河野美砂子の「モーツァルト練習日記」+短歌+京都の日々の暮らし

9/30(土)13時半【生演奏でバッハを③】「フランス組曲」3番、6番。NHK文化センター京都教室(大丸より徒歩5分)

シェーンベルクで言い忘れたこと

2008-02-29 22:43:34 | シェーンベルク
3月10日の「モーツァルトに会いたい③・モーツァルトマニアック」が近づいてきた。

練習しててトリハダ立つっていう感じで
モーツァルトさんの曲について書くこといっぱいあるのだけど
先日の小リサイタル「シェーンベルクを中心に」で
言い忘れたことを
今のうちに書いておかないと。

・・・・
シェーンベルクとバッハを並べて弾く、というのは
いろんな意味合いがあるけど
一つは、ポリフォニーという共通項があること。

シェーンベルクの無調音楽は
一見(一聴)無機的のようで、
実は横の線は
とてもしなやか・・・と、ここまでは話したと思う。

そのつづき。

「音」を私(達音楽家)は
モノのように感じている。
たとえば、ボールのような運動体。

ボールが地面に着いて跳ねて
それが減速して
ある一点まで上ったら
一瞬静止。

その後、下降。
加速して地面に当たる。
音ってそんな感じ。
音自体が運動する。

他の例でわかりやすくいうと、
ピアノの鍵盤は水平だが
それを縦にする、と考えればいい。

右側(高音域)を上に、
左側(低音域)を下に、立てる。

「ド~レ」よりも「ド~ミ」の方が
たくさん上に上らなければならない。
つまり、エネルギーが要る。

階段で言えば
「ド~レ」は2段、「ド~ミ」は3段。
「ド~ソ」など5段だから、一気に上るのタイヘン。

でも、その5段分のエネルギーを使って上に上ってしまったら
今度はそこにエネルギーがあるから
そのエネルギーを今度はどこかで消費できるというか。

う~ん、書くのむずかしー。

とにかく
シェーンベルクの横の線は、
大胆かつ微妙で(幅広い音程+半音)
たいへんしなやかで色っぽく
それはまったく
後期ロマン派の世界そのままなのでした。




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「塔」の評・つづき

2008-02-27 23:58:51 | 短歌
昨日書いた、批評文について。

「評を書く前に見開き2ページを想像する」
と書いたけど

別の言い方すると、
私の脳の中の感じでいえば
音楽といっしょだということ。

一つの曲を演奏するとき(たとえばソナタなど)
最初の音から最後の音までの
なんというか、距離みたいなもの(演奏は一種の「旅」ですね)を
あらかじめインプットして
その中で、

たとえば冒頭のテーマの重み(全体を統べるもの)や、
始まって約4分の1のところでエネルギーが増すこと(属調)、
3分の1ほどのところでもっと複雑になり(展開部)
3分の2過ぎたところで、聞きなれたものに戻り(再現部)、
終結部で今までのを総括する重み(コーダ or カデンツァ)などを

エネルギー的にバランス良く配置する。

どこかの部分のみが突出しないように。

どこかの部分が突出しそうになったら
別の部分で、その補償をするというか。

別の言い方もできるかな。

演奏ではなく、曲のでき方でいうと
たとえば

いくらきれいなメロディでも
あるいは劇的な音楽でも、
おんなじようなことが続くと退屈する。

大きい音は、
その前にそれより小さい音があるから
大きいと感じる、とか。


このような思考パターンと訓練を
長年にわたって無意識のうちに行っているので

文章を書くときも
そういうことをやるのではないかしら?

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「塔」の評

2008-02-26 01:38:28 | 短歌
2008年1月号~6月号まで
短歌誌「塔」の月集評を担当。

今まで2回分が掲載されたが
思いがけず
二人のヴェテラン歌人からお便りが。

お二人とも
私の2ページにわたる文がおもしろい、と。

単純にうれしかったデス。


私が書くときは、
まず、見開き2ページに掲載される文
というのを想定して

もちろん
最初に良い歌というか、存在感のある歌を取り上げるのだが

たとえば
濃くてしんどい歌がいくつか続くと
次は
ホッとできる歌、とか
なんとなくバランスを考えてるみたい。

今、気づいたのだが、
一首一首の評とは別に
2ページの読み物としての視点も
どこかにあるように思う。

なんにしても
書いた文に対して反応があるというのは
何よりのことです。

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なぜシェーンベルクを弾くか

2008-02-24 20:20:27 | シェーンベルク
2月21日の小リサイタルで
言い忘れたことの筆頭。

なぜ無調音楽(12音技法)の
新ウィーン楽派(シェーンベルク・ベルク・ウェーベルン)を弾くのか。

理由はさまざまだけど
その一つとして以下のことがある。

20世紀から21世紀に生きる者として
同時代の音楽、つまり現代音楽に関心を持たないではいられない。

その元祖としての、新ウィーン楽派。

(これはもちろん
私の先生=井上直幸+ピヒト・アクセンフェルト両先生の影響も大だが。)

