みんなでハモれたら嬉しいのだけれど

皆様と楽しく語り合える場にしたいのです。どなたでも喜んでお迎えします、
ぜひお立ち寄りください。

春のブログのご案内

2012年10月26日 | トップページ
 
パリの午後



春のブログにようこそお越しくださいました、有難うございます。
春のブログは3つの部屋に分かれております、どうぞごゆっくりひとときをお過ごしください。




           ■ 春のお気ままダイアリー
            わたし春がただ気ままに書き連ねる雑記帳コーナーです、よろしければどうぞ…。
                                         【Entrance】 の文字をクリックしてご入室ください。
 
           ■ 春のひとりごと
             これまで書き溜めていた小品を、あらためて推敲しながら少しずつ載せていきたいと思っています。
                                          【Entrance】 の文字をクリックしてご入室ください。

           ■ おしゃべりスーパーラウンジ
            このたび、新たにおしゃべりスポット「おしゃべりスーパーラウンジ」をオープンいたしました。これま
            でと同様に、ご自由にお楽しみいただきたく、よろしくお願いいたします。
                                         【Entrance】 の文字をクリックしてご入室ください。




           ■ おしゃべりアーカイブ
            思い出多い「おしゃべりティールーム」、「おしゃべりキャフェ」ともにもそろそろ満杯になりました。
            このあたりでご投稿を締切り、「おしゃべりアーカイブ」として大切に保存させていただくことにいた
            しました。ご覧になりたい方は次のそれぞれの Entrance の文字をクリックしてください。
                          おしゃべりアーカイブ …♯1… (おしゃべりティールーム) 【Entrance】
                          おしゃべりアーカイブ …♯2… (おしゃべりキャフェ)     【Entrance】

                                                ※メール mirage001@mail.goo.ne.jp





















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春のひとりごと

2012年10月15日 | ・haruのひとりごと  「ザラ紙ノート」 


photo:パリの北駅
 
……わたし春が、かねてより徒然なるままに書き溜めていたエッセイを……
……筆を加えながら少しづ掲載していきたいと思っております……
……よろしかったら、お時間の許すかぎり、お楽しみください……
       
        

          1.文殊の知恵
             出口の大きなガラスドアに手を掛けた、「あれっ、駄目だ、施錠されているようだ」、「ええっ…」。異
             国の展示会場で締め込まれてしまった私たち、それはまさに珍事とでも言っていいトラブルだった。

          2・落し物
            一陣の強い風がベランダを吹き抜けた、その風に煽られてなにか白いものが舞い上がり視界から消
            え去った、それはほんの一瞬のことだった。
 
          3・すずめ 
            彼女の本当の名前はいまもって知らない、ただ、彼女は誰からもピアフと呼ばれていた。彼女の仕事
            は、ある日大家さんから聞いた話では彼女自身を売る商売なのだそうだ。
             
          4・親切
            「パンクか」、「ええ」、「スペアは、ああ、これか…」、彼はスペアタイヤを持ち上げると地面で弾ませた、
            彼がタイヤの交換をしてくれるのだとしっかり期待した。頼りになりそう、助かったぁと思った。
             
          5・歌う (前篇)
            それは3年ぐらい前の秋の日のことだった、レッスンが終わった時刻には西の小窓が夕焼けで赤く染
            まっていた。先生に「お先に失礼します」と声をかけてわたしは一足先にドアノブに手をかけた。

          6・歌う (後篇)
            この曲には歌詞の前後にハミングの部分がある、先生は、歌い出しのハミングの部分をア・カペラで、
            つまり無伴奏で、しかも情感を込めながら、自信を持って歌い出せ…とわたしに要求したのだった。

          7・クルマ一台
            でもこのクルマを売った本当の理由はまた別のところにありました。こんな不況のどん底にあって、主
            人はまさに言葉通り、最前線に立って社員一同を引っ張り励まそうと思い立ったと言います。

          8・情事
            やっぱりそうだった、たったさっき国際電話があって、自宅に届くはずの書類を引き取りに行くようにと
            のことだったと…、あら、大変、ってことは、あのJ君が来るということ…、そりゃ大変だ。
        
          9・青空 (前篇)
            それは長い研修を終えて、いよいよ実際に搭乗勤務につくことになった日のことだった、搭乗勤務とい
            っても、実際には検定を受けるための搭乗だった。

          10・青空 (後篇)
             それはキャプテン・フリードリッヒの声だった。…お客様にご案内申し上げます、当機はただいま福岡
             国際空港に向けて降下しております、ですが、じつは前部の降着装置、つまり前側の車輪が…。
                                                                   
          11・カサブランカ
             熱烈な恋に落ちていたリックとイルザ、ドイツ軍がパリ市内に侵攻して来たときには、二人は一緒に
             パリを脱出することを約束していたのだった。にもかかわらず彼女は約束の時間に姿を現さず、その
             まま消息を断ってしまったのだった。(寄稿用原稿下書き)

          12・神田川 (前篇)
             茶箪笥から茶筒を取り出そうとして、ふとその上に乗せられていた一通の封書に目が止まった。そ
             の封書には白い付箋が貼られていた。封筒に書かれた住所が間違っていたために郵便局で住所
             を調べて書きなおした付箋のようだった。たいした意味もなく指先で付箋を持ち上げてみたら、そこ
             には旧姓ながらわたしの名前が書かれてあった。
          
          13・神田川 (後篇)           
             思いがけない突然の宣告だった。今月一杯といえばあと何日もない、そんなにも早く別れの時が来
             ようとは思いもしなかった、彼とのこんな奇妙な関係の精算は年が明けて二月か、遅くても三月はじ
             めのころだろうと思っていた。だが、考えてみれば彼がそう考えるのも当然のことだった。














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おしゃべりアーカイブ …♯1…

2012年09月08日 | おしゃべりティールーム
     

        


               ……いらっしゃいませ……
                こちらは元「おしゃべりティールーム」です。 そろそろ満杯になりましたので、
                お書き込みを締め切らせていただき、新たに 「おしゃべりアーカイブ」 として
                大切に保存することとさせていただきました、あしからずご了承くださいませ。






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おしゃべりスーパーラウンジ

2012年05月15日 | おしゃべりティールーム
      
       Prince Hotel Tokyo Tea Salon“Pikake” 





             ……いらっしゃいませ おしゃべりスーパーラウンジでございます……
            このたび、これまでの「おしゃべりティールーム」「おしゃべりキャフェ」に代わりまして
            新しく開設いたしました。これまでと同様に、どうぞご自由にお楽しみくださいませ。
 









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神田川(後編)

2012年02月01日 | ・haruのひとりごと  「ザラ紙ノート」 


Chapter 5

 それからしばらくしてのことだった。秋山謙一から呼び出されて、日が落ちると冷気さえ感じはじめた初秋の夜気のなかをいつもの喫茶店に急いだ。オレさ、バイト辞めたんだ…、ええっ、どうして…、いや、その、もうそろそろ卒論を仕上げなくてはならないしさ…。たしかにそうだった、あれほど大切な講義さえ休んでまで働いていた彼のこと、そのままじゃ身を入れて論文なんか書けやしない。でもさ、お金…、うん、そう言ってくれると思ってたよ、だが、なんとかなる、バイト先のあの会社から退職金みたいなものもすこし入ったし、就職先の会社からそのうち支度金が出るらしいからね…。

 でも、そうした明るい口振りとは裏腹に、彼の頬はもうすでに、以前にも増してこけて見えたし、目つきも以前のような鋭さがよみがえっていた。彼の生活はあきらかに苦しさを増しているようだった。わたしは自分の内心としっかり相談してから結論を出した。ここまで来たんだ、乗りかかった船だ、あと幾らかかろうと、わたしは最後までこの秋山謙一に食べさせてあげる…と。

 春ちゃん…、なあに…、あなた最近帰りがとても遅い日があるけれど、新しいバイトでもやってるの…、うん…、バイトなの…、ええ…、ねえ、本当にそうなの…。その夜は叔母の家に居た、夕食の片づけを終えて、二人リビングに落ち着いた時のことだった、叔母は突然話を切り出した。話は意識して遠回しに始まったけれど、叔母がなにかしら、かなり確かな情報を得ているらしいことは直感的に分かった。

 本当に偶然だったらしいのよ、誰かは言えないわ、でも、その人、あなたが夜遅く男の人と一緒に歩いていた、それをたまたま見かけたんだと言うのよ。もう終電車だってあるかないかって、そんな遅い時刻に…、春ちゃん、いったいその人となにをしてたの…。その人がバイトの関係の人ってわけ…。叔母に見つめられてわたしは目を伏せた。言葉こそ穏やかだったものの、追及の手は果てしなく手厳しいものに思えた。しかたなく、これまでのことをなにもかも打ち明けてしまった。

