ちいさな学校(岬の分校と呼ばれて)

小説「二十四の瞳」のラストから間もない昭和二十三年から三十二年までの分校物語。亡き両親と孫のミナとユリに贈ります。

こまめ食堂NHKアサイチに明日登場です

2012年05月31日 00時01分31秒 | 小豆島あれこれ
明日朝の9時20分くらいに登場するそうです。
スタッフがみんな勢揃いだそうですよ。
私はテレビの前に座ってしっかり見るつもりです。
りっちゃん、けんちゃんって大声で呼んじゃうででしょうね。きっと。
本当に楽しみだ。
中山きれいだろうな〜
おなじみのオッチャン達もあつまるんでしょうね。

こまめ食堂



こまめの定食



コーヒーと醤油味シュークリーム



外のテラスには廃校の小学校から払い下げの学習机があります。



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贈り物

2012年05月29日 15時13分24秒 | 日々の暮らし
小豆島には友達やお世話になった人たちは大勢いますが、血のつながった親類はありません。でも、高松に行くと従兄弟が何人かいるのです。
父の兄も先生でした。小豆島の岩ケ谷で少しの間先生をしていたことがあるそうです。その長男夫婦が私の今一番頼りとしている従兄弟です。
母が一人暮らしをしていた時も、大腿骨を骨折したときも、高松のホームに入った時も、それから重い病気にかかった時も私たち姉弟に代わって本当に優しく接してくださったのがこのご夫婦。
兄も姉もいない私は今も甘えさせてもらっています。奥さんのことが私は大好き。母もそうだったのだと思います。
なんでも手作りするので、私は行くたびにいろんな美味しいものをせしめてきます。
家庭菜園を従兄である旦那様が丹精し、収穫したものは無駄なくすべて料理されます。本当に新聞の切り抜きやテレビの情報、ミニコミ誌に載っている料理なんでも挑戦します。納豆も、味噌もキムチも柚子味噌も・・・・とにかくとれた野菜は工夫して保存食に加工します。
見習うべき主婦です。編み物も上手で二人のセーターはいつもお手製。ほめすぎ?・・・

その二人から10日ほど前にお野菜が届きました。
写真に撮っておいたのでここに載せます。


ソラマメです




お豆に塩を付けて生で食べるソラマメです。おつまみにグッド




紅いソラマメです。お米と一緒に炊くとお赤飯のようになります。とっても美味しい。もっと欲しい。


ラデイシュです。可愛い赤で食べるのがもったいないくらいです。サラダにして食べました。




小夏。母が大好きで奥さんがいつも皮をむいてプラスチック容器に入れて来てくだっさたのです。冷やして食べていました。今が旬。


カランコエ(お花)母がホームで育てていたものを引き取っていまもも大事にしてくださったいます。その子供です。挿して根っこを付けてくれたのです。私も大切にします。



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我が家の花たち

2012年05月28日 01時35分30秒 | 日々の暮らし
今日はオリーブマラソンでした。
小豆島に帰って出場したかったのですが、誰も賛成してくれませんでした。そうでしょうね。私練習していませんから。でもちょっと走ってみたいんです。来年挑戦してみようかなとまだあきらめていません。
しかし今日は富士山の麓にある我が家の菩提寺の大般若祈祷会の法要がありましたから、どちらにしても小豆島にはいかれませんでした。
大体同じ時期なので来年も重なるかもしれない。
お寺にあるたくさんの般若経を全部風通しをするのでしょうか、お経をあげながら十数人の御坊様が次から次へとお経をパラパラと開き閉じるのです。そして檀家の私たちの背中をお経でポンポンと打って下さいます。元気になるように思います。
山の上にあるお墓にもお参りして、眼前に堂々と広がる富士山にも元気で頑張れと励まされてきました。

もう五月も終わりに近づきました。
五月に入って次々に咲いた我が家のお花をご紹介します。


カンパニョーラ




シャクヤク



おだまき



名前のわからないお花(どんどん飛んで増えます)



オリーブの花(まだ蕾)



ミニバラ



君子ラン



自然にできた寄せ植え



匂いのいい花木・紫から白に色が変わります。名前を失念



小豆島のふう蘭


どんどん増える雑草(オキザリス風)



