Blue Sky Love Sky

空を愛する者として各地を歩いた際の航空機の写真災害時の活用法などを掲載しています。現場の意見などコメントをください。

臨時特別救難隊

2011-11-30 22:52:20 | 趣味・航空機
昭和38年3月23日に準備隊を設置し、同年7月5日から自衛隊のヘリコプターや艦艇でなければ適切な処置が困難な「緊急で小規模の救難活動」を任務として、防衛庁に組織された。特別救難本部は市谷に置き、館山、横須賀、入間、霞ヶ浦にそれぞれ支隊を置いて24時間待機していた、当時のパンフレットによれば、「Rescue」と書かれた表紙に続いて、部隊の任務や活動範囲などが記された資料が残されている。活動範囲は、それぞれの基地から半径約100kmの範囲を通常の救難範囲として示されている。この部隊は、航空自衛隊及び海上自衛隊に救難任務を付与したことで昭和44年7月31日を持って廃止されている。この部隊を運用していた市谷の特別救難隊本部の要員を持って、廃止の翌日から東部方面管制気象隊市谷派遣班が誕生する。陸上自衛隊の航空部隊の60年の歴史資料を収集している中で教えられたことは多い。写真は、昭和40年代初頭に市谷で待機する陸上自衛隊のH-19である。
読者の方から誤りをご指摘いただきました。航空自衛隊の救難隊は昭和33年から、海上自衛隊の救難隊は昭和35年から活動しているので、この特別救難隊が航空自衛隊の救難団の基礎にはなっていないとのことでした。お詫びして訂正します。ただ、当時のパンフレットは、間違いなく当時の任務などを記述されている貴重な史料であることには違いがありません。
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明野レインボウ

2011-11-01 11:53:51 | 趣味・航空機
陸上自衛隊航空学校で展示飛行された「明野レインボウ」チームの演技開始のための進入です。今年はOH-6×4、OH-1×2、AH-1S×1、AH-64D×1機の合計8機のチームでした。このチームは操縦教官が臨時にチームを組んで短期間に猛練習をして実施しています。毎年多くのファンが撮影し航空雑誌などに掲載さえれています。演技はそれぞれの航空機の特性を最大限に発揮して任務を遂行するのに必要な操縦技術を学生に教育するために不可欠な要素を集めて構成されています。井上3佐をチーム長として相互の信頼と固い絆を感じられた大変にチームワークの良い演技で、各機ごとメンバーの紹介がある度に万雷の拍手が響いておりました。
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TH-480B

2011-11-01 11:19:23 | 趣味・航空機
明野の記念行事で地上展示されていました。陸上自衛隊が回転翼操縦基本教育で使用する機体であると説明されていました。色はスカイブルーで自衛隊の迷彩色とは異なる配色です。かつて陸上自衛隊は、TH-55と言う回転翼操縦の基本教育を行う機体で教育したことがありました。経費節減という名の下に進められた当時では画期的な事業でした。ところが・・基本操縦教育だけでは部隊での機種転換教育などに使用する教育時間が多く効率的ではないこと、部隊での事故の多発の要因にもなるとの懸念から、逐次部隊で保有している作戦機OH-6とUH-1での直接の教育に修正されたのでした。今回も経費節減と教育の効率化などが狙いのようですが、ベーシックでこの機種で教育し、アドバンスコースで、部隊で使用する機種を持って再教育すると聞きます。この方式では機種が異なる部隊間の人事交流が難しくなります。部隊操縦士の年齢別構成等の能力バランスを考慮して必然的に人事交流が必要なわけですが、それを行う際には補職前教育などが欠かせません。部隊の充足が100%あり、教育をするのに必要な配置の余裕があることが前提となります。部隊での任務遂行と教官の確保の調節が難しいからです。そのような全体の教育の効率性を考えた結果の一つが過去のTH-55による基本教育の中止であったことを思い起こします。また、TH-55での教育は、昭和37年度から平成元年度まで行われた陸上自衛隊航空学校での民間操縦士の教育受託において最初に使用されています。運航会社は航空学校で基本操縦の教育を受けた要員を各社ごと運用する機種への機種転換(再教育)を行い、事業運航をしていました。民間操縦士の教育を陸上自衛隊で行わなくなってからすでに22年が過ぎます。当時教育を受けた人たちは、永年にわたって我が国のヘリコプター運航事業の中核として、あるいは防災関係事業の要員として活躍してまいりましたが、その要員が枯渇しており、防災関係の事業への影響が大きいと危惧されています。
過去の教訓を学び、新たな効率性のある教育体系の構築に向けて一丸となって努力されることを願っています。
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仙台市消防局ヘリコプターによる初動の救助