ベルクのピアノソナタは、
そういう意味で
立派な「古典」だろう。

彼らが結局無調の音楽を書いたのは
(初期には、後期ロマン派ばりばりの超ロマンティックな作品あり)
奇を衒ったものでは決してなく、

ロマン派が行き着くところまで行ってしまって
調が崩れるしかなかった、
ということは
弾いているとよくわかる。

リストなどにも
無調っぽい曲があるのは有名だけど、

たとえばモーツァルトやベートーヴェンなどでも
その生涯の最後の方の作品になると
なぜかみんな
1つの曲の中で
なるべく、より多くの調に転調したがる。

シューベルトなんか
最後の遺作のソナタ(D.960 変ロ長調)の第1楽章で
なんと
20調以上に転調してるんですよ!!
(むかし勘定しました。)

モーツァルトの後期のオペラ「コジファントゥッテ」の
各曲の調について
誰だったか外国の学者さんが
12音技法に類えて書いたはるの
読んだことあるけど。

いろんな調に転調して転調して
それがだんだん「調」を超越することになる
というのは
よ~くわかる。

シェーンベルクは、1874年生まれ、1951年没。

歌人でいうと、
斎藤茂吉が、1882年生まれ、1953年没だから
まったくの同時代人。
(ウィーンというのも重なる!)

ピアニストとしての私が
シェーンベルクを見る視線というのは、
それ単独では
ちょっと拠り所をどこに取ったらいいのか
見失いそうになるけど

現代短歌実作者としての私が
茂吉を見る視線と比べて考えてみたとき、
その位置がちょっとわかりやすくなるかな。

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小リサイタル「シェーンベルクを中心に」報告

2008-02-22 17:10:52 | シェーンベルク
昨日2月21日は、
「シェーンベルクを中心に」という
私の小さなソロリサイタルがあった。

NPO法人「クラシックファンのためのコンサート」が主催、
大阪のイシハラホールリハーサルルームでの開催。

月に一度、いろいろな企画で
無料の演奏会を開催されている。

昨日のプログラムは以下の通り。

自分で言うのもナンだけど
このプログラム、
マニアックでけっこう良くできてる、と自負(?)。

①シェーンベルク(1874年~1951年) 
・6つの小品 op.19 (1911年)
1. Leicht, zart
2. Langsam
3. Sehr langsam
4. Rasch, aber leicht
5. Etwas rasch
6. Sehr langsam      

②J.S.バッハ(1685年~1750年) 
・フランス組曲 第4番 変ホ長調 BWV 815 (1722年頃?)
Allemande
Courante
Sarabande
Gavotte
Menuet
Air
Gigue     

③シェーンベルク (1874年~1951年) 
・ピアノのための組曲 op.25 (1924年)より
Gavotte ― Musette ― Gavotte
Menuett ― Trio ― Menuett
Gigue
 
④ブラームス (1833年~1897年)
・ピアノ小品集 op.119 (1892年)より
1. Intermezzo

⑤ベルク (1885年~1935年)
・ソナタ op.1 (1908年)

お話を交えながらの1時間あまりだった。

約100人(?)くらいのお客様で一杯の
親密な空間で
マイクなしでお話できるのが良かったと思う。

こちらが話しかけると
お客様の反応が暖かいのがうれしかった。
http://www.classicfan.jp/hou720.html

でも後から考えると
あー、これ言い忘れたー、とか
これも言っといた方が良かったなー、とか。

その場で思いついたこと喋ったので
(その方が現場感覚があって面白いと思ったこともあり)、
やっぱり取りこぼしがあるのね。

3月10日のためのモーツァルトをさらいつつ
明日から
「シェーンベルクを中心に」について
ちょっとづつ書いて行きたい。

なにしろ昨日までは
さらうのタイヘンで、
書く時間ありませんでした。

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私の文が入試問題に!

2008-02-19 01:31:47 | モーツァルトに関係ないですが。音楽関連♪
な、なんと!!

