ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

「みるみると見てみる?」第7弾レポートです!(2017,2,26開催)

2017-03-12 23:53:55 | 対話型鑑賞
あなたはどう見る?よく見て話そう美術について 関連イベント「みるみると見てみる?」レポート
2017/2/26開催
ナビゲーター:津室和彦
「エイジ・オブ・エレガンス」うち3点
 アーウィン・ブルーメンフェルド 1984年プリント
参加者12名


【ナビとしての反省点】
①3点中右の作品については,中の作品との関連で一人が触れただけでしたが,ナビが,「3点をまとめて・・・」とひとくくりにしてしまったため,この1点に絞ったトークをせずに終えてしまいました。大きな反省点です。時計を持っていなかったため,タイムマネジメントも感覚頼りになってしまいました。初歩的なミスです。

②3点の中のどれが今現在話題になっているのか,また,「共通点について話す」場面なのか,など鑑賞者が発言について迷う場面があったとの指摘をいただきました。その場その場で,ナビが鑑賞者の視点・論点が定まるように交通整理する必要がありました。たとえば,「今度は,右の作品について話してみましょう。」「3点を比べながらみてみましょう。」などきちんとアナウンスして,その局面を作り出せば鑑賞者はもっと安心して話せ,話し合いも深まったはずでした。

③後半,拙速に「違和感・トリック感」があるということでまとめてしまいましたが,その「違和感・トリック感」そのものについて話し合い,深めるべきでした。また,早い段階でこの感覚を共通理解し,そこについて話し始めることができると,違った展開になったかもしれません。

④明らかによみ違っていると思われる発言に対しては,聞き返せばよかったです。右の作品での「男性の顔」という発言について,ナビが「どの部分が男ですか」と聞き返せばよかったです。発言者本人へしっかり見直すことを促すことになるのはもちろん,他の鑑賞者へも同様の効果や発言への動機づけとなったと思われるからです。また,別の方法として,作品のタイトル等の情報を開示することもあってよいかもしれません。「キュビズムで表現された紫のヌード」という情報を示すことで,すっきり解決しただろうと思われます。

【作品選択とナビとしての構え】
◯本展覧会でまだ取り上げられていない作品で,自身もあまり経験がないジャンルということで,この写真作品を選択しました。フォトモンタージュやソラリゼーションなどの写真技法も駆使し,ファッション雑誌に掲載される写真を多く撮った作家の作品です。
◯心がけたことは,短く言い換えること,言い換えや小まとめが妥当なのか鑑賞者に確認することでした。
◯3点が固めて展示してあることから,最終的には3点セットで見ていこうと考えていました。
◯参加者に問うてスタートの1点の要望が出ないようであれば,顔が大写しで印象的な左の作品から導入しようという腹づもりでした。図らずも,展示室に入ってきた親子連れの父親が「あっ。顔が割れてるよ。」と子どもに話している姿を見たので,やはり目を引くのだとわかり,この作品から入っていきました。


【トークの大まかな流れ】
◯視線の定まらない目や顔の中心を縦にはしる黒い影,長い眉毛が話題となりました。
◯自然と中の作品に話題が移りました。一見人物が3人並んでいるようだがというところを切り口に,様々な意見が出ました。右ふたつが同じで,左端のものだけ違う。陰の濃さが違うから,3つとも違う。身体が縦方向に見えるが,実は寝た状態の人物像を回転させて縦にしているのではないか。人物の大きさ(身体の長さ)が微妙に違う。指の具合や衣装にもよく見ると違いがある。ひとつの印画紙上に3回の撮影を重ねていった多重露光ではないか。などです。
◯3点中右の作品については,中の作品との関連で一人が触れただけでしたが,ナビが,「3点をまとめて・・・」とひとくくりにしてしまったため,この1点に絞ったトークをせずに終えてしまいました。
◯一般来館者の父親と姉妹(2年生と幼児)も参加して下さいました。2年生の女児も,2度挙手・発言をしました。中の作中の女性が同じ人物だが背が微妙に違うことに気づき,ポインティングしながら熱心に伝えようとする姿がとても嬉しかったです。大人に交じってのトークでしたが,アンケートにも楽しかった旨記述してありました。

