美濃路・THE美濃路

美濃路・THE美濃路は美濃路の旅、祭、図書館での資料等々をまとめた美濃路総集編ブログです。
 


    

立部社こがし祭

2016-10-17 | THE美濃路祭

                                     立部社こがし祭
        立部社こがし祭は美濃路沿いに建っている立部社のお祭です。
 
   ↓ 立部社辺りの図
  多くの地図を見ましたが、その多くの地図の記載は、立部社は美濃路沿いに建つ宮とはされていませんでした。美濃路ウオーキングマップ(トリミング)。平成21年稲沢市観光協会発行の地図を掲載します。
 私は美濃路路線図を持って美濃路の旅をしましたが、当初持参の地図に書き込まれていた美濃路の経路は青丸点線の所でした。意外なところで自分の間違いに気付くことになりました。美濃路は赤線の所になります。
 ⑫=北市場美濃路公園、⑬=立部社、⑭=亀翁寺という事になり、スタートと書かれている所は清須市との境になると思います。立部社の山車往路は美濃路を清須市との境の所まで行き、復路はそのままバックする形で立部社の所まで曳かれました。
   
 
 こがし祭は、江戸時代に飢饉が起き、神のお告げに従って「こがし」と呼ばれる団子を奉納したところ、飢饉が収まったため、神に感謝するために始まったとされる。五穀豊穣を祈願する祭り。
かつては津島神社「天王祭」と同じように川に山船として浮かべていたが、寛文9年(1669)、五条川の河筋が変更され、山車に改修されたという。
 
立部社の祭り、こがし祭を観に行きました。こがし祭は宵祭りで、昼間は氏子の人たちが子供達にジュースなどを渡していました。それほど大きな神社ではないとは思いますが、山車が町内に2台あり、大人と子供が入交り山車を曳く祭で、町内の人たちが祭を楽しんでいる様を見て、大変風情豊なお祭との印象をもって楽しんできました。
   ↓ 立部社
   
   ↓ 立部社幟
   
   ↓ 立部社幟
     
   ↓ 立部社拝殿
     
   ↓ 立部社狛犬
    
   ↓ 立部社遠景
 地元の方に話を聞くと、昔この山車が2台止まっている通りは美濃街道といわれました。早速稲沢市に問い合わせをしました。結果は地元の人が言われたことが正解でこの通りは美濃街道でした。
   

 ↓ 先月紙面に紹介掲載されたこがし祭り記事
 
 ≫ここよりは昼間に撮った山車等の写真掲載
   ↓ 山車(山車の屋根上には提灯の飾りはありませんでした。)
   
   ↓ 山車
   
   ↓ 山車
   
   ↓ 山車
   
   ↓ 山車
        
   ↓ 御幣と提灯
 御幣とは、おんべ幣束ともいわれる。白色または金色、五色の紙を幣串にはさんだもの。神霊が宿り、示現する依代(よりしろ)として神に供えられたもの。不浄を祓うために用いられるのは後代の習慣とされる。
   
   ↓ 山車に飾られた提灯
  詳細は分かりませんが、この部分が山車の上に飾られていたのではと思いました。
   
   ↓ 提灯
   
   ↓ 火災予防に消防自動車待機
   
   ↓ 夕刻の光景
   
 ◇午後7時頃より山車が曳かれました。
   ↓ 山車曳始まる
   
   ↓ 山車曳
   
   ↓ 山車曳
   
   ↓ 山車曳
     山車には舵きり棒などついておらず、舵きりは
人力で行われる。
   
   ↓ 山車曳
   
   ↓ 山車曲げ
   
   ↓ 山車曲げ
   
   ↓ 亀翁寺前
   
 ≫山車を止めて提灯の蝋燭点灯
   ↓ 蝋燭点灯
   
   ↓ 蝋燭点灯
   
   ↓ 蝋燭点灯
   
   ↓ 蝋燭点灯
   
   ↓ 蝋燭点灯
   
 ◇蝋燭点灯後の山車
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ 宵の山車
   
   ↓ アクシデント 提灯2張燃えるが大事にはいたりませんでした。
   
 ≫山車曳は清須市境まで、曳く方向を逆にして立部社に戻る。
   ↓ 立部社に戻った山車
   
 こがし祭りは山車が元の位置に戻ったところで終了となりました。
   ↓ 亀翁寺の表(祭の帰り道、美濃路沿いの亀翁寺撮る。)
   

  
   以上掲載しました。

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