2011-09-23 12:18:38 | 趣味・航空機
東日本大震災が発生した3月11日夕方、地震と津波で多くの人が被災した荒浜地区の住民は荒浜小学校などに濡れた身体のままで避難していた。仙台市消防局・宮城県警察は、地震直後から直ちに救助活動を開始している。そして孤立住民の情報を承知した海上保安庁や陸上自衛隊も17時頃から救助活動を開始した。陸上自衛隊の救助活動が始まり、夜間の救助活動は安全確保の観点もあって、専ら陸上自衛隊が担当して終夜連続しての救助活動が行われた。11日夕から12日早朝にかけて15時間の救助活動で約200名の住民が救助されている。その内訳は、消防がBel412×1機で7名、宮城県警察がBel412で17名、海上保安庁がBel206×1機で6名を夕方までに救助している。陸上自衛隊は、17時頃から12日7時頃までの間、暗闇では夜間暗視装置を使い、燃料補給はエンジン停止しないまま補給する「Hot Refuel」を実施して、終夜連続しての救助活動で169名の救助を(UH-1×3機と未明から第1ヘリコプター団のUH-60JA×3機)行った。初動のヘリコプターによる救助活動は、停電でしかも小雪降る悪気象条件で、全域が暗闇の中での活動であり、明るいうちは各機関の連携で救助活動が出来たが、夜間に入るとルートの統制など安全確保が必要であり、陸上自衛隊が担当して夜間の救助活動を行っている。宮城県は従来から宮城県防災計画等に各機関のヘリコプター等の運航を調整する「航空班」を設置し、霞の目飛行場を使用しての自衛隊・海上保安庁・警察・消防防災のヘリコプターが連携する訓練を行ってきていたため、最初は消防防災や警察が担当し、事後陸上自衛隊や海上保安庁が加わって連携する手法での救助活動が整斉と行われていたようである。ただ、災害の規模が巨大であり、霞の目飛行場には全国からの応援部隊が飛来した。このため、11日は約300回、12日は約550回、13日・14日は各日約350〜400回の管制回数を数えるほどに混雑していた。巨大地震に備える為に葉、「地域航空センター(仮称)」などを巨大地震などの防災計画に合わせて拠点となる飛行場に設置して、自衛隊を中核とする初動のヘリコプター等の活動を有効にする為の情報を集中させ、各機関のヘリコプター救助活動を調整し統制する組織が必要であると考えている。写真は霞の目駐屯地提供である。
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小型ヘリコプターも大活躍

2011-09-15 21:56:46 | 趣味・航空機
東日本大震災では、中小型ヘリコプター(陸自第9飛行隊)が大きな仕事をしている。三陸地域等山間地では、十分に広い着陸場所は少なく、ほとんどが小型ヘリコプターや中型ヘリコプターが何とか着陸可能な狭隘な着陸点が多かった。山頂にある通信所(山田デジタル通信所)の商用電源も停電し機能が失われたたため、通信所に小型の電源装置(60kg)を中型ヘリコプターで吊下げて下ろし、燃料はOH-6に積ん(2回に分けて合計約220ℓ)で届けている。まさに小型ヘリコプターだからこそ実施可能であった任務である。近年ヘリコプターも逐次大型化し、大型ヘリコプターが効率が良い・・などとして小型・中型ヘリコプターが減少しているようであるが、東日本大震災では、中・小型ヘリコプターの量も必要であり、バランスの良い装備を保有することが重要であることを教えてくれた。防衛任務においても同様の事は言えるが、わが国は70%が中山間地であり、今回の三陸地域で行われたような任務は多いはずである。防衛白書のデータから見ると、陸上自衛隊の装備航空機は2003年頃510機程度だったものが、逐次に減少して21年3月末では460機になっており、約50機が減少した。その主なものは小型と中型ヘリコプターである。首都直下地震や、東海・東南海・南海の連動型巨大地震への備えをしなければならないとの指摘は多いが、このままでは年々減少して300機を維持できないとの見積もりもあるようだ。阪神淡路大震災の教訓から逐次増加したヘリコプターの数は、10年を経て逐次減少し始め、今や用途廃止機数が新規装備数を超えるため、毎年総数が減っている。防衛白書は正確な数字でそれを警告しているのだ。財政の制約はあるが、大規模災害や防衛警備上国民の生命財産を保護し、減災に役に立つヘリコプターをこれ以上減らすことは国民から見て納得が出来ない。政治家も防衛省など関係省庁の責任ある地位の人たちも真剣に数量の確保・運用のための行動を起こさなければなるまい。それには装備数と人員の確保が必要であり、一朝一夕にしてはできない中長期のしっかりした計画が不可欠であろう。「大は小を兼ねることが出来ない」・・狭隘地での任務を得意とするヘリコプターの場合はそれが明確に言える場面が多い事を如実に教えてくれた。教訓は生かされなければならない。装備の数と運用のための人員などの養成を急がなければならない。
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大槌臼沢での孤立者救助

