ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

みるみる IN 隠岐 「みて、考えて、話そ~~や」イベントのお知らせ!!

2016-07-14 21:11:09 | 対話型鑑賞


興味のある方は、どんどんお問い合わせください!!ご参加ください!!

ただし、宿泊については各自で手配願います!!

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

佐々木信平氏の美術展での対話型鑑賞会のレポートが到着しました!!

2016-07-11 20:52:58 | 対話型鑑賞


浜田市世界こども美術館で昨日まで開催されていた「佐々木信平とその仲間たち」展で行った対話型鑑賞会の振り返りのレポートが澄川会員から届きましたので、UPします。

はじめに
 本会でナビゲーターを務めるのは実に1年ぶりである。この活動は、鑑賞者の発言によって成り立つ時間である反面、それをどのようにつなげ、組み立て、深く「みて」いくことができるよう手立てを講じるといったナビの技量も大いに問われる。作品とじっくり向き合う時間は鑑賞者にとってたった1度の機会かもしれない。そう考えると「1年ぶりだから」というのは単なる言い訳でしかない。少しの緊張と鑑賞者の発言に胸躍った30分弱の時間となった。
作品について
 鑑賞作品は、佐々木信平「球をもつ少女」(1977)である。画面には、女性とモデム(おそらく自画像であろう)が卓球をしていると窺える姿が描かれ、中央に台の向こうに白い服を着た少女が立っており、両の手には壊れそうなものを大事に扱うように白い玉が描かれている。女性と少女は無表情のようにも見える。また、宙に浮いた白い玉からは動きを感じない。描かれた3人(?)は家族なのか、なぜこのような場面なのか、画面から受ける静けさ、温かさ・・・多くの想像をかきたてる作品である。
対話の実際       
「真ん中に白いワンピースを着た少女がいる」
「卓球をしている不思議な空間が描かれている。人間とロボットのような。不思議な世界。」
「真ん中から描いているからネットの部分は見えないが、真ん中にあるのは卓球をするときのネットだと思う」「真ん中の白い女性は清い聖なるものに見える。顔も、なんか、キリストの顔に見えてきて。」
「片方は人間で、片方はロボット。邪悪な世の中、汚れた世の中に清純な人が中央に立っていて(略)争ったりせず自然に生きなさいよ、と教えているのではないかと思う。」
 鑑賞者は本会のリピーターが多く占めた。そのためか、上述のように、最初から描かれているものだけでなくそれを基にどう考えたのかといった発言が見られた。発言は進んだが、ナビとしては適宜確認が必要だったかもしれない。
様々な価値があり、見方がある。それをどう組み立てるか・・・!
 鑑賞者で意見が分かれることがある。例えば以下のような対話があった。
「(略)1974年に東京ビエンナーレがあって、スーパーリアリズムやハイパーリアリズムが紹介されている。その影響を受けて、なんか、こういう、具象を描き出したんじゃないかと。何も感じさせないような絵に見えませんけれども、何かを感じさせたいという気なんか、こういう、具象を描き出したんじゃないかと。何も感じさせないような絵に見えませんけれども、何かを感じさせたいという気持ちを持っている人なんでしょうか、そんなことからリアリズムを行ったような気がして・・・。この絵から何かを探るっているのはできないんじゃないかと。」
