河野美砂子の「モーツァルト練習日記」+短歌+京都の日々の暮らし

4/19(金)15時30分 ショパン「マズルカ」全曲⑧ NHK文化センター京都 第30~32番、「ノートルタン」他

戸隠② 悼・河合隼雄さん⑪

2007-08-02 19:31:13 | 悼・河合隼雄先生
戸隠での思い出は
ほんとうにいっぱいあります。

いつも土曜日本番で、その夜は
「ランプ」で打ち上げパーティー。

先生は、そこで
童謡を片っぱしからフルートで吹き
(先生はたいていの曲は楽譜なしでもOKでした)、
みんなでそれを歌うのが
大好きでした。

私はもちろん
ほとんどの曲は知っているので
そこにあるアップライトピアノで
伴奏できましたが、
ときどき「戦前」の歌が出てきて
それには困りました。

(「兵隊さん♪」とかいう歌の替え歌で
「厨房さん♪」と先生は歌われました。
そのパーティーのお料理を用意してくれた
女性陣に敬意を表して。)

翌日曜日は
いろいろイヴェントがありました。
蕎麦打ち、
キノコ狩り、
バーベキューなど。

ある年は、
当時の戸隠村の役場にも行きました。
(これは本番の前日だったと思う。)

99年スタート当初は
楽器(ピアノ)がなく、
毎年グランドピアノを運び込みましたが、
運送費がものすごく高くつくのがモンダイでした。

何年目だったか、
そのことを知った先生は
ポケットマネーで
中古のグランドピアノを村に寄付。

当時文化庁長官だったこともあってか
先生はそのことで村役場まで行かれ、
職員の方たちを前にお話もされました。

その楽器を選定したのは私ですが、
先生はそのピアノが
「カワイ」でなかったのがウンヌンと
いつもの冗談も快調。


でも
私が一番印象深く覚えているのは
色紙にサインをしていた時のことです。

3人の出演者のサインということで、
先生の縦書きサイン「河合隼雄」の左隣りに
私は「河野美砂子」と書いたのですが、

筆ペンで書かれた
先生のサインがまだ乾いていなかったため
私の右手が
先生のサインを汚してしまいました。

あ~どうしよ~
とか言ってると、

先生はその色紙を手に取り
ちょっと遠くにかざして

「ふ~ん、〈河合隼雄〉に〈影〉がありますな~。」

と、わりと感慨深げにおっしゃって
しばらくそれを眺めていらっしゃいました。




コメント
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