【振り返りミーティングその他の話題】※みるみるメンバーからの意見
◯自分には,ナビとして言い換えるとき,時に発言に入っていないことまで言ってしまう癖があるがどうだろうか。→発言に入っていること以外を言ってはいけないとも思うけれども,ナビ自身も一鑑賞者として見方を言い換えに含めて伝えるということも有効かもしれない。
◯鑑賞者として留意すること。前発言者の言語のトリックに引っかからないこと。あくまでも作品に立ち返り,自分のみたことを自分の言葉で語っていくようにしたい。
また,ナビにもそれぞれの癖がある。例えば,作家の心情に迫りたい人・色に惹かれる人・構成に惹かれる人・・・など。ここでも,癖があるからこそきちんと作品に立ち返り,言葉で伝え合うことが大切になるのではないか。
◯人口の5パーセントが関心を持っていたら、その町の文化度は高いと言える。逆に関心の薄い人に関心を持たせるのには何かの戦略が必要。引き寄せて考えると,ナビとして,どうはたらきかけ盛り上げるかにも通じるのではないか。




2016年度のみるみるの会の活動(鑑賞会)は、この「みるみると見てみる?」で一区切りとなります。
2017年度は、5月から鑑賞会を予定しております。日程等決まり次第、このブログでお知らせする予定です。
新年度も、みるみるの会をよろしくお願いいたします。
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「みるみると見てみる?」レポート第6弾です!(2017,2,11開催)

2017-03-05 22:18:54 | 対話型鑑賞
島根県立石見美術館グラントワ 「あなたはどう見る?-よく見て話そう美術について-」
2月11日(土) ナビゲーター:正田 裕子

1作品 ロベルト・ボンフィス 『ガゼット・デュ・ボン・トン』より
    花で囲まれた美しい場所 午後のドレスとマントー 技法・材質ポショワール版画・紙
2作品 マーティン・ムンカッチ ニューヨーク万国博覧会『ハーパース・バザー』
    1938年9月号 技法・材質ゼラチン・シルヴァー・プリント


自評
・対話による鑑賞に慣れている鑑賞者が多く積極的な発言があった。貴重な意見を沢山聞かせていただく機会となった。
・言い換えの語彙が少なく、鑑賞者の発言の内容を上手くくみ取れていなかったのではないかと思う場面が複数回あった。
・作者に関する情報や作品の発表媒体の情報を事前に確認できていて良かった反面、作品の文字情報はもう少し正確に調べておく必要があると感じた。
・2作品を比較して鑑賞する計画でいたが、1作品目でなかなか切り上げるタイミングがつかめず、2作品目を見る時間が少なくなった。1作品目をもう少し早めに終るにはどうしたらよかったのか。
・作品が小品であったこともあるが、自分自身を含めポインティングをする時の位置や作品との距離をもう少しとるべきだった。

振り返りより
・2作品をシークエンスで鑑賞し対比させて見せる意図があった中で、ナビの立ち位置が両作品の間に立っていたことにより、前半、後半の作品を対比して観ることができなかった。今後はナビの立ち位置を考えた方が良い。
・作品のポインティングについては、鑑賞者が作品に近づきすぎてしまうという危うい場面があった。鑑賞者が主体的に観る意識をもっていたから近づきすぎてしまったところはあった。作品保護の観点からも、鑑賞時を始める時に、話題にしている箇所の位置は口頭で伝えてもらうようにし、実際のポインティングはナビが細心の注意を払って行った方が良い。
・1作品目の時間配分については、発言が続いたのでそれほど長さは気にならなかった。
・一連の発言の流れの中で、前の話題と効果的に関連づけることができているところがあった。前に出た話題とつなげながらナビをしているところがあり、鑑賞者が要素などを関連づけて見たり考えたりするのに効果的だった。
・2作品を比較する意図あれば、「この2作品を比較してどう思われましたか?」と鑑賞者に問いかけても良かった。

全体を通して
 前回に、「予期しない話であればあるほど、その意見にのって、鑑賞者の視点や思いをきくとおもしろい。」というアドバイスがありました。今回は、その点を意識して対話を聴こうという姿勢でのぞみました。

 今回の鑑賞者は、みるみるの定例鑑賞会に参加してくださった方や対話による鑑賞を体験されたことがある方ばかりでした。この鑑賞スタイルに慣れている皆さんとはいえ、ここは一期一会。今回、選んだ2作品をどうみていくようになるのか、自分に無い視点を心待ちにしながら鑑賞を始めました。

 ロベルト・ボンフィスの版画によるファッション画は、色鮮やかで軽やかなアフタヌーンドレスを着た3人の女性が、ジャングルを思わせるような木々や植物があつらえてある明るい室内の空間を、2階から1階へと回り階段をおりてくる様子で表現されている作品でした。最初は、上記のような場の様子や女性達が何をしているのかということが話題の中心でした。そのうちに、この縦長の作品の縦半分の位置に水平方向の折り目があることが話題となり、この折り目は「雑誌の付録である小冊子の折り目ではないか。」という発言が出てきたのです。あらためてこの小品に近づき、発言の折り目を確かめる方もいました。根拠としては、手描きではないこの作品は、目的をもった出版物ではないかという発言となりました。出版物であるからには、何か目的をもっている物であろうと考え、ナビも「どんな雑誌の付録だと思いますか。」と聞いてみました。

