友々素敵

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ボブ・ディランを教えてくれた『ガロ』

2016年10月14日 17時42分21秒 | Weblog

 ノーベル文学賞はボブ・ディランさんだった。歌手の受賞は初めてという。ボブさんの歌を私は知らないが、彼の名前は知っている。それは『学生街の喫茶店』という歌に出てきたからだ。「君とよく来たものさ 訳もなくお茶を飲み話したよ 学生でにぎやかなこの店の 片隅で聴いていたボブ・ディラン」。

 1970年前後は学生運動が世界的に広がっていた。アメリカでもベトナム反戦運動や公民権運動が盛んで、若者たちを中心にデモ行動が激しかった。ジョーン・バエズさんやボブ・ディランさんが若者たちと一緒に行進している映像をニュースで見た。今はその面影もないが、ヒラリー・クリントンもそんな若者のひとりだったと彼女は伝記に書いている。

 私が高校の教員となったのは1967年。学校は工業高校のデザイン科で、3年生の中にいつもギターを弾いている生徒がいた。私は授業を受け持ってはいなかったが、担任の先生が病気だったりして彼らと接する機会はあった。教官室の隣りが平面専攻の生徒たちの実習室だったので、時々覗いて作品作りを手伝ったりもした。

 彼らからすればたった4つしか違わないから先生とは思えなかっただろう。「大野、作品やらなくていいのか」とギター弾きに声をかけると、胡散臭そうな目でチラッと見て教室を出て行ってしまった。彼らが卒業して、「大野はアングラ劇団にいる」とか噂を聞いたが、実際に見たのはテレビに映った姿だった。

 高校生の時と変わらず、人生を知り尽くした姿で歌っていた。翌年の1973年にはレコード大賞を受賞、NHK紅白歌合戦にも出場した。学校では杉本健吉さんと並ぶ有名人だ。私は授業のない1年間だけの付き合いだったのに、クラス会の度に呼んでくれる。『ガロ』の大野真澄くんも東京からやって来る。今もちょっと斜に構えているが、飲みだせば誰もが高校3年生になっている。

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