 春ちゃん、あなた、そりゃ、そんな人を陰ながら支えるなんて悪いことだとは言わない、あなたの一途な気持ちも分からないでもない、でもさ、そんなことをするにはあなた、30年は早いわよ、いいこと、あなたが将来、なにかのことで成功して億万長者にでもなったら、そしたら苦学生に援助の手を差し伸べてあげなさい、でも、いまのあなたはまだ学生の身、自分がバイトで稼いだお金だと言ったって、食べて寝て遊ぶお金は全部親持ちじゃないの、そのことだけは忘れちゃいけないわ…、叔母の口調は次第に厳しさを増して行った。とにかくすぐ止めなさい、すぐ手を切って忘れてしまいなさい、分かったわね…。

 苦学生…、叔母はそう言った。聞き慣れない言葉だったけれど、彼秋山謙一はまぎれもなく苦学生そのものだった。だからこそ、わたしはもうすでに、彼に最後まで食べさせてあげると決めてしまっていたのだった。今わたしが手を引いたら、一番大切なところで彼はきっと挫折してしまう、それはあたかも、エサを与え続けてきたペットの猫にある日突然エサをやらなくなったようなもので、最初から飢えを知って生き抜いてくるよりも、そのショックと痛手はずっと大きい。だから、なにがどうあろうと、わたしはいまさら決心を変えることなどできなかったのだった。

 叔母の言葉、それは命令だった。命令に背けば、やがては父の知るところとなり、いずれは厳しく叱られることになろう、それだけは勘弁して欲しかった。そうでなくても、このころのわたし、正直に言えば、この先どうしたらいいのか、明快なビジョンを見つけられないまま、すっかり迷いが生じてしまっていたのだった。バイトを辞めてしまった彼への援助の先行きの不透明感、そして、目に見えて減ってしまった預金残高、そこへ持ってきて、叔母からの厳しい言葉、これから先、どうなるのか、どうすればいいのか、自分でさえ分からなかった。

 そんなある日のことだった、神田の商店街を歩いていてふとあるものに目が吸い寄せられた。炊飯器、その白さと光沢ゆえに使い込んだ中古品のようには見えなかったのだった。店は今で言う家電専門のリサイクルショップ、当時は古道具屋とでも言ったのだろう、そうした店の片隅にその炊飯器が2つ3つ置かれていた。炊飯器をお探しですか、これなどは小型ですが、新品ですからお一人か新婚さんぐらいなら絶対お買い得…、店員の言葉を待つまでもなくわたしはその炊飯器を買うことにきめた。品質の保証はあるのね、幾らか安くなるんでしょうね、そりゃもう奥さんのことだから…。

 下落合の彼のアパートで初めての炊事が始まった。おかずは通りがかりの店で買い集めた出来合いの惣菜ばかりだったけれど、古びたちゃぶ台の上に置かれたひと組の夫婦茶碗から湯気を立てている炊き立てのご飯は二人の心をとても温めてくれた。その日は最初に炊いたご飯の残りをお皿に移してから、さらに、もう一度2合のご飯を炊き上げた。こうしておけば、ちょっとしたお菜を買ってくるだけでとりあえず食事が出来る、しかも、なによりも出費が抑えられる、それだけでも心が軽くなる思いがした。

 それからも、彼のアパートを訪ね続けた。電話をかければ、アパートの大家さんにつながりはする、だが、大家さんは彼に伝えてくれるだけで、だから、そのまま待っていれば彼がやがて電話口に駆けつけて来るといったものではなかった。彼は大家さんから伝言を聞くと、表の公衆電話から、わたしが通いつけていたある小さな喫茶店あてに返事を入れる、わたしはわたしで、その喫茶店に電話を入れて彼からの伝言を聞く、今日のようにケータイなどというものが普及していなかった時代とて、当時はそんな連絡方法しか無かったのだった。

 だが、そんな方法ではたとえ10円とはいえ彼に負担を強いることになってしまう、そのことに気遣ったわたしは、時間に都合がつき次第、ほとんどは不意打ち同然に彼のアパートを訪ねた。だから、たまにはドアに鍵がかかっていて、しかたなく待ち呆けということもあったけれど、それでもしかたがなかった。驚いたことに、秋山謙一は意外なほど小まめだった。彼のアパートを訪ねるときには、わたしも何がしかの食材を買い込んでいたけれど、問題は冷蔵庫がないことだった。

 それでも、バイトを辞め、受講する科目も減ったそのころの彼のこと、自分でご飯を炊き、階下の共同炊事場でサンマを焼き、かなり美味しい味噌汁まで自分で作ったりして、食材の鮮度を見分けながら上手に日々の手料理に変えていた。一杯ずつのワンカップ大関で景気よくグラスを合わせ、わたしは自分の分の半分を彼のグラスに注いであげたりしていた。ふたりだけで夕餉のお膳を囲むのは楽しいことだったし、それがわたしの迷いをひと時忘れさせてくれていた。

Chapter 6

 そんなおママゴトが何度繰り返されたことだろう、やがて街路樹の葉が色づきはじめたある日のことだった。夕餉のあと、ちゃぶ台の上を片付けていたわたしの姿を彼が黙ってじっと見つめていたことに気がついた。顔を上げた時彼が口を開いた。春さん、ちょっと聞いてくれないか…、いつになく重い彼の口調を異様に思ったわたしはちゃぶ台を拭いていた手を止めた。

 オレさ、今日卒論を提出してきたんだ…、えっ、ほんと、出来上がったんだね、謙さん、よかったね、おめでとう…、彼の口調とは裏腹にそれはとても喜ばしい出来事だった、芯からわたしも嬉しかった。いや、それで…なんだけど、なあ春さん、オレさ、今月一杯でここを出ようと急に思い立ったんだ。一度九州に帰ってから大阪へ行くつもりだ…。

 思いがけない突然の宣告だった。今月一杯といえばあと何日もない、そんなにも早く別れの時が来ようとは思いもしなかった、彼とのこんな奇妙な関係の精算は年が明けて二月か、遅くても三月はじめのころだろうと思っていた。だが、考えてみれば彼がそう考えるのも当然のことだった。単位をすべて取得していて、卒論を受理されてしまえば、余程のことでもないかぎりもう大学に残る必要はなにもない、誰だって新しい世界へ少しでも早く飛び立ちたいと思うだろうし、まして経済的に余裕のない秋山謙一にとっては、言うまでもなくそれは大切な選択だったのだ。

 彼の言葉はわたしに幾つかの深い感慨を呼び起こさせた。最初に脳裏に浮かんだのは、突然別れを告げられた恋人のそれのような、なんとも身の置き場がない寂しさだった。そんな気持ちに重なるように、もうひとつの不安が脳裏に現れた。彼秋山謙一はわたしの援助を好意として受け止めて心から喜んでいたのだろうか…。いつだったか、彼が郷里に帰省する夜、彼はわたしの手をしっかり握りしめた、あれは本当に彼の感謝の念の表現だったのだろうか、それとも、ああした女が喜びそうな素振りを見せて、このわたしという女を利用し、貢がせ、結局は食い物にしただけだったのだろうか、それはこのところ次第に心の中で増殖し考え続けてきた疑念であり迷いだった。

 ただ、この疑念は、それそのものを自分でも認めたくないものでもあった。すべてはこの自分が自ら進んで勝手に運んだことに過ぎない、いわば無償の行為とでも言うべきものだったからだ。それが故に、彼からは、いささかの感謝の念も、言葉すらも期待するものでもなかったはずだ。相手がどう受け止めようと口をはさむ余地すらない。だが、そうは思いながらも、ただそれだけでは割り切れなかった。

 わたしは出来る限りのことを秋山謙一にしたつもりだった、それはいったい何だったのだろう。そうした心の奥で渦巻いていた迷いが、今日、この場ではっきりと浮かび上がって顕在化してしまった。なんとも言い表しようのない激しい寂しさ、そして歯痒さと空しさ、それはきっと、これまで心の中で渦を巻いていたそんな疑念から生まれたものだったのだろう、このわたし、この秋山謙一をきっと好きになっていたのだろう。

 そんな気持ちが拭い去れないまま、なのに今度は満足感といったものが押し寄せてきた。ついに終わった、ついにやり通したという満足感だった。もはや底を尽きかけていた軍資金がなんとか間に合いそうだといった安堵感も一緒に押し寄せた。もし、最後の最後で資金が逼迫してしまったら、まさか親や叔母に援助を乞うなどということにはまるで見込みがなかった。

 わたしは階下の炊事場に降りていって黙ったまま食器を洗いはじめた、彼もついてきて黙ってそれらを受け取っては拭きはじめた。わたしの隣りに彼が立っている、肩が触れているわけでもないのに、彼の暖かさが肩に感じられた。でも、こんなささやかな楽しみも、あと少しで終わってしまい、やがて過去の思い出になってしまう。

 それでも、その夜の食後はいつもと同じようだったと思う、そうなるようにあえて努めていたからだった。彼は豊かな薀蓄を披瀝する、わたしはそれを聞くのが好きだった。これまでの半年の間に、わたしが彼から吸収したものと言えばありとあらゆる知識と雑学だった。中でも、彼の音楽についての知識はとりわけ広く深いものだった。その夜もそうしたひと時を楽しもうとしていたように思う。