 そこから、「3人の女性の顔がはっきりと表現されていないことから、ファッションを見せるためのものであろう。」という発言を皮切りに、画面の周囲にある「暗く影を射している植物に対して、女性3人が降りてくる空間は明るく自然と女性の姿に目が行く」など、複数の方からのそれぞれ、意図的に女性のファッションに注目が集まる仕組みがなされていることから、ファッション雑誌ではないかという根拠が続いて発言されました。光と影の表現から、明るさを表す空間の形が二等辺三角形の形で、その頂点の位置に描かれている女性に目が行く構図になっているという発言もありました。2階から1階までの距離感などもかなりの遠近感を持って表現され、小品ながら、表現されている空間は奥行きもあり、劇的な空間となっているという点にまで話が広がりました。

 まだまだ、発言をしたい方もありましたが、続いて、同じく女性を主人公にした2作品目をみることにしました。1作品目で30分もの時間を費やしてしまい、迷いましたが、2作品目をみることで新たな気づきと出会っていただけるものと、10分を目安に続けることにしました。
 
2作品目のゼラチン・シルヴァープリントもB3判程度の小品でした。作品の大きさに対して一人の女性がかなり小さく写され、何かの建物の空間に立ってポーズをとっています。鑑賞者から、まず、「写されている建物がコンクリートでできているように見える。1作品目は女性の周りに植物があったけれど、女性以外の物が見えず無機質な感じがする。」と言う発言からスタートしました。「コンクリートの壁面以外には情報がほとんど無く、その女性がどのような所にいるのか分からない。」と言う発言もありました。構図上、女性がいる建物の壁面は、右下から左上にそびえ立つように撮影されています。そんな作品の様子から、さらに「女性自身はまっすぐ立ちながらも、建物が左斜めに写されていることから、女性自身も画面に対して左斜めになるように写されていて不安定な感じがする。」「女性の足先が見えないくらい高い場所でありながらベランダのような柵も無く、通常の建築物には見えず、危ない感じがする。」といった、見えることからの印象が無機質→不安定→危険な感じと広がっていきました。「女性の足が見えないことも不安定な要素とも言えるのでしょうか。」とナビは前述の意見とも関連づけていきました。続いて「女性がいる空間の奥の壁面も反り返っているようにも見えて、どんなところなのか分かりにくい。」といった撮影された空間がどんな目的をもつ所なのか疑問を解くことで、この作品の意図を探ろうとする対話の流れになっていきました。

 1作品目とは異なり、人工のコンクリートの材質の壁以外に、女性の足元数メートルは下かと思われるところに建材の石膏ボードのようなものが見えるものの、「ここはどこ?」「何のために女性は立っているの?」「なぜ斜めの構図で撮影されているの?」と鑑賞者の中で疑問が次から次へと浮かぶ様子でした。

 そこに、ある方から「不安定に見えるが、(右腕を自身の腰におき、左腕を帽子をかぶった頭部の上に当てて立つその姿から、)それぞれ右肩から右バストにかけての影と、また左肘から帽子をかぶった頭頂部へのラインが女性の体幹(壁面と平行)に対して交差するように見えることから安定感を感じる。」という、今までの発言とは真逆の発言がありました。「そこからどう思われますか?」と問いかけると「この不安定な状況の中で女性はしっかりと立っているように感じる」という内容の発言がありました。それに対して、1938年という撮影年代はふせながらも、「不安定な環境や時代に対しても、そこで女性がしっかりと生きている様子を表しているのでしょうか。」と言い換えをしていきました。

 構図や女性が立っている状況などから、不安定さを感じさせる作品だが、女性のポーズからは周りの状況とは真逆の安定感を表しているとの対話で締めくくりました。

 1作品目の女性像とは異なり、2作品目の女性の姿からは、モデルである要素以外にもその女性の内面や生き様までも表現しようとしたのではないかと思います。そのような意図に近づくためにも、どういうナビをすればよかったのか、課題が残りました。今回のナビを通して、私自身は、これら2作品をシークエンス(連続・ひとかたまり)でみるおもしろさを感じる機会となりました。しかし、鑑賞者の皆さんによりリッチな時間を過ごしていただくために、何ができたのかさらに考えていきたいと思いました。

 鑑賞者の皆さんのそれぞれの意見のおかげで、楽しく貴重な時間をすごすことができました。それに甘えず、自分の課題にまだまだ精進していきたいと思います。鑑賞者の皆さん、関係者の皆さん、ありがとうございました。
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愛媛県美術館での教員対象ナビゲーター・トレーニングのレポートです!(2017、1、29開催)