「なるほど。具象的なもの、見えているものをそのまま写すという絵なんだけれども、すごく抽象度の高い絵なんじゃないかなとおっしゃっていただいたと思います。この絵から、何かを感じさせたいと思っていないんじゃないかな、作家は。ということでした。他には?」
「私はこの絵からすごくいろんな物語を感じるんですけれども・・・。と言うのは、すごく抽象的で、何かのメタファー(隠喩・暗喩)なんじゃないかと思うものがたくさんあるんですよ。例えば卓球だけど座っていて本当のスポーツをしているわけじゃない。でも卓球で玉がやり取りされるってことを「対話のキャッチボールみたいな感じでこちらの主張を相手にぶつけて跳ね返す」という風に見るとすれば、あの真ん中の女の子も何か言いたいことがある、やり取りをしている二人に。言いたいことがあるんだけどもそれができずにいるんだ、という感じに見えます。」
 様々な価値があり見方があるから一人で見る以上の面白さがあると考える。時に、意見によっては相違があったとしても、双方の言いたいことの真意は同じだったりすることがある。表面的な事象ではなく真意をとらえる姿勢をもちたい。この二人の意見も全体につなげることでより深まったと感じ、そうならなかった進行に反省である。
必要な情報の与え方
 時としてその作品の情報(知識)をタイミングよく提供することが大事だと感じているが、与え方が悪いと発言が鎮静化してしまう。今回はまさにその「お手本(悪い意味で)」となってしまった。キャプション情報から左側に描かれたものをモデムと紹介し、それが作者を指すものであるという情報は、今回の作品を鑑賞しながら深める上で出てきたはずであったし、そうなるまでに様々な情報から多くを推察する過程があったであろうが、そのプロセスをなくしてしまった。
言葉のもつ意味
 画面には卓球をしている台が描かれている。鑑賞者はこれを「テーブル」と発言し、「テーブル」が使われている場所や環境等から他に見られる情報と関連付けて話す場面があった。だが、ナビとして「机」と言い換えてしまったため、その後波及されるであろう様々なイメージを広げることに繋がらなかった。「テーブル」と「机」。見ているものは同じだが、テーブルであれば家族が集う場の象徴としての意味があり、描かれた人物等との関係性、そこからイメージされるものと表情との矛盾など、多様な想像が生み出されたはずである。発言を捻じ曲げて全体に還してしまうことの怖さ、言葉のもつ意味を改めて考えさせられた。
ルールの提示はすべての鑑賞者を公平にする
 「手を挙げて指名する」というルールをはじめににお伝えしたが、見ていくと「話したい」という気持ちが先行していくのか、滔滔と思いを話す鑑賞者を優先してしまい、結果的に他の鑑賞者の意見を表出させる機会を設定できなかった。30分弱の時間を有意義なものにするためにも、ルールは大事にしたい。
 事後のアンケートからは満足群が多い一方で、そうでない鑑賞者も存在することがわかった。特に今回は欄外に不満足であることを書き示す鑑賞者もいたことも踏まえると、十分に対話の中で自分の見方が消化できなかったことや、上述した内容や、ナビゲーションの技量も不十分であったためだと推測される。
おわりに
 対話は創造的な活動だと思う。対話しながら新たな自分の価値を見出していくのだとすれば、その空間を生み出すきっかけ作りがナビの役目なのではないか。それができたかどうかといえば、なかなか首を縦にふることはできないが、私自身は「楽しい」時間になった。なぜか?あの作品と出会い、鑑賞者との対話を通してより別の見方が出来たからだろう。