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鎌倉長谷寺のお祭りにオリーブサイダーを売っていましたよ

2012年05月20日 19時17分11秒 | 小豆島あれこれ
長谷寺のお祭りに孫がサークル活動で参加している日本舞踊を披露するといううので江ノ電に乗って出かけてきました。暑い中袷のきものを来て可愛く踊りました。私が二十歳の時我母が誂えてくれた着物がお気に入りで、嬉しい限りでした。それに今日は結婚記念日、連れ合いはいなくなってしまいましたが、鎌倉が大好きでよく二人で歩きましたから、感慨無量でもありました。
しかし、今日の暑さではさぞかし辛かっただろうと思うのに、結構平気な顔でやってました。外国の方ももたくさん見えていて、思いもかけない着物姿の子どもたちが、次々に舞い踊るので大変興味深くご覧になっていました。
境内には地元のいろんなお店が、縁日のように店をを出していていました。なんとなく覗いた七里ヶ浜の自然食のお店に、何と小豆島のオリーブサイダーがありました。
「小豆島のオリーブサイダーがあるんですか?私は小豆島の出身です。」などと思わず言ってしまいました。
今度七里ヶ浜のそのお店に行くことにしました。
「オリーブの新漬けがいいですよ。」
と言ったら
「小豆島の麺類も置いてるんですよ」
って。
今度お店に行ってもう少し小豆島を宣伝してくるつもりです。

オリーブサイダー



長谷寺の牡丹






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小鳥小屋

2012年05月18日 00時05分50秒 | Weblog
 昭和30年ころ香川大学の学長さんが、分校を訪問されたことがある。その時分校の子供たちのために使ってほしいと寄附を頂いた。どういう経緯だったか覚えていないがそれは小鳥小屋になった。
 小屋の前で写真を撮ってお礼のお手紙を学長先生にお送りした。写真はその時の全校生と懐かしい市坂順子先生とおなごせんせの母が写っている。この時一年生だった弟はが初めて出会った先生が市坂先生だ。
 この小鳥小屋に一番に入ったのは小鳥ではなくタカだった。親からはぐれて疲れ果てた子タカを村の誰かが保護してきたのだ。思いがけない住人に注意しながら、暫くの間餌を与え、回復するまで見守り、山に帰した。
その後は、キンカチョウ、セキセイインコ、紅雀などの小鳥がにぎやかに飛び交っていた。
 分校の校庭には子供たちが自分で作った池に金魚が泳ぎ、羊のよういちもいた。私が飼っていた鶏は浦の方にいた。校舎の前庭の手作りの花壇にはいつも花が咲いていた。懐かしい


小鳥の国と父の書いた札がつけてある
 





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ご命日

2012年05月16日 02時34分18秒 | 日々の暮らし
今年も一月から何人かの方々とのお別れがありました。
友達のご主人、私のひろし君・・・・
寂しいことばかり。
そして、今日は忘れることができない方のご命日。でも私には何もできません。お庭に出て手を合わせることしかできません。
明日17日は母嘉代ちゃんの命日。
小豆島に行けばいいのだけれどこのところ近づきたくない心境なのです。
明日、娘と二人で少し遅れの母の日をともに祝おうと相談していたら、都合のつく日が偶然嘉代ちゃんの命日でした。
今夜息子が帰宅するらしいので誘ってみることに。
あの日、私は前から孫と歌舞伎座に行く約束をしチケットも用意していました。でも母の容体がどんどん悪くなくなってきたので、娘と二人で行ってもらいました。彼女たちが芝居を観終わって帰る途中に嘉代ちゃんは逝きました。歌舞伎の大好きだった嘉代ちゃん一緒に観ていたのではないでしょうか。思いもかけない日に。

残ったものは元気を出して明るく生きる。自分がその人たちのそばに行く日までね。

嘉代ちゃんとひろしくん



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島の味(しょうゆあげせん)