2011-09-13 10:23:26 | 趣味・航空機
三陸海岸では、大津波による被害が甚大であったが、なかでも大槌町周辺は、悲惨であった。多くの住民が津波で流されてしまったのである。残った一部の住民の救助は、唯一ヘリコプターによる救助だけであった。UH-1ヘリコプターによって瓦礫の残る岸壁へ着陸し、高台に避難した住民を一人一人救助した。写真は、ヘリコプター(9師団飛行隊提供)に向かう住民で、肩を落として寂しそうである。このような救助活動は、報道されることもない三陸の山間地域で黙々と続けられていたのであった。まさに彼ら救助チームこそ「わが国の誇り」である。三陸正面を担当した陸上自衛隊第9師団を中心とする東北北部地域での初動から7月26日までの間のヘリコプター部隊による救助者数は、586名に及んでいる。東北地域北部及び三陸地域で活動した自衛隊のヘリコプター部隊で救助者数の内訳「()内数字」は、次の通りであった。第9師団飛行隊(207名)第7師団飛行隊(0)東北方面航空隊(70名)北部方面航空隊(146名)第1ヘリコプター団(0)第12ヘリコプター隊(3名)航空自衛隊(160名)その殆どは初動の数日間で狭隘な孤立地域から救助されており、中型ヘリコプター等の数量が命を守る上で重要であることが再認識されたと思う。また、ヘリコプターには降着装置が車輪式(ホイール)とスキッド式があるが、それぞれ特色がある。ホイール式は落着した際の生存性は抜群に良い。スキッド式は中山間地など狭い不整地での着陸に強みを発揮する。嘗て新潟県中越地震の際もホイール式では接地困難な場所での運用もスキッド式では可能であった。ヘリコプターはそれぞれの利点を活用できるようにバランスよく保有する必要がある。東日本大震災の教訓を活かして首都直下地震や東海・東南海・南海連動型巨大地震等への備えをしなければならない。自衛隊をはじめ防災関係機関は阪神淡路大震災の教訓で急増させたヘリコプターの数の維持や運用に必要な人員の養成に特段の努力をして初動のヘリコプター救助能力の低下を防止しなければならないだろう。その責任は、今それぞれの職で活躍されている方々の双肩にかかっている。人の養成も装備の充実も一朝一夕にしてはできない。陸上自衛隊も阪神淡路大震災の教訓で目指した500機体制を早期に回復して欲しいものである。また全国で70基を超えるヘリコプターを保有する消防防災ヘリコプター部隊は、要員の充実を早急に実施して、24時間運航を行う体制を確保べきである。政治家はその現実をしっかり把握して、国民の生命財産の保護に必要な政策・向かうべき方向を誤らないで欲しい。
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三陸地域の被災状況

2011-09-13 10:10:37 | 趣味・航空機
あの大災害をもたらした3月11日の大津波から半年が経った。当時陸上自衛隊第9師団飛行隊などは、冬型の気圧配置で気流が悪い三陸地域の情報収集を行い、発見した孤立住民を崩れかけた岸壁などから救助していた。当時の救助活動はあちこちで全力を挙げて行われており、報道に情報提供する余裕もなかったため、余り知られていないことも多い。半年経ってみて、現地部隊等を訪れると、淡々と当時の事を語る隊員がいた。「一人でも多く・・少しでも早く・・助けたい!」ただそれを祈りつつ日夜連続しての捜索・救助活動が行われていたのであった。写真は、大津波で甚大な被害を受けた越喜来周辺の模様であり、3月14日に撮影(9師団飛行隊)されている。海岸に近い街は殆ど流されてしまって被害の甚大さがわかる画像である。
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昭和42年8月の「羽越水害」から思う