参加している鑑賞者の鑑賞者間と対作品との対話がRICHなものになるかどうかはナビゲーター(ファシリテーター)の手腕にかかっています。今回の鑑賞会のナビは参観者に助けられた部分もあるので、振り返りにあることを次回の実践に反映させていけば、RICHな時間を提供することができるのではないかと思います。がんばりましょう!!
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

5月例会のレポートが届きました!!

2016-06-25 10:02:57 | 対話型鑑賞



遅くなりましたが、上坂さんからのレポートが届きましたのでご覧ください。

金谷さんのレポートにもあったように、本年度初日・後半ナビを担当しましたのでご報告します。
グラントワ コレクション展「花とともに」【展示室A】平成28年5月21日(土)後半13:30~
☆鑑賞作品 2点
 今尾景年《花鳥風月図》明治~大正時代 絹本着色、六曲一双  各156.0×349.5(cm)
竹内栖鳳《藤花蕣花群犬図》1898(明治31)年 紙本着色、六曲一双 各155.0×360.0(cm)
☆参加者   みるみるの会員5名、初めての参加者1名 
鑑賞会
ともに六曲一双で、左右に植物が描かれていて、二作品を見れば四季が揃う構成で展示されていると捉え、様式の比較から誰もがそれぞれの特徴を述べやすいと考えた。また、鑑賞作品を2点みることで、それぞれの特徴が際立つという展開は、以前、山﨑修二さんの静物画の鑑賞会においても分かったことで、自ずと比較してしまいたくなるはずだと想定し、鑑賞会の作品に選んだ。
しかし、結果的に、二つの作品をみる意図が鑑賞者に伝わらずにいたのは何故か。ナビである私自身が二つの作品を比較し「何がみえるか。」「そこから、どのようなことが推察できるか。」に対して、準備不足で鑑賞会を試み、ナビとしての機能を果たさなかったためだと考える。そもそも、鑑賞作品の面積が大きすぎるという作品選択のミスもあるのだが、ナビとしての肝心な言葉「何が見えますか。」「そこからどう思いますか。」「どこからそう思いますか。」という投げかけがないことで機能を発揮していなかった。ナビが鑑賞者の発言に耳を傾け、問い返し、小まとめして話題を焦点化していくことで奥行きのある鑑賞会となるが、その役割を果たしていないという点で「ナビして!」というツッコミが鑑賞会の途中で入れられたのは失態であった。自身のコメントで下手にかき混ぜずにいた方がいい、と無意識に判断したのだが、それでは研修にならない。
鑑賞会の後の振り返りにおいて「落ち着いてみることができなかった。」という感想もあった。相手あっての鑑賞会なので、鑑賞者にとって話したくなる雰囲気づくりや環境設定は、作品の選び方(作品の大きさや題材など)や鑑賞者の層などの条件も考慮して選ぶことも大切と提案をいただいた。
初参加の方もおられる中、よい鑑賞会にしようという温かい気持ちで皆さんが、次々に作品から推察できることを語り、鑑賞会としては素晴らしい時間となった。心から感謝。作品から根拠を示して推論を語ることに慣れたメンバーだからできたことであり、そうではない状況でも豊かな展開にできるようナビの力量をあげることが研修の目的ではないかと、改めて学ぶ姿勢を問われる経験となった。
美術館でナビを務める際には「美術愛好者の一人」として共に作品の魅力を探る姿勢で臨むが、予め展開を想定することで中立性を保つことが困難になるのではという懸念もある。ナビ役のファシリテーターとしての中立性を保つことと、作品鑑賞を充実した展開にするために話題を焦点化することを両立させる具体策を明確に見出せず、鑑賞者からの発言から自ずと生じる展開を期待することが多い。しかし、やはり、プレ・ナビを試みることで話題の方向性を具体的に想定しやすく、初見よりも深く作品と対峙することができるので、ナビ役を務める際には、忘れてはならないステップだったと認識を改める。他にも問題点が幾つか。  
ナビとしての効果的・機能的な発言とはどのようなことか、という問題点からレポートを試みたい。
