詩と写真 *ミオ*

歩きながらちょっとした考えごとをするのが好きです。
日々に空いたポケットのような。そんな記録。

青森旅行2

2016年11月02日 | 雑記
青森旅行の一日目。
種差海岸を後にして、お昼を食べることにしました。ガイドブックに載っていた八食センターへ。着いてみるとすでに14時半を過ぎていました。ひと通り見て回って、自分で好きなお刺身を選んで丼にできるお店にしました。私は、食へのこだわりは薄いようです……。そして、舌もそんなに肥えてない……。繊細さがないところは文章からも伝わってます⁉︎おいしいものは好きだけど、すごく執着があるわけではない。食べられたらいいな、くらい。そんなわけで、魚介好きの人ならきっと興奮したかもしれないここで、私は普通のテンションなのでした。八食センターのみなさん、すみません。でもとにかく種類が多くて、見ているだけで(食べたけど)楽しかったです。魚介類は絵心を誘いますよね。絵を描きたくなります。さらにそこで魚介を買って帰る人について行って、料理を教えてもらいたいと思ったことでした。おいしい丼ごちそうさまでした。

八食センターを出て、目指すは十和田市現代美術館。外見からおもしろい。大きさの違う白い箱がコロコロ転がっている感じ。東京ではなかなかない、この優雅な敷地の使い方。素晴らしい。そしてそして、ここで、夫と私はある作品に大興奮してしまうのでした。ネットで調べたらロケーション(5)という作品だと出てきました(パンフレットをどこかにやってしまって見つけられなかった)。ということはずっと展示される作品ではなく、いずれ6とか7になって違う作品に代わってしまうのでしょうか?ハンス・オプ・デ・ピークという人の作品だそうです。

最初は暗くてなんだかよくわからず、目が慣れてきて、少し進んで、ようやく見えてきた……あ、この感じ、夢の中みたい!夜中に見る夢ではなくて白昼夢のように見ていた夢の中の世界みたい!大好きだ、私、こういうの、というか、知ってる、こういう世界!なぜなぜ?(と、なぜか思ってしまう)

これは一体どうなっているのだろう。
座ったり。歩き回ったり。また座ったり。大興奮です。もう閉館まであまり時間もないというのにかなり長いことそこで時間を費やしてしまいました。そしてやっぱり走ることになる。

2010年かな、気付けば、もう6年も前。瀬戸内国際芸術祭のとき、男木島でも、私にとってツボ(という言い方が正しいかはともかく)の作品を見つけて、大岩オスカールさんという人が作ったそうなのですが、こちらも、子どものころから漠然と、こういう世界っておもしろいよね〜と思っているような部分を刺激してくる作品なのでした。単純に言ってしまえば、白地に黒で描かれた絵が両側にある鏡によってその世界がずっと向こうまで続いているように見える(カーブして見えるのが味噌!円になって向こうでつながっているように感じる)、という作品なのですが、絵の雰囲気とその鏡とで、私のツボに効果抜群なのでした。確か火事で焼けてしまって、それを新聞で見たときにはがっかりしました。でもいまも他の場所や、また男木島でも、この方は作品を作られているようですね(私も他の島でも見たように思う)。

そして、十和田市現代美術館で見つけた作品も、私のそういう箇所、原始の部分?のツボを刺激しまくりでした。 ずーとそこに、座っていたかったです。その心地をうまく説明できないです。もしかして、詩でなら、表現できるのかな?とても難しいと思うけど……。他の人はその作品をどう感じたのか知りたい。そしてやっぱりすごく反応した人が、自分と同じような感覚を覚えているのかどうか知りたい。ひとつ、これに関連して思うことがあるのですけどね……。

私は昔から工場の景色が好きで、その好きさが、なんというか不思議な好きさで。郷愁のような、憧れのような、不思議な感じ。学生の頃は、いま考えると危ないことですが、夜、自転車で工場地帯というか、倉庫街というか、そういうところをぐるぐるしたりしました(ネクラ)。あるとき、テレビを見ていたら、ウィンクの相田翔子さんが、デートをするなら工場地帯をドライブするのがいい、と言っていて、わ、ここにもいる!工場好きな人が!と驚いていたら、そのあとしばらくして「工場萌え」という言葉、それとも現象?があることを知り、工場好きな人、いっぱいいるんだ、なんなんだろうこれは、と思ったことでした。人間は生まれる前、きっと工場で作られているのですね。それとも前世の記憶かな。だってあの良さ、普通の良さじゃないですよね?それとも好きってどれもそういう感じなのかしら。

この作品もだから、同じように「萌え」てしまう人がいっぱいいるんだろうな、と思います。それがなんだか、不思議だな、と。なぜ私たちはそれをいいと思うのか……、それもこんなにも独特の気持ちで。なんというか、体温のない、というか、どちらかというと無機質な景色にきゅーんとしてしまう、この気持ち。まだほんの小さかった頃に、郷愁の心地を知っていた、という不思議にもつながるような、何か。とても薄いヴェールのようなものではありますが(つまりほぼ忘れているということ……)、私の人生の密かなテーマかもしれない。

話を元に戻して、ロケーション(5)サイコーでした!どうなっているのか、夫とあれこれ予想して、でも秘密なんだろうな、と思っていたら、通りかかった学芸員さんがあっさり教えてくれました。そしていまネットで調べてみたら、美術館の作品紹介のところにもちゃんと書いてくれちゃってました。事前に読んでおかなくてよかった。

美術館好きの友だちに報告したら、いますぐ見に行きたい!と言っていたので、内容についてはひとことも触れられなくなりました。ぜひ驚いてもらいたいから。ネットで検索しませんように。あ、でも作品名も作家名も伝えてないから調べようもないか。ただ興奮だけを伝えたという……。

またまたかなり長くなってしまったので大幅にかなり強引に端折りまして、他の作品もとても面白かったです。十和田市現代美術館、素敵でした。また行きたい。ロケーション(5)待っててね。

そして美術館は閉館時間になり、私たちはその日の宿、星野リゾート奥入瀬渓流ホテルへと向かったのでした。着くのが遅くなってしまったので、翌朝の、森を散策して苔を観察し、コーヒーを飲ませてもらえるというツアーはもう一杯、じゃなくてもういっぱいで、参加できないと言われて泣きそうでした。

でも!晩ごはんを食べて(焼きたてアップルパイに交代で何度も並ぶ夫婦。おいしいけど、おいしいのに、おいしいから、すぐ食べ終わってしまうのです。)、ラウンジで行われる森の学校の講座をコーヒーを飲みながら聞いて、私こういうの大好きです、とても楽しかったです。

おやすみなさい。

タコの脚がすごい、なまめかしい。八食センター


十和田市現代美術館











原始な部分と書いたけれど、前世の記憶かと思ってしまうけれど、たぶんたぶん、この生においてのどこかの記憶、それを見ているときの気持ちの記憶、というのが正解に近いのだろうな……。でも、ちょっとした景色に、未知という魅力をめいいっぱい膨らませて感じ入る、感覚は、歳を取るほど薄れていく……。惜しいとも思わずに。惜しいことではないですか!
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