2011-07-30 11:57:40 | 趣味・航空機
昭和42年8月28日に新潟県で大きな被害を出した「8.28羽越水害」が発生し、当時陸上自衛隊は、昭和41年に装備を開始したばかりのV-107や当時の主力多用途ヘリコプターであったH-19等を出動させて救助に当たっている。平成23年7月28日頃から降り始めた今回の新潟県・福島県に甚大な被害をもたらしている水害の報道を見て、当時の事を書かれたI氏の回想を思い出した。昭和42年8月28日昼過ぎから29日朝にかけて下越地方を襲った記録的な豪雨による水害である。新潟県各地で、河川の決壊・氾濫・土石流が発生し、死者行方不明が42名、重軽傷者が275名、床上・床下浸水約6000棟と言う大きな災害(新潟県、8.28水害資料から抜粋)であった。当時陸上自衛隊は、第6師団及び第12師団及びヘリコプター団等野部61000人が出動し、救助活動を行っている。(陸上自衛隊災害派遣の歴史から抜粋)この災害で初めてV-107が使用されて、孤立地域の住民の救助や物資輸送に活躍している。(写真はI氏提供によるものである)
東日本大震災の災害派遣は、東北地区の陸上自衛隊の各部隊を主力としてまだ実施中であるが、この水害対処にも何とか国民の生命財産の保護の最後の砦として頑張って頂きたい。
自衛隊員の削減や装備の削減がここ数年続いた影響は、特に陸上自衛隊の各部隊をボディブローの如く痛めつけている。政府は、災害や危機管理の初動の諸活動等を行う陸上自衛隊等のヘリコプター部隊の充実強化等を図る必要があると改めて感じた。
国民の保護に欠かせない多用途ヘリコプターUH-1やUH-60等の欠数を補うとともに、部隊の充足率を最小限100%に回復させる必要があると思う。近い将来大幅に更新所要が出るが、近年の財政難で、これら多用途ヘリコプターの補充が行われていないのは、問題があるように感じている。大型ヘリコプターCH-47については、何とか最小限度の充足をされているが、将来的には、CH-47も更新時期に入るので、多用途ヘリコプターとともにこれらの順調な整備をし、首都直下地震等巨大災害への備えをしておく必要があると感じている。
防災機関のヘリコプターの充足は阪神淡路大震災の教訓として行われたものも多く、各機関ともに、装備開始後約20年目を迎え、それぞれ機種更新の時期を迎えているが、財政難で思うように更新できていないのが実情であろう。国民の生命財産を保護するための人員と装備は、優先的に確保する必要があることは東日本大震災の教訓でもあるはずである。政府は国民の安全を確保するための対処能力の維持向上に努めてもらいたい。
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霞の目飛行場に集結した各機関のヘリコプター

2011-06-29 11:15:06 | 趣味・航空機
3月11日1446分頃発生した東北地方太平洋沖地震(M9.0)による災害の特徴は、わが国観測史上最大規模の地震が約6分間にわたって連続して発生し、長さ約450km幅約200kmの断層破壊による津波による被害が甚大であったことにある。避難者は最大時約45万人であり、今もなお避難所での耐乏生活を強いられている人も多い。

初動において自衛隊をはじめ消防・警察・海上保安庁・国土交通省等関係防災機関は、迅速に機動力を発揮し、孤立した被災者の捜索救助能力を持つヘリコプター等を東北地区に集中させた。この度の災害で東北地方の空の玄関であった仙台空港及び航空自衛隊の松島基地が甚大な被害を受けたため、唯一残った仙台地区の飛行場となった陸上自衛隊の霞の目飛行場に初動対応のために全国から各機関のヘリコプター等が集中した。霞の目飛行場も収容能力を超え、福島・花巻・山形空港等周辺の空港が初動の救助部隊やその後の救援物資の集約場所として大きな役割を果たした。

