
昭和38年3月23日に準備隊を設置し、同年7月5日から自衛隊のヘリコプターや艦艇でなければ適切な処置が困難な「緊急で小規模の救難活動」を任務として、防衛庁に組織された。特別救難本部は市谷に置き、館山、横須賀、入間、霞ヶ浦にそれぞれ支隊を置いて24時間待機していた、当時のパンフレットによれば、「Rescue」と書かれた表紙に続いて、部隊の任務や活動範囲などが記された資料が残されている。活動範囲は、それぞれの基地から半径約100kmの範囲を通常の救難範囲として示されている。この部隊は、航空自衛隊及び海上自衛隊に救難任務を付与したことで昭和44年7月31日を持って廃止されている。この部隊を運用していた市谷の特別救難隊本部の要員を持って、廃止の翌日から東部方面管制気象隊市谷派遣班が誕生する。陸上自衛隊の航空部隊の60年の歴史資料を収集している中で教えられたことは多い。写真は、昭和40年代初頭に市谷で待機する陸上自衛隊のH-19である。
読者の方から誤りをご指摘いただきました。航空自衛隊の救難隊は昭和33年から、海上自衛隊の救難隊は昭和35年から活動しているので、この特別救難隊が航空自衛隊の救難団の基礎にはなっていないとのことでした。お詫びして訂正します。ただ、当時のパンフレットは、間違いなく当時の任務などを記述されている貴重な史料であることには違いがありません。
読者の方から誤りをご指摘いただきました。航空自衛隊の救難隊は昭和33年から、海上自衛隊の救難隊は昭和35年から活動しているので、この特別救難隊が航空自衛隊の救難団の基礎にはなっていないとのことでした。お詫びして訂正します。ただ、当時のパンフレットは、間違いなく当時の任務などを記述されている貴重な史料であることには違いがありません。











「臨時特別救難隊」という陸上自衛隊の組織が有ったことをこちらのブログで
初めて知りました。付与された「緊急で小規模の救難活動」は、まさに現在の各地消防・防災ヘリの活動に通じるものではないでしょうか。
臨時特別救難隊は歴史的な経緯からすると、消防ヘリの創設(昭和41年)や、
その後に出来た海保特殊救難基地(昭和50年)の先駆になった組織かもしれないですね。