今尾景年《花鳥風月図》鑑賞の終盤、「背景が金箔で彩られ、鴨や鶏などのつがいの鳥たちが描かれていることから、おめでたい席に飾られた可能性が考えられる。」と発言があり、続いて「繁栄が永遠に続きますようにという願いが込められているよう。」との推察もいただいた。鑑賞者のなかでも納得の共通理解が図られた局面で、感銘を受けた。本来ならばナビとして「鳥や草木に注目してきましたが、背景の効果についても、考えてみましょう。」などと鑑賞者の思考を促す発言が求められていたのだが、鑑賞者の発言で補われた一場面。
さて、竹内栖鳳の《藤花蕣花群犬図》の前に移動。最初とは別の人に指名して発言を求め、「右隻と
左隻、同じ仔犬たちが描かれているのでは。」という回答を得たのを機に「どこから、そのように思いますか。」と問い詰めた感がある。ユニークな着眼点に感謝!と喜色溢れるナビの問いかけだったが、発言者一人に何度も重ねて問うのではなく、「今の意見と同じように感じられた方、いらっしゃいませんか。」と広く問い、ワンクッションおいた後に、最初の発言者に再度問うことで念入りに真意を聴くことができるのかもしれない。重ねて問うことでマンツーマンの問答を固定化させてしまうと、不慣れな鑑賞者は気軽に発言しにくい場合もあると考えられる。
「右隻と左隻、同じ仔犬たちが描かれているように見える。」という発言から仔犬に注目が集まり、他の鑑賞者から「飼い主に可愛がられている仔犬たち。」と発言があり、根拠を問うと「描かれているのは野生の藤ではなく、藤棚のある広々とした庭。」と背景の植物を根拠に述べられた。しばらくして、ある鑑賞者から「右隻の藤が淡く描かれているのに対し、左隻の朝顔の鮮やかさについて考えてみたいのですが。」という問題提起があった。ナビとしての機能性を発揮しない私の運営にしびれをきらし、思考を促す問いかけを全体にもたらそうと試みられた助け舟であったことは、後の反省会でも控えめに語られたことだったが、それにしても二作品を比較せずとも、《藤花蕣花群犬図》の左隻右隻の比較で話題展開は深まったという事実に愕然。鑑賞者の問いが局面となり、それまで語られた話題が繋がった。
鑑賞者からの問題提起「右隻の藤が淡く描かれているのに対して、左隻の朝顔の鮮やかさについて。」に関し、他の鑑賞者から「藤の色が淡く、朝顔は鮮明なのは時の移り変わりの表れ。それなのに、仔犬たちは成長していない。それは何故か。季節は巡るけれども、いつまでもかわいいままでいてほしいという願いが託されているのでは。」と、作品全体に及ぶ推察が述べられた。その後、再び、作品の詳細に視点がうつり、「蝶々を追う仔犬がいるが、蝶は黄泉の国からの使者を象徴することから何かを暗示しているのでは。例えば、幼くして亡くなってしまった誰かを象徴しているのかもしれない。」とまた別の鑑賞者から異なる視点で述べられ、非常に奥行のある展開となった。ナビとしてというより「鑑賞者の一人」として素晴らしく得難い時間に立ちあえたという満足感のある鑑賞会。心から、ありがとうございました。
さて反省をまとめると、以前、プレ・ナビを行ったうえで臨んだナビでは、「小まとめ」や言い換え(パラフレーズ)が円滑に行えた経験からも、プレ・ナビは私に不可欠の事前準備といえる。その他の気づきとして、初めて参加される方がお一人という状況のなか「しばらくご覧ください。」と述べたものの、「今日は指名制にしましょう。」と唐突に初参加の方に発言を求め、最初に「みる・かんがえる・はなす・きく」のサイクルについてアナウンスもせずに始めてしまったことなど、あまりに不親切。「発言は挙手をしてナビからの指名の後でお願いします。」という案内もなく、暗黙の了解事項として扱った不手際はナビの立場からの発言ポイントを失点。機能的なナビの発言について再考し、後日、自分のためのワークシートを作成してみたので、今後に生かしたい。
また、対話による鑑賞会に参加し、発言はせずとも、作品を前になされる対話を聴くことで、考えが構築される面白さも味わった。そのことから、発話はせずとも思考する生徒の評価についてや、文字を残さない少数民族や文献の少ない古い絵の価値や魅力を推察する力を養うアプローチについてなど再考したいテーマも得られた。多くの考えるヒントをいただき、貴重な研修となった。後日、二点の六曲一双の屏風全体をみるには随分な距離と空間を要すると再認識し、日頃から修養を積む必要性を感じた。

