友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

度が過ぎれば狂気でしかない

2017年03月06日 18時33分23秒 | Weblog

 先日会った人からちょっと変わった話を聞いた。「おはようとか、行ってきますとか、言ったことがない」と言う。母親から「挨拶はしなくてもいい」としつけられたというのだ。「親しき仲にも礼儀あり」と言っていた我が家とは大違いだ。でも、話をよく聞いていると、どうやらその母親は「形式にとらわれるな」と教えていたように思う。

 朝なら、「おはよう」と声を交わすのが普通というか、礼儀だと思うけれど、心のともなわない挨拶ならしない方がいいということなのだろう。でもなあー、確かに心を込めて挨拶することは大切なことだとは思うけど、顔を会せても何も言わない方がはるかに失礼なことではないだろうか。世の中では「心から」ではなくても、たとえ「表面的」であっても、挨拶を交わすことの方が大事な気がする。

 その母親は近所付き合いも親戚付き合いも一切しない人だったという。無理に自分を殺して付き合うことなどない、本当に心を許せる人と付き合えばいい、そんな風にとてもピユアな心の持ち主だったのかも知れない。世の中はウソがまかり通っている。そうならないように、一切の形式から身を引いておきたかったのかも知れない。

 それで母親は楽しく生きられたのだろうか。「あなたはどう思ったの?」と聞いてみたが、「とにかく母親の顔色しか見てこなかった」と言う。「初めて会う人にはどう接していいのか分からないし、いつも自分の感情を押さえていて、自分でも本当の自分がどれなのか分からない」と話す。純粋であろうとするのに、逆に仮面をかぶって生きているようだった。

 NHKの金曜ドラマ『お母さん、娘をやめていいですか』が重なった。母親はひとり娘が異常なほど可愛くて、娘に好きな男性が出来ると発狂したように妨害するが、「あなたの好きなようにしていいのよ」と平気で言う。それで、娘が家を出たいと言うと、「ママを殺して」とまで言う。先週で最終回だったけれど、本当に怖いドラマだった。我が子のためにと母親の誰もが思うけれど、度が過ぎると狂気でしかない。

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