2017-02-26 22:33:45 | 対話型鑑賞
愛媛県美術館・博物館・小中学校協働による人材育成事業②
教員対象ナビゲーター・トレーニング(第5回)レポート
Art Communication in Shimane みるみるの会 房野伸枝
日時:2017.1.29 
場所:愛媛県美術館 

 みるみる代表の春日さんが指導・助言者として、会員の金谷さんが実践発表者として関わってこられたこの事業に、私、房野は初めて参加することができました。ずっと気になっていたこのプロジェクト…京都造形芸術大学でVTSJに一緒に参加した愛媛県美術館の鈴木さんが立ち上げたこともあり、同志が頑張っておられるのを応援したい気持ちも相まって、期待いっぱいで瀬戸内海を渡ったのでした。

レクチャー「対話型鑑賞の実践を みる・考える・話す・聴く」

 午前中は、京都造形芸術大学・教授 福のり子先生の講演でした。プロジェクターに映し出された演題には「生き延びるために」とあり、この対話型鑑賞の教育手段が、まさに私たちの「生きる力」に直結するものだという気概を感じました。最近話題になった例を紹介しながら、なぜ、「対話力」が生きのびるためのキーワードなのか、をお話しされました。(以下、太ゴシック体は福先生の講演より抜粋・要約です。)

〇「東ロボくん(AI=人工頭脳)は東大に合格できるか?」というプロジェクトについて
 これはAIが難関大学に合格できるほどの能力を発揮できるか、という国立情報学研究所教授・新井紀子氏の研究です。結論として東ロボくんは「私立大学には合格できるが、東大には合格できない」のだそうです。なぜならAIは多くの情報を検索したり、決まった答えを導き出したりすることが得意で、それらに関しては人よりも遥かに優れているものの、「意味を考える問題」は苦手だから。また、問題文の中に、人ならすぐに理解できるような「曖昧だけれど、その意味を想像し、即座に理解しなければならない言葉」に、AIはお手上げ。素早く計算し、情報を検索できても、想像力を必要とする問題はクリアできないそうです。


また、福先生曰く、
・AIはおもしろい答えはできない。「おもしろさ」の基準は人それぞれだから。
 「雪が解けたら、なんになる?」当然、「水になる」が科学的には正解ですが、「春になる」と答えたら、それはそれで素敵じゃないですか!
・モネの「睡蓮」の絵を見て、「カエルがいっぱい!人が近づいて、カエルが一斉に池に飛び込んだ波紋がいっぱいある!」と答えた子供の想像力の豊かなこと。
どうやら、私たちがAIを凌ぐポイントは「意味を考えつつ、想像力を働かせる」ことのようです。

〇「動物園で飼われている象と、野生の象の平均寿命は?」
 このクイズを会場に問われ、様々な年齢とその理由が答えられました。野生の象は生きのびるのに大変そうだから、当然、動物園の象が長生きかと思いきや、動物園の象は17年、野生の象は56年なんだそうです!その理由として
・動物園の象…安全だが、ストレスフル。自分で考えて生きる必要がない。
・野生の象 …混沌として大変な環境でも、自分でフルに考えて努力している。 


 長生きの秘訣は、自分で考え、工夫して生きることだということなのでしょう。

〇「会話」「対話」「ディベート」…どれも言葉のやり取りですが、「会話」はできても「対話」ができないと、新しいものは生まれない。「対話」とは「異なる意見や価値観を持った人たちと出会うことで、その場でしか生まれない新たな価値を作る協働作業」なのだそうです。

なるほど、なるほど!!「対話」の定義を聞いて、「対話型鑑賞」の意味も、その教育的な効果も同じだということが納得できました。対話型鑑賞では、同じ作品でも違うメンバーと鑑賞すると違う展開があり、新しい発見があるので、何度でも楽しむことができ、自分の価値観を広げることができます。それは会話でもなく、ディベートでもなく「対話」だからこその醍醐味なのですね。

〇作品を鑑賞することでどんな力がつくのか?
① 正解のない問いに取り組む力=考える力
② 知的探求心が刺激される
③ 目的意識を持った観察力
④ 創造的解釈➡奥深い意味を読み解く
⑤ 体系的に論理的にみる
⑥ 言語能力
⑦ コミュニケーションの基礎となる
作品の不可解な箇所は自分と異なる他者の感情や価値観が描きこまれている。それを知ろうとするとき、そこには他者を理解したい気持ちの芽生えがあり、これこそが
コミュニケーションである。


以上のことは、文科省の言う「思考力・判断力・表現力」に合致するものであり、私たち教員が子どもたちにつけたい力です。それを鑑賞で育むことができるのなら、実践しない手はないでしょう!