 ナビの力量には個人差があります。特にわたしたちみるみるの会では、VTSJを受講した者とそうでない者では理論を踏まえているかそうでないかの差があります。その差はVTSJの受講者が折に触れて理論を伝えることで解消したいと思っていますが、後はVTSの日本語訳版を熟読するなどの個人の努力も必要と思います。ナビは一朝一夕でなるものではないし、完成型はないと思うので、日々精進です。
 私は対話型鑑賞のナビはジャズセッションのようなものだと思っています。リアルなライブです。鑑賞者の投げた言葉にその場で最適な投げ返し(反応)ができ、対話がRICHに展開できるか!それがナビの醍醐味です。その面白さにハマれるナビをめざしてみるみるメンバー全員で取り組んでいきたいと思います。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「佐々木信平とその仲間たち」展にあわせて対話型鑑賞会を開催しました

2016-06-19 11:57:27 | 対話型鑑賞


みるみるの会の今年度2回目の例会は浜田市世界こども美術館で開催されている「佐々木信平とその仲間たち」展にあわせて開催しました。
鑑賞会に先立って安来市加納美術館館長の神氏の講演も行われました。
鑑賞会には講演会聴講者を含め、常連さんの参加もあって多数の鑑賞者で対話が弾みました。
ナビは1作品目が澄川さん。2作品目が藤野さんでした。
佐々木氏の作品は精緻な描写表現の中にも深く意味を問うようなものが多く、みるものに問いを投げかける対話型鑑賞にはとてもふさわしいと感じました。
また、詳細なレポートはナビ担当者から届くと思います。
遅くなっています前回のナビレポートも近日中にアップできると思いますので、ともどもお楽しみにお待ちください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今年度初のみるみるの会のレポートです!!

2016-05-29 14:24:10 | 対話型鑑賞


みるみるの金谷です。5月21日に益田市のグラントワにある石見美術館にて、平成28年度第1回目の鑑賞会をしました。展示室Aコレクション展「花とともに」の作品を、廣田さんと上坂さんがナビゲートしました。
廣田さんは、松本楓湖の「和装西洋婦人像」と森村泰昌の「ビビアン・リーとしての私」の2作品で対話をしました。廣田さんによる、鑑賞者の意見の伝え返しも絶妙で、2つの作品の共通点や相違点から日本文化の在り方にまで話がすすみ、かなりリッチな時間となりました。特にこのナビが秀逸だったのは、松本氏の作品を鑑賞後、森村氏の作品を鑑賞して終わるのが通常なのですが、もう一度松本氏の作品に戻って作品鑑賞を行ったことです。松本氏の作品を最初鑑賞したときにモヤモヤした感じがあったのですが、森村氏の作品を鑑賞後、再度鑑賞することでそのモヤモヤ感がすっきりした感じとなって鑑賞を終えることができたように感じました。これは、森村作品鑑賞後もう一度松本氏の作品を鑑賞するからこそ得られたものなので、型にこだわらず、鑑賞者の様子からもう一度最初の作品を鑑賞するという柔軟なナビの対応があったからこそで、そのことが2作品とも深まりのある鑑賞になり、鑑賞者も豊かな会話を愉しむことができたのではないかと思います。この、ナビのあり方については、廣田さんからのレポートを待ちたいと思います。
さて、2人目のナビは上坂さんでした。
上坂さんは、今尾景年の「花鳥図屏風」と竹内栖鳳の「藤花蕣花群犬図屏風」のダブル屏風絵でのナビに挑戦!2作品目の竹内栖鳳が描く「藤花蕣花群犬図屏風」は愛くるしい子犬の表情やしぐさに目が釘付けになってしまうのですが、実は屏風の両端に描かれた「花」があってこその作品だということに、今回の対話を通して気づくことができました。この作品をみる時には、ぜひ「藤花蕣花」にも注目してくださいね。
複数の作品をみることの面白さや奥深さに改めて気づくとともに、作品の選び方やナビのスタンスについても再考することができた、濃い鑑賞会でした。
今回のナビをした二人から届くレポートを、どうぞお楽しみに!

今回の鑑賞会の会場である石見美術館では、企画展「マリメッコ展-デザイン、ファブリック、ライフスタイル」(~7月11日)が大盛況となっています。石見美術館に来館された際には、ぜひ展示室Aにも、足を運んでくださいね(コレクション展「花とともに」は6月13日まで)。

みるみるの会の6月の鑑賞会は、6月18日(土)15:30~浜田市世界こども美術館で予定しています。同日14:00~は、特別展「佐々木新平とその仲間たち」展の講演もあります。6月18日は、浜田市世界こども美術館へGO!お待ちしておりますよ。
金谷レポートに春日が一部加筆修正しました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加