 だが、今夜、あとわずかで別れてしまうぞと宣言した彼にしては、それでもなお、これまでのわたしの好意に対する感謝の言葉といったものをひと言も口にしていなかった、それだけが割り切れなかった。ただひとつ、それだけのことで彼の真意を計りかねるもどかしさに悩んでいた。感謝しているなら、感謝の言葉をこの耳で聞きたかった。

 にもかかわらず、一方ではしっかり彼を信じ、それで満足していた。わたしは底抜けのお人好しだったのだろうか、いいえ、そうじゃない、わたしには彼を信じるだけの根拠があったのだった。わたしがここまで彼を信じ続けてきた根拠、それはただひとつ、彼秋山謙一は、これまで一度だって…金を貸してくれ…と言わなかったことだった。

 わたしは、そんな自分の心のうちを隠したまま、表向きはいつもと同じ朗らかさでいようと懸命に努めていた。その女の人、謙さんは好きだったのね…、いや、そうじゃない…、だって、抱いたんでしょ…、あのな、春さんは分かってないんだよ、男ってものはな、好きか嫌いかということと、抱きたいか抱きたくないかということは、まるで別のことなんだよ…、ということは、男の人って、女性を目の前にしたら、相手がどんな女性でも抱きたいと思うの…、そりゃ春さん、幾らなんでも、誰でもいいってわけじゃないさ…、そうなんでしょうね…、でもな、中には居るんだよ、妹や従姉、中には叔母やお袋さんを抱きたいって思うやつだってな…、うそ〜…。

 その時だった、わたしは途轍もないことを思いついた。ねえ、謙さん、わたしを抱きたい?…、おい、よせよ…、ねえ、答えて…、馬鹿なことを言うもんじゃない…、馬鹿なことじゃないわ…、春さん、言っていいことと悪いことがあるんだぞ…、わたしは…。その時だった、突然のことだった、彼はわたしに飛びかかり畳の上に押し倒した。そのまま彼はわたしの上に覆いかぶさり、彼の顔がわたしの顔のすぐ上に近づいた。彼の両脚が無理やり割り込んできてわたしの両脚は広く開かれてしまった。わたしはそうした男の人の行為を人一倍恐れていた。なのに、抵抗できなかった、身動きひとつできなかった、だから抗うことはあきらめてしまった、その先のことには覚悟を決めた。

 春さん、抱いてほしいのか…、本気でそう思ってるのか…、わたしは答えなかった、口を開けば唇が彼の唇に触れてしまいそうだった。今ならあんたのパンティーをはぎ取ることもできる…、……、でもな…、……、このオレがお前を抱けるとでも思ってるのか…、唇が触れそうな距離のまま、彼は押し殺した声で言った。彼の口臭がすこしだけ不愉快だった。それっきり二人は黙ったままでいた。彼はわたしを組み敷き、強く抱きしめたままでいたが、しばらくしてそっと腕を抜き、やがて彼の体重が感じられなくなった、わたしは終始目を閉じ無言のままでいた。

 春さんはいい匂いがするんだな…、その言葉は思いがけず遠くから聞こえてきた。わたしにはなにも言えなかった、だが、内心では満足しきっていた、安堵していた。彼はわたしを抱かなかった、そのことは予想していたことだった。なにもせず、キスひとつするでもなく身体を離したこの男、思った通りだった。

 しかし、同時に彼の本心をこんなやり方で試したことがとても恥ずかしく思われた。だから、押し倒された姿勢のままでじっと目を閉じていた。めくれ上がったスカートの裾が気になったが、かまわずそのままでいた。と、ふたたび彼の顔が近づいてくるのを感じた。両肩がしっかりつかまれ、わたしは身を硬くした。だが、わたしの上半身はすっと持ち上げられ、起き上がらされた。

 すまなかった、春さん、あんたはどう思っているか知らないが、オレはそこまで礼儀知らずな人間じゃないんだ…、春さんはこれまでこのオレを支え続けてくれた大切な人だ、そうじゃないか、もし春さんに出会わなかったら、オレはここまで来れたかどうか分からない、もう、それだけで感謝のしようもないほどなんだ…、……、そりゃ、あんたのことだ、抱きたいと思わない男は居ないだろう、オレだってあんたを抱けたらどんなに嬉しいことか、でもな、いくら春さんに据え膳をしてもらったって、男として恥をかいたって、たとえ春さんに恥をかかせたって、食えないものは食えないんだ…。春さん、有難う、でも、あんたにだけは、絶対にそれだけは出来ないんだ…。彼に見つめられてわたしはまた眼を閉じた、涙が頬を伝わった。

 これまでの半年、彼との経緯はいつもあまさずチーに話していた。チーの批評はとても辛口なものだったけれど、そうすることで、こんな不思議な彼との関係について、彼女が軌道修正をしてくれるような気がしていたからだった。だが、この日のことだけはさすがに彼女にも話せなかった。

Chapter 7

 今月一杯、それは思いのほか早く過ぎ去ってしまった。その間に、彼はスーツを新調し、ワイシャツやビジネスシューズを買いそろえた。わたしは何本かのネクタイを買い求めた。彼はレディメードのスーツやワイシャツで十分間に合う標準体型のようで、ズボンのすそ上げ以外はイージーオーダーを選ぶ必要さえなかった。思い返してみれば、あの日以来、わたしは彼のアパートを訪ねていなかった。

 そして彼秋山謙一が旅立つ日が、いよいよ明日となってしまった。その日は彼のアパートを訪ねることにしていた、彼が旅立つに際して部屋の後片付けだとか掃除だとかといったことが気がかりだったからだった。ただ、成り行き次第では、そのままはじめて彼のアパートで一夜を過ごしてもいいとひそかに心にきめていた。親には同性の親友のところに泊まるかもしれないと伝え、バッグの中には化粧道具のほかに洗面用具やタオルまで用意していた。なのに、彼の部屋は見事なまでに片づけられていて、残されているのは大きな布のバッグがひとつと長押に掛けられたスーツとワイシャツ、そして一組の煎餅布団だけだった。寝具はあとで大家さんが処分してくれると彼は言った。

 このアパートを訪ねる際には、何度も窓が開けられていた記憶はあった、だが、不思議なことにそこから外を眺めた記憶はなかった。見慣れたプリント柄のカーテンはすでに取り外されていて古びた窓の木枠が直接目に入った。ネジ締りを回して窓を開けると、すぐ目の下に深い堀とその底を水が流れる川が見渡せた。川の両側にはやはりアパートらしい、ここと同じような建物が軒を連ねていた。神田川って言うんだ…、いつの間にか彼も背後に立っていた。こんな都会の姿をこれまで一度も見ていなかったことを思わず悔いる、それほど風情に富んだ美しい風景がそこにあった。

 その日は駅近くのキッチンで夕食を取ることにした。フライの盛り合わせを注文してから、生ビールのジョッキを高く持ち上げて彼の前途を祝した。二人はいつもの二人に戻っていた。しっかり食べてからぶらぶらとアパートに帰ったが、これといってなにかをすることもなかった。しばらくして彼が風呂に行こうと言い出した。ふたたびアパートを出ると秋の夜気が冷たく感じられた。今夜だけは特別な夜だ、さすがに彼だって…、わたしの頭の中に不穏な気持ちが現れたが、寒風がそれを吹き飛ばした。アパートを背にして狭い坂を登り、大通りに出てからしばらく歩いたところに当時は銭湯があった。銭湯の使い方を教えられ、彼と別れて女湯の暖簾をくぐった。

 大きなくしゃみが聞こえたら、それがオレの合図だ、聞こえたらそろそろ上がり湯を浴びてくれ、外で会おう…と彼は言っていた。しばらくして大きくわざとらしい彼のくしゃみが男女を隔てるタイル壁を越えて聞こえてきた、わたしはあわてて上がり湯を浴びた。身繕いをしてから銭湯を出てみたが彼の姿はなかった、早すぎたのだろうか、せっかく温まった身体のほてりが覚めはじめ、もう一度中へ戻ろうかと考えたそのときやっと彼が出てきた。なんだ、ずいぶん冷えちまってるみたいじゃないか、そんなに待ったのか、ごめん、ごめん…、彼はわたしの手を取って自分のブルゾンのポケットにさし入れた。

 髪を洗ったわけではなかったけれど、外の冷気で髪が冷たく濡れていた。彼のアパートに帰り着いてから、持ってきていた旅行用の小さなドライヤーで髪を乾かしはじめた。彼は物珍しそうにそんな女の仕草を見つめていた。メイクを落としたわたしの素顔をはじめて目にして彼はどう思ったことだろう。その夜はふたり、男臭い煎餅布団の中でしっかり抱き合って眠りについた。だがとても寒かった。薄くなった一人用の夜具ひとつでは到底二人が温まることはできなかった。寒くて、二人とも、夜半過ぎにはとうとう寝ていられなくなってしまった。敷布団の上に並んで座り、頭から薄い掛布団をかけて、朝までそうしていることにきめた。