2012年05月15日 11時22分05秒 | 小豆島あれこれ
書かないかんという縛りから解き放たなければと思うんやけど、気軽にキーボードをたたけない性格で…
お約束(していないですね)のお奨めお菓子のご紹介です。
このお菓子との出会いは、もう7年以上前のこと。小豆島に帰った時友達のNちゃんが私を草壁の船着き場まで送ってくれて、
「のぶちゃんこれは後引くで。そこらへんのメジャーな揚げ煎とは違うで。船の中で食べてみて」
と、売店で買うてくれました。
「見かけは地味やけど、あじはキラキラや」と、念押しもあったんです。
半信半疑、
「また、帰っておいでな〜」
「うん、おおきに〜」
と手を振り(女は、別れるとき何でバイバイの手を振るんだろうと夫がいつも不思議がっていましたけど)
フェリーが桟橋を離れ、座席に落ち着いた途端バリバリと袋を破きました。
一口パリッとかみつきました。
「なんや、これ。この醤油の味とちょっと甘もうて、あっさりした油の旨さは」
一人頭の中か、お腹の中がつぶやきました。
あれあれという間に袋がスカスカになってきました。
「もう一袋買うてきたらよかったなあ」
とひとり言。
手持ちのお茶で進む進む。
ビールにもええなあ。そやけど太るなあと思いながら高松に着くころには袋は寂しくなりました。
家に帰って子供にも味あわせてやらなくちゃtろ気づき、やめられない気持ちを断ち切り、持ち帰りましたんや。

もちろん息子も娘もこれは旨い。と言ったことは言うまでもありません。
なぜ、もっと沢山買ってこなかったかと非難される始末。

その後は、島に帰ると、段ボールで大人買いにはまりました。
娘も、たまに島に行くと友達にちょっとしたお土産と箱買いをしているようです。

でも東京でも買えるんよ。
新橋の瀬戸内旬彩館においてあります。買うてね。
http://www.setouchi-shunsaikan.com/contents/


ちなみにキャッチフレーズは
  「醤油のうまさと香りのとけこんだ名物あげせん 島の味」  


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しょうゆあめ

2012年04月30日 11時23分52秒 | 小豆島あれこれ
しょっちゅう小豆島に帰っていたのに、一年前まで気が付かなかったのが醤油飴。
関西のおばちゃんは「あめちゃん」をいつも持っていることになっているけれど私もご多分に漏れず飴持ちおばちゃん。
はちみつ飴、ミルクキャンデイー、梅干し飴、しょうが飴、黒糖飴などなどが定番だ。
昨年、「高峰秀子さんを偲ぶ会」に出席したときに分校の隣にある「ひとみ館」の売店をゆっくりと物色中、大きな笊の中に山積みになっていたのがこの「しょうゆあめ」
「うわ〜こんなんがあったん?」
「もう前からありましたよ」
とお店の方。
「ちょっとお土産にええねえ」
「よう売れますんよ」
「ホンマに。何で今まで気が付かなんだんやろ。節穴やな私」
手ごろなお値段で、誰もが好きなあめちゃん。小豆島の名産「醤油」これは小豆島のお土産にちょうどええ。貰った方も気楽と勝手に決めた。
ほんのりとした醤油の香りと塩気、甘すぎない甘さ、つるつるとして平べったくて、口の中で上品に溶けていく。甘いもんが苦手でもイケる味だ。べたほめですが、一度食べてみては。
ちょっと疲れたとき、これからの夏の暑さには塩分補給にもちょっと役立ちそう。
小豆島に行くたびに買い占めてくるお気に入り「しょうゆあめ」の宣伝でした。