大規模災害時の広域防災拠点等の重要性が再認識された。自衛隊の飛行場は、元来多数機(マス)運用を前提にした航空部隊が展開し、補給整備をすることが可能なように整備されているため、最大64機の自衛隊及び各機関のヘリコプター等を収容し、一時は救助した被災者約900名の天幕などでの避難生活を受け入れていた。一方わが国の空港は、滑走路と定期便を離発着させるために最小限のエプロンしか持たないため、定期便の他に防災関係のヘリコプター等を多数収容することは困難であった。空港を広域の防災拠点として活用する考慮がされていないことに原因があると思う。救援物資等の集約拠点としての役割も、倉庫や荷さばき場としての考慮がされていないため、一時に大量の物資を受け入れることは困難であるからである。阪神淡路大震災の際は、関西空港が完成したばかりで、以前使用していた大阪空港の国際線ターミナルが救援活動の拠点の一つとして使えたのが大きかった。

首都直下地震の被害想定は、東日本で会い震災の教訓を基に、見直しが始まろうとしているが、現在見積もられているデータでは、死者42000名、家屋倒壊(全壊)は970000件に及ぶと見積もられ、被害総額は、112兆円にも及ぶ。減災に大きく影響する初動の捜索・救急救助などのために全国から集中する自衛隊や関係機関の活動拠点を確保することは極めて重要である。この観点から自衛隊の飛行場や空港を全て最大限に活用できるように防災基本計画等を見直す必要があると考えている。被災して復旧や復興にかける経費は莫大であり、可能な限り日頃から準備を拡充して被害を最小限に抑える努力が重要であろう。首都直下地震の場合、自衛隊の飛行場は、館山、木更津、霞ヶ浦、下総、入間、立川、厚木等多いが、それぞれ、大型ジェット機や輸送機に適する場所、ヘリコプターに適する飛行場などと区分して、被害想定に見合う運用が可能なように関連する防災計画を見なおしておく必要があろう。
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原発上空の温度調査をするCH-47

2011-06-26 13:46:52 | 趣味・航空機
福島原子力発電所の原子炉は、津波被害を受けた後、3月12日に発生した水素爆発などによって大きなダメージを受けた。炉心部や燃料保存のための冷却装置への冷却水の循環が出来なくなったため、ヘリコプターや消防車からの応急放水、引き続き、大型の給水装置を使用しての冷却が続けられた。防衛省は、中央即応集団隷下の第1ヘリコプター団のCH-47に技術研究本部が計測機材を搭載(高度3000Ftで約170m×約130mの範囲が撮影できるサーモグラフィー搭載)し、3月20日以降ほぼ2日ごとに、原子炉建屋及び炉心周辺の温度調査を続けた。そのデータについては、4月26日までの状況が防衛省HPで公表されている。有人機による調査でのデータは原子力発電所安定化のために多いに役立てられていると信じているが、米国製の無人機でも調査をしていることから、有人の調査活動は、もう行われていないかもしれない。
防衛省(技術研究本部)の報道資料からは、測定の結果(データ)の評価が殆ど公表されていないので、調査活動がどのように貢献しているのかは良くわからない。有人の調査と無人機の調査で反映させる施策に等が異なり、使用目的が異なるのであれば、別だが、狙いは、原子力発電所の炉心周辺及び建屋の冷却状況・冷却効果の確認や、特異な部位での温度上昇箇所の早期発見であろう。
無人機(UAV/UGV)の方がより低高度(施設近傍)で局部を観察できる場合もあるが、搭載する機材が貧弱で効果が少ない場合もある。有人機の高精度の観測は、一定の間隔で必要かもしれないが、隊員への影響の拡大を大いに考慮すべきである。隊員の被曝線量の累積値はしっかり管理されていると聞いているが、無人機で可能なものは無人で行うようにするのが原子力災害等特殊災害対処の基本的な考え方であろう。
写真は、CH-47に搭乗して懸命に調査活動を行う技術研究本部及びヘリコプター団等の隊員で、機体の天井に日の丸が掲げられているのが緊張感を物語っている。上空での被曝を恐れず任務を行う隊員諸氏に感謝している。
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仙台市近傍にある陸自霞の目飛行場の価値