 もし彼がわたしを求めてきたら…、いえ、彼が求めてこないことはわたしにはしっかり分かっていた。だが、それもなんだか悲しい気がしてならなかった、だからわたしはキスを求めた。彼はとても丁寧にキスをしてくれた。寒さはともかく、その夜のわたしはとても満足していた。彼は最後まで礼節というものを知っている紳士だった。わたしの目に狂いはなかった、わたしの好意は見事に生かされた、それが分かっただけで満足だった。

 翌朝、新調したスーツに身を正した秋山謙一はわたしを座らせ、その前に自分も正座してから、剣道の選手のように両手を畳に置いた。春さん、これまで本当に有難うございました…。妙にかしこまった挨拶だったから、わたしはあわててそれを制した。謙さんがそう言ってくれて、わたしとても嬉しい…。その時、かねてから気にしていたあのことが胸の中に一気に湧き上がり、抑える間もなく口をついて飛び出してしまった。謙さん、謙さんが有難うって言ってくれたのは、これが初めてだよね…。彼秋山謙一の気持ちはしっかり分かっていた、答えなんか必要なかった、なのに、つい口にしてしまった。お馬鹿なわたし、なんの訳もないまま涙が溢れてしまった。

 そうだったのか春さん、それはすまなかった…。オレ、そのこと、ひと言だけ言わせてほしい、オレ、たしかに春さんに一度も有難うと言わなかった、あえて言わなかった、でも、どれだけ感謝していたことか…。彼は新調のズボンにしわが出来るのもいとわずわたしのそばににじり寄った。それが淋しかったのか…、そうだろうな、本当にすまなかった…、ただ、もしもさ、春さんにご馳走になるたびに口で有難うと言ったとしたら、オレ、それでは自分の感謝の気持ちを十分に表せない、それは本当の気持ちじゃなかったからだ…。

 オレの本当の気持ちはそんな軽いものじゃなかった、分かるか、春さん、ただご馳走さまのひと言で済ませられるような、そんな軽いものじゃ…、もうそれ以上言わないで!…、オレ、悪かったよ、春さん、だから…、いいのよ、わたし、すねたり怒ったりしてるんじゃないんだよ、わたしだってそんな謙さんの気持ち分かってたんだから…、分かってた?…、そうだよ、分かってたよ、だって、謙さんったら、いつも、とても美味しかった、満足したって顔を…、わたしは泣きじゃくってしまった。

 春さん、オレさ、こうして服もそろえたし一応の用意は整った、でも、まだ幾らか支度金が残っている、なにかお礼を…、待って、いいこと、わたし、謙さんがそう言ってくれるのはとても嬉しい、でもね、わたし、なんにも欲しいものはないのよ、欲しいものはほとんど持っているし、欲しいものがあればいつでも買えるんだもの…、うん、そりゃそうだろうけど…、わたしはね、いいこと、謙さんが喜んでくれていたことが分かった、それだけでもう十分なのよ…、でもなあ、それでも、やっぱり…。

 結局、わたしは彼の申し出を無理やり引込めさせた。お礼を受けては無償の行為の美が損なわれてしまうと言った。無償の美、それはサルトルたちが提唱した実存主義やその流れを汲む往年のヌーベルバーグ作品の映画についての話題の中で彼が教えてくれたものだった。お礼の代わりに、今度は何時の日か、彼自身が苦学生に出来ることをして上げればそれでいいんじゃない…とわたしは言った。

 そのついでに、さらに言葉を続けた。わたしはあなたの彼女じゃないんだし、あなたはわたしの彼氏じゃないんだよ、だから、わたしのことをいつまでも想ったり気を遣ったりもしないでほしいの…と。今にして思えば、彼にとっては氷のように冷ややかなひと言だったろう。唖然とした表情と不満そうな表情が彼の顔に交錯して現れたが、わたしは無視した。そして、こうしたことだけは絶対に約束を守ると誓わせた、そう言い渡しておかなくては、すべてのことが完結しなかったからだった。

 わたしは彼のアパートをひと足先に出た。彼は昼過ぎの新幹線に乗りたいと話していた、わたしは見送らないからね…と答えておいた。この古めかしい彼のアパートをもう二度と見ることはないだろう、それでもわたしは振り返らなかった。わたしは自分で作り出した奇妙な大事業を最後まで立派にやり遂げた、そして、それは終わった。もうなにひとつ思い返すことも残っていなかった。本心ではちょっと、いえ、かなり寂しかったけれど、少なくともプライドが傷つく失恋のようなものではなかった。いずれはそんな気持ちも癒えてしまうだろう、わたしは高田の馬場の駅に向かって坂を登りはじめた。

Epilogue

 あれから二十年とすこし、彼と別れた直後、彼のお母様からとても丁寧なお礼の書状と立派な地元の名物が届いたことがあった。さすがにすぐお礼状は書いたものの、彼が母親になにを話したのかがずいぶん気になったものだった。そして年が改まった春のある日、いよいよ今日から通勤というものがはじまったよ…といった、いかにも新生活に意欲を感じさせる彼からの近況報告が届いた、それは彼らしい心遣いを感じさせる丁寧な礼状でもあった。彼からはその後何度も年賀状や暑中見舞い、近況報告といったものが届いたけれど、わたしはあえて返事を出さなかった、そうするのが一番いいと信じていたからだった。そしていつしか音沙汰は絶えてしまった。

 壁の時計は午前三時を回っていた。元旦…、すぐ近くの山下公園ではこんな時刻でも新年を祝う人たちでまだ賑わっているにちがいない。何枚もの便箋に細かく書きつづった秋山謙一からの手紙をわたしは丁寧に折りたたんで封筒に戻した。この手紙には、ここでこれまで長々と書き連ねたようなことが見事なまでに、彼の側からの思い出として書き記されていた。それがあってはじめて、わたしはここまで、あのころを正確に思い出すことが出来たのだった。

 彼は今、部長代理の要職にあって、大勢の部下たちの先頭に立ってプラント輸出の仕事に全力を尽くしているという。家庭では素敵な奥様と二人の年頃のお嬢さんに囲まれて幸せな生活をエンジョイしていると書かれていた。しかも、NPOを立ち上げて、おもにアジア圏からの留学生たちへのいろいろな支援にもボランティアとして精出しているという。それでいいのよ、それでいいんだよ、よかったね、謙さん。
    
…おわり…

           
                                               

                                                          
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神田川(前編)

2012年02月01日 | ・haruのひとりごと  「ザラ紙ノート」 
 

Prologue

 こんなことを書き連ねると自慢げに受け止められてしまうのだろうか、それともお馬鹿な女の物語になるのだろうか、どちらも不本意なのだけれど…。実は昨年末のことだった。暮れもいよいよという三十日の夜、突然電話が鳴った。電話は実家の母からで、なんでも兄嫁が突然ぎっくり腰になってしまった、今はとりあえず横になってはいるが、まるで動けないようだと言う。こちらだって、明後日に迫った元旦を前に、やっておかなくてはならないことがまだ残っている、とはいうものの放っておくわけにもいかない。とにかく行ってこいよ…と主人、その夜は遅くまでわが家の残り仕事に専念しておいて、一夜明けた大晦日の朝早く実家に駆けつけたわたしだった。

 なるほど兄嫁さまは陸に上がったアシカ同然、ただうつぶせになったまま身動きできないと言う。春ちゃんごめんね…と情けない声。それでも大掃除はほとんど終わっていた。突然のぎっくり腰で、だからやり終えることが出来ずそのままにしていると言う換気扇、見ればフードの中にぽっかり四角な穴。まかせておけ…ってほどの意欲もなかったけれど、とにかくスカーフで髪を覆ってから脚立を登ってフードの中に頭を突っ込んだ。

 フードの中も、シンクの脇に置かれたままのモーターの部分も、その他の部分も、幸い兄嫁がすでにきれいに仕上げた後だった、こいつはせめてものラッキーってもんだ。両手で機械をフードの中に差し上げて、北風が吹きこむ四角な穴にガシャンとはめ込んでからネジをしっかり締めた。羽根を取り付け、白い枠をはめ込み、コードをコンセントに差し込んでからフィルターをパチンとセット、これで完了、なんたってこんな古いタイプの換気扇、昔からすこしも変わっていないから分解と組み立てはお手の物だった、試運転の結果も上々、フードの周りのタイルを念のためにマジックリンで磨き上げておいた。

 お手伝いさんの斉藤さんはもうすでに暇をもらっていて姿がなかったけれど、その後の元旦の準備は母があらかた整え終えていたし、門前には松も飾ってあった。最後の仕上げにと家中に掃除機をかけて回り、床の間の掛け軸を正月らしいものに掛け替え、年越しそばや元旦のお雑煮に使う輪島塗のお椀を丁寧に磨き終えたとき、馴染みの小料理屋からおせちのお重が届いた。それで年越しの支度はすべて終わった。父も兄もまだ帰ってきていなかったけれど、久々に母と二人っきりで遅い午後の一服ということになった。

