「 け ろ け ろ り ん り ん 」

  
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いじめる側とは〜!

2017年07月14日 | 心に響く言葉




一番みじめなのはいじめる側である。
品性が賤しく貧しい。
まさに、「下流社会」の精神構造なのだろう。
改めて言っておくが、収入の面で下流のレベルでも、
精神において高貴な人にはいくらでも出会うことができる。
反面、物質的には「上流社会」でも、
精神においてゆすりたかりの生活をしている人もいるらしいことは、
新聞を見ればすぐわかることだ。

誕生日のケーキを買って来い、の、上納金まがいの金を出せ、のという。
「汚い、臭い」と鼻を摘んで見せる。
こういう子供は第一愚かなのだ。
人間はすぐ臭くなり、汚くなる。
アフリカの田舎には、為政者が無能なために貧困から抜け出せず、
臭くて汚い子がいくらでもいる。
病気を放置され、やせ細っている子供もいくらでもいる。
汚いことや臭いことは、ごく自然の人間の姿だと教えてやる親も教師もいないのだ。
特に臭いだけで嫌うというような反応の単純さは、
親の生き方、ものの見方を反映している。
そしてこのような表面的な人間関係関係しか考えられない子供は、
本来ならば学問をする資格もないのである。

そんな愚かな相手にいじめられたぐらいで死ぬことはない。
いじめられたら、いじめた子の方を、一日中指さし続けたらいいのだ。
死ぬくらいなら、死ぬ気で闘争ができるはずである。

曽野綾子さん「貧困の僻地」より

お兄ちゃん、今まで嫁のしつけと称して良夫のパパやママがしてきたことは、
私に対する単なる虐めや意地の悪い嫌がらせとしか思えませんでした。
私の気持ちの受け取り方も悪いのかもしれませんが、
いつも自分達が絶対的上位者であり指導者であるような
高圧的な態度で接して来られたのは、
いまだに私の中ではトラウマに近い恐怖です。
 
お兄ちゃん、私は、娘である由紀さんの舅姑問題では
相手の親に対して陰で散々悪くいい、
自分達の家庭の嫁に対して何一つ理解しようとしなかった良夫くんのパパとママは、
この本でいう精神的「下流社会」の人達だったんだなぁって思います。
だからそんな人達に言われた言葉に対して傷つき落ち込む必要もなかったのですね。

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