3年ほど前に私が書いたエッセイが、
今年の滋賀県立石山高校音楽科の
入試(小論文)問題になってたそうだ。

A新聞の夕刊に載った「小さな神様」。
http://music.geocities.jp/misakn95/essay/20050909.html

まもなく
学校のウェブサイト上に
その問題が載るらしい。

その問題で何点とれるかしらん?

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チケット完売その他

2008-02-16 03:24:51 | モーツァルトに会いたい・3
2月15日、「モツ会い③」の前売り券完売。
一ヶ月前なのに。
(当日券は30枚ほど出ます。午後6時より発売。)

谷川さんはやさしい人なので、
何日か前、チケットの売れ行きを心配して
チラシを置いてくれるお店(絵本屋さん)を
紹介してくださいました(涙)。

ご心配には及びません、とお伝えしましたが
まさかこんな早くに完売になるとは。

それとは別件。

昨日の原稿(短歌12首)、
いつもチェックしてもらってるS崎M嬢(SM嬢ではありません)に見てもらったところ、×が出て

え~ん

と泣きながら再考。

さきほどようやく仕上がりました。

明日もう一度SM嬢、もとい!S崎M嬢にお伺いして
ほんとに
ほんとーに
ピアノに集中します。


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朝まで原稿

2008-02-14 08:51:50 | 短歌
今からようやく寝れます。

3月10日の「モーツァルトに会いたい③・モーツァルトマニアック」は
前売り券完売直前。

2月21日の演奏会も。http://www.classicfan.jp/index0.html
こちらの方は、
いつもお客様が多いので宣伝しないように、と
主催者からのお言葉があったのですが
残席が少しあるようです。

一眠りしたら、さらうぞ~。
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ゆきゆきゆき!!

2008-02-10 01:00:13 | 京都の暮らし
昨日は神楽岡歌会。

先月はノロウィルスにやられてて休んだので
今年初めて。

先月休んだことに関して
みんな心配してくれてるのかと思ったら

Y川クンなど
「静かでよかったわ」やて。

あんまりね。
(ちなみにY川クンは平成短歌史に必ずや残る歌人)

で、昨日は遅かったので
今朝もおそく起きて外みたら

雪雪雪雪雪!!

とるものもとりあえず
わが黒犬ろくと船岡山へ。

ちょうど激しく降り始めたころで
公園にはほとんど誰もいない。

グラウンドなど
一面まっさらな雪で
ろくも私も

やっほ~!!

って感じ。

ろくのリードを離してやり
私は、ボールくらいの雪の玉を
作っては投げ、作っては投げ。

ろくはそれをキチガイのように追いかける
っていう遊び
さんざんやりました。

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ウソでした

2008-02-08 03:42:29 | Weblog
明日からピアノさらえるぞ~。

という前回の日記でしたが
そんなのウソウソ。

昨日(一昨日)水曜日は
京都市芸大実技試験が一日。

総体として皆さんよく弾いてましたが
聞く方、ぐた~。

今日(昨日)木曜は
また別の、締切過ぎた原稿をかかえながら(M村編集長ごめん
両親に関する雑用(二人とも病人)と
明日の歌会の一首のため
こんな時間まで起きてる。

実は
この前の原稿に関して
ばちあたりなことしてしまったのだけど

それはまた
明日にでも。
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やっと

2008-02-06 02:34:58 | 短歌
原稿書けた(泣+笑)。

ばんざい!!

明日からピアノさらえるぞ~。
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2月1日

2008-02-01 23:04:28 | 京都の暮らし
2月1日といえば
私の、堀川高校音楽科時代の友達二人の誕生日。

マリとピン。

マリは歌手で、今アメリカ人指揮者と結婚してドイツ在住。

ピンはピアノ科で
二十歳になる前にこの世を去った。

堀音音楽科は1学年1クラスで
うちの学年は36人。

一年生のころ、夏休みだったと思うけど
ピンはうちに泊まりに来たこともあったなー。

一年先輩のサユと
たしかバンドみたいなことも3人でしたと思う。

3年生のころ
ピンは体調を崩して
入試前はずっと学校を休んでた。

ピンが倒れながら
「ピアノの音がとってもきれいに聞こえる。」
と言っていたことが忘れられない。

ピンの顔や声は、
物理的にはン十年たってるんだけど
まるで昨日会ったばっかりのように
生き生きと女子高生のままで

その時は
私も女子高生になっているのかしらん。
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