨルダン川やガラリア湖周辺を中心に活躍したイエスのことなどがドンドン噴出して、歴史的な時間の流れと当時の地理との関連付けなど頭が整理できない状況に陥ってしまった。
旧約聖書で有名なモーゼのことも、ことが起こったとされる約1000年後の紀元前280年ごろにいろいろな口伝をまとめて聖典として文書化したものであり、わが国に例えれば約400年前の関が原の合戦やそれ以前の戦国大名ことでさえどれだけ真実に近づけ記録できているのかと考えこんでしまうでありましょう。
それらの聖なる資料にもとづいて後生大事にたくさんの年配のキリスト教徒がヨルダンのマダバ(Madaba)の古い教会などを巡礼していることは、やはりそれこそが宗教というものではあります。
もちろんわたしも、宗教心からではなく、その有名なモザイク地図を一目見たくて拝観料を払って教会に入館しました。
ヨルダン川の西方イスラエル領内に、エジプトのトトメス3世とカナン連合軍が戦ったと記録される世界最古の戦場メギド(Megiddo)があります。紀元前1457年ごろのことです。この戦争に関連することをいろいろ調べているのですが、紀元前2000年からローマ時代が終わるまでごろまでだけでも、地中深く何層にもわたる埋設物の出土から、調べていけばいくほどいかにこのカナン一帯の地が豊かでいろいろな帝国が争い、権利を主張したかがわかります。
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ヨルダンアンマンの郊外レストラン体験

2006年04月05日 | 食べ歩き
ヨルダンの首都アンマンは月給250ドル程度の給与体系の都市みたいで、料理は400円程度でも、それなりの水準ものが食べられるようです。
わたしたちは、気配りとわたしの超下手な英語を一生懸命聞いてその旅行目的や嗜好を配慮し,丸一日大変お世話になったタクシー・ドライバーに少し贅沢なお店でお礼をしたいと考え、どこか案内してくれるよう頼みました。
車内から携帯電話でいろいろ情報を仕入れていましたが、少し郊外の外人ツアー客がよく来るという50席程度の2階建てのお店に案内してくれました。
アンマン郊外にもあまりお店自身がない様で中心から7km程度は離れた店に車で移動しました。
そこで食べたものはニワトリの足を黒焦げになるようによく焼いたもの山盛りとタイ米チャーハンにヨーグルトをかけて食べるもの、その他は食べ放題のナンとミネラルでした。
イスラムですので豚肉は食べませんし、牛肉は飼育されているとのことですが、高級すぎます。
普段は飲むと下痢気味のわたしでも、ホテルの朝食の温かい牛乳スープは大変おいしく、おかわりするほどでした。
ニワトリは幹線道路から砂漠の中に大規模な養鶏場が比較的見えますのでメインの食材のようです。
うすあじ的なチャーハンにヨーグルトの酸味を加えることの意味は不明ですが、タイ米のいまいちに何とか贅沢感を加えるためとしか感じられませんでした。せいぜい60%しか食べきれないほどの大盛りでこれも非日常性の演出でしょうか。
お一人さま700円程度のお会計で、ご馳走をたべたと運転手さんは喜び、ホテルに送って次はまたぜひ指名してくれと携帯のメモを渡して分かれました。
残念ですが写真はありません。
次はペトラ入り口のピカイチホテルのイタリアンレストランでのデナー体験を御期待ください。
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