前出の茂庵一帯は
大正時代、大阪で運送会社(現在の谷川運輸倉庫株式会社)を興した実業家
谷川茂次郎が、所有していた吉田山に広大な森の「茶苑」を築いた遺構なのです。
茂次郎は実業家の一方、裏千家に入り茶道を深く嗜みます。
そして茶席を催すため、大正末期〜昭和初期にかけて
茶室8席 月見台 楼閣など次々と建築していきました。

茂次郎没後、50年程封鎖されていたこの地に現存しているのは
点心席=食堂(現・茂庵)と茶席二棟。
当時は、食堂で点心を食してから茶室へと向かったようです。

1階に調理室、2階に食堂を配置し、軸部や小屋組を丸太材で構成し
東側は懸造り風の外観としたのが特長的です。
京都市「登録有形文化財」(H16/8/17指定)
でも特にご紹介したいのは
茂庵への登り道で見かけたレトロな住宅群!
神楽岡町方面から茂庵を目指して登ると
吉田山の中腹斜面を横切るように、平行に走る通路が階段状に数本造られ
その通路に面して、格子戸を備えた瀟洒な住宅が整然と並んでいるのです。

不思議な静けさが漂う家並み

家の高さと同じ段差を持つ階段状の造成地ゆえ
玄関を山側に向けて建てると、向かいに家はありません。
つまり、どの家も裏庭に朝日が差し込み
どの家も、奥の窓から大文字の眺望が開けているという造りです。

実はこの住宅群も谷川茂次郎が開発したもので
吉田山東斜面一帯を8ブロックに分け階段状の造成を行い
大正から昭和初期にかけ、貸家住宅を建築していきました。
どの家の屋根も「銅板葺き」で統一されていたため
現存する住宅の屋根は、綺麗な緑青の色を見せています。
この貸家は、おもに京帝大や三高の教官が借りて住んだと言われています。
階段での生活を考慮しても、住んでみたくなる素敵な町並みです。
大正時代、大阪で運送会社(現在の谷川運輸倉庫株式会社)を興した実業家
谷川茂次郎が、所有していた吉田山に広大な森の「茶苑」を築いた遺構なのです。
茂次郎は実業家の一方、裏千家に入り茶道を深く嗜みます。
そして茶席を催すため、大正末期〜昭和初期にかけて
茶室8席 月見台 楼閣など次々と建築していきました。

茂次郎没後、50年程封鎖されていたこの地に現存しているのは
点心席=食堂(現・茂庵)と茶席二棟。
当時は、食堂で点心を食してから茶室へと向かったようです。

1階に調理室、2階に食堂を配置し、軸部や小屋組を丸太材で構成し
東側は懸造り風の外観としたのが特長的です。
京都市「登録有形文化財」(H16/8/17指定)
でも特にご紹介したいのは
茂庵への登り道で見かけたレトロな住宅群!
神楽岡町方面から茂庵を目指して登ると
吉田山の中腹斜面を横切るように、平行に走る通路が階段状に数本造られ
その通路に面して、格子戸を備えた瀟洒な住宅が整然と並んでいるのです。

不思議な静けさが漂う家並み

家の高さと同じ段差を持つ階段状の造成地ゆえ
玄関を山側に向けて建てると、向かいに家はありません。
つまり、どの家も裏庭に朝日が差し込み
どの家も、奥の窓から大文字の眺望が開けているという造りです。

実はこの住宅群も谷川茂次郎が開発したもので
吉田山東斜面一帯を8ブロックに分け階段状の造成を行い
大正から昭和初期にかけ、貸家住宅を建築していきました。
どの家の屋根も「銅板葺き」で統一されていたため
現存する住宅の屋根は、綺麗な緑青の色を見せています。
この貸家は、おもに京帝大や三高の教官が借りて住んだと言われています。
階段での生活を考慮しても、住んでみたくなる素敵な町並みです。










