美濃路・THE美濃路

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大山祭昔

2016-10-17 | THE美濃路祭

                  大山祭昔


 ◇大山祭(熱田神宮の摂社、南新宮社で行われていた祭)

 大山祭について・・・一条天皇の時代(986~1011)に全国的に疫病が流行し、熱田の里でも死者が多数出たので、人々は疫神(牛頭天王=素戔嗚命)を祀り祈った。すると疫病が鎮まって行ったので、その翌年から毎年6月5日(現在でもその日に尚武祭が行われている)に種々の練り物を奉祀し祭典を行ったのが、熱田大山祭の始まりといわれる。このお祭は熱田神宮の摂社である南新宮社で行われ、大山祭は南新宮祭ともよばれていた。文明元年(1469~1486)から山車が曳かれるようになったと伝えられている。
 熱田大山祭には3輌の大山と6輌の小山(車楽)があり、大山1輌と小山2輌が一組となり毎年交代(3年で1巡)で曳きだされた。明治時代に入ると電線が障害になり衰退していく。大山は戦災でほとんど消失、以来、山車に代わって巻藁船になったが、これも昭和48年を最後に廃止された。その後は熱田祭(尚武祭)に引き継がれている。因みに大山の高さは20mほどあったようです。
   ↓ 「南新宮 大福田社 日割社」図会  『尾張名所図会』
より
   
   ↓ 南新宮社図会  『尾張名所図会』より
   
 ↓ 熱田神宮境内図  赤矢印地点は南新宮社
 
   
   ↓ 現在の南新宮社=丹塗りの御社殿
   
 ↓ 大瀬古町大山

 
 ↓『熱田祭 大瀬古山』絵  『尾張年中行事絵抄』より
 この絵に描かれている橋は二十五丁橋でしょうか・・・。
 
 ↓ 「南新宮祭 大山車楽」図会 『尾張名所図会』より
 
   ↓ 『熱田町 大山之図』  伊勢門水画
   
   ↓ 田中町 大山
   
     ↓ 在りし日の田中村 大山組み立て

       
     ↓ 在りし日の大山  
     
     ↓ 在りし日の大山
     
     ↓ 古金襴に幕
     
   ↓ 横髪の社参(25丁橋附近)
 横髪の意味が知ることができていません。ただ、社参とあるので大山祭にかかわる役の人達でしょうか。
   
   ↓ 祭服装
   
   
   ↓ 所役の服装
   

   ↓ 大山の車輪
   
   ↓ 大山の曳縄
   

   ↓ 富江町車楽・須賀町車楽・神戸町車楽
   
   ↓ 中瀬町・伝馬町車楽
   

     
        完

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