 福先生の講演は、何度聞いても目からウロコが何枚も落ちてワクワクさせられます。アート(Art)の語源はアルス(Ars)で、それは「生きる術」を意味するとか。福先生のお話は「この先の見えない混沌とした時代を、力強く生き抜いていく子どもを育てていってほしい」と、教育現場で対話型鑑賞に取り組む私たちの背中を押してくれるように感じました。次の学習指導要領ではアクティブ・ラーニングがキーワードになっていますが、これに「対話力」は欠かせないスキルです。「主体的・対話的な深い学び」を教育現場に展開していくことで、「生きぬく力」を育みたい、そう思いました。

ワークショップ「評価」について考えよう
 
午後からの<鑑賞の評価>については、小学校、中学校、美術館・博物館に分かれ、私は中学校の協議に参加しました。メンバーの皆さんの鑑賞の評価に対しての基準や、具体的に、何によってどのように評価するのかが多様であるがゆえに、まずはその情報の共有をするということから始めました。その中から、“B”評価をどのようにするか、に焦点を当てていきました。「鑑賞の評価は難しい」という声をよく聴きますが、各自が考えるB評価の基準を付箋に書いて模造紙に貼ってみると、「自分なりに考えたことを、発表したり、書いたりしている」という共通項がはっきり見えてきました。午前中の講演でも取り上げられていた「自分で考えて」という基準はどの先生も外せないキーワードだととらえています。時間が限られていたので、全てを協議することはかないませんでしたが、まずはここから。こうして、多くのメンバーで「対話」することで、より新たな価値を見出す一歩となっていると感じました。


愛媛県の小中学校の先生方の実践発表
(実践の内容についてはみるみる代表の春日さんのレポートに詳しいので、ぜひそちらをご覧ください!)
愛媛県で対話を取り入れた授業実践を次々に展開されていることがわかりました。中学校では美術の鑑賞で、小学校では図工美術以外にも社会科での実践報告があり、大変興味深く聞かせていただきました。図工・美術という教科を超えたこれからの授業展開の可能性を感じました。


 各自が手探り状態で模索しつつ、仲間との対話で、大事なものを見出し、積み上げ、広げていく。私たちみるみるのメンバーが島根県で6年前から現在までずっと続けていることでもあります。「対話」はもちろん一人ではできません。この研修そのものが、仲間と対話を通して切磋琢磨する場となっています。愛媛県でも愛媛県美術館を起点として対話型鑑賞の教育実践の輪が広がっていくのを感じます。志を同じくする者としてエールを送りながら、私たちも共に学ぼう!そう決意を強くすることができた研修でした。この出会いに感謝しています。皆さま、本当にありがとうございました。
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愛媛の先生の授業を参観してきました!!その3(中学校 美術科②2016,11,21)

2017-02-19 09:34:55 | 対話型鑑賞
愛媛県で取り組んでいる事業に、みるみるの会も協力しています。
愛媛の先生方の授業を参観したレポート(その3)をお届けします!



平成28年度地域の核となる美術館・博物館支援事業
児童・生徒の「思考力」を育むファシリテーター育成事業

「庶民の絵画~浮世絵を味わおう~(神奈川沖浪裏 葛飾北斎)」
1年1組 三好研太教諭 美術科(鑑賞)レポート
2016年11月21日(月)14:55~15:45 宇和島市立吉田中学校 美術室

島根県出雲市立浜山中学校 教頭 春日美由紀
(愛媛県美術館・博物館・小中学校共働による人材育成事業②参与観察調査者)


 高原が広がり、放牧も行っている山間部の西予市から午後は一転、海辺の学校へ。私が生まれ育った瀬戸内海とは違い、見渡せども長い砂浜を目にすることはなく、海に落ち込むような断崖が続くリアス式海岸の内海は穏やかで湖のようでした。またその断崖に段々状に開墾されたミカン畑にはオレンジ色のミカンがたわわに実っていました。
 山の子には山の子の「感じ方」が海の子には海の子の「感じ方」があるのだろうなと思いながらそしてその違いにも期待しつつ吉田中学校の門をくぐりました。事実、野村中学校では高原で牧畜を営む家庭の生徒が「牛」を発見し、「どこからそう思ったのか?」と問われて「角があるし、耳の形から牛だと思った。」という生活体験に基づいた発言をしていたからです。

