友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

笑顔になった

2017年05月17日 18時37分50秒 | Weblog

 私を見た姉は、「あんた、普通の人になったねえ」と言う。えっ、何、それと思った。姉にとって「普通の人」でない私はどういう「私」だったのか。私は自分が格別に「変わっている」とは思っていないが、人はそれぞれだから「人と違っている」のは当然である。誰ひとり、同じ人生の人はいない。「普通」って何を指すのだろう。姉は何を言おうとしたのだろう。

 姉から見れば、私は14歳も歳下の色白で可愛い男の子だった。姉が「あんたは賢いね」と思ったのはきっと、中学の時に生徒議会の議長を務めたり、高校では生徒会長になったことを指すのかも知れないが、姉たちの時代と違って、これらの役は成績に関係なく選ばれる。私が賢ければもっとよい大学に進学していた。

 大学のことも姉は、「両親がいなかったから」と勝手に思い込んでいたのだろうか。大学の先生の推薦で東京の出版社で働いたのは、先生の配慮だけでなく期待を背負って東京へ行かせてくれたと解釈していたかも知れない。大きな舞台に立たせてもらった「賢い弟」だったのに、姉に相談もせずに東京から帰って来た。

 教師となったのに、内ゲバに巻き込まれて瀕死となり、教師を辞めて日本料理の店で働いたり、技工士のまね事をしたり、どうなってしまうのかと思っていたら、地域新聞を発行し、これで落ち着くと安堵していたら首長選挙に出たり、「やっぱり普通に生きられない」と心配してくれていたのかも知れない。

 ルーフバルコニーのチューリップやバラの写真を見せると、「誰がやったの?」と聞くので、カミさんが「この人」と私を指さすと、不思議な顔をしたのも、「普通の人になった」という思いだったのだろうか。全く別な話から、カミさんが「買ったらもう出来た気になってしまう」と失敗を語ると、「あんたの頭、古いね」と言った。これも何を意味するのか、実のところよく分からない。

 けれど、姉の言葉にみんな大笑いした。何だかよく分からないが、姉も姪っ子も妹夫婦もカミさんも笑顔になった。

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