2011-06-09 09:18:29 | 趣味・航空機
3月11日14時46分頃発生した地震と津波による被害は甚大で、「東日本大震災」と命名され、いまもなお捜索と復旧・復興のための取り組みが懸命に行われている。発災直後の地震と約1時間後に押し寄せた大津波によって、東北地方のs空の玄関であった仙台空港や航空自衛隊松島基地は使用不能となった。このため、仙台市近傍にある唯一の「陸上自衛隊霞の目飛行場」が初動の救助活動や国の行政機関、DMATなどの医療チームの受け入れ場所となり、大きな役割を果たした。
関東においては、首都直下地震や東海地震を想定して、立川に広域防災基地が整備されており、飛行場は陸上自衛隊が維持管理し、近傍に内閣府の非常時の前方指揮所にもなる施設や国立病院機構の被災者救助拠点病院が併設されている。また飛行場には、警視庁・東京消防庁・海上保安庁等の航空基地が併設されており、約1500mの滑走路では、定期的に航空自衛隊の中型輸送機C-1の離発着訓練を含めて日頃から訓練・運用が行われている。また立川飛行場(広域防災基地)の周辺には、血液センターや食料備蓄倉庫、災害救援物資の備蓄倉庫等があり、緊急時にはヘリコプター等航空機でいち早く被災地へ輸送可能な状態で管理されている。
仙台地区周辺では、ここまでは整備されていなかったが、宮城県を中心にして、自衛隊はじめ警察・消防・海上保安庁・国土交通省等との連携訓練が推進されており、今回の災害初動から多くの機関がこの飛行場(滑走路約700m)を活用できたと言える。まさに自衛隊と自治体が連携して日頃からの訓練と良好な人間関係を構築していたことの成果であった。
霞の目飛行場のデータによれば、3月末までの1ケ月の管制回数は、約5000回にも及び、通常の5倍もの航空機が集中したことが分かる。日単位で見ると、発災初日の3月11日は徹夜の救助活動もあり、自衛隊と警察・消防防災等を合計して約300回、12日がピークで530回を超える航空機の離発着があり、この状態は約1週間継続している。3月11日から17日の間に霞の目を使用した警察・消防・海上保安庁・国土交通省・Drヘリ・民間チャーター機の総数は、述べ116機に及んだ。地震や津波で孤立した被災者を救助する手段として、『ヘリコプターの重要性』が改めて認識されるデータであろう。今後東日本大震災の教訓として、改めて大都市周辺に存在する自衛隊の飛行場などの重要性が認識され、危機管理の際の国民保護の拠点として一層整備されていくことを期待している。
陸上自衛隊東北方面航空隊は、発災直後(15分後離陸)直ちにヘリコプター映像伝送機を飛行させ、地震による仙台市周辺の被災状況を小雪が降る悪条件下で貴重な情報収集を行った。特に大津波の襲来を刻々と伝え、関係機関や報道機関で極めて重要な災害情報として繰り返し報道された。その後津波で孤立した大勢の被災者を徹夜で連続15回出動させ、ホイスト救助を行って、169名の命を救っている。暗夜小雪の舞う中を暗視ゴーグルを使用して救助活動をしたとも言われている。この内容は別途記述することとする。写真は札幌市消防局のBell412が孤立した被災者を救助して霞の目飛行場に着陸し、被災者を自衛隊員と協力して搬送している風景である。阪神淡路大震災の教訓から始まった自治体消防等と自衛隊の連携訓練は、このような救助活動はもちろん、燃料の補給等後方支援の分野にまで拡大して検討が進み、訓練も行われてきた成果であろう。
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被災地上空を捜索救助活動中のUH-60JA

2011-05-19 19:53:11 | 趣味・航空機
東日本大震災では、津波による沿岸地域の被害が甚大であり、洋上から沿岸の間の捜索救助活動が連日行われた。陸・海・空自衛隊をはじめ、米軍等による集中捜索も数度にわたって行われている。海上においては艦艇やボートとの連携、沿岸地域においては、陸上自衛隊や警察消防等の地上部隊との連携が重要であった。初動の各種救助活動は阪神淡路大震災の教訓を活かし、その後の法改正等もあって迅速に行われたと理解しているが、防衛省から提供されるHPの情報では、殆どのヘリコプター救助活動等は公表されていないので、残念である。津波災害で孤立した住民等の救助者総数は、報道によれば、2万名を超える。その初動の救助活動は各機関のヘリコプターが担っただろうと推測しているが、そのデータはまだ公表されていない。将来への教訓を正しく把握するためには、防災関係機関の全ての活動を明確にして初めて、将来危惧される巨大地震等へ反映できると考えている。現地に派遣された関係機関の方々の生のコメント提供を期待しています。是非実態を国民の皆さんに知って頂きましょう。
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救助活動

