台風は遠のいて行ったようだ。夕方には青い空が広がり、太陽が照り付けてきた。また、暑い日が戻ってくる。台風の進路がまだどうなるのかという午前中、「何もやることがないのなら映画でも」ということになり、『アンダルシア―女神の復讐』を観て来た。フランス・スペインを舞台にしたスケールの大きな映画だったのに、どういうわけか時々眠ってしまった。推理ものであるし、活劇もあって、いったい犯人は誰なのか、黒幕は?と思いながら観ればよかったのかも知れないが、予備知識もなかった私には何も面白いところがなかった。
中心人物となる黒木メイサの目的もわからないし、外務省職員の織田裕二の任務や国際警察の伊藤英明の役回りもよくわからなかった。ただ、スペインの景色は素晴らしかった。アンダルシアは行ったことがないけれど、丘の上に街が築かれている風景はよくスペインで見かけた。原作は小説なのだろうか、いや漫画ではないのかと思うような映画だった。漫画『ゴルゴ13』や映画『007』を彷彿とさせるけれど、何か物足りなさがあった。むしろ私には昨夜観たテレビドラマ『下流の宴』の方が興味深かった。
『下流の宴』は昨夜が最終回だったが、思わぬ展開だった。しかしこれしかないと思われる結論であった。黒木瞳が演じる母親こそは日本の母の象徴かも知れない。プー太郎の息子をまともな人間にするために一生懸命で努力する。確かにそれは息子のため、息子の将来のためである。けれども母親としてのエゴが働いている。これを非難することも出来ないと思う。何しろ社会的な地位や高い収入がなければ幸せになれないと思っている人に、「そうばかりではないよ」といくら言っても無駄だろう。
このドラマにはそうした人生の目的というか価値をどう捉えるかというテーマがあった。プー太郎には何も期待できないと悟った彼女は、長女が生んだ赤ん坊を育てながらまた上昇志向の夢をこの赤子に見ている。子どもに期待せずに自分自身が、「上流の人」になればいいのにと思ったけれど、彼女自身は一流企業の部長夫人の地位を得ている。幸せかどうかではなく、どこにいるかが彼女には大事なのだ。何億円というお金を動かすエリートサラリーマンの妻の座を射止めた長女が「シンデレラが靴を置いていったのは偶然ではないの。欲しいものを手に入れるためにはそういう努力が必要なの」と言う。
『下流の宴』にはそういうセリフが随所に出て来て面白い。「負けることを勉強するのが人生だ」とか、「自分は頑張れても、人を頑張らせることは難しい」とか、「本気で人を愛したから変わることが出来た」とか、林真理子さんはいい小説を書くねぇと感心した。プー太郎の息子は「頑張る人とは一緒にいられない」と何もしない人生を選ぶ。私はそうした彼の生き方に共鳴するけれど、それで果たして彼は自立した生活が出来るのだろうかとちょっと不安になるが、結局は自分が納得できる人生を歩むことなのだろう。けれど、自分が納得できる人生などあるのだろうか。
中心人物となる黒木メイサの目的もわからないし、外務省職員の織田裕二の任務や国際警察の伊藤英明の役回りもよくわからなかった。ただ、スペインの景色は素晴らしかった。アンダルシアは行ったことがないけれど、丘の上に街が築かれている風景はよくスペインで見かけた。原作は小説なのだろうか、いや漫画ではないのかと思うような映画だった。漫画『ゴルゴ13』や映画『007』を彷彿とさせるけれど、何か物足りなさがあった。むしろ私には昨夜観たテレビドラマ『下流の宴』の方が興味深かった。
『下流の宴』は昨夜が最終回だったが、思わぬ展開だった。しかしこれしかないと思われる結論であった。黒木瞳が演じる母親こそは日本の母の象徴かも知れない。プー太郎の息子をまともな人間にするために一生懸命で努力する。確かにそれは息子のため、息子の将来のためである。けれども母親としてのエゴが働いている。これを非難することも出来ないと思う。何しろ社会的な地位や高い収入がなければ幸せになれないと思っている人に、「そうばかりではないよ」といくら言っても無駄だろう。
このドラマにはそうした人生の目的というか価値をどう捉えるかというテーマがあった。プー太郎には何も期待できないと悟った彼女は、長女が生んだ赤ん坊を育てながらまた上昇志向の夢をこの赤子に見ている。子どもに期待せずに自分自身が、「上流の人」になればいいのにと思ったけれど、彼女自身は一流企業の部長夫人の地位を得ている。幸せかどうかではなく、どこにいるかが彼女には大事なのだ。何億円というお金を動かすエリートサラリーマンの妻の座を射止めた長女が「シンデレラが靴を置いていったのは偶然ではないの。欲しいものを手に入れるためにはそういう努力が必要なの」と言う。
『下流の宴』にはそういうセリフが随所に出て来て面白い。「負けることを勉強するのが人生だ」とか、「自分は頑張れても、人を頑張らせることは難しい」とか、「本気で人を愛したから変わることが出来た」とか、林真理子さんはいい小説を書くねぇと感心した。プー太郎の息子は「頑張る人とは一緒にいられない」と何もしない人生を選ぶ。私はそうした彼の生き方に共鳴するけれど、それで果たして彼は自立した生活が出来るのだろうかとちょっと不安になるが、結局は自分が納得できる人生を歩むことなのだろう。けれど、自分が納得できる人生などあるのだろうか。











「負けるのは・・・」
「自分は・・・」
「本気で・・・」
そのセリフは全部、原作にないのです。
脚本家のオリジナルだと思います。