 5時間目の授業の最中に吉田中学校の玄関を入った私の目にまず飛び込んできたのが優勝旗やトロフィーの数の多さです。賞状もたくさん掲げられています。どうやら文武両道の学校のようです。校舎は歴史を感じさせる建物(ちょっと古い?)ですが、掃除が行き届き廊下はツルツルでした。図書室でしばし待機し、授業のある美術室に向かいました。入り口側にスクリーンが準備されプロジェクターで画像が投影できるようになっていました。5校時の終了のチャイムが鳴ってからしばらくすると三々五々生徒たちがやって来ました。1年生なのでちょっとにぎやかで元気です。私たちが教室の後ろにいてもあまり気にすることなくワイワイガヤガヤ楽しそうにしていました。
 
 さて、始業のチャイムが鳴りました。号令がかかるまでに少し時間がかかりましたが、三好先生は温和な方なのでしょう声を荒げることもなく、生徒の行動を見守っていました。そうして代表生徒の声に合わせてあいさつをして授業が始まりました。三好先生が、今日は鑑賞の授業をすることを伝え、作品をスクリーンに映しました。作品は葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》。この絵に関することで知っていることがあれば、と問いかけ、「浮世絵」「江戸時代にかかれた」「昔の日本人がかいた」など、生徒が知っている作品に関する情報を共有しました。この活動については賛否両論あるのかなと思いますが、今回は効果的だったと思います。しかし、その後、ワークシートが配布され「この作品をみて、みてわかることをプリントの1に書いてください。」という指示が出されたのには疑問を抱きました。ここで書かせる必要があったのか?「みる・考える・話す・聴く」の活動を主体としているので、「みた」ことを「話す」に単純に移せばよいのではないかと思うのです。書く時間が惜しいと感じます。実際、生徒たちは「話す」場面になると挙手してちゃんと「話す」ことができていたからです。作品は葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」です。今や日本人なら知らない人はいないのではないかというくらいにメジャーな作品です。でも、どんなに目にしたことがある作品だとしても、仲間と「話す」ことをとおして「みる」ことは初めての体験なのでどんな意見が出てくるのか楽しみでした。「波が立っている」「船が浮いている」「船の中の人が倒れている」などの意見が次々に出されました。ここで、残念だったのが「どこからそう思う?」の問いかけがなかったことです。ここで「どこから?」と問い、生徒が「どこからだろう?」と考えることで作品をもっとよくみることができていたならこの後の展開は少し違ったのではないかと思うからです。「船の中の人が倒れている」という発言の後、その部分を拡大して投影し、「どうして人は倒れているようにみえるのだろうか?何をしているのかな?自分で想像して2のところに書いてください。」と指示が出て、また書かせる時間に・・・。せっかく調子よく話し始めていたのに何で書かせるのかなあ?と残念な思いがよぎります。しかも、このことについて考えさせる意図が汲めません。「どうして?」と訊くのも、実際、人は疑問を感じた時に「どうして?」と尋ねるのが常と思いますが、ここでは「みる・考える・話す・聴く」活動をとおしてAL(アクティブラーニング)につながる「学び」を促進させることに狙いがあるのですから「どこから?」と問わねばなりません。しかも、「どこから」の方が、作品の中に根拠を求めるので、作品をよりよく「みる」ことにつながり、場所を示すので理解を得られやすいという利点があります。また、「どこ」と限定することで客観性も得られます。この「どこから」をどれだけ大切にして対話を積み上げていくかが肝要です。そこがスタートの時から弱かったので、この後の授業の展開をみていても作品を鑑賞している生徒たちをどこに連れて行こうとしているのかがみえにくかったように思います。
 
 「みる・考える・話す・聴く」ことを繰り返しながら作品をみていくのに、正しいゴールはありません。どんな解釈も保証されます。しかし、必然的にたどり着くところはあるように思います。三好先生はこの作品を生徒に鑑賞させることで、生徒に何を感じ、考えてほしいと思っているのかが理解できたのは授業後の研究協議の時でした。「この作品を鑑賞しようと思ったのはなぜですか?」と問うと三好先生は「今、デザインの勉強をしているので、この作品の構図の大胆さや写実性よりデザイン性を感じ取ってほしいと思って選びました。」と答えられました。それならば、それらが感じ取れるような「言葉かけ」を教師はナビとして行わなければならないのではないでしょうか。「波が立っている。」と話した時に「どこをみてそう思ったのか?」「その立っている様から何を思うか?」と「どこからそう思う?」と「そこからどう思う?」をつなげれば「波を表す白い線が垂直に描かれているので立っているようにみえる。」というこたえが返ってきたかもしれません。また、そこから「勢いを感じる。襲いかかっているみたいだ。」という解釈がうまれたかもしれません。波をよく「みる」ことを促せば、波頭の形状はどの波もよく似ていることに気づくでしょう。そこから「波頭」の形状は「類似している」つまり写実的というよりは「記号化」されたような「様式(デザイン性)」があることにも気づけたと思います。また、中盤に「波の奥にあるものは何か?」という問いかけを先生がされ、「波」「富士山」などと生徒はこたえました。この時に作品中にある文字情報に着目するように働きかけられましたが、ここではあまり時間を取らず「そうです。富士山です。」「ここに“富岳三十六景”と書かれていますね。富岳というのは富士山のことで、これは、葛飾北斎が富士山を題材に36枚の絵を描いたうちの1枚です。」と情報を提供したほうがあっさりします。そしてそこで「この富士山の大きさと、周囲の波をみて、何か考えられることはありませんか?」と促せば先生の狙いとするものに近づいていくことができたのではないかと思うのです。それは決して誘導ではありません。視点を焦点化(フォーカシング)してみることで作品のよさや価値に気づいていかせていくことは教育の現場で行われていることなので大切にしたいところです。でも、それはよく「みる」ことを繰り返し、発言をつなげていけば自ずと導かれていくことなのだということを信じて実践することだと思います。是澤先生の振り返りでも出ていましたが、生徒は信じてやれば「話す」存在です。そして教師も驚くような発言をします。だから、教師は生徒の力を信じてこの鑑賞を勇気をもって行ってほしいと思います。