次回は大ヒット商品・しょうゆあげせん「島の味」を



小豆島のしょうゆあめです


二十四の瞳映画村ちりりんや・このHPみてください。しょうゆあめ、その他あります

http://24hitomi.com/?pid=11050345

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おやつのポン菓子

2012年04月30日 03時28分21秒 | Weblog
「ポン菓子」我々の年代の人は誰でも懐かしそうに話し、どの地方の出身でもこの「ポン菓子」では一緒に盛り上がる。
 戦後間もない昭和20年代は、おやつらしいものはほとんど無かった。干し芋「ちんころ」とイワシの「いりこ」がおやつの横綱だった。
しかし私たち田浦の子供たちにとって、この「ポン菓子」は格別で、一年に一度くらいしか来ないこの「ポン菓子」を作ってくれるおじさんが待遠しい。
「ポン菓子」とはご存じの通り、お米を材料としたお菓子。
おそらく鋳物製だと思うのだが、お釜とかまどが合体したのような機械の釜の部分にお米を入れ、かまどの部分に火を付けるのだが、この燃料は薪だったのだろうか。システム的には汽車を動かすのと同じだったのかなと思う。
おじさんは大きな声で
「ポン菓子やど〜。みな米もっておいで〜」分校の校庭で店開きをする。
子どもも大人も鍋や、いかき(笊のこと)、手拭いで作った袋などその辺のものにお米を入れて集まってくる。少量でも、可能な限りの最高量でも、ポン菓子はお米の持ち主単位で製作される。
お米を入れてしばらく火力で熱量を上げていた。そしてハンドルのようなものをグルグル回していたような。頃合いを見て釜の先に金網で出来ている四角い筒を差し込み、釜の先についているとがった鉄の棒(釜の蓋を止めているものらしい)を鉄の棒で力いっぱい叩くと忍者が飛び出してくるような白い煙が吹き出し、大砲のような音がする。そして、さっき入れたお米がふっくらと一気に網の筒の中に飛び出してくる。その「どっかーん」の音は耳をふさぐほど、しかし誰もが今か今かとこの音を待ち、わくわくとしあわせな顔をしていた。
白砂糖やザラメなどを加えて甘くベタベタした「ポン菓子」も出来た。甘いのも美味しかったけれど私はお米が10倍くらいに膨らんだ素のものが大好きだった。
昔はポリエチレンなどないから和紙の袋(イリコを入れる袋かな)に入れてブリキのカンカンにしまっていた。しかしパリッと保存するのは難しかった。シナシナしたポン菓子は台無しだからせっせと食べた。最後に膨れ損ねた焦げた米も美味しかった気がする。
ドカ〜ンが校庭で鳴り響くのをもう一度聞いてみたい。村の人たちがいっぱい寄ってくる光景も・・・・。

この校庭でドカ〜ン




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早稲田現代文芸研究

2012年04月26日 00時04分56秒 | 日々の暮らし
私には縁のない分野の専門家の雑誌のお話です。
趣味の習い事のお教室で知り合ったUさんは、私と出会ったことがきっかけとなり、昨年小豆島に三度もお出かけになりました。一度目はお友達と、二度目はご夫妻で。二度目は夏の暑い盛りでした。三度目は一人で分教場で父の写真展を観るためでした。
夏に夫妻で出かけると聞いた時には
「そんな暑い時に行かなくても。それにお盆で混んでるし」
と、いう私に
「今年は大学の夏休みがいつもの年とは違うから、夫の休みの都合でね。春に私が小豆島に行って、よかった、いいところ、とあんまり言ったものだから火がついて、どうしても行くって。夫が、国内でこんなに行きたいと言った場所は今までないから、私もその気になったのよ」
そして、私の知人を紹介、そのまた友達やら町の物知りの面々が小豆島で迎えてくれることになったのです。
早稲田大学文学学術院教授梅宮創造先生がそのご主人様。英文学者、ディッケンズなど19世紀のイギリス文学がご専門。
ここからが本題です。タイトルの「早稲田現代文芸研究」という早稲田文芸・ジャーナリズム学会発行の雑誌に、この時の小豆島を書いたエッセイ「島の巨石」が掲載されています。

早朝からうるさく鳴く蝉に起こされて、三泊四日の小豆島の夏が始まるのですが、ご夫妻で貸自転車を借りて暑い暑い小豆島を走り回るのです。小豆島で亡くなった尾崎放哉のいた寺を目指したり、我母校「田浦分校」「醤油屋さん」大阪城の石垣などに使われた石を切り出した山にまで出かけて行ったことが、実に軽快に、ほんとにその通りと思う語り口で綴られていました。
全部そのままここにコピーしたいのですが、それはできませんね。

なんとエッセイの中に、鈴木展子著「岬の分校と小さな村の物語」までご紹介下さっているのです。
実は、私はそれをここにご報告したかったという事です。
この雑誌は私は頂きましたのでお読みになりたい方は、ご連絡ください。

早稲田現代文芸研究

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