亡くなったロストロポーヴィチさんと、大阪でお鮨をご一緒したことがあります。
もう15年くらい前でしょうか。
彼は20世紀後半を代表するチェリストの一人ですが
人物としても大物で冗談好き。
ご一緒した事情というのは、
たまたま同日同時間、同じ大阪で演奏会が重なったことが発端。
ロストロポーヴィチさんはシンフォニーホール。
日本を代表するチェリスト堤剛(つつみつよし)氏と、河野文昭のチェロデュオ演奏会(ピアノは私)はいずみホールで行われました。
当時サントリーの社長だった、故・佐治敬三さんは堤さんの義父でもあるのですが
長年親交のあるロストロさんと堤さんが同じ大阪にいるのだから、ぜひ、
ということで、ご一緒にお鮨と相成ったわけです。
冗談連発でご機嫌のロストロ氏。
お鮨をオーダーするのも慣れたもんで
日本語で次々注文します。
いくつかのオーダーのあと、ロ氏、やおら大声で一言。
「Onago(オナゴ)!」
(……オナゴ……?……オナゴ……!女子?!!)
もちろん、「アナゴ(穴子)」なのですが、
私達の反応を見て、ロ氏うれしそう。
たぶん、ワルイ日本人が「穴子」と似た発音の「オナゴ」をロ氏に教えて
ついでにその意味まで教えたんでしょうねぇ。
ちょっと受け口だったスラヴァさん、ホントに楽しかったです。
むかし
チャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」の録音で
冒頭テーマの、ばかでかいフレーズの捕らえ方を聞いて心底驚いた記憶がありますが、
いろんな意味でロシアの大地の人だったのですね。
さようなら。
もう15年くらい前でしょうか。
彼は20世紀後半を代表するチェリストの一人ですが
人物としても大物で冗談好き。
ご一緒した事情というのは、
たまたま同日同時間、同じ大阪で演奏会が重なったことが発端。
ロストロポーヴィチさんはシンフォニーホール。
日本を代表するチェリスト堤剛(つつみつよし)氏と、河野文昭のチェロデュオ演奏会(ピアノは私)はいずみホールで行われました。
当時サントリーの社長だった、故・佐治敬三さんは堤さんの義父でもあるのですが
長年親交のあるロストロさんと堤さんが同じ大阪にいるのだから、ぜひ、
ということで、ご一緒にお鮨と相成ったわけです。
冗談連発でご機嫌のロストロ氏。
お鮨をオーダーするのも慣れたもんで
日本語で次々注文します。
いくつかのオーダーのあと、ロ氏、やおら大声で一言。
「Onago(オナゴ)!」
(……オナゴ……?……オナゴ……!女子?!!)
もちろん、「アナゴ(穴子)」なのですが、
私達の反応を見て、ロ氏うれしそう。
たぶん、ワルイ日本人が「穴子」と似た発音の「オナゴ」をロ氏に教えて
ついでにその意味まで教えたんでしょうねぇ。
ちょっと受け口だったスラヴァさん、ホントに楽しかったです。
むかし
チャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」の録音で
冒頭テーマの、ばかでかいフレーズの捕らえ方を聞いて心底驚いた記憶がありますが、
いろんな意味でロシアの大地の人だったのですね。
さようなら。