 三好先生の振り返りの中で「生徒のよく見知った作品だったので難しかった」という話がありましたが、前述したように「みた」ことはあっても、みんなで「話し」て「みた」ことはないと思うので、気にせずやればよいと思います。今回の作品の場合は表現(デザイン)の学習にもつなげる意図があるわけですからよいと思います。また、1年生なので2年生になった時に受け取る教科書(日文)に原寸大のこの作品の複製が綴じ込まれていることも、後になって生徒に感動を与えることができるでしょう。また、ワークシートに書かせたことについては「評価につなげることができる」と話されました。「評価」を行うための資料を残すことは大切です。しかし、「いつ」「どんな場面で」「どんなふうに」行うかを考えることが大切ではないでしょうか。この鑑賞は「話す」ことを主体にしているのですから「話せる」場を設定しなければならないし、50分の限られた授業時間の中でどれだけ「対話」できるかが重要です。「話し合う」時間の確保に力点を置いてほしいと思います。書いている時間がもったいないです。私見ですが「書いたこと」を「話す(発表する)」のは生徒が自信をもって話せる効果はありますが、友だちの話した内容について「考える」ことより自分の書いたことを「発表する」ことが重視される危険性をはらみます。そうすると「聴く」ことがおろそかになり「対話」につながりません。それでは「みる・考える・話す・聴く」活動でALをねらうことにはならないので、繰り返すようですが、生徒の潜在能力を信じて「話す」ことをさせてほしいと思います。


 最後になりましたが、授業の終りに振り返りを書く生徒の姿に今日の授業が充実したものであり、書くことがたくさんある授業だったということを見取ることができました。最後に女子生徒が一名感想を発表しましたが、その姿にも、語ろうとする姿勢がみられたので、三好先生は、勇気をもって生徒の力を信じて「みる・考える・話す・聴く」活動を推進してほしいと思います。そして愛媛の中学校美術の中核として活躍してほしいと思います。

 是澤、三好両先生は、意図した訳ではないと思いますが、山の子には山の生活が感じられる、海の子には海の様子が感じられる作品を選んで鑑賞させておられたところに、ご本人たちの気づかないところで生徒に愛情深く接しておられることが汲み取れるようでうれしく思いました。そんな満ち足りた気分で愛媛県初の南予地域を後にすることができました。ありがとうございました。




 みるみるメンバーとともに「みる・考える・話す・聴く」活動をしてみませんか?
島根県立石見美術館でのイベント「みるみると見てみる?」も、次回2月26日(日)が最終回となります。
益田市のグラントワでみなさまのご来場をお待ちしております。

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みるみると見てみる?レポート第5弾です!(2017,1,29開催)

2017-02-12 09:55:15 | 対話型鑑賞

1月29日の「みるみると見てみる?」のレポートをお届けします!
ファッションに関する作品を多く収蔵されている石見美術館ならではの出会いがあったようです。


「みるみるとじっくり見てみる?」鑑賞会レポート 
2017.1.29 参加者10名 
ナビゲーター 澄川由紀

 この企画展でナビゲーターを務めることは、私にとってはハードルが高い。普段の定例会と異なり、そこには、展示室の構成、作品選定など学芸員の意図が存在するからである。展示室の空間、作品の数、隣に在る作品、そう考えれば全てに意味が有る。

■鑑賞作品
 ラウル・デュフィ ビアンキーニ・フェリエ社のためのテキスタイルデザイン
 ~「真珠とロゼット」「モザイク・デザイン」「花とアラベスク模様」「きんれんか」       