2011-05-18 18:30:03 | 趣味・航空機
東日本大震災の初動で行われたヘリコプターによる救助活動は、まだあまり報道されていませんが、少し落ち着いてその実態を整理しておく必要があると考えています。霞の目にある東北方面航空隊は発災15分後(1501)には、映像伝送機を離陸させ、その後も続いて偵察用ヘリコプターを離陸させて被災地の災害の規模が大きいことをいち早く情報として伝えています。そして仙台空港を基地として任務を行っていた防災機関でも津波被害を受ける前に離陸して情報収集にあたっているようです。現在は、断片的な情報しかわかりませんが、地元の東北方面航空隊(霞の目)は、地震によって一部の施設を破壊され、停電が続く中でもヘリコプターを運用し、一晩で約100名の津波災害で家屋屋上などに孤立した住民を救助したと聞きます。また写真は14日の孤立地域からの救助の一こまですが、このような救助活動が初動において連続して行われていたと思われます。余りにも甚大な被害であり、救助活動を優先させるため、部隊の行動についての報道等は少なく、防衛省や陸上自衛隊の報道資料を見ても、初動の救助活動のデータの整理はこれからのようです。今後統合運用で行われた未曾有の地震・津波災害への初動の対処の実態をしっかり分析し、教訓と改善すべき課題を明確にして、将来発生する事が危惧されている「首都直下地震」や「東海地震」「東南海地震」「南海地震」およびその連動型への対応を制度的に準備し、人材を養成・訓練し、装備を充実させて備えておくことが重要であると信じています。「東日本大震災」は、「阪神淡路大震災」とは比較にならないほどの広域災害であり、津波による被害が極めて大きく救助された被災者の数も自衛隊だけでも約20000名に及んでいます(防衛省HP)。そして広範囲に孤立した被災者の救助は相当長期間にわたって必要だったことが明らかになってきました。阪神淡路大震災の教訓を活かして十分に活動した今回のヘリコプター初動救助活動も、新たな課題を学んだと思います。これを早期に分析して次に備えることが重要だと考えています。それにしても・・写真にあるようなUH-1は、過酷な条件下でも整備員などの昼夜連続の整備で、驚くほど高い稼働率を維持したと聞いています。自衛隊の隊員に皆さんの情熱ある救助活動に心から感謝します。
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UH-1とボートの連携による沿岸捜索

2011-05-17 20:24:33 | 趣味・航空機
自衛隊のUH-1Jが低空で沿岸地域を飛行し捜索し、発見した被災者を地上部隊やボートで捜索救助する自衛隊・海上保安庁・警察などのチームに状況を伝えて連携しつつ活動が行われた。自衛隊と関係機関の通信等は共通化しておかなければ、このようなオペレーションは難しい。近い将来、首都直下型地震や、東海・東南海・南海等が連動する巨大地震災害の発生の危険性が危惧されている。このようなオペレーションを日頃から訓練し、通信周波数などは、関係防災機関で共通波を相当多く保有しておく必要があることがこの写真からわかる。わが国の太平洋ベルト地帯での巨大津波災害の場合は、相当広域にわたってのオペレーションが通常になると推測されるからである。
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OH-6Dによる捜索・誘導活動

2011-05-17 20:13:23 | 趣味・航空機
沿岸地域での被災者の捜索救助は困難を極めた。地上部隊は、岩場を直ぐには行動できないし、捜索にも限界があった。空中からOH-6DやUH-1Jのヘリコプターチームが捜索し、異常を見つけると、地上部隊にその位置を知らせ誘導する。これを繰り返しての空地連携プレイによって任務が行われた。写真はH-6Dのチームが発見した位置を地上部隊に伝え、地上部隊が了解したことを示すOKサインを送っている様子である。津波災害特有の被災者の捜索救助活動であろう。空地の自衛隊員の皆さんに心から感謝したい。
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