紫の朱を奪う

日々の随想

花火

2017-08-10 14:09:52 | 日記

DAOKO×米津玄師/打上花火




先週末に花火をみた。

以前は滑稽に思ったけれど、今では親近感を感じている音楽家がいる。

彼の曲が大音量で流れ、その音楽にのって真っ暗な空に花が咲いた。

自分の声が、歌が、こんなに大きな音で世界に鳴り響くなんて、どれほど気持ちがいいものだろうか。

彼がここにいないのが残念だ。

こんなにもたくさんの心を震わせていることを、彼は知っているのだろうか。


音楽はすごい。

誰かと簡単にコラボできる。

作家や画家、スポーツ選手、

花火師とも共演できるなんて。

もともと花火自体が持つ人を動かす力と、音楽の力で、想像もしなかった場所へ連れて行ってくれる。

想いがこもった花火ほど心が動かされる。

説明がなくても、その音、大きさ、輝きから想いは伝わってくる。


これまで私がみた花火と音楽の共演は、音楽がかかっている間、ひたすら打ちあがっていた。

彼の曲とコラボした作品をデザインした人は、間奏の間は打ちあげないことに決めたようだ。

その曲の間奏は長くて、その間にいろいろなことを考える。

確かに打ちあがりっぱなしだと色気がない。

大切なのは緩急だと以前教わったことを思い出す。


間奏では休憩という判断は素晴らしい。

強弱がつくし、

その間に風が煙を流してくれて、

間奏後にはずっと美しい姿をみせてくれるだろう。

期待は高まる。


自分の状況と重なってはっとした。

休憩は、悪いことじゃない。

むしろ、それ以前よりもくっきりと輝きを放つために大切なこと。

励まされた。


3年前も同じ場所で花火をみた。

当時も今も、震災復興への想いが花火に込められていた。


別の女性歌手の歌に合わせた作品をみながら6年前のことを思い出す。

だれかを想う気持ちが、人と人とを結びつけたり、強く結んだりした。

それはこれからもきっと続いていく。
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