■はじめに
 「可愛いいね」「お花がいっぱいだね」と、美術館に訪れた園児が、デュフィの作品を指差して語る姿が目に止まった。色彩がはっきりとしているからか、描かれているモチーフが単純でわかりやすいからか・・・。園児同様、私もこれらの作品に見入ってしまう。これが私と今回の作品の出会いだった。 
 今回はラウル・デュフィの4作品を鑑賞作品とした。展示室壁面の一角に6枚のテキスタイル・デザインが行儀よく並んでいる。そのうちの4つがデュフィの作品だ。この4点は絹織物会社ビアンキーニ・フェリエ社がディフィに依頼したデザインで、題名からもわかるように真珠の粒や花などのモチーフで構成されている。「一定の装飾のまとまり」を布に繰り返しプリントすることでプリント生地が生まれ、装飾的な模様を織り出して行くことでジャガードなどの織り地となり、それをくりかえしていけば生地織物となり、その後別の手を経てドレスにも変わっていくのであろう。また、生地にしていくために、モチーフとモチーフの重なりや版を重ねることでモチーフや色がどのように重なってゆくかを考え、装飾のまとまりをどう組み合わせればよいのか計算されている感じを受けた。
 1点1点丁寧に詳細に見ていくのではなく、今回は作品を「まとまり」で鑑賞することでデザインの面白さや版表現の奥深さなどを、対話を通して見つめていきたいと考えた。また、前述したように、展示室の空間や配列の意図なども鑑賞する中で意味生成できればという思いもあった。 

■ナビーゲーションをとおして
 普段であれば「何が見えるか」「そこからどう思うか」と1点1点について対話を通して紐解いていくのだが、今回は「4つの作品のうち、どれが好き?」という投げかけからスタートした。漠然と好き。なんとなく好き。色が、模様が・・・そこには「好き」の根拠が様々だった。後に鑑賞者からは、「自分が好きな意味を言うことで、自己確認でき、よく見ることにつながったように思う。また、他の3つは他人の意見を鑑賞の視点とすることができた。」と意見をいただいた。「好きなものを教えてください」は心理的なハードルが下がったのではとの意見もあった。
 4つをまとめて見ることで共通のものを見つけて欲しいという意図がナビーゲーション側にはあったのだが、果たして深く見ることになったのだろうか。私自身はその「共通性」がモチーフの「くりかえし」だった。確かに鑑賞時にそのキーワードは出たが、そこまで話題に上ったかというとそうではない。色の重なりに関することは発言としてあったので、その点を膨らませてパラフレイズすることで鑑賞者全体の意識が「くりかえし」に焦点化されたはずである。また、生地となることを強調しても良かったのかもしれない。1点1点じっくり見せたり、対で見せたりなど「見せ方」を工夫することでより作品の詳細に迫れたのではないか。また、ナビーゲーションで、共通点や相違点などが整理しきれていなかったのは否めない。鑑賞者の思考を丁寧に拾っていくことは、次々に意見が出される中だからこそ大切なことだった。
 私は、なぜ4点をまとめて見せたかったのだろうか。事前に鑑賞し感じたことは「くりかされる」ことの意味やモチーフの形や色の組み合わせの面白さである。自分が「くりかえし」に固執しすぎ、鑑賞者の発言を十分に受け止めないままに「くりかえし」を考えさせようと誘導しようとしたことで、より深く見詰めるという本来の自由に見る鑑賞の楽しさが欠落していたのだ。

■おわりに
 終了後、本企画の学芸員の方から次のようなコメントをいただくことができた。「対話を用いる作品鑑賞は作品に描かれた“登場人物同士の関係を想像し、ドラマを想像して意味を連想する”ことを得意とするけれど、作品鑑賞とはそれだけではない。本企画には、色や形のおもしろさ、見えているものを素直に語りたいという意図もあった。だから幾何学的な形の繰り返されている作品を沢山展示した。美術作品の良さや面白さ、見方や考え方は多様で、戸惑ったりもやもやしたりする時間になっても良いと思う。」「“4作品を塊で見て欲しい”というのは嬉しかった。4作品一緒に見ると、遠いけどつながっている、にているけど違う、細かいことの発見があるはずだと思う。」本企画には学芸員の仕掛けがあった。美術館で対話を用いて鑑賞を行う意味はここにもある。




 コレクション展「あなたはどう見る?-よく見て話そう美術について-」の関連イベント「みるみると見てみる?」も、今年度は次回2月26日(日)が最終回となります。
ぜひ、みるみるメンバーとともに、美術館で対話を用いて鑑賞をしてみませんか?



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