 茶箪笥から茶筒を取り出そうとして、ふとその上に乗せられた一通の封書に目が止まった。中身が多いらしく厚みのあるその封書には白い付箋が貼られていた。封筒に書かれた住所が間違っていたために、郵便局で住所を調べて書きなおした付箋のようだった。たいした意味もなく指先で付箋を持ち上げてみたら、そこには旧姓ながらわたしの名前が書かれてあった。

 手に取って封筒を裏返した。差出人の名前には覚えがあった。このわたしがまだ女子大生のころのことだったのだから、かれこれ二十数年も前のことにもなろう、今ではすっかり記憶から消え去っていたけれど、こうしてあらためて目にするととても懐かしい名前だった。春…、母の呼ぶ声にあわてて封書をエプロンのポケットに押し込むと茶筒を取り出した。

 あの彼との最初の出会いはなんだったっけ…、テレビが恒例のにぎやかな紅白歌合戦から一転して静かなゆく年くる年に変わり、やがて港の船から一斉に汽笛が吹き鳴らされて年が変わり、食べ終えた年越しそばの後片付けも終わって、ほんの数時間の眠りにつく、その前の暖かいベッドの中でわたしは封筒の中身を取り出しながら考えていた。

Chaper 1

 ああ、そうだった…、電車の中でのことだった。女子大の校舎は横浜にあって、だからその朝は東京からの下りの特急電車に乗っていた。先行の電車が遅れているとかで、乗車していた電車も何度も速度を落としたり、ときには止まってしまったりしていた。車内は混みあっていてドアのガラスに押しつけられながら、のろのろと通り過ぎる駅のホームをぼんやりと眺めていたわたし、車内の人いきれのせいだろうか、突然気分が悪くなりはじめた。あ、貧血になる…、そう思ったとたん、目の前に金色の星が飛び交いはじめた。

 そのころのわたしは、なにかというとこうした一過性の脳貧血に悩まされていたものだった。たまらず車内でしゃがみこんでしまったわたし、周囲の乗客たちがざわめいた。苦しくてどこかに座りたかった。と、そのとき、すぐ近くで誰かが席を立ったのを感じた。別の誰かに支え起こされて譲られた席に倒れ込んだ。ややあって不快感は峠を越しはじめたようだった。窓ガラスにもたせかけた頭が割れるように痛かったものの、意識は次第にはっきりしはじめた。

 ハッとしてあたりを見回したのだろう、それで意識はしっかりもとに戻った。誰かから差し出されたハンカチを素直に受け取って額の冷汗を抑えた。気分、良くなってきたみたいですね…、ひとりの青年が顔を覗き込むようにして小声でささやいた。席を替わってわたしを座らせてくれたのは、ほぼ同年代のこの男性だと分かった。ええ、有難うございます、もう大丈夫です…、そんなやり取りがあったことだろう。

 どうします、次の駅で降りますか…、次は…、平和島です…、ええ、一旦降りてみます…、たしかそんな会話があった。電車は間もなく平和島駅のホームに滑り込み、わたしはふらふらとホームに降り立った。ひんやりとした空気が美味しく感じられた。ふと、肩に手が回されて、それではじめて、青年もわたしと一緒に降りたことを知った。

 医者に行きますか…、あ、いえ、もう大丈夫です、ほんとうに有難うございました、あの〜…、えっ…、あなたはここでお降りになるんだったんですか…、いや、そうじゃないんですが、なんだか心配で…。このわたしのことが心配で一緒に途中下車したのだと彼は照れ臭そうに言った。気分はずっと良くなっていたけれど、どこか落ち着けるところにゆっくり座りたかった。そうだった、あのときわたしはその青年にお茶しませんかと誘ったのだった、せめてものお礼のつもりもあった。駅を出て近くの喫茶店に入り、わたしが差し向かいの席を選んだ。

 青年の名前は、ここではあえて秋山謙一ということにしておこう、某大学の四年生だと自己紹介をした。そうだ、思い出した…、あのときのわたしが女子大の二年生の時のことだったのだ。秋山と名乗るこの青年は、たとえば大学間の合コンなんかに出席する名の通った私立大学の男子学生たちとはどこか雰囲気が違っていた。まず着ているものが違っていた。彼が着ているブレザーはいい色のものだったけれど、こればかりを長く着続けているらしく、もはやかなりくたびれて見えた。

 スリムな体型、日焼けした顔は頬がこけていて濃い無精ひげもはっきりと見て取れた。だが、それほど不健康そうな顔でもなかった。ただ、時折ふと影を感じさせる眼差しだけは気になった。髪は、あれはリージェントと言うのだろうか、前髪を残して側頭部をムースだかポマードだかで固めた、ひと昔前には流行したらしいけれど、そのころではさすがに見かけなくなっていたヘヤ―スタイル、だが、それでもこの彼にはそれなりによく似合っていた。そして、彼全体がどこか大人っぽく、お坊ちゃま学生たちとはひと味もふた味も違って見えた。

 それが秋山謙一との出逢いだった。それからどういう経緯があったのだろうか、それ以降のわたしは、彼に呼び出されれば、何度かに一度ぐらいの割合で、待ち合わせ場所にしていた新宿のプチットという小さな喫茶店に足を向けていた。あの当時と言えば、まず家庭教師のバイトがあった、バドミントンのサークルにも顔を出していたし、当時はたまたま、兄の友達のひとりのM君との公認のお付き合いもあったからだった。

 とは言うものの、この彼、秋山謙一と会っていてつまらないと思ったことは一度もなかった。彼はとても博学だった、どんな話題にもそれ相当の知識を披瀝した。薄暗い喫茶店の中で、冷めてしまったコーヒーを前にして彼なりの薀蓄を熱く語る、そんなときの彼の眼にはいつも光が宿っていた。良く話しては良く笑う彼だった。だが、その表情には、いつもその奥になにか影があるような気がしてならなかった。

 そんなある日のことだった、彼のお腹がグ〜と鳴ったのに気がついた。えっ…、ごめん、聞こえちゃったか、恥ずかしいな…、彼はあきらかに顔を赤らめた。それでも、彼のお腹はそれからも鳴り続けた。お腹の調子が悪いの…、うん、いや、そうじゃないんだ…、たしか、彼はそれだけしか言わなかった。今にして思えば、われながらお馬鹿な質問だった、だが、さすがに、ややあってこの鈍い頭も彼がひどく空腹なのだという結論にたどり着いた。

 そういえばわたしも朝からなにも食べてなかったんだわ、なにか食べましょうよ…、いや…。わたしの誘いに彼がはっきりとためらいを見せたことに驚いた。当時のわたしには、彼が食事をするだけの、ひょっとしたらわたしの分と二人分の食事代を支払うだけのお金を持っていないのだ…ということを見抜けなかったのだ。それからどうしたのだろう、あの日は何も食べずに別れたのだったろうか、それでもとにかく、彼はいつもお腹を空かせているのだ…ということだけは理解できた。

Chapter 2

 それからというもの、会うときにはかならず食事に誘うことにした。もちろん代金はわたしが払うことにしていた。ラーメンと餃子とご飯だったり、大盛りのスパゲッティやカレーだったり、ご飯とキャベツがお代わりつきのカツ定食だったり、メニューはその時次第だったけれど、彼は一度も断らなかった、そして良く食べた。不思議なことに、にもかかわらず一度もお礼の言葉を口にしたこともなかった。

 この彼には、女のわたしに食べさせてもらいながら、卑屈さとか屈託といったものが微塵も感じられなかった。でもそれで良かった。最初からお礼の言葉を期待していたわけではないし、お礼の言葉こそないものの、いかにも満足したような彼の表情、さも元気が出たと言わんばかりのシャイな笑顔、わたしにはそれだけで十分だった。それを見たさに、わたしはバイトで得たお金をつぎ込んだ、それでもすこしも惜しいとは思わなかった。ただ、かねてからの疑問が消えたわけでもなかった。

 なぜ…。たぶん、わたしから彼にそう聞いたのだろう、きっとそうに違いない。彼は東京のさる公立の大学に合格した、家は貧しかったが、それだけにやがては大成したいと思っていた。そのためのまともな教育を受け、しかもちゃんとした企業に就職するには、どうしても東京の大学でなくてはならないと思っていた。国立の大学ならもう少し学費も安かったろうけれど、国立大学には惜しくも合格しなかった。だから今の公立大学に入学した。だが、九州から上京して東京で生活するのは想像以上に大変なことなのだ…ということに、上京して生活をはじめてから気がついた。

 いや、親父はもうずっと前に亡くなってしまって、郷里にはお袋が一人で暮らしている、小さな商店を切り盛りしているお袋からの仕送りも多少はあるが、それはほんのわずかなもので、もちろんそれだけでは足りない。授業料など学費の一切は伯父貴が出してくれているが、問題は生活費だ、バイトで賄ってはいるんだが、こいつが思ったほどは楽じゃない…、彼はずいぶん詳しく身の上を語った。

 だから、時々食事を抜いているんだ、いや、抜かざるを得ないのさ。バイト料が入る直前ともなると、ポケットの中には硬貨ばかりがほんの幾つか、安さが取り柄の学食の定食が食べられればいいのだけれど、バイトがあってはそれも利用できない。いよいよとなると菓子パン一個とか、肉屋の店頭で揚げているコロッケ一個とかで一日を過ごすのさ、でもな、これが美味いんだよな…。彼ははにかみながらそう付け足した。お金がなくて食事を抜く、それまで何ひとつ不自由というものを経験したことがなかったこのわたしにも、それがどれだけ辛いことかだけは分かる気がした。

 彼、秋山謙一、わたしの何だったのだろう。恋人…、違う、恋焦がれていないもの…。だったら男友達…、それも違う、男友達ならもうわたしにはM君だとか別のきまった人が居るんだもの…。まして、M君たちのように価値観が同じと言うわけでもなければ、一緒に何かを楽しむといった感じもないことだし…。知人…、違うなあ、そんな余所々々しい関係でもないんだよね…。それじゃ何だったの…。母親役…、パトロン…、ボランティア…、う〜ん、そこまでは言ったら言い過ぎでしょうね…。

 だったらこうなんじゃないの…、チーこと友達の千絵があるときこんなことを言ったものだった。チーは、わたしがこんな秘密めいたおかしな関係を打ち明けていたただひとりの親友だった。結局さぁ、その彼ってさぁ、秋山謙一って人はあんたのペットなんよ、裕福な家庭に育ったあんたは飢えた彼にエサを与えて自己満足に浸っているんだわ。でもさ、あんたは知らないだろうけど、彼にしてみれば、ひょんなことから都合のいい女を見つけられてラッキー、この女さえうまくあしらって貢がせてさえいれば、当面口が干上がることもない…、いいかい、お春、どんなに誠実な人間だって腹が減ってたら礼節なんて二の次のものになるんだからね…。

 失礼だわ、彼はそんな礼儀知らずじゃないわ…、でも、結局はそうなのかも知れない。そうまで言われても返す言葉がないんだもの。でも、それは彼に失礼だと言う前に、この自分にとっても切ないことだった。でも、それならそれでも良かった。とは言うものの、彼と会うにはわざわざ新宿か渋谷あたりまで出向いて行かなくてはならない、それは結構手間と時間のかかることだった。

 彼と出会ってからしばらくの間はずっとこうした付き合い方が続いていた。春が過ぎて季節は初夏にさしかかり、やがてどんよりと蒸し暑い梅雨の日が続くようになった。彼はバイトで生活費を捻出しているという、彼のバイト先はさる二輪車メーカーの協力会社、早い話が下請けの工場で、彼はそこでプレスの仕事をしていると話していた。だが、彼に与えられた仕事がかなり過酷なものらしいことは彼の指先や爪の汚れから想像できた。

 あれは単なる興味本位だったかもしれない。ある日のこと、自分の手で作った弁当を携えて彼が勤めているという会社を訪れたことがあった。会社の名前は彼から直接聞いていたし、所在地は社名を頼りに電話帳で調べたらすぐ分かった。中小企業だと聞いていたが、会社はなるほどその程度の規模のようだった。腕時計を確かめて間もなく正午になるころ、気後れしながらドアを押した。バイトの秋山謙一に面会したい…と告げると、事務員の女性はすぐマイクに向かった。ちょうどそのとき終業のベルが鳴った。工場の奥から聞こえていた騒音が一気に静まった。

 事務員の女性が事務室の脇の小部屋にわたしを案内してくれた、そこは応接間とは言い難いほど雑然とした部屋だったが、テーブルと幾客かの椅子が置いてあった。椅子を引いて腰を下ろしたとき、ドアが開いて作業服姿の彼が入ってきた。意外だった、彼の顔に笑顔がなかった、彼はわたしの顔を見てはっきりと不服そうな表情を浮かべた。

 なんだ、どうかしたの…、なんだなんて、わたしお弁当を持ってきたのよ…、それを聞いた彼の表情はそれでも幾分和らいだ。そうだったのか、そりゃどうも、でもな、もうそんなことはしないでくれないか…、彼、わたしの手から真新しいハンカチで包んだアルミの弁当箱を受け取った、だが、この部屋で食べることはできない様子だった、彼は包みを手にして部屋を出て行き、わたしは事務員が居なくなったカウンターの前を通って外に出た。わたしの分のお弁当、一緒に食べようと用意していた、それはまだバッグの中に残っていた。

Chapter 3

 あのとき、なぜ彼が不満そうな表情を見せたのか、いまでも答えを見つけられていない。照れていたのか、せめてもの男性ならではのプライドだったのだろうか、同僚や正社員たちに遠慮があったのか、彼の周りに妻でもない女の影があってはまずかったのか、それとも…。とても知りたいその理由、だが、答えが怖くて彼に聞くこともついになかった。

 それからしばらくは、なんだか彼に会うのがためらわれた、だから会わなかった。夏になって暑い日が続くようになった。夏休みのわたしには合コンの下準備という仕事があった。ほかの大学の幹事さんたちに電話でアポを取っては、指定された時間に指定された場所まで汗を流しながら出向いては企画の内容を説明する、まるで保険の勧誘をしている生保レディさながらだった。そんなある日、彼から電話が入った、今夜の列車で帰省するのだと言う。

 今夜の列車、それは新幹線ではなかった。深夜に東京駅を出発する在来線の普通列車で、しかも行先は岐阜県の大垣止まりだった。大垣には明日の昼ごろに着く、そこから先はまた別の列車に乗るんだよ、こんな方法だと郷里に着くまで一昼夜かかってしまうんだが…、おくに(郷里)でなにかあったの…、それに、旅費なんか大丈夫なだけ持ってるの…、わたしにはそれが心配だった。大したことでもないらしいんだが、お袋が入院したみたいでね、旅費は大丈夫だ、バイト料前借してきたからね…こともなげに彼はそう言った。

 出発の時刻まではまだ何時間もあった。わたしは八重洲口のデパートに彼を誘い、閉店前の混みあった食料品売り場で彼の道中のためにかなりの量の食べ物やお酒などを買いそろえた。チーが言っていた…貢ぐ女…の言葉が片時も頭から離れなかった。それから二人は喫茶店を探した。入ったのは、あれはたしか八重洲地下街にあったルノアールだったと思う。

 この前はごめんなさい、わたし、余計なことをしてしまったんでしょうね…、先に謝ったのはわたしだった。いや、オレも悪かったよ、せっかくオレのために…。お互いに謝り合ったけれど、それ以上深い話になるのは恐ろしかった。でも、まあ、彼からこうして、ぜひ会いたい…と呼び出されたのだし、それは嬉しいことだった。それ以上の話もなく、発車の時間は深夜のこととて、私は早めに彼と別れることにした。立ち上がろうとしたそのとき、彼はテーブルの上のコーヒーカップを横にずらすと身を乗り出して私の手を痛いほど握りしめた。

 街の明かりがもはや少なくなりかけた時刻、なのにまだとても暑かった。彼はわたしの行為を喜んでいたのだ、それを知ったことは嬉しかった。もうそれだけで十分だった。なのになぜかとても寂しかった。貢ぐ女…、わたし、あの彼を好きになっているのだろうか…。

 翌朝、さっそく親友チーに電話をかけて昨夜の彼とのことを話した。おやおや、そうかいそうかい、そりゃ良かったね、まあ、あんたみたいなお人好しのお嬢には満足できたでしょうよ。でもさ、それじゃなにかい、エラそうに、まとめて一度のシェークハンドで済ませたってわけだ。まあ、いいんじゃない、あんたならお金に事欠くこともないんだろうから、しっかり面倒見てあげなさいよ。でもさ、食い物にされないようにだけは気をつけなよ、あんたの彼氏じゃないんだよ、めちゃ甘いのはしかたがないとしても、気持ちだけは引き締めておきなさいよ…、チーにあっさりとそう言われてしまった、彼女が言う通りだったかもしれない。

 夏も盛りになり、緑の少ない東京の下町でも朝からセミの大合唱が騒々しかった。兄が仲間たちと計画したキャンプに連れて行ってもらったのもそのころのことだった。兄も兄の友達もみんな同じ医科大学の学生だったけれど、一緒に参加した女性たちはみんな別の大学の学生だった。奥多摩のキャンプ場にテントを張り、男子はバーべーキューの炉の準備、女性はお定まりのカレーライス作り、みんなそれぞれ甲斐々々しく手を動かしていた。

 両脚の間にバケツを挟んでじゃがいもの皮を剥いていたわたし、そのとき突然、お久しぶりですね…と声をかけられた。顔を上げたらいつの間にかM君がわたしの前に立っていた。M君は、こうした常連メンバーのひとりで、そのころ兄公認でお付き合いをしていたのだった。スレンダーな体型と繊細そうな細く長く白い指、額にかかったストレートな前髪、どこかシャイな感じがする彼だった。以前は毎週のように会っていたのだったけれど、あの秋山謙一が現れてからというものは月にわずか一度ぐらいしか会っていなかった。最近はとてもお忙しいみたいですね、なかなか会ってもらえないけれど、また、ぜひ時間を作ってくれませんか…、M君はあくまでも丁寧で上品な青年紳士だった、だが、そんな彼の言葉の中になにか猜疑心といったものがありはしないかと、わたしはとても不安になった。

Chapter 4

 そろそろ夏休みが終わろうかというある日、秋山謙一から電話がかかってきた。聞けば、九州の郷里に帰っていたのはほんの数日だけのことで、すぐまた上京してバイトに精出していたと言う、だったら、もっと前に知らせてくれればよかったのに…と愚痴を口にしたことを覚えている。きっと前借りのバイト料か郷里で誰かからもらったお金で、とりあえず腹は満たせていたのだろうと、皮肉な気持ちがゆっくり頭の中を通り過ぎた。

 なんだかずいぶん長い間会わなかったような気がした。そう言えば幾分顔色が良くなっていたし、多少はふっくらして見えた、そのせいか、これまで、時折ふと感じていた荒んだ表情がすっかり消えていた。久々の郷里は彼の心をしっかり癒したのだろう、とにかく元気そうだった。オレさ、就職が正式に決まったんだ…、開口一番彼はそう言った。大阪に本社がある化学プラント関係の会社で、そこで企画部門に配属されるらしいと彼は説明した。その企業の名前にわたしは記憶がなかったけれど、彼の嬉しそうな表情を見るまでもなく、それはとても喜ばしいことだった。

 今日はオレがご馳走するよ、何が食べたい…、おやおや…、彼の口から初めて耳にする言葉だった。何が食べたいって言われても、そうだ、はじめての時に一緒に食べた中華料理店に行ってラーメンと餃子とご飯にしましょうよ…、いいね…、こうして秋山謙一にご馳走になるラーメンと餃子はひときわ美味しいものだった。ねえ、いまさら聞くのも変だけど、謙さんって、下宿どこにあるの…、そのころになってはじめて、彼がどこで寝起きしているのかを知りたくなったのだった。

 下落合さ…、下落合、それってどこなの…、高田の馬場さ、山の手線の高田の馬場で降りて、ちょっと歩いた、神田川のほとりのボロアパートさ。早稲田大学の近くなの…、あ、いや違う、早稲田側ではなくて小滝橋の方へ…、ねえ、連れてって…、オレのアパートにか…、ええ…、そりゃいいけど、オレの部屋を見たらまた貧血を起こして気分が悪くなるぞ…。

 気分は悪くならなかった、だが、たしかに、それに近いものはあった。彼のアパートは彼が説明したとおり、高田の馬場駅から西に小滝橋通りを幾らか歩き、その先で右折して細く急な坂道を下った先、神田川の護岸ぎりぎりに建てられたモルタル仕上げの二階建てのアパートだった。玄関から一歩踏み込むと突然慣れない異臭に襲われた。狭い階段を上がり廊下を進んだ先、痛んだ木製のドアを引くとそこが彼の部屋だった。

 沓脱ぎの部分が小さく四角に切り取られた一畳ほどの板の間とその奥のわずか三畳の和室、それが彼の城だった。長押に渡したロープに彼が自分で洗ったらしいシャツや下着が、それでも一応整然と吊るされていた。布団は部屋の隅に丸めて置かれていて、書籍が直接壁際の畳の上に積み上げられていたが、机は見当たらず、古びた折り畳み式の丸いちゃぶ台と一枚の座布団、盆の上に並べた湯呑やグラス、湯沸しポットと目覚まし時計、調度といえばそんなものだけだった。部屋の奥側にプリント柄のカーテンが引かれた窓があったが、西日がまともにあたるこの部屋の中はたまらなく暑かった。だが、耐えられなかったのは暑さではなく、なんとも粘っこい男の臭いだった。

 そんな彼の生活ぶりを、その晩わたしは余さずチーに報告した。ねえ、お春、あんた、もうよしなさいよ、もう手を引いたほうがいいよ、そこから先まで行ったら、お春、あんた、絶対ヤバいことになっちゃうよ…。ヤバいって…、ヤバいよ、お春、アレが止まっちゃったら、あんたどうするの…、そんな〜、そんなことわたし絶対しないよ…、分かるもんか…。

 わたしはチーの忠告を無視することにした。それからというものは時々、直接彼のアパートを訪ねるようになった。そんなある日のことだった。たしか、彼のアパートを出たのは日が暮れてからだった、その上に学生相手のお手軽な飲み屋で珍しくお酒が進んでしまって、だから店を出たのはすっかり遅い時刻になっていた。彼はタクシーがつかまるまで一緒に居ると言い、二人して大通りの信号のところに立って空車を待っていた。そのとき、信号待ちで目の前に止まったクルマの助手席に見知った中年婦人が乗っているのに気がついた。

 いえ、気がついたのではなかった、先に気がついたのはその女性のほうだった。ガラスを下ろした窓を通して彼女は車内からはっきりとわたしを見止めたのだと思う。視線を感じて、わたしはそれではじめてその女性が顔見知りのあの人だと気がついたのだった。その人は横浜に住む叔母と親しく、叔母が催すホームパーティにはかならず参加していたし、わたしも通学の関係もあって、叔母の家に自分の部屋を貰っていて、その当時は月の半分ぐらいを叔母の家で過ごしていたからだった。

 それと知って反射的に、わたしは顔をそむけた。こんな夜遅くに、下落合などという普段はまるで縁のない土地で、秋山謙一という男と一緒に居ることだけは誰にも知られたくなかった。やがて信号が変わりクルマは走り去って行った、不安だけは残ったが、まさかあの人がわざわざ叔母に告げ口をするとも思えなかった。 …後編に続く…       
                                                       
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カサブランカ

2012年01月12日 | ・haruのひとりごと  「ザラ紙ノート」 
  
photo:左・映画「カサブランカ」のポスター、右・クーデンホフ伯夫妻


 「カサブランカ」という映画をご存知でしょうか。第二次世界大戦下の1942年に公開されたアメリカ映画で、今日から言えば往年の名優と言うべきでしょうが、都会的なスノビッシュさがウリだったハンフリー・ボガ―ドと北欧系の美貌の持ち主イングリッド・バーグマン、この二人がとてもいい雰囲気を醸し出しています。わが国でも戦後になって公開され、以降六十数年、いまだにファンが多い不朽の名画のひとつです。ついでながら、この映画の全編を通じて流れるテーマ曲As Time Goes By もまた「時の過ぎゆくままに」という邦題を冠せられて親しまれています。

 簡単にストーリーをご紹介しましょう。舞台は仏領モロッコのカサブランカ、時はナチスドイツがついにフランスを制圧し首都パリに侵攻した時代。ナチスドイツの手を逃れてアメリカへ渡ろうとする者たちにとっては、まだドイツ軍に占領されていないカサブランカは、中継地リスボンに向かう前にどうしても通過しなければならない寄港地、この町でアメリカ人のリックが経営しているナイトクラブ「RICK`S」は、そうした亡命者たちの溜り場になっていました。

 ある日のこと、ドイツ側のアタッシェを殺害してパスポートの束を奪った犯人を追ってドイツ軍の将校シュトラッサーがこの町にやって来ます。パスポートを盗んだウガルテという男にパスポートを預かってくれと頼まれたリックはパスポートを店のピアノの中へ隠します。やがてリックと気の合うフランス側の警察署長ルノーはウガルテを逮捕しシュトラッサーに引き渡します。

 その直後、反ナチ運動の首謀者ヴィクトル・ラズロと妻のイルザ・ラントが現れます。彼らはウガルテが奪ったパスポートを当てにしてリックのもとにやって来たのですが、イルザは、この店のオーナーがリックであると知って驚きます。

 思いがけない運命の出会いに驚いたのはリックも同じこと、リックは店を閉めたあと、ひとりグラスを傾けながら彼女とのことを回想します。ドイツ侵攻直前のパリで、リックはイルザと熱烈な恋に落ちていたのです。いよいよドイツ軍が侵攻して来たとき、二人は一緒にパリを脱出することを約束していました。にもかかわらず、彼女は、約束の時間に姿を現さず、そのまま消息を断ってしまったのでした。回想にふけるリック、ピアニストが気を利かせて弾きはじめたAs Time Goes By、彼はそれを厳しく制します。そのとき、イルザが一人で現れます。しかし、リックは彼女を冷たくあしらい追い返してしまいます。

 イルザの夫ラズロは闇商人の口から問題のパスポートがまだリックの手元に残されているらしいと聞き及び、彼を訪れて懇請しますがリックは応じません。二人の会見の様子を夫から聞かされたイルザは、再びリックを訪れ、パリで彼と恋に堕ちたのは、夫ラズロがドイツ軍に捕われ殺されたと信じ切っていたためであり、約束を破って姿を消したのは、出発の直前になって、夫は無事で、しかも病気で彼女の看護を求めていると知ったためだと事情を語るのでした。

 これでやっとリックの心も融け、二人の愛情はふたたび甦ったのです。翌日、リックは署長ルノーを訪れ、ラズロに旅券を渡すからそのとき彼を捕えろ、俺はイルザと逃げると語り、その手はずを整えさせます。なのに、その夜、リックの店にラズロとイルザが現れ、それに気づいたルノーが彼らを逮捕しようとした、そのとき、突然リックがルノーに拳銃をつきつけます。リックはルノーに、空港へ電話をかけてラズロ夫妻の旅客機を手配するようと命じます。しかし、ルノーは飛行場へ電話をかけているように見せかけながらシュトラッサーへつなぎ、暗に二人が出発しようとしていることを知らせてしまいます。

 空港に急いだリックがラズロとイルザをリスボン行の旅客機に乗せてやったそのとき、シュトラッサーが空港に駆けつけます。二人の出発を阻止しようとするシュトラッサー、阻止が成功しかかった、そのときリックの拳銃が火を噴きます。旅客機は飛び立ち、シュトラッサーの死によってドイツ軍とヴィシイ傀儡政権の呪縛から解かれたルノーは、リックとともに反独戦線に加わることを誓うのでした。

 これが映画「カサブランカ」のストーリーですが、ここで、興味深いエピソードをひとつ。イルザの夫ラズロ、このラズロは、リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーがモデルだと言われているのです。
このリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーという貴族、正しくはリヒャルト・ニコラウス・エイジロウ・クーデンホーフ・カレルギーといい、なんと、幼名を栄次郎、そして東京生まれ、母はクーデンホーフ光子、旧姓で言えばかの青山光子であったのです。
注:Richard Nicolaus Eijiro Coudenhove-Kalergi (1894.11.16〜1972.7.27)

 クーデンホーフ光子、旧姓は青山光子。明治7年(1874年)に東京の牛込(現新宿区)で生まれました。青山家はもともと佐賀県出身の商人であり、幕末のころに佐賀から江戸に出てきて、祖父の代に菜種油で財産を築いたといいますが、格別な家柄というわけでもないごく普通の家系。光子は青山家の三女として生まれました。ただ、光子は「今、自分がなすべきこと」を全力で成し遂げるといった性格の気丈な女性だったと言われています。 

 運命の人との出会いは明治25年(1892年)、光子が18歳のときのことでした。店先に出ていた光子の目の前で一人の外国人青年が落馬したのです。光子は、とっさに叫んで助けを求め、医師を呼び、自分も駆け寄って応急手当をしたそうです。 当時は、外国人に近寄るだけでも勇気がいった時代、しかし、苦しんでいる人を、ほうってはおけない!…、光子はそういう女性だったのでしょう。  

 落馬したのは、ハインリヒ・クーデンホーフ・カレルギー伯爵。大国「オーストリア・ハンガリー帝国」の駐日代理公使として日本に赴任して来たばかりだったのです。青年公使は、このとき一目で恋に落ちた…と伝えられています。間もなく二人は結ばれ、日本の国際結婚の第一号となったのでした。

 しかし、光子には迷いはありませんでした。私はこの道を行く!…と決めていたのです。明治29年(1896年)の春、光子はドイツ国境に近いボヘミアの古城に“伯爵夫人”として迎えられました。

 嫁いだ先はヨーロッパ有数の名門貴族クーデンホーフ家。クーデンホーフ家といえばハプスブルク家の皇女エリザベートの家庭教師も出している学問の誇り高き一族であり、夫のハインリヒはなんと18ヶ国語を自在に操ったと言われていますし、夫の曾祖父の時代には文豪ゲーテとも親交があったそうです。そんな家系に、開国したばかりの東洋の小国から来た花嫁。どんな未開人が来るのかと、初めからそうした先入観で見られたことでしょうし、以降もなにかと苦しめられたことは疑いもないでしょう。まあ、お母様の青山光子さんについてはまたいずれ…。

 それはともかく、彼リヒャルトと言えば、汎欧州主義(Pan-Europeanism)の提唱者であり、反ナチス運動の先鋒でもあったのです。汎欧州主義とはその字のごとく、ヨーロッパ圏の各国を一体的に捉え、ひとつに統合するか、あるいは一体性を高めることを志向する思想のこと。いわば、今日のEUの礎となった思想と言っていいでしょう。そのために、彼は今日EUの父と呼ばれています。
 もし「カサブランカ」の劇中、ラズロが空港でドイツ将校シュトラッサーによって拘束されていたとしたら…、リックが拳銃の引き金を引かなかったら…、今日のEUは実現していなかったのでしょうか…。 引用文献:Wikipedia
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おしゃべりアーカイブ …♯2…

2011年12月06日 | おしゃべりティールーム
    

        


               ……いらっしゃいませ……
                こちらは元「おしゃべりキャフェ」です。 こちらもそろそろ満杯になりましたので、
                お書き込みを締め切らせていただき、新たに 「おしゃべりアーカイブ」 として
                大切に保存することとさせていただきました、あしからずご了承くださいませ。






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あるサークルの場合

2011年10月26日 | 春の不定期ダイアリー


2011-10-10

 あるサークルにぶらり行ってみました、その理由は、先生について教わっている厳しいレッスンとはまた違って、もっと気楽にのびのびと歌ってみたかったからだったのです。もちろん本格的にこの新しいサークルで…とまでは考えていませんでした。いわば、ちょっとのぞいて見るだけといった体験受講、気に入ればその段階で正式にメンバーとなるかもしれないといった感じでした。

 先生はとてもいい方でした。お人柄もいいし音楽的な知識のレベルも高そう、その点ではとても気に入りました。生徒さんたちもいい人ばかり、初対面なのに、もうすっかり打ち解けた親しげな笑顔、その表情はとても緊張をほぐしてくれました。その日の教材曲はシークレットラヴ、この曲は、たしかドリス・デイが映画カラミティ・ジェーンの中で歌っていた曲、とても可愛らしく、またとても歌いやすい曲なんです。

 でもねえ、みんな声がとっても小さいのです、もっとのびのびと大きな声で歌えばいいのに。わたしひとりが体験受講の身でひとり大きな声で歌うわけにも行かないし。そして、レッスンが終わったあとは、みなさん揃ってすぐ隣のファミレスに…。それぞれ主婦の身とあっては、毎週のレッスンはまたとない外出チャンス、だからついでにおしゃべりもというわけ。

 ひとつ聞いていいですか、皆さんは歌う声をずいぶん抑えて歌ってらっしゃいましたよね、なにか、そういう風に指導されているんですか…、ついわたしはそう聞いてしまったんです。そうしたら、お恥ずかしいけれど、結局は自信がなくて…という返事、でも、なにが自信がないのかしら…、歌うことに自信がないから、英語の歌詞だから…。

 だって、最初から英語の歌詞の曲を教わりに来ているんでしょう…とおもわず口にしかかったのをぐっとこらえたのです。そうでなくてもシークレットラヴという曲の歌詞はとてもやさしくて、中学校の英語力でも辞書を使わなくて訳せるはずなんですから。でも、みなさんはカラオケに行ってお歌いになるんでしょ…、いいえ、いつもこうして、レッスンが終わったらお茶かお食事なんかして、それで終わり…。

 それで終わり…、ええっ、それって信じられない。わたしなんか一曲教わったら、ひとりでもカラオケに行って3時間ぐらいは復習してきたぐらいだもの。なるほどねえ、街のカルチャーってこういうものなのね、これじゃ、ちょっと期待が大き過ぎたかもね。あら、もうこんな時間…、ひとしきりのおしゃべりが終わったら皆さん駐車場へ、そしてそこから次々に出てきたのはポルシェ、アウディ、レクサス、エトセトラ。こりゃとてもわたしの来る世界じゃなかったってことだね。


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参ったな

2011年10月26日 | 春の不定期ダイアリー

2011-10-22

 しっかしあきれてしまう、フランス人のなんという不能率さ、最初は、九月には…とか言っていた手続きが、だってもう十月も終りが近いじゃないよ。パリジャンといえば合理主義の権化とも言われるほどだけど、それにしては意外なほど非能率的、つまり、いっぱしのユユークな理論は展開するけれど、それじゃあ…となれば、なにかを突き詰めてキチンとやるのは至って不得手。

 まあ、そんなことはどうでもいいけどサ、いつになったら話し合いと手続きの場がセッティングされるというの、お役所もお役所だけど、…世の中なんて所詮こんなもの、これも人生さ…と、のんびり構えていられる弁護士も弁護士、いいかげんにして欲しいよ、まったく。

 こんな調子じゃだんだん寒くなるし、ノエル(クリスマス)のムードが高まってきかねない、そうなったらますます非能率が顔を出してくるだろう、さあ、今夜あたりまた電話してお尻を叩かなくちゃ、やれやれ。

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