友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

高校新聞部の集い

2017年07月13日 16時19分30秒 | Weblog

 不思議に思う。人は共有する過去を持っていると、それから半世紀も経ていても、まだ昨日のように話すことが出来る。高校の新聞部で共に過ごした7人で会った。卒業の時のアルバムには女子ひとり、男子7人が写っている。私は1年の後期から編集長を命じられた。書くことは好きで、毎号何か書いていたと思う。男子7人のうちの5人は記事を書いていたが、あとの2人が記事を書いていた記憶がない。

 その2人のうちのひとりが同窓会に来ていると聞いて、参加を呼びかけたところ快く参加してくれた。そこで、「アルバムに載っているけど新聞部だった?」と無礼な質問をしてみた。すると彼も「部員だったのかなー」と言う。「可愛い女の子がいつも居たんで‥」と言うが、新聞部のマドンナは可愛い女性というより男勝りだ。下の学年の女性部員の友だちの女の子が新聞部に出入りしていたから、きっとその子のことだ。

 「ああ、オレの初恋の人」と図々しく言う奴がいる。新聞部の部室の奥に音楽室があって、毎朝、その子はピアノを弾いていた。私はそのため早朝から部室に来ていたが、彼女はみんなに好かれていたのだ。ちょっとひょうきんで、よく笑う子だった。私は彼女に便箋13枚の手紙を書いたが、封も切らずに返された。新聞部には記事も書かない者が出入りしていた訳だが、そんなに人気があったのだろうか。

 私が編集長だった1年の最後の号は卒業特集だった。校長のあいさつ文の隣りの『論説』欄で、「高校生の政治批評は、大人達の心配するようなものでなく、もう少し純粋なものと見てくれないものか。(略)いま少しばかり生徒に言論の自由を―大げさか―である」と主張したものが校長の逆鱗に触れ、私は校長室に呼び出されて「注意」を受け、他校に配布してはならないと命令された。

 そして7月に私たちは『理想の会』を発足させ、自分たちの新聞『理想』を発行し、校門の外で配布した。費用は私たち自身が捻出したが、その記録を私が書き留めていたので、昨日、それを発表した。最高金額600円を提供してくれたのが、今回参加してくれた彼だった。「覚えていないなー」と彼は言うが、共謀罪が施行された今となっては「立派な証拠だ」と大笑いになった。

 今晩は長女からの「父の日」のプレゼント、『谷村